173話 かしこい琴ちゃんのたった一つの冴えた解決法
さて。なんだか色々ありすぎてぐだぐだになっちゃったけど。私と琴ちゃんのデートのその後についてちょっとだけ語らせて貰うとしようか。
結婚……は、残念ながらまだ出来ないけど。それでも一応私と琴ちゃんは恋人同士って関係に落ち着いた。その事を一先ず私たちを見守っていたという建前の下、こそこそ出歯亀していた連中に報告してやった私。頼んでもいないのに勝手に付いてきたわけだし、別にそんな事をする義理はないんだが……それでも心配して来てくれていたわけだし無碍にも出来ないもんね。
「――んで?話をまとめると、結局小絃は琴ちゃんにあれだけ想われているにもかかわらず、二年も先延ばしする選択を取ったと」
「……なにさあや子。随分含みのある言い方だけど、言いたい事があるのならハッキリ言ったらどうかね?」
「じゃあ遠慮無くハッキリ言ってやるわ。…………この、ヘタレ」
「あぁん!?」
そして案の定あや子にそう蔑まれる。……こういう反応されるだろうなとは私も予想してたけど、予想通り過ぎて腹立つわ……!
「ヘタレ以外の何と評価すれば良いのかしら?臆病で卑屈なヒモ女って評価すれば良いかしら?ったく……結婚の約束しといてただでさえ十年以上待たせているのに、そこから更に二年も待たせるとかさぁ」
「それは……そうだけど!でも私たちにとっては必要な時間であって……!」
「はいはい言い訳乙。あんたさぁ、相手が琴ちゃんじゃなきゃ愛想尽かされてもおかしくないわよ」
「ぐ、ぬぬ……それを言われると……反論できないけど……」
「まあまあアヤヤ。コイコイも頑張ったわけだしそう言うなって。恋人同士にはなれたわけだしこれもまた大きな一歩じゃんか」
「マコ姉さまの仰る通りですね。なんであれ、琴さまはあんなにも喜ばれていますもの」
そんな中マコ師匠とコマさんのフォローが光る。二人の優しい視線の先には……
「良かったね琴ちゃん。小絃さんと正式に恋人になれて。二人とも、すっごくお似合いだと思うよ」
「うん、うん……っ!」
紬希さんに祝福され、また涙ぐむ琴ちゃんの愛らしい姿がそこにあった。……さっきは琴ちゃんが急に泣き出してどうしたものかと焦ったけど。どうやらうれし涙だったらしくてホッとしている。
「私は悪くない決断だったと思うよ。……正直、コトたんは焦りすぎていたと思う。抱えている爆弾がコトたんもコイコイも多すぎるし、それを全部取っ払ってからでも結婚するのは遅くないんじゃないかな」
「えー?そうですかね。私にはこいつ逃げているようにしか見えないんですけど。……ねえ琴ちゃん。琴ちゃんも不満じゃない?正直に言って良いのよ」
「いいえ。大丈夫ですあや子さん。今は……恋人になれただけで飛び跳ねちゃうくらい嬉しいんです。……お姉ちゃんの気持ち、私もわかりましたし。どれだけ私を想ってくれていたのか、どれだけ私の為にいっぱい考えてくれていたのか。ちゃんと理解出来ましたから。それに……いつ目覚めるかもわからない状態で当てもなく十年お姉ちゃんを待ったんです。そう思えばたった二年程度待つなんて……今更ですよ」
「琴ちゃん……」
うっとりと私を見つめながら、そんな嬉しくもあり恥ずかしくもある事を語ってくる琴ちゃん。……結局、どんな理由を並べても待たせちゃう事には変わりない。それでも笑顔で待つと言ってくれた琴ちゃんの為にも……私は――
「……必ず、身体を元に戻す。ううん。元に戻すだけじゃ足りない。鍛えて全盛期以上に仕上げる」
「……?お姉ちゃん?」
「もっともっと……家事も勉強も……色んな事頑張る。琴ちゃんに相応しい女になれるように、努力する。努力して……そして…………」
「そして?」
「必ず琴ちゃんを幸せにするから……だから……もうちょっとだけ、待っていて」
「…………はい♡」
頑張ろう私。今度こそ……琴ちゃんを幸せにしてあげられるように。待たせた時間なんて忘れちゃうくらい……琴ちゃんに幸せだって思って貰えるように頑張ろう。
「……やれやれ。琴ちゃんが待つことをOKしてるなら、これ以上は私からは何も言えないじゃないの」
「そもそも琴ちゃんに言われるならともかく。全く関係の無いあや子からグチグチ言われる筋合いはないんだがね?…………つーか。琴ちゃんだけじゃなくて、私だって二年も待たなきゃいけないのは辛いって事をあや子はちゃんと理解出来てるの?」
「あん?辛いって何がよ」
何がだって?そんなの決まっているじゃないか。
【折角恋人関係になったってのに、食べ頃の琴ちゃんに手を出せないとか生き地獄過ぎなんだよォ!!!】
「……なるほどね」
効果がまだ残っていた『本音薬』が、私の心からの叫びを代弁してくれた。心を通わせたら、身体だって通わせたいんだよ……!それが二年もおあずけとか、これはどんな拷問なんだよ……!?
