171話 小学生には手を出せない(※あや子さんは除く)
「琴ちゃんに罪悪感を抱えられたまま。ただ私を引き止めたいってだけの理由で琴ちゃんに抱かれるだなんて、そんなのまっぴらごめんだって言いたいんだよ私」
「…………ぇ」
私のその一言にこの場の空気が凍る。直後、完全に言葉を失う琴ちゃん。母さんの迷惑薬の効果で聞こえてくるハズの心の『声』さえも聞こえてこないところをみると、もしかしたら私が何を言っているのか全く理解出来ていないのかもしれない。
そんな琴ちゃんには構わずに、私は容赦なく話を続ける。
「ああ、勘違いしないで欲しいんだけどさ。琴ちゃんが私を抱きたいって気持ち……それ自体は本物だって私もわかっているつもりだよ。恋人関係になって、ゆくゆくは将来を誓い合うパートナーになって。そんで、温もりを感じ合いたい。パートナー同士で愛を育みたい――そんな琴ちゃんの気持ちに嘘偽りはないって事。ちゃんとわかっているよ」
いくら鈍感で女心がわからないヘタレと(主にあや子に)称される私といえど、琴ちゃんの気持ちがわからぬほど愚かではない。長年積み重ねてくれた私への強い尊い憧れ。他の何を犠牲にしてでも私を手に入れたいという宇宙の大きさ並の執着心。こちらまで溶かされるように熱く燃え上がる私に対する恋心。……その全ては本物だって理解している。
「そして……恥ずかしながらこの私も。琴ちゃんとそういう事をしたいって常々思っている。おのれの欲望に素直になって、琴ちゃんと愛を語り合いたいと思ってる」【ついでに言うと待たせまくった10年分を埋め尽くす勢いで、思いつく限りのありとあらゆるテクニカルプレイを琴ちゃんとシたいと心の底から思ってる】
…………しっかし。どうでも良いけどこの母さんの『本音薬』ってさ。本音を引き出すことのには役に立つけどこんな調子で大事な話の途中で本音と一緒に余計な思考まで拾っちゃうのは色々とアレだよね……締まらなさすぎる。所詮は母さんの欠陥発明品よ……
それは一旦置いておくとして。肝心要なお話をするために、余計な事を言わぬように心の奥底から真面目モードに切り替える。
「でもね。残念ながら琴ちゃんの場合、それだけじゃないよね。その為だけに私を抱きたいワケじゃないよね」
【なんの……こと……?】
「……ねえ琴ちゃん。琴ちゃんってさ……私を抱きたい!って自分の欲望よりも何よりも。10年前の事故の負い目、そこから派生した私への同情とか贖罪とか……『小絃お姉ちゃんがそれを望んでいるから』『小絃お姉ちゃんが喜んでくれるから』『小絃お姉ちゃんが自分を必要としているから』――そんな気持ちで琴ちゃんは私を抱こうとしてないかな?」
「そ、んな事……ッ!」
今までずっと感じていた、それでも中々言い出せなかった事を琴ちゃんに突きつける。琴ちゃんは目を見開き、一瞬何か言いたげに口を開くけど……思い当たる節があったのか、そこから言葉を紡ぐ事が出来なかった。
ごめんね琴ちゃん、嫌な事を言って。けど……そこのところを一度ハッキリさせておきたかったんだ。
「……ねえ琴ちゃん。私ね、琴ちゃんはこの10年ですっごく良い女に成長したなって思ってる。美人さんでかっこよくて仕事も家事も何でも出来る……私好みの超絶タイプな大人の女性になったなって感心してるんだ」
【それは、だって……お姉ちゃんに好きになって貰いたくて……】
「ありがとう。私の為に努力してきた琴ちゃんはとっても素敵だよ。……けどね。成長したはずなのに。10年もの時が経って……今や琴ちゃんの方が私よりも年上になったハズなのに。私の目には……琴ちゃんはあの頃のまま……10年前のままで変わっていないように見える時があるんだ」
【10年前のまま……変わってない……?】
確かに琴ちゃんは成長した。目を疑うほどに私好みの女性になった。けれど……私は目覚めてから事あるごとに、その成長後の姿と琴ちゃんの中身とのギャップを感じていた。無邪気に私の手を引いて『おねえちゃん、おねえちゃん♡』と慕ってくれていたちっちゃくて可愛い10年前のあの日の琴ちゃん。私には小学生のままのその琴ちゃんの姿が、未だに今の琴ちゃんの姿と重なって見えてしまっていた。
