170話 トンデモ発明シリーズ『本音薬』
琴ちゃんと本気でわかり合うため、二人で素敵な未来を築く為。一度徹底的にぶつかり合わねばならぬと判断した私。とは言っても私には琴ちゃんのお姉ちゃんとしてのなけなしのプライドが、そして琴ちゃんには秘めた複雑な感情が。それぞれ邪魔をして本音でぶつかり合うなんて素面じゃ到底無理だろう。そもそも他人の言っている事が本音か嘘かなんてわかんないもんね。
「そこで私は考えたんだ。ならばいっそ、お互いに徹頭徹尾本音しか喋れなくすれば良いと。……そんなわけで思い立ったが吉日って事で、母さんに思い切って作らせたのがこの『本音薬』ってワケなのだよ琴ちゃん!」
「思い切りが良すぎるよ小絃お姉ちゃん……!?」
私に口移しでその薬を無理矢理飲まされた琴ちゃんは涙目でそうツッコんでくれる。琴ちゃんの言いたい事は本音を聞かずともよく分かる。あのマッドサイエンティスト母の発明品とか絶対に禄でもないし、そんなものに頼るなど正気の沙汰では無い。使ったら最後、地獄を見る羽目になると。薬を使った私は勿論、恐らくあっちで性懲りも無く出歯亀しているあや子達含めこの場にいる全員が同じ事を考えているだろう。
けどね……背に腹はかえられないんだ。この地獄を乗り越えて、私は琴ちゃんと共に前に進む……!
「効果は予め母さんと実験して実証済み!口を開いたら最後、琴ちゃんから発せられる言葉は全てが本音になるのさ!今日一日は否が応でも本音を……いいや、本音しか喋れなくなるから覚悟する事だね琴ちゃん!」
「ぐっ……な、なんて無茶苦茶で強引な……普段とびっきり優しいのに、偶にナチュラルにSになっちゃうお姉ちゃんのそういうところも好きっ!……で、でも……口に出す言葉が全部本音で出ちゃうってだけなら……要は喋らなければ――」
すぐに対抗策を思いつき、本音を語らぬようにとお口チャックする琴ちゃん。なるほど、沈黙を選んだか。流石は私の琴ちゃんだ。とても賢い。そしてとても可愛い。
……だがしかし。
【うぅ……なんてものを発明してくれたんですかお義母さん……今回ばかりは恨みますよ……これじゃあ私のヒミツが小絃お姉ちゃんに全部筒抜けになっちゃうじゃないですか……】「え……あ、あれ!?な、何今の……まさか私の声!?」
すぐに異変に気づく琴ちゃん。琴ちゃん自身はしっかりと口を閉ざしているはずなのに、腹話術でもしているかのようにどこからともかく琴ちゃんの声が聞こえてくるではないか。おーおー、よく効いてるね。褒めるのは癪だけど、母さんもたまには良い仕事をするじゃないか。
「ふ、ふふふ……ふははははは!甘い、甘いぞ琴ちゃん!」
「お、お姉ちゃん……!?こ、これは一体……っ!?」
「琴ちゃんが喋らなくなる事くらいこっちも想定済みよ。あの母さんが作った超迷惑発明品、口を閉ざした程度で対抗できると思ったら大間違い。なにせこんな事もあろうかと……」
「あ、あろうかと……?」
「一定時間喋らない場合、自動的に思っている事を『声』として流す効果も母さんにオマケで付けて貰ったのサ!」
【本当になんてことをしてくれたんですかお義母さぁあああああああん!!?】
紛うことなき琴ちゃんの聞こえないはずの本音が『声』になって高らかに響き渡る。今回の母さんの発明品、『本音薬』と形式上呼んではいるが……その効果は本音しか喋られなくなる事だけに留まらない。詳しい理屈はよくわからないが、母さん曰く頭の内部の無意識に近い意識を読み取って、それを喋らずとも『声』として外部に発信するんだとか。
つまり口に出す言葉は全て本音に。それを嫌って口を塞いでも、より深い意識を読み取って自動的に本音が暴露されるという地獄絵図が完成するって事だ。
「と言うわけで、隠し事が出来るとは思わない事だね琴ちゃん!」