「ん?あれ?でもさコイコイ。恋人同士にはなれたんだし、だったら別に手を出しても良くない?」
「で、ですよね……!もっと言ってあげてくださいマコさん……!」
「……こーとーちゃーん?それはダメって、さっきも言ったでしょう。諸々の問題が解決するまではお互いに手を出すの禁止。じゃなきゃ共倒れしかねないよ」
「うー……はぁい、わかってるよ……ちょっと言ってみただけだもん……」
「ったく。小絃って変態で変人で常識の無いおバカなのに、昔から変なところで真面目よね」
「そこが小絃さんの良いところだよあや子ちゃん」
何とでも言うが良い。とにかく私は……二年は琴ちゃんに手を出すつもりも、出されるつもりもないわ。…………つらいけど。
「その諸々の問題の事ですが。まず琴さまは……ご自身のトラウマを解消したいというお話でしたよね」
「は、はい……そうです」
「小絃さまには前に打ち明けたことがあるのですが……実は私も以前トラウマから味覚障害を発症した時期がありまして。一時期姉さまに連れられて心療内科を受診していた時期があるのです。琴さまと小絃さまさえ良ければ、お世話になっていた先生を紹介しても良いのですが……如何でしょう?」
コマさんからそんなありがたい提案を進言される。渡りに船とはまさにこの事だ。琴ちゃんと小さく頷き合い、コマさんに頭を下げてお願いする。
「正直すっごく助かります。コマさんからの紹介なら信頼できますし……」
「そうだね。どうかよろしくお願いしますコマ先生」
「わかりました。それでは先生に事前にお話を通して、後日連絡致しますね。頑張りましょう、お二人とも」
「「はいっ!」」
琴ちゃんのメンタル面のフォローに関してはコマさんに頼ることにしよう。過去、同じようにトラウマを抱えて苦しんだ経験のあるコマさんなら琴ちゃんの相談にも乗ってくれそうだし心強いよね。
「となると。残る問題は小絃ね」
「うん……そうだね。リハビリに関しては私とあや子ちゃんが協力できるとは思うけど……」
「あと、身体作りは食事療法も効果ありそうだから私もそっち関連で協力出来るだろうけど……肝心のコイコイはどうしたもんかね」
「ん?何か問題ありますっけ?」
紬希さんやマコ師匠たちは少し心配そうな顔で私を見ている。はて?これだけ頼れる面子がいるんだし、そんなに心配するような事はないと思うんだけど……
「その顔は全然わかっていないって顔ね小絃。なんで当事者が一番理解していないのやら。あらゆる意味で鈍感にも程があるでしょうに」
「何の話さあや子」
「あんた自分で言っていたでしょ、琴ちゃんが側に居ないと狂いそうになるほどの痛みを思い出してしまうって。それをどうしようかって話よ」
「…………ああ、そっちね」
あや子にツッコまれて皆が何が言いたいのかやっとわかった。……んー。でもどうしようかって言われてもね。
「別に今まで通りでよくない?琴ちゃんと同棲しているお陰で家にいてくれる間は痛みなんざ感じないし、要するに琴ちゃんがお仕事に行っている時だけ我慢すれば良いだけの話じゃないの」
「ですが小絃さん。普段は琴ちゃんや私たちを心配させまいと平然とされていますが……本当は想像を絶する痛みを常に抱えているんですよね?あや子ちゃんから聞きましたよ。小絃さんのお母さんの発明品で小絃さんと入れ替わった時は……意識が飛びそうになっちゃうくらい痛かったって」
「痛みはストレスの原因にもなるって話聞いたことあるよ。コイコイの身体の不調が長引いている理由の一つかもしれないし……痛くないのに越したことはないでしょ?」
「んー……そりゃ私だってドMってわけじゃないんで、痛みなんてない方が良いに決まってますが。琴ちゃんにも仕事がありますし……ずっと一緒ってわけにもいかないでしょう?それとも何か妙案がありますか?」
こればっかりは流石にどうしようもないよね……琴ちゃんにテレワーク勤務ってやつを毎日して貰うわけにもいかないし。
「それに関しては大丈夫だよお姉ちゃん。私に考えがあるから」
「お?そうなの琴ちゃん?」
「うん、任せて。お姉ちゃんが痛みを感じなくて済む方法がわかった今なら、お姉ちゃんの痛みへの対策は簡単にできるよ」
「ほほぅ。流石、私の琴ちゃんは頼もしいなぁ。…………あ、一応言っておくけど。前みたいに『お姉ちゃんが痛みを感じなくて済むように、ずっと家にいます!』とかヒメさんに無理を押し通すとか……そういうのはダメだからね琴ちゃん」
「あはは。そんな常識の無いことはしないから安心してよ」
