175話 餅は餅屋、キスはキス魔

「――そういえばお姉ちゃん。私うっかり聞きそびれちゃってたんだけど。今日はどうして早起きしたかったの?」


 美味しい琴ちゃんの朝ご飯を堪能して。リハビリついでに一緒に食器を洗っていたところで琴ちゃんがそんな事を尋ねてきた。

 あっと、そうだった。琴ちゃんに伝えることをすっかり忘れちゃってたわ。


「うん、実は……今日ちょっと会いたい人がいてね。忙しいみたいだけど無理を言ってうちに来て貰えることになったんだ。朝早くに来ても良いかって言われたから、私も頑張って早起きを――」

「…………会いたい人……?うちに、来て貰う……?」

「……ん?琴ちゃん?」


 早起きした理由を素直に伝えてみると。琴ちゃんは何かに怒っているような、その一方で何かに喜んでいるような。そんななんとも形容しがたい表情を見せてくる。なんだろうかこの反応は……?


「あの、琴ちゃん?どうかしたの?なんか私、マズい事言っちゃったり……?」

「…………複雑」

「はい……?」

「……複雑なの」

「えと……何が複雑?」

「……お姉ちゃんがに対する怒りと。浮気って事はなんだって喜びが混ざり合って……私とっても複雑なの。どうしようお姉ちゃん……私、こんな時どうすれば良いのかな……?」

「まず大前提として、浮気でもなんでもないから落ち着いてちょうだいな琴ちゃん……」


 今日も琴ちゃんは絶好調である。


「それで?結局誰がうちに来るのかなお姉ちゃん?事と次第によっては相手を穏便に始末しなくちゃいけないから早めに教えて欲しいな♡」

「物騒な事をハートマーク付けて可愛く言わないでちょうだい琴ちゃん……怖いから。というか違う、違うってば。呼んだのはコマさんだよコマさん。ちょっと聞きたい事……というか、教えて欲しいことがあってさ。それでコマさんにアドバイスに来て貰える事になったの」

「あ、なんだコマさんか。それなら大丈夫だね。もうお姉ちゃんったらもっと早く教えてくれても良かったのに」

「ごめんよ。もっと早く教えようとしたけど、なんか末恐ろしい事を誰かさんが口走り始めたからね……」


 これ以上誤解を招くと大変な事になりかねない。慌てて誰が来ると伝えてみると、先ほどまで漂っていた殺気めいた空気が一気に霧散していった。私が今日うちに呼んだのは、料理の師であるマコ師匠の双子の妹さん……立花コマさんだ。

 あれだけ警戒していた琴ちゃんがあっさり納得するとはコマさんは凄いな。まあ……あの人も琴ちゃんに似て好きな人に一途…………というか妄信的で半ヤンデレ疑惑があるし。浮気なんて絶対あり得ないもんね。


「あ……でも困ったな。私今日外せない取引があるんだよね……困ったな、お姉ちゃんも一緒に連れて行くつもりだったんだけどな……」

「ナチュラルに私が一緒にいる前提で予定を組むよね琴ちゃんは……別に良いんだけど。…………って言うか。琴ちゃんはそんな大事な取引の時まで私を連れて行くつもりだったの……!?」


『琴ちゃんの側に居れば、身体の痛みを忘れることができる』


 それを琴ちゃんに知られてからというもの、恋人関係になった事も相まって以前にも増して琴ちゃんが私に引っ付いてくるようになった。休日は寝ている時以外はほぼ一緒にいるし。琴ちゃんが仕事の時は私を抱っこ紐で捕縛……もとい、くくりつけて仕事している。何故そんなシュールな光景を目の当たりにして会社の方々は誰もツッコミを入れないのか、何故上司であるヒメさんを始め上層部の皆様方は止めないのか。疑問が尽きないところであるが……


「ま、まあとにかくだ。琴ちゃんは大事な取引が。そして私はコマさんとの約束があるからさ。今日は久々に離ればなれになっちゃうわけよ」

「……私、仕事休もうか?」

「外せない取引あるんでしょ?ならそっちを大事にしなくちゃ。私の事なら大丈夫。今までだって一人になる事なんてちょくちょくあったじゃん?それに……何かあってもコマさんが何とかしてくれるだろうしさ」