【……そんな……!?どうしよう……どうしよう……!?このままじゃお姉ちゃんに今まで黙っていた隠し事が赤裸々に……あっ、ダメ……隠し事の事……考えちゃダメ……考えたら考えるだけ勝手に声が出ちゃう……!】「い、嫌ぁ!?」
私の『隠し事』というキーワードに反応した琴ちゃん。意識すればするだけドツボにハマり、隠そうとすればするほどにその内容が声となって私に届く。ふふふ……琴ちゃんもまだまだ未熟だね。隠し事なんて考えるからこんな事になるんだよ。
【隠し事と言えば、そういや私の隠し事も考えちゃったら琴ちゃんにバレちゃうんだよね……例えば今日のデートで琴ちゃんをリードするために手を繋いでたんだけど、琴ちゃんのおてての柔らかさに始終ドキドキしてた事とか。あー……あのふにふにおててってなんなの?可愛すぎじゃね?一生見ていられるわ……一生触っていられるわ。琴ちゃんが離れた隙に触れられていた手の残り香を嗅いで手の感触を反芻してたこととか絶対にバレないようにしないと――】「わ、私の本音がァ!?」
そう、ちょうどこんな風にね!油断して四苦八苦する琴ちゃんをニヤニヤと眺めていた結果がコレですよ。琴ちゃんと本音で語り合うために、私も琴ちゃん同様にあの邪悪な薬を飲んでいる。その為私も思っている事がこの通り自然と『声』となりくっきりハッキリ聞こえてしまうのである。
「……お、お姉ちゃん……デート中にそんな事してたの……?」【そんな……言ってくれれば残り香なんかじゃなくて、直接匂いを嗅がせてあげたのに。汗の匂いだろうと脇だろうと足裏だろうと、お姉ちゃんが望むならどこでも――】「ああ、またぁ!?」
【いいの琴ちゃん!?是非ともお願いしますっ!なんなら直接琴ちゃんの聖○でお姉ちゃんをマーキングしてくださ――】「ぬぁあああ……ヤバい、本音が止まんねぇ……!?」
いかん……薬が想像以上に効いてきたみたいだ。私が想像していた以上に思っている事や隠し事が口からも内からも縦横無尽に飛び出してくる。母さんなんかの発明品に頼った結果がこれだよ……
『流石、期待を裏切らないわねあのバカ小絃は。盛大に自爆してるじゃないの』
『おまけに琴ちゃんも小絃さんの自爆に巻き込まれて連鎖的に自爆しちゃってるね……何という地獄絵図……』
『薬の効果を分かった上で、自分で薬を飲んだのに速攻で自爆するとかコイコイ面白すぎる……流石我が弟子だわ』
『…………ふむ。あのお薬、ひょっとして上手く利用すればマコ姉さまとの羞恥プレイに使えるのでは……?』
周りの出歯亀ズからの哀れみの視線とツッコミが痛い。け、けどこれで薬の効果は琴ちゃんにも嫌なくらい伝わったはず。自爆する事くらい百も承知よ。と言うか、自爆芸は私の十八番。これくらいでめげる私だと思うなよ……!
「ふ、ふふふ……と言うわけで……さあ存分に本音で語り合おうじゃないか琴ちゃん……」
「あの……お姉ちゃん。水を差すようで悪いんだけど……もうこの時点でお姉ちゃんも私も満身創痍なんだけどまだやるの……?」
「やるとも、やってやりますとも……」【なにせまだ私は致命傷で済んでいるからね……まだまだこれからよ……】
「えっと……」【お姉ちゃん落ち着いて……致命傷じゃ手遅れだよ……】
◇ ◇ ◇
『うーん……本音しか喋られなくなるお薬か。オマケに思っている事が自動的に聞こえてくるなんてどんな原理なんだろ?……ともかく小絃さんのお母さんって本当に凄いよね。ちょっと興味あるし、今度小絃さんのお母さんにお願いして試しに作って貰おうかな』
『え……紬希、貴女正気?使ったら最後大変な事になるのは目に見えているじゃない。てか、そんなもの一体何に使うつもりよ』
『色んな用途に使えると思うんだよね。例えば……口に出さなくても頭で思っている事が聞こえるなら、喉が痛くて声が出せない患者さんの診察とかに役立てそうだし。あと他には――』