私にそんな頼もしいことを告げる琴ちゃん。この自信……どうやら琴ちゃんには私では思いつかないような何か素晴らしい秘策があるようだ。そういう事なら琴ちゃんに任せるとしよう。私だって痛い思いをしなくて済むなら助かるし。
◇ ◇ ◇
「それでは、本日の予定について……音羽さんの方からお願いします」
「はい。本日は10時より社内会議が行われます。14時からは以前より依頼のあったA社から商談が――」
上司さんから名指しでそう指示され、流れるようにスラスラと。聞き取りやすく部外者である私にもわかりやすく語る彼女。相変わらず仕事をしている私の恋人は……本当に凜々しくてかっこよくて。まだ惚れる余地があったのかって思っちゃうくらい……ドキドキする。
「――以上が本日のスケジュールとなっています。他に予定がある方や、質問がある方は挙手をお願いします」
「…………質問があります」
そんな彼女に惚れ惚れしながらも。どうしても言いたい事があった私は……彼女の胸の中で身じろぎしながらピシッと手を挙げる。私の挙手ににっこり笑顔を見せて当ててくれる琴ちゃん。
「はい、質問をどうぞお姉ちゃん」
「ありがとう、それじゃあ遠慮なく。…………どうして……」
「うん?」
「…………どうして私まで、琴ちゃんの会社に連れてこられているの!?どうして私は琴ちゃんに抱っこ紐で吊されてるの!?そしてどうしてここにいるお姉さま方は誰一人としてこの異常な光景にツッコミを入れてくれないの!?それが優しさだとでも言うの!!!?」
月曜日の眠気を吹っ飛ばすような大声で、そんなツッコミを盛大に入れる私。……今、私のこの状況を簡潔に説明させて頂こう。抱っこ紐……というものをご存じだろうか?赤ちゃんをお母さんが抱っこするときに使用する紐の事なんだけど……それを特注で大人一人余裕で入るくらいの大きめバージョンを母さんに作らせた琴ちゃん。
そして何を思ったのか有無を言わせずその紐で私を拘束し、琴ちゃんの身体に装着して……これまた何を思ったのかそのまま琴ちゃんの会社に出勤してしまったのである。なんという公開羞恥プレイ……
…………琴ちゃんは言ったよね?常識の無いことはしないから安心してってキミ言ったよね……!?
「どうしても何も。お姉ちゃん言っていたでしょう?私の側にさえ居れば痛みは感じないって。だったら……いつでもどこでもお姉ちゃんと一緒に居れば、お姉ちゃんは痛みを感じないって事だよね!」
「そうだけど、そうなんだけど……流石に加減して欲しかった!ヒメさん、ヒメさーん!?これは色々ダメですよね!?琴ちゃんの上司としてガツンと琴ちゃんを叱ってやってくれませんかね!!?」
あまりに力業過ぎる解決法に戦慄しながらも、唯一琴ちゃんを諫めてくれるであろうヒメさんにヘルプを求める私。私のその声を聞き、ヒメさんはこう返答してくれる。
「……まあ、音羽は常識外れではある。上司としてツッコミと言う名の説教をしてやらなきゃとも思う」
「だ、だったら……!」
「けど…………小絃さんが辛くないようにするにはこうするしかないって麻生に脅され――コホン、説得されたし。麻生は小絃さんと一緒だと仕事効率が三倍近く上がるし。それに何よりも……」
『あー……小絃ちゃん可愛いわぁ……見てて癒やされるわぁ♡』
『赤ちゃんみたい♪ね、ね!琴ちゃん、私にも小絃ちゃん抱っこさせてくれないかなぁ?』
『小絃ちゃーん!ほら、ごはんでちゅよー♡』
「この通り。周りの職員もモチベーションが上がっているっぽいし…………上司として反対しようにも反対できなかった。てなわけで……申し訳ないけどしばらくはそのままで頑張れ小絃さん。安心して欲しい、小絃さんの分の時給はちゃんと出すから」
「そういう問題じゃないと思うんですけどぉ!?」
超大手の有名企業のハズだが、この会社はもうダメかもしれない。
「私はお姉ちゃんと常に一緒で仕事のモチベーションが上がる。お姉ちゃんは常に私の側に居るから痛みを感じない。まさしくWin-Winってやつだよね。これで万事解決だねお姉ちゃん!」
「こんな解決法はイヤァあああああああああ!!?」
琴ちゃんの胸の中で再度絶叫する私。あの……琴ちゃん?まさかとは思うけど貴女……私の身体が治るまで……少なくとも二年はこのスタイルを突き通すつもりじゃないよね……ないよね……っ!?
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