172話 二年後に、今度こそ
「お姉ちゃんって私に隠しているでしょう?自分の今の……体調の事を」
少し緊張した面持ちでそう問いかけてくる琴ちゃん。私はその問いかけに一瞬言葉を詰まらせる。……ああ。とうとう来たか、来ちゃったかこの質問。
「……どうして琴ちゃんはそう思うの?」
「もともと……そうなんじゃないかとは怪しんでいた。十年も寝たきりだったのに……不思議なくらいあんなに元気いっぱいに振る舞っていて。無理しているんじゃないかって思っていた。この間の旅行の時とかは特にそう感じてた。……お姉ちゃん、本音を語り合える良い機会だから……ちゃんとお姉ちゃんの口から聞かせて欲しいの。私が気に病まないように……いっつも平然としているけど。本当は全然本調子じゃないんでしょう?」
「んー……」
いずれ聞かれる事だろうと覚悟していた。それでもやっぱり改めて問われると……答えづらいと言うか……気まずいと言うか。私の本音を語るのは恥ずかしいと言うか。
それでもこっちも散々琴ちゃんのヒミツを暴いちゃったわけだし、私だけ黙っているわけにもいくまい。仕方ないとこちらも覚悟を決め、事細かに私の現状を包み隠さずに話してみる。
「……そうだね。これでも昏睡状態から回復した直後に比べると、琴ちゃんの献身的な看病の甲斐あってかなり動けるようになったと思っているよ。でも……琴ちゃんのお察しの通り、痛くないのかと聞かれると……正直言うとまだかなり痛む。息をするのだって辛いし、歩くのもやっとこさ。常に倦怠感に苛まれて、恥も外聞もなく泣きわめきたいくらいだ」
「……そう、だったんだ。そうだよね……やっぱりお姉ちゃん、無理をしていたんだ。辛かったよね……苦しかったよね。私のせいでそんな地獄みたいな辛さを毎日感じて――」
「――けどね。不思議な事に……琴ちゃんの前だと痛みは感じないの。全然、全く。これっぽっちも」
「…………うん?」
私の現状を把握して、一瞬悲しい顔をするけれど……あとに続く私の言葉に、頭いっぱいに疑問符を浮かべる琴ちゃん。
「……痛みを感じない?それ、どういうこと?」
「言葉通りの意味だよ。…………あー、えっと。何て説明したら良いのやら……そのさ……」【琴ちゃんの前に立つと琴ちゃんの可愛さとかエロさとか綺麗さとかエロさとか可憐さとか大人っぽさとか愛くるしさとか艶めかしさとか色気とかエロさとか……その他諸々のお陰で身体の痛みなんざどっかいっちゃうんだよねー!】
「……え」
「……本当に、この『本音薬』は……っ!」
まあなんて便利なのでしょう。この通り、言いにくい事があったとしても『本音薬』さえあれば包み隠さず全部本音が語れるのです。 …………本音を語るのはこの際良いけど、もう少しオブラートに包ませろと言いたい!誰だこんな禄でもないものを使ったのは!?私か!
「え、ええっと……?」
「…………まあ、その。つまりはそういう事よ。琴ちゃんの側に居る間は、痛みとか全然感じないから平気なの」
「……嘘でしょ?」
「本音しか語ることが出来ない今、琴ちゃんに嘘なんてつけるわけ無いでしょ?」
『……やれやれ。どういう身体の構造してんのかしらねあのバカは。小絃ママの発明品のせいで、あいつと入れ替わった事もあったけど……その時は常に吐きそうなレベルで痛みに悶えてたってのに……色んな意味で鈍感すぎじゃない?』
『あ、あはは……ほら、痛みは意識すると痛むってよく言うでしょ?痛みって『知覚』から発生するものだし……小絃さんにとっては身体の痛みよりも琴ちゃんの存在というインパクトの方が大きいって事なんじゃない……かな?よくわかんないけど』
『流石、姉の鑑だよ我が弟子コイコイ……もはや私から教えることは何も無いな』
『小絃さまの愛の成せる業ですね。ふふ……本当に愛されていますね琴さまは』
今思えば……長き入院生活から目覚めたあの時――十年後の琴ちゃんと再会した時からそうだった。目を覚ました瞬間は、正直声を出すことすら億劫なほどだったのに、成長した琴ちゃんに再会した瞬間……その痛みもすっかりどこかへ行ってしまっていたんだった。
「まあ……流石に限界以上に動くと私もダウンしちゃうし。琴ちゃんが居ない時は……痛みを再確認させられちゃうんだけど。でも……誤解が無いようにここで改めて宣言させて貰うね。琴ちゃんさえ側にいてくれたら……私は事故の痛みなんて全然感じないし、辛くもなんともないの。だから……琴ちゃんが事故の負い目を感じるような必要はないんだよ」
「…………」
ありのままの私の気持ちを琴ちゃんに言葉で伝える私。そんな私の一言に……『本音薬』から発せられるハズの声すら聞こえてこない程に放心中の琴ちゃん。
それでも何とか再起動した琴ちゃんは、小さくこう呟いた。
「…………お姉ちゃんってさ」
「ん?なぁに琴ちゃん?」
「…………私の事、好きすぎじゃない?」