「それも琴ちゃんを抱きたくても抱けなかった理由の一つ。……最初はね。10年後にいきなりタイムスリップしたようなもんだし、そのせいで突然琴ちゃんが成長したように見えて私の脳が成長した琴ちゃんを琴ちゃんと上手く認識出来ていないだけだって思ってた。けれど10年後の現在にも慣れてきて、周りとのギャップも少しずつなくなって。それでもやっぱり琴ちゃんを抱くことは出来なかった。……それはきっと大事な妹分の琴ちゃんだからこそ、大事すぎて手を出せないんだ。きっと私がもっと琴ちゃんの事を好きになって、妹としてではなく一人の女性として好きになればその時こそ琴ちゃんと愛し合える――その時はそう自分に言い聞かせていたんだ」
『え?抱けなかったのはただ単に小絃がヘタレだっただけの話じゃないの?』
『こ、こらあや子ちゃん……!今真面目な話してるんだから余計な茶々入れないの……!』
おうそこの元祖ヘタレ、聞こえてるぞ。話の腰を折るんじゃない。
「でもね。旅行やデート……ううん、琴ちゃんと目覚めてからずっと同棲生活を過ごしてきて。改めて琴ちゃんと向き合う事になって。わかった事があるんだ」
「…………お姉ちゃんが、わかったこと。それは……なに……?」
「……琴ちゃんの心が、私が事故に遭ったあの日のまま置き去りになっているって事。私が意識を失ったあとから……琴ちゃんは精神を成長出来ないまま、身体だけ大人になってしまった事。それがわかっちゃったんだ」
「~~~~~~ッ!」
ここまで言って良いものかと躊躇ったけど。それでも今は『本音薬』の効果で隠し事なんて出来ない状態だ。覚悟を決めて残酷な事を私は琴ちゃんに告げる。今の今までどうにか私の話を聞いていた琴ちゃんも、これには流石に堪えるものがあったようで……静かに首を垂れ、風邪を引いたように全身を震わせて。そしてカクン、と膝を落としかける。
「っと…………琴ちゃん。琴ちゃん大丈夫?」
「はっ……は、……ァ、あ……ぅあ……ぁああ……ッ!」
「落ち着いて。ゆっくり息を吐いて……ゆっくり吸って。大丈夫だから。大丈夫だからね……深呼吸。深呼吸だよ琴ちゃん」
慌てて琴ちゃんを抱きとめて、そのままベンチに座らせる。荒い呼吸を整えさせ、震える身体を温めるように抱きしめたまま『大丈夫、大丈夫だよ』と背中をさすってあげる。
やがて、その琴ちゃんの震えもちょっとずつ和らいできた頃を見計らって。話を再開させる。
「自分でも不思議だったんだよね。こーんなに私好みに琴ちゃんが成長していて。他でもないこの私が……何で手を出せないのかなって」
「ん……」
据え膳食わぬは女の恥。いくら琴ちゃんが目に入れても痛くない大事な妹分だからって、これほどまでに美味しそうに実った果実を前にして。鴨が葱を背負って鍋を沸かして出汁取って『私を食べて♡』とまで言っているのに。堪え性のない私が琴ちゃんに手を出さぬ、いいや手を出せぬ理由って一体何だろうって自分が理解出来なかった。だけど……
『身体も、知能もこの10年で立派に育ったけどさ。肝心の心は……精神は。まだまだ私の好みにピッタリの女の子のままなのよね。琴ちゃんの心は……多分あの日から。あんたが昏睡状態になったあの日から――』
『何と言いますか……私の目には琴さまって……外見は十分大人なんですが。中身が外見に合っていないと言いましょうか。子どものまま大人になってしまった……みたいな。大事なものが欠けたまま、身体だけ大きくなったような……そんな印象があるんです』
今回のデート前にやった悪友あや子とコマさんとの会話を思い出す。……あの二人の琴ちゃんに対する印象がまさしく答えだったと思う。琴ちゃんの精神性の幼さを理解した瞬間、どうして私は琴ちゃんに手を出せないのか――その疑問も一気に氷解した。
「そりゃ私も手を出したくても出せるわけないよね。だって琴ちゃん……中身はあの頃のままなんだもん。いくら身体が成長しても。いくら賢くなっていたとしても。……心が小学生の琴ちゃんに手を出せるハズないじゃない。普通、小学生に欲情するわけないもんね」
『え……っ!?ま、待ちなさい小絃!?そ、その理屈はおかしくないかしら!?寧ろ普通は小学生だからこそ手を出したくなるものなんじゃないの!?』
『あや子ちゃん。大事なお話の途中だから黙ってて。あとついでにそこで正座しなさい今すぐに』
まあ、あの通りごく一部の
「……琴ちゃんが私のせいでトラウマを抱えていた事は早い段階で理解してたつもりだった。もしかしたら琴ちゃんも薄々気づいてたかもだけど……今日のデート場所ってさ――」
【私が、意図的に避けていた場所。あの日の事を思い出したくなくて……逃げていた場所……だよね】
