琴ちゃんと恋人日和
174話 恋人同士でやることは……
「――小絃お姉ちゃん、起きて。朝だよ」
心地良い微睡みの中、耳心地良い天使の囁きが聞こえてきた。自分でセットしたけたたましく鳴り響く目覚まし時計よりもハッキリと聞こえるその声は、私の寝ぼけた頭を容易に覚醒させてくれる。
「気持ちよく眠っているところ申し訳ないけど、今日は早起きしたいって言ってたよね。朝ご飯も冷めちゃうし、そろそろ頑張って起きようね」
「…………すやすや」
「……お姉ちゃーん?」
意識はバッチリ覚醒したけれど。その声が清々しい朝に相応しく、とても澄んでいて。思わず狸寝入りを決め込む私。声の主はそっと目覚まし時計を止めながら、起きない私を数分待ってくれる。
「……お姉ちゃん。まだ寝てるの?それとも……本当は起きてたりしないよね?」
「(…………ねてまーす)」
「……ふむ」
しばらく経っても起きない私を訝しんでいる様子が声のトーンでわかってしまう。ぐっすり眠っているふりを続ける私の顔を覗き込んでいるのだろう。近づいてくる気配が感じられる。温かい呼気が私の頬を、甘い香りが私の鼻をそれぞれくすぐってくる。
それでも『負けてたまるか!』と謎の意地を張って寝たふりを続行する私に。彼女はくすりと笑って……こんな行動に出た。
「……眠っているなら好都合。起きないお姉ちゃんが悪いよね。私の気持ちを知っている上で、無防備にそんな可愛い寝顔を晒すなんて……誘っているのと同義だし何されても文句言えないよね。てなわけで――折角なので朝ご飯代わりに……イタダキマス」
「へ……あっ、ちょ…………どこ触っ……ま、待って!起きた!起きたから!?」
「お姉ちゃん起きたの?……いや、これはただの寝言のはず。お姉ちゃんは起きていない。つまり……なにしても問題無い……!」
「問題しかないんだが……!?」
起きていないという建前の下好き放題始められる。パジャマを捲られ手を突っ込まれ、さわさわと生き物のように両手が私の肌を這う。慌てて起きたと宣言して引き離そうとするけれど、勢いの乗った彼女はそんなの知ったこっちゃないと言わんばかりに手を休めることはなく。
「だ、から……脱がすの禁止……!や、ン……ッ!……そ、こっ……敏感な…………だめ、ダメ……!起きてた!起きていました!謝るから琴ちゃんストーっプ!!!」
「…………チッ。ああ、起きていたんだねお姉ちゃん。おはよう♡」
これ以上の描写は成人指定まっしぐら。そもそもこれ以上の行為は大人になるまで……少なくともあと二年はNGと約束していたはず。全身全霊で抵抗すると、ようやく彼女も大人しく(?)止まってくれた。小さく舌打ちしたのが聞こえてきたけどとりあえず聞こえなかったことにしておくとして……
「今日も元気いっぱいだね琴ちゃん……色んな意味で」
「大好きな小絃お姉ちゃんが目の前に美味しそうにすやすやしているの見たら、そりゃ元気になるのも当然だよ」
朝の眩しい日差しを背に。その日差しよりも眩しい花丸満点の笑みを浮かべながら、私好みの美貌を振りまく彼女こそ。私の同棲相手で、私の従姉妹で……そして私の世界で一番大事な人。――音羽琴ちゃんだ。
「元気なのは良い事だと私も思うけど……その有り余る元気を変な方向に活用するのはお姉ちゃんどうかと思うんだけどな……」
「ふふ。これに懲りたら寝たふりなんてして私をからかうような真似はしないようにしてね。でないと……今度こそ本当に夜這いならぬ朝這いをかけちゃいかねないから」
「…………ごめんなさい。琴ちゃんの反応が可愛くてつい……」
バッチリ狸寝入りはバレていたらしい。なるほど、からかうつもりがからかわれてたってワケね。…………その割に琴ちゃん、からかうにしては私を襲ってきたのはかなりガチだった気もするけど。それはまあ一旦置いておくとして。
「とりあえず改めて。おはよう琴ちゃん。今日も綺麗で可愛いよ」
「ふふふ、ありがとう。そういうお姉ちゃんも凜々しくて愛らしくて素敵だよ」
二人でいつものように挨拶とお互いを褒め称え合う。ここまでは私が十年越しに目覚めてからずっとやっていた、何の変哲もない朝のやり取りだ。
「さて。折角琴ちゃんの起こして貰ったわけだし。それに琴ちゃん特製の朝ご飯が冷めちゃうのも勿体ないよね。お姉ちゃん、ちゃちゃっとパジャマから着替えて顔洗ってくるから琴ちゃんちょっとだけ待ってて――」
「あ、あの……お姉ちゃん……?そのぅ……まだ朝の挨拶が……」
「挨拶?え、今したばっかり…………って。ああそっか。そっちはまだだったね。……いいよ、おいで琴ちゃん」
「う、うん……!そ、それじゃあ……失礼します、お姉ちゃん……♡」
そしてここから先は……つい最近朝のルーティンとして新たに加わった、私と琴ちゃんのヒミツの朝の挨拶だ。