聡明な琴ちゃんらしからぬそんな愚問に。私は笑ってこう返す。
「今頃気づいたの?」
そもそも好きすぎじゃなきゃ、文字通り命がけで琴ちゃんを救うなんて出来るわけないじゃない。
「……とはいえ。痛みは感じなくても、それでも本調子じゃない事には変わりない事は事実だよ。さっきも言ったとおり、あくまでも琴ちゃんが側に居なきゃ……気が狂いそうな痛みを思い出しちゃうもん。それは認める。そういう意味では……琴ちゃんが不安に感じる気持ちもよくわかる。心配しちゃうのも無理はないよね」
「……うん」
「だからって言うわけじゃないんだけど。一つお姉ちゃんから琴ちゃんに提案があります」
「提案……?」
琴ちゃんの本音も聞けた。私の本音も伝えられた。二人の今の立ち位置もよくわかった。二人の気持ちも理解出来た。となれば、あとは……
「ねえ琴ちゃん。散々琴ちゃんの事を待たせ続けてこんな事をお願いするのは申し訳ないけど……もう少しだけ待って貰う事は出来ないかな」
「待つ……何を……?」
「大きくなったら、結婚しようっていうあの約束だよ」
……正直この提案は、あや子あたりから『逃げ』の一手と罵られるかもしれない。ヘタレここに極まれりだのなんだのと。……実際保留しているようなものだから言い返せない。けれど……
「……本音を言うとね、お互い両思いだってちゃんと再確認出来たわけだし……今すぐにでも琴ちゃんの好意に応えたいって思ってる」【ついでに姉としてのプライドも何もかも投げ捨てて、琴ちゃんの魅惑の大人ぼでーを堪能したいとも思ってる】
「な、なら……!お、お姉ちゃんが望むなら私はいつだって……!」
「それはダメ。それじゃあ今までと何も変わんないままだもの」
私は身体に爆弾を抱え、琴ちゃんは精神に爆弾を抱えたままだ。このままではいずれどちらかが……下手をしたら両方が爆発しかねない。
「さっき琴ちゃんはまだ心が子どもだって話をしたよね。んでもって、やせ我慢していた私はまだまだ身体が本調子じゃない」
「……うん」
「だからこそ、あの約束は……少しだけ待っていて欲しいの。せめて最低……あと二年は待っていて欲しい。ちょうど私が
「二年……」
「そうやってお互いが心身共に成長出来たら、お互いに正しい意味で大人になれたら。……その時こそ私は約束を果たすと誓うよ。……どう、かな……?」
流石に待たせすぎかな?すでに十年以上待たせているのに、これ以上待てないって思われちゃうかな?
そんな不安な気持ちを抱きながら。琴ちゃんのお返事という名の審判の時を待つ私。そして琴ちゃんの判決はというと……
「あ、の……お姉ちゃん。その回答をする前に……ちょっと聞きたい事が」
「うん?何だろう聞きたい事って?」
「お姉ちゃんのその提案なんだけどさ……」
「う、うん……」
「その前提条件だと……勘違いだったら申し訳ないんだけど。二年経ったら私と…………その。お姉ちゃんは私と結婚してくれるって……言っているように……聞こえるんだけど……?」
「へ?」
困惑した様子で、そんな意味がよくわからない事を言ってくる琴ちゃん。
「いや……琴ちゃん、何言ってんの?」
「あ、あの……ご、ごめんなさい……!?わ、私やっぱり勘違いを――」
「そう言っているように聞こえるも何も……それそのまんまの意味だよ。二年経って、二人とも大人になったら……その時こそ約束通り結婚しようって言っているんだってば」
「…………いい、の……?」
「良いも悪いも……琴ちゃんは責任とってくれないの?」
「それは……お姉ちゃんを傷物にしちゃった責任?お姉ちゃんの十年を奪った事に対する責任?」
「ううん。違う」
「じゃあ……一体……」
「私をこんなにも琴ちゃんに惚れさせてくれた、その責任に決まっているじゃん」
「…………」
やれやれ、何を当たり前の事を聞いているのやら。断られるのかと思ってビクビクしちゃったじゃないか。
「まあ、その為にもまず私は身体を全快にさせて。琴ちゃんもトラウマを克服しなきゃだけどね。とりあえず私も付き合うから、琴ちゃんは一度ちゃんとした心療内科に受診して……話はそれからに――って、琴ちゃん?」
「…………(ぽろぽろぽろ)」
「どうかし…………うぉっ!?えっ!?なんでそんなに泣いて……!?さ、流石に二年も待って欲しいはやっぱり酷だった!?いやわかる、わかるよ!?二年は短くはないもんね!?で、でも……わかってちょうだい琴ちゃん……!私だって琴ちゃんとラブラブふ~ふになるがお預けなのは辛いの!けどやっぱ物事には順序ってものが――ああ、お願いっ!お願いだから泣かないでよ琴ちゃん……!?」
『……あーあ、小絃のやつ。なーかせたーなーかせたー』
『いや、あれは良い涙だから良いでしょあや子ちゃん。いちいち茶化さないの。……ふふふ、良かったね琴ちゃん』
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