『他には?』
『…………どこかの誰かさんが悪さした時の為の自白剤としても使えそうだし』
『やめましょう紬希。一体どこの誰かさんの為に使うのか皆目見当が付かないけれど、あの二人の惨状を見れば分かるでしょう?使った方も使われた方も不幸になりかねないわ。…………だからどうかお願いしますそれだけはおやめくださいませ紬希様……!』
『マコ姉さま。私もあのお薬……ちょっとだけ興味があります』
『……一応聞くけどさコマ。それを一体何に使うつもりなのかしらん?』
『それは勿論、プレイ中に使えば姉さまはどこが気持ちいいのか、どこをどうして欲しいのか丸わかり――』
『うん、知ってた』
外野たちのそんなやり取りが遠くから聞こえてくる。まだ覗き見しているのか暇人共め、とっとと帰れ。そんなツッコミをいつもの私ならそろそろ入れてやっているところだけれど――
「…………(ぐったり)」【――あー、あとね。琴ちゃんにしている隠し事なんだけど。実は私……琴ちゃんがお仕事に行っている間、琴ちゃんが居ない寂しさを紛らわすために琴ちゃんにナイショで隠し撮りした琴ちゃんの写真に話しかけたり、こっそり琴ちゃんの写真にキスして寂しさを紛らわせてたんだよ。そうそう!紛らわせると言えば性欲も、琴ちゃんの盗撮&盗聴でゲットしたオカズで紛らわせているんだよ】
「…………(ぐったり)」【私も会社にいる時はいつでもお姉ちゃんを感じられるように……常にお姉ちゃんの身に纏っていたものを持ち歩いているの。お姉ちゃんの匂いを感じたくなったらお姉ちゃんが寝るときに着ていたパジャマの残り香を嗅いだり。お姉ちゃんの温もりを感じたくなったらお姉ちゃんのシャツや靴下をカイロとか使って温めて擬似的にお姉ちゃんの温もりを再現したり。あとお姉ちゃんが恋しくてムラムラしちゃったらお姉ちゃんのブラとショーツを身につけてお姉ちゃんと一心同体になった気分で欲望をなんとか発散させているんだよお姉ちゃん】
今の私にそんな余裕など微塵もない。……かれこれ30分……ずっとこんな調子で琴ちゃんと本音の殴り合いに興じている私。アカン……精神的疲労が半端ない……
もはや言葉を口から発する事すら億劫になり……全自動で言わなくて余計な事まで暴露する母さんの薬に委ねてベンチに腰掛け天を仰ぐ。琴ちゃんも私と同様にベンチに腰掛け勝手に自分のヒミツを語る『声』をどうすることも出来ぬまま、真っ赤になったお顔を手で覆う。【そんな琴ちゃんも食べちゃいたいくらいとってもカワイイよ!】
死屍累々。今の私と琴ちゃんの状況を一言で表すにはこの言葉こそ相応しいと言えよう。まったく……一体誰だこんな迷惑発明品を考えなしに使ったのは?…………まあ、私なんだが。
けれど……幸いなことに一つだけこの薬を使って……この大暴露大会を開催してハッキリした事がある。それは――
「……本当に、琴ちゃんって私の事好きなんだね」
「……お姉ちゃんこそ。こんなにも私の事を好きでいてくれたんだ」
疑うつもりはなかったし、あれだけ毎日のように愛を囁いてくれていたんだ。そこに疑う余地はないのは分かっていたんだけど……それでも改めて、琴ちゃんの好意が本物だった事にこれ以上無い感動を覚える私。わかりきっていた事でも……それでもやっぱり嬉しい。あんなに可愛くて優しくて綺麗に育ってくれた琴ちゃんに好きになって貰って私は嬉しい。
【…………だったら、どうして……?】
そんな思わず口元が緩みかけちゃいそうになる私とは対照的に。琴ちゃんはと言うと……何だが複雑そうなお顔をしている。あれ……?どうしたんだろう琴ちゃん……?ま……まさか私の邪な本音を聞いて百年の恋も冷めちゃったんじゃないよね?ち、違うよね……!?