お互い見つめ合い、向かい合う。逸る気持ちを抑えつつ、ゆっくりと近づく。胸が早鐘のように高鳴るのを感じながら、唇と唇を近づけていく。互いの吐息が届いたところで静かに目を閉じて。それでも唇は近づけ合って。
「ん……」
「ん、んっ……」
そのまま距離はゼロになり。唇と唇が重なり合った。
事故から十年眠り続けてようやく目覚めた寝ぼすけ乙女(?)な私、音瀬小絃。十年経って目覚めてからは大好きな従姉妹の琴ちゃんに結婚を迫られたり。悪友あや子と再会していつも通り喧嘩し合ったり。そのあや子のお嫁さんである紬希さんとお友達になったり。琴ちゃんに抱きつかれたり琴ちゃんと一緒にエ○本を読んだり。母さんのトンデモ発明品に振り回されたり。琴ちゃんに匂いを嗅がれたり琴ちゃんに全身を舐められたり琴ちゃんと一緒にA○を見たり。料理の師匠であるマコ師匠やその双子の妹さんであるコマさんや琴ちゃんの上司であるヒメさんと出会ったり。琴ちゃんとデートしたり琴ちゃんと旅行に行ったり琴ちゃんに監禁されたり。
……ほぼ生活の大半が琴ちゃん関連のことばっかりだったり、一部発生イベントがおかしなものが含まれている気がしなくもないけど。まあとにかくそんなこんなで目覚めてからは色んな事があって。そして――つい最近、私と琴ちゃんはめでたく恋人関係になったのである。
「ん。ん……ちゅ……ことちゃ……」
「お姉ちゃん……おねえちゃ……ちゅ、ん……ちゅっ…………」
ただ、恋人関係になったと言っても。元々私と琴ちゃんは従姉妹なだけあって距離は普通のカップル以上に近いし。そもそも付き合う前から同棲もしていたしで……正直今までと特別大きく変わった事はなかった。
だから、というワケじゃないんだけど。
『お姉ちゃんと、恋人らしい事をしてみたい』
という琴ちゃんの要望が出され。二人で検討した結果が……この挨拶代わりのキスである。琴ちゃんと恋人関係になってからというもの、朝昼晩の三回はこんな風に二人でキスを交わしているのである。
「(キス……すごい……)」
ただ唇と唇を重ねるだけのキス。ぶっちゃけ有識者から見ればおままごとのようなキスに見えるだろう。だと言うのに……大好きな人とするキスって、やっぱり凄いんだと私は実感している。重なる唇を中心に自分の身体と琴ちゃんの身体が溶けて混ざり合う……そんな錯覚を覚える。混ざり合いながら……心が琴ちゃんでいっぱいになる。満たされていく。
……同時に。もっと琴ちゃんと繋がりたい。一つになってしまいたい。抱き締め合い、もっと激しくキスをして。そしてその先を――と危うい感情も自分の奥底で見え隠れしてしまう。
「…………(さわっ)」
「……こら琴ちゃん。さり気なーくどこ触っているのかね?お触り禁止。わかっているよね?」
「……ちょっと手が滑っただけだよ」
多分琴ちゃんも私と同じ気持ちなんだろう。その気になったのかこっそり私の身体に触れて……そして私に窘められて渋々手を引っ込めている。
「……ねえお姉ちゃん」
「だめ」
「まだ私何にも言ってないよぅ……」
「キスだけじゃ物足りないし、恋人なんだし。もうちょっと先の事もやらない?……ってまた言いたいんでしょ琴ちゃん。ダメ絶対。約束守れない子は嫌いになっちゃうよ私」
「…………はぁい」
キスで昂ぶった琴ちゃんは私にキス以上の行為の解禁をおねだりしてきたけれど。内心『私もシたい!超シたい!!!』と本能が叫ぶ中、心の中で血涙を流しながらも毅然とした態度で断る私。
恋人同士になったのならそれくらい良いじゃないかって私だって思うんだけど……でも、私と琴ちゃんの場合は付き合う前に約束したんだよね。お互いのためにも二年は手を出さないって。それが付き合う条件みたいなものだったわけだしそれを破るわけにはいかない。……私も正直辛いけど。
「さて、と。そろそろ良い時間だし、いい加減おなかペコペコなんだよね。そろそろ着替えて顔も洗ってくるよ。琴ちゃんはリビングで待ってて。一緒にごはん食べよ」
「あ……そだね。いつの間にかこんな時間だ。それじゃあ一足先に準備しておくから、待っているねお姉ちゃん」
「オッケー。すぐ行くからね」
キスも済んだところで朝ご飯を食べるべく、琴ちゃんを先にリビングへ向かわせてからようやくベッドから抜け出して着替えを始める私。
「…………キスだけじゃ物足りない、か」
着替えながら思うのは先ほどの琴ちゃんとのやり取り。琴ちゃんのあの様子は……やっぱり欲求不満なんだろうね。キスのせいで余計に燃え上がるのに、結局生殺しなんだし……不完全燃焼になっているのだろう。私もそうだからよくわかるよ。
「…………どうにかキスで……キスだけで琴ちゃんの不満を解消出来れば……」
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