「…………ん。わかった。そういう事なら……仕方ないよね」


 滅茶苦茶後ろ髪を引かれている顔をしている琴ちゃんだけど。それでも説得すると渋々だけど納得してくれた。よしよし、聞き分けの良い琴ちゃんで良かったよ。


「何かあったらすぐに連絡してね!?一分で駆けつけるから!絶対に無理しちゃダメだからね!?」

「大丈夫大丈夫。心配してくれてありがとうね琴ちゃん」

「あとは……私がいなくても私を感じられるように。お姉ちゃんの痛みが少しでも和らぐように……コレを置いていくから!」


 そう言って琴ちゃんはガサゴソと何か物色し始める。なんだろうね?私を感じられるようにって事は……あれかな?琴ちゃんの写真とかかな?可愛いなぁ琴ちゃんは。

 そんな事を思っていた私の眼前に、琴ちゃんはある物をドンッ!と置く。


「はいコレ!こんな事もあろうかとお義母さんに頼んで作って貰ったの!私だと思って遠慮なく使ってね!」

「…………え、えーっと?」


 予想の斜め上の代物が出てきた。



 ◇ ◇ ◇



「――お待たせしました小絃さま。遅くなり申し訳ございませ…………ん?」

「……あー、その。きょ、今日はお忙しい中わざわざお越し頂きありがとうございますコマさん……」

「い、いえ……それに関しては良いのですが……あの、小絃さま……?そちらの…………琴さま(?)は一体……?」

「……お察しください」

「はぁ……」


 琴ちゃんがお仕事に行ってから、しばらくしてやってきたコマさん。そのコマさんは私を見るなり目をまん丸にして驚いた…………いや、より正確に言うとドン引きしたお顔を見せる。

 まあ……そりゃそうだ。なにせ私の隣に引っ付いているのは……仕事に行ったはずの琴ちゃん――によく似せた、だったのだから。……なるほどね、寂しくないように……私だと思ってってこういう事ね琴ちゃん。確かに琴ちゃんの存在をこれ以上なく感じられるけどさぁ……

 てか、等身大琴ちゃん人形って言うか……ぶっちゃけるとこれってダッチワイ――


「ま、まあそれは置いておくとして!本当にありがとうございますコマさん。私のワガママにお付き合い頂きまして」

「いえいえ。今日はマコ姉さまはお仕事で一緒に居られませんでしたし。私は休みで……時間が余っていたんですよ。ですからこうして小絃さまに呼んで頂けて、私としても助かっているのでお気遣いなく」


 私の(と言うか琴ちゃんの)奇行をスルーしてくれたばかりか。こうして私が気に病まないようにと優しい一言をかけてくれるコマさん。ありがたい……やはりコマさんに頼って正解だったわ。


「それで早速本題に入りたいのですが小絃さま。……何か、お悩みがあるのですよね?」

「……そうです。経験者であるコマさんが適任と判断しました」

「それは……琴さまにも関係していることですね?」

「……はい」

「なるほどです。そういう理由ならば、私が呼ばれたのも納得ですね」


 悩みがあるとだけ告げた私に対し、聡明なコマさんは何かを理解した表情を見せてくれる。流石だ……


「小絃さまも琴さまも私の大切な友人です。微力ではありますがアドバイスさせてください」

「……ありがとうございます。ホント、コマさんに声をかけて良かったです。それではコマさん、早速ですが相談させてください」

「はい」

「経験豊富なコマさんなら、きっと私の悩みも即解決出来るって確信しています。どうか、どうかこの私めに――






――上手なキスのやり方を、教えてください!」

「…………は、い?」

「ご存じの通り、私と琴ちゃんって……この前のデートでようやく恋人関係になれたじゃないですか。恋人同士になってキスも解禁したじゃないですか。……私、琴ちゃんをもっと満足させてあげたいんです!年上の……ああいや、今は逆転してますが……それでも私は琴ちゃんのお姉ちゃんで……お姉ちゃんらしく琴ちゃんをリードしてあげたいんです!琴ちゃんをキスだけで満足させられる……そんなテクニックが欲しいんです…キス魔のコマさんなら、きっと私をテクニシャンにしてくれるって思って……ですのでお願いですコマさん!私に上手なキスのやり方、教えてください……!」


 餅は餅屋。コマさんと言えばキス。キスと言えばコマさんだ。きっとコマさんならば私のこの切実な悩みを解決してくれるに違いない。そう思い全力で頭を下げる私。

 そんな私を前にコマさんは急に座り込み、顔を覆ってブツブツとなにやら呟きだした。


「…………あ、あー……はいはい……なるほどそっちでしたか……私てっきり琴さまのトラウマの解消方法の話かと勝手に…………あー……ダメですね……早とちりしちゃって恥ずかしいなぁもう……」

「……?コマさんどうしました?」

「い、いえなんでもありませんよ。お気になさらず。…………と言いますか、小絃さま?なにやら聞き捨てならないお言葉が聞こえてきたような気が……き、キス魔って……私ってそんなにキスしたりしてませんよね?普通……ですよね?」

「えっ?」

「えっ?」

「「…………」」


 ……ふつう?それが例え私たちが見ている前だろうが、それが例え通行人達の視線が突き刺さるお外だろうが。知ったことかと言わんばかりにムラムラしたらその場で熱烈なキスをマコ師匠とヤりまくるのが……普通……?

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