琴ちゃんの心の声が聞こえてきた。おお……流石。やっぱりちゃんとわかっていたのね。
「ちゃんと自覚出来ていることは良いことだね。けど……そのトラウマは、多分当初私が考えていた以上に。そして恐らく琴ちゃんが思っている以上に……根が深いと思う」
【根が……深い……?】
「琴ちゃんさ、毎晩欠かさず私の名前を呼びながらうなされている自覚はある?私をありとあらゆるものから守るために私を監禁したいって欲望を胸に秘めている自覚はちゃんとある?」
「ぇ……」
こっちは流石に寝耳に水な話だったようで目を白黒させる琴ちゃん。まあ、あるわけないよね。うなされているって知っていたなら私に悟られないように一緒のお布団で寝るはずないし。監禁云々は母さんに命じて記憶を抹消させちゃったワケだし。
「心身共に表面化しちゃうくらい琴ちゃんが対面したトラウマは根深いんだよ。……当然だよね。あんなに小さかった琴ちゃんの前で車に撥ねられて。血だらけになって。生死の境をさまよって。そんな光景見せられて平気でいられるハズがないもの。しかもいつ目覚めるかも分らない私を見守り続けた結果、碌な青春時代を送る事が出来なかったんだから……そりゃトラウマはより深刻になるし、精神を成長させる機会だってあるわけないよね」
私が事故に遭ってから、琴ちゃんは10年間一日も休む事なく私のお見舞いをしていたらしい。学友達と遊び学び、交流を深めることで心の成長を計っていかねばならない一番多感な時期に……その貴重な時間を割いて一人孤独に病室で私の目覚めを待っていた琴ちゃん。そんな状態では心が子どものままでいても不思議じゃない。
「そんな精神状態でいざ私が目覚めると……琴ちゃんはこう考えたんだと思う。『お姉ちゃんにあの事故の償いをしたい』『お姉ちゃんがこれ以上辛くて苦しい思いをしないで済むように自分の目の届くところにいて貰いたい』『お姉ちゃんに私を罰して欲しい』――ってね」
そしてそういう感情が混ざり合った結果が、『お姉ちゃんを繋ぎ止めたい。お姉ちゃんを繋ぎ止めるにはどうすれば良い?……そうだ、お姉ちゃん好みに育ったこの自分の身体を使えば良いじゃない』――って事なんだろうね。
……私を繋ぎ止めるには、これ以上ない方法だから困る。流石は琴ちゃん。良く私を見てくれてるぜ……
「……お姉ちゃんが今言った通りだよ。私……お姉ちゃんを失いたくなかった。お姉ちゃんに私の事を夢中になって貰えるなら……なんでもするつもりだった。私の身体を使って、私の側から離れられなくしてしまえば……そうすればお姉ちゃんに降りかかるありとあらゆる厄災からお姉ちゃんを守れるって……思ってた」
ようやく喋られるまで回復した様子の琴ちゃんが、自嘲気味に本音で語ってくれる。
「……ああ。ホント……お姉ちゃんに指摘されるまで気づいていなかった。情けない……大人の魅力でお姉ちゃんをメロメロにって……変に大人ぶっておいて。その実やってることは子どものままごとじゃない。関心を持って貰えるように必死に気を引く子どもそのものじゃないの」
「情けなくなんてないよ。ごめんね琴ちゃん。成長していないだのなんだの失礼な事ばっかり言ってさ。いつまで経っても心も身体も何一つ成長出来てない私が言えた話じゃないのにね」
「ううん。お姉ちゃんは……大人だよ。少なくとも、私よりもずっとずっと。……ああ、子どもか……私まだまだ子どもなんだね……なんか自分の弱さ自覚したら……恥ずかしいけど……ちょっとだけすっきりしたかも」
形はどうあれ本音で語り合えた事が多少は良い方向に導かれたのか。憑きものが落ちたような久々の心からの笑顔が琴ちゃんから見える。
そんな琴ちゃんは一度大きな深呼吸をして、そして私にこんな事を問いかけてきた。
「ね、お姉ちゃん。折角本音で語り合えるんだし……私からもお姉ちゃんに聞きたい事があるの。聞いても……いいかな?」
「うん。勿論。琴ちゃんが望む事なら何でも答えてあげるよ!」【スリーサイズからヒミツの性癖、果ては隠し撮りした琴ちゃんの写真の隠し場所まで何でもね!】
「あはは……それはまた別の機会にお願いするね。……私が今聞きたい事なんだけどさ――お姉ちゃんって私に隠しているでしょう?自分の今の……体調の事を」
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