「…………ねえ、お姉ちゃん。お姉ちゃんは私の事が……その。好き……なんだよね?」
「……あ、えと。……うん。そうだね。ごめんね……本当はもっと早く伝えたかった。私の覚悟とか色んなものが足りなかったからこんなにも遅くなっちゃった。本当に申し訳ないと思っている。……改めて言うね。好き。好きだよ琴ちゃん。誰よりも、何よりも好き。音瀬小絃は、音羽琴ちゃんの事が……好きです」【超好き!めっちゃ好き!だーいちゅきぃ!!!】
あの日旅行で言いそびれてしまったことを。琴ちゃんが心待ちにしてくれていたであろう言葉を。琴ちゃんにようやく届けることに成功する私。その告白を受け取った琴ちゃんは一瞬だけ破顔して。それから目を瞑り深呼吸をしてから表情を戻しこう続ける。
「……ありがとうお姉ちゃん。涙が出そうなくらい嬉しいよ。けどね……だからこそ、一つ私には分からない事があるんだ」
「分からない事……?」
そうやって、これ以上のものは見たことがないくらい真剣な顔で琴ちゃんは私に問う。
「じゃあなんで……なんでお姉ちゃんは……今まで私のアプローチに応えてくれなかったの……?」
「……え」
【ぶっちゃけて聞くけど、どうしてお姉ちゃんは私に素直に抱かれようとしなかったの……?】
「抱か……ッ!?」
天下の往来でなんちゅう事を聞いてくるんだ琴ちゃんは……!?……まあ、さっきまで天下の往来で性欲全開な本音トークをやってたし今更と言えば今更だけどさぁ……!?
「ずっと、ずっと……不思議だった。私はね、こんなお薬を使わなくても……もっと前から知ってたんだ。お姉ちゃんをお酒で酔わせて……お姉ちゃんの中の本音を引き出した時から。お姉ちゃんが私の事を誰よりも好きだって思ってくれてたこととか。私を魅力的だって思ってくれていることとか。お姉ちゃんがお姉ちゃんとしてのプライドがあって私に告白するのを躊躇っていることとか……ぜんぶ知ってたの」
「うん、ごめん。話の途中だけどちょっと待ってくれたまえ琴ちゃん。……酔わせたって何!?私の本音を引き出したって一体いつの、何の話……!?」
「…………」【しまった、それもナイショにしてたんだった】
なんかさらっと流して良いよう情報じゃなかったような気がするのは私だけか!?私だけなのか!?お酒云々はマジで記憶にないんだけど……!?
「まあそれは今は置いておくとして」
「置いてくっていうか……置いてけぼりなんだけどな私……」
「だからこそわからないの。ねえ……どうして?どうしてお姉ちゃんは……私のアプローチをずっと拒否していたの?」
琴ちゃんの表情に恐れの色が見える。言いようのない不安を抱えたそれは……毎晩のように私に見せている表情ととてもよく似ていて。
「……私ね、お姉ちゃんが目を覚ますまで……お姉ちゃんの為に、お姉ちゃんに好かれるためだけに。自分を磨いてきたんだよ。お姉ちゃん好みの女になるために……一生懸命努力してきたんだよ。それなのに……お姉ちゃんってずっと……ずっと。私のアプローチを明確に避けてたじゃない。私がどれだけ迫っても……鋼の精神力で私を拒絶してきたじゃない……」
「それは……」
「お姉ちゃんを酔わせた時に本音を引き出せたから……その時は安心していたの。でもお姉ちゃん……あの日から今日に至るまで……全然手を出そうとしなかった。……不安になるの!あの日の出来事は私の夢だったんじゃないかって!私に魅力がないからお姉ちゃんは手を出してこないんじゃないかって!お姉ちゃんの好きと私の好きは違っていて……あくまでも妹分として私を好きでいてくれているだけなんじゃないかって……!お、お姉ちゃんは…………本当は私を必要とはしていないんじゃないかって……!」
「…………ふむ」
「ね……お願いお姉ちゃん。本当の事を教えて……私、もうわかんないの……」
その問いかけに。私はどう応えてやろうかと数秒考える。そして考えた末に……私はゆっくりと琴ちゃんに返答してあげる。
「だって……嫌なんだもん」
「…………ッ!い、嫌って……や、やっぱりお姉ちゃん……私の事を……」
「あ、違う違う。そういう事じゃなくてね。…………琴ちゃんの100%純粋な気持ちで抱かれるなら、私も感涙と鼻血とその他諸々の液体を垂れ流しながら抱かれたいって思ってたよ。両思いなら尚更ね。でもさ……琴ちゃんの場合は違うじゃん?」
【違う……って。何が……?】
「……あー。それが本音なら琴ちゃん自身が気づけていなかったか。まあそうだよね……じゃあこの際だからハッキリ言うよ。あのね――
琴ちゃんに罪悪感を抱えられたまま。ただ私を引き止めたいってだけの理由で琴ちゃんに抱かれるだなんて、そんなのまっぴらごめんだって言いたいんだよ私」
「…………ぇ」
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