第9話 ジェラルトンからコーラルベイへ
マスタングで過ごしたパース最後の夜も明け、いよいよ出発の朝。
ユージ君やカイト君、そして昨日の自分を忘れてしまったかのようなパン。借りてきた猫のようにおとなしくなっている。
パースで共に過ごした仲間たちが見送りに出てきてくれた。
わずかな時間ではあったが、一つ屋根の下、異国の地で共に過ごした日々は何もにも代えがたい思い出だ。
男同士、熱い握手とハグで連絡を取り合うことを約束しながら、手を振り、別れる。
目指すは「グレイハウンド」のバスターミナル。
このグレイハウンドというバスは、オーストラリア中を網羅しており、旅人にはもちろん地元のオージーたちにとっても便利な長距離バスだ。
前回の旅でもこのバスを使い、くまなくオーストラリア中を回った。
安くもあり、私にとって、一番使い勝手のいいこのバスを今回も利用した。
もっとも鉄道がそれほど発達していないオーストラリアでは、選択肢も限られているのだが。
そして目指す町は、「ジェラルトン」。
パースから約400キロ北上したところにある小さな港町である。
なぜそんなところを目指したかというと、前回の旅の際に訪れた印象がとてもよく、
こんな街にもう一度来たいと、当時からずっと思っていたためだ。
パースから数時間ほどバスに揺られ、いつかの街の情景に心弾ませながら降り立つも…
…「違う…」…
いくら街を見渡しても、当時の記憶と重なるところはどこにもなく、
建物、風景、すべてが初めて見るものだった。
「まちがえた…」私が行きたかった当時の街はジェラルトンではなかった。
実際、確実に名前を憶えていたわけではなく、たしかここだったよな…という感覚で来ていた。何の裏付けもなく、だいたいここだろうという認識の結果がこれだ。
しかし、降りてしまったものはもはやどうしようもない。
今後のバススケジュールも既に予約済のため、変更するにも面倒くさく感じ、記憶違いのこの町で滞在を決める。
間違ってやってきたジェラルトンは、一言でいうなら「退屈な街」だった。
実際はシュノーケリングやマリンスポーツが盛んだそうだが、今は日本でいう春。オフシーズンである。
食事を楽しもうにも、名産というロブスターには、バックパッカーの私が軽く手を出せる値段ではない。
街は小さく、すぐに歩いて回れるような大きさだが、もちろん特に見どころはない。
そして、飛びこみで入った安宿は、宿泊客もいない様子。
設備は申し分なく、オンシーズンであればさぞ賑やかだったであろうが、宿泊客は私一人で、残念ながら相手をしてくれるのは一匹の猫のみであった。
日本人もいないような街を探し求め、そこに滞在することがステータスだと考えていたいつしかの頃。
それこそが旅の醍醐味でもあると。
しかし今はひどく寂しい。
数時間前まで一緒だった、優しいユージ君やカイト君との建設的な会話、あほのパンの顔が懐かしい。
共同のキッチンでひとりわびしい食事をとり、そんな事に想いをはせながら、
否応なく時間は過ぎていった。
翌日、次に目指す町は「コーラルベイ」。
ビーチのきれいさで有名な、オーストラリアならではの街である。
結局もともと私が行きたかった町の名前は思い出せないまま、ジェラルトンをあとにし、グレイハウンドに乗り込む。
訪れた時期や、一緒に来る人でこの町の印象も違ったものになるんだろうなと思いながら。そういった意味では、いまでは逆に忘れられない町にもなっている。
コーラルベイまではかなり走ったように思う。
距離も相当あったようで、着いたのは日付が変わりそうな夜中。
幾分、夜中につくことに安全面で心配もしていたが、何人か下車する欧米人もちらほら。
毎回バスの到着時間に慣れているのか、バス停には安宿からのピックアップバスが。
そのまま適当なピックアップバスに乗り込み、宿へむかう。
良さそうな雰囲気の宿につくと、長時間のドライブにつかれていた私は着たものもそのままにドミトリーで眠りに落ちた。
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