169話 お姉ちゃんは同じ轍は踏まぬ
楽しい楽しいデートの最中に、危ういところで愛しの琴ちゃんが車に轢かれかけるという最悪のアクシデントに遭遇するも……琴ちゃんが轢かれる直前に私の中で眠っていたお姉ちゃんパワーが炸裂。ギリギリのところで琴ちゃんを庇い、なおかつ自分の命もちゃんと守れた。ここで命を賭して琴ちゃんを守っても意味が無い。真のお姉ちゃんたるもの同じ轍は二度と踏まぬ、琴ちゃんに辛く苦しい思いをさせるなんて二度とごめんだからね。
ちなみに横断歩道で減速も停止もせず。あろうことか琴ちゃんを轢きかけた不届き者の末路なんだけど。幸いなことに琴ちゃんに怪我がなかった事、あと左右確認を怠った琴ちゃんにも多少なりとも否はある事を鑑みて穏便に――引っ捕らえて半殺し程度にシメあげて呼び出した警察に付き出しておいた。全く……運が良かったよね。これで琴ちゃんに怪我をさせていた場合は、その命を持って償って貰っていたところだから。
「…………だと言うのに。穏便に済ませてやったってのに。どうして私までポリスたちに説教される羽目になるんだろう……?」
……ああ、あとこれは更に余談なんだけど。駆けつけた警察の方々は、どういうワケか琴ちゃんを轢きかけたヤロウと同じくらい私に説教をかましてきましたとさ。何故だ。
「そりゃ説教の一つや二つは当然でしょうに。とりあえず穏便って言葉の意味をスマホで調べなさいな小絃。思いっきりぶん殴って鼻血まみれにして……アレじゃ端から見たらどっちが被害者と加害者なのか分かったもんじゃなかったじゃないの。寧ろ傷害罪で捕まらなかっただけありがたいと感謝しなさいな」
「……ぐぬぬ。納得いかない。なんでさ……琴ちゃんに怪我させかけ、逆ギレして詰め寄って琴ちゃんに怖い思いをさせ泣かせちゃうという今世紀最大の大罪を犯した相手にはあれくらいの制裁は当然だろうに……!それなのに私までこいつと同じ前科者という烙印を押されかける羽目になるなんて……!」
「まだ言うか貴様。と言うか……私と同じ前科者って何よ!?何度も言うけど私だって前科付いたことはまだないんだからね!?」
一時間弱の事情聴取&説教をどうにか終えて、警官達にようやっと解放された私を呆れた顔のあや子のアホが出迎える。おのれポリ公……これでは私まであや子と同レベルと思われるではないか。確かに頭に血が上っちゃってついつい琴ちゃんの手前琴ちゃんの教育にあまりよろしくないキレ方をしたのは認めるけどさ……
「って、そんな事は今はどうでも良いんだ。琴ちゃんは?琴ちゃんは大丈夫だったの!?」
「ああ……琴ちゃんね。安心なさいな。あっちのベンチで紬希が琴ちゃんを診てくれてたけど……あんたが庇ったお陰でかすり傷一つ付いていなかったそうよ」
「そっか……良かった……ほんとよかった……」
それを聞いて私はホッと胸を撫で下ろす。無我夢中で琴ちゃんを庇ったつもりだったけど。それでもあと数㎝で車に撥ねられかけたんだし、私が庇った際琴ちゃんと共にあれだけ派手に道路を転がり回ったんだ。ひょっとしたらどこか痛めた可能性も十分にあり得る。それだけはかなり不安だったんだけど、どうやら取り越し苦労だったらしい。
「いやはや凄かったよねコイコイ。あの一瞬で瞬時にコトたんの危機を察知して、あの場にいた誰よりも早くコトたんの元に駆けつけてコトたんを救う……どこのハリウッド映画のワンシーンかってくらいの華麗な救出シーンだったよ。流石我が弟子、師匠として誇らしいよ。やはり姉たるものあれくらいやらなきゃね」
「いやぁ、そんなに褒められると照れちゃいますよハッハッハ!」
いつの間にか側に来ていたマコ師匠から賞賛の一言を頂いて気をよくする私。
……あの時。琴ちゃんの様子がおかしいと思うや否や、私よりも遙かに動けるあや子のアホにコマさんという運動神経抜群の二人よりも先に身体が自然と動いていた。あと数瞬でも私の反応が遅れていたら今頃琴ちゃんは――考えただけでゾッとする。そう思うとこの身体でよく動けたな私……良くやったぞ私。
「なーにいい気になってんのよバカ小絃。浮かれるのはまだ早いわよ。あんたにはまだ仕事が残っているんだし」
「へ?仕事……?」
と、そんな風に自画自賛していた私に。あや子のアホが不意にそんな不穏な事を言い出した。仕事が残っているだって?
「一体何の話してるのさあや子」
「何のって……決まっているでしょ、琴ちゃんの事よ。安心しきっているところ悪いんだけどさ……依然として琴ちゃんの現状は良くないって事忘れてんじゃ無いわよ」
「は……?琴ちゃんの現状は良くないって……な、なにそれ!?ま、待ってよあや子!?だって今まさに紬希さんに診て貰って……琴ちゃんに怪我は無いってあんたが――」
「勿論怪我は一切無いわ。……けれどあんたも分かっているでしょう?琴ちゃんの心の傷が洒落にならない状態だってこと」
「ぁ……」
「そーなんだよね……今うちのコマがコトたん診てくれてるんだけど、心の方はかなり重傷みたいだね。さっきの出来事と例の10年前の事故が重なって、コトたんったらハッキリ嫌な記憶を思い出しちゃったみたいでさ。コイコイをまた危険な目に逢わせてしまった事も相まって、相当ショックを受けているみたいなんだよね」
「……そう、でしょうね」
あや子に、そして師匠に指摘されて現実に引き戻される私。……いかん。そうだった。琴ちゃんに怪我が無かったことに安堵して、何のためにデートしてたのかうっかり頭から飛んじゃってた……
安易に喜んでいる場合じゃない。私にはまだ、やるべき事が残っている。
「……行かなくちゃ」
「そうね。琴ちゃんが待っているわ。早く行ってあげなさいな小絃」
「コイコイ頑張れ、ここが正念場だぞ」
二人に後押しされ、琴ちゃんが待つ場所へと急ぐ私。私が近づくと琴ちゃんに付いてくれていた紬希さんとコマさんが私に気づき、何も言わずただ軽く会釈してからその場を離れた。気を利かせて私たちを二人にしてくれているらしい。ありがたいと心の中で感謝をしつつ、私は琴ちゃんの隣にそっと座る。
「ぁ……おねえ、ちゃん……」
「ごめん、お待たせ琴ちゃん。警察の事情聴取やらなにやらで遅くなっちゃったよ」
「……ん」
私を視認した琴ちゃんは、一瞬ぱぁっと明るい表情を見せてくれる。けれどそれも一瞬の事で。すぐに目を伏せ表情は陰りを見せる。
「琴ちゃん?どしたん?」
「……ごめんなさい」
「んー?それは何に対してのごめんなさいかな?」
「…………ごめんなさい」
顔を覗き込みそう問いかける。けれど琴ちゃんは私を避けるように視線を逸らし、そしてただただ謝罪の言葉を口にするだけ。
『今ツムツムと一緒にうちのコマがコトたん診てくれてるんだけどかなり重傷みたいだね。さっきの出来事と例の10年前の事故が重なって、コトたんったらハッキリ嫌な記憶を思い出しちゃったみたいでさ。コイコイをまた危険な目に逢わせてしまった事も相まって、相当ショックを受けているみたいなんだよね』
今しがたマコ師匠が言っていたことを思い出す。琴ちゃんがこうなったのも無理はないか。琴ちゃん的にはまたも自分のせいで私が大変な事になりかけたんだ……きっと今、自己嫌悪で胸がいっぱいになっているってところだろう。
「(琴ちゃんに悪いことしちゃったな……)」
こうなった原因は……少なからず私にあると思う。琴ちゃんにトラウマを克服して欲しくて、今回のデート中にエクスポージャー療法――簡単に説明すると不安に慣らせていく治療法――を実施していたんだけれど。それが却って琴ちゃんを追い詰めてしまっていたようだ。
この治療法はデメリットもあり、一時的に不安が強まったり症状が悪化するケースも多々あるそうだ。あの時の琴ちゃんは明らかに錯乱していた。多分トラウマを刺激されてワケがわからなくなって……そのせいで道路に飛び出すなんて奇行に走らせることになって……リスクは覚悟していたつもりだけれど、やはり少々荒療治過ぎだったか……
「ごめんは私の台詞だよ琴ちゃん。琴ちゃんは悪くないよ。辛い思いをさせちゃったんだよね。思い出したくない事まで思い出させちゃったよね。私が悪かった、本当はもう少し慎重に始めるべきだったんだけど、実は今回のデートで――」
「なん、で……お姉ちゃんが謝るの……悪いのは私なのに……全部、私のせいなのに……」
「琴ちゃん……」
無理をさせてしまった事を謝罪しつつ、今回のデートの趣旨を改めて琴ちゃんに説明しようとするけれど。取り付く島もなくただ琴ちゃんは謝るばかり。何に対しての謝罪なのかは頑なに口にせず、ひたすら私に謝るだけだ。参ったな……これじゃあ前に進めやしない。
となれば……仕方ない。ここはやはりアレを使うしかないか。
「ねえ琴ちゃん。お姉ちゃんね……今までずっと思っていた事があるの」
「……?」
「私たちってさ、お互いを想うがあまりお互いを気遣いすぎて……本音でぶつかり合った事があんまりないんじゃないかって」
琴ちゃんにナイショにしていること、私にはある。いっぱいある。そして……多分琴ちゃんも私にナイショにしていることが、言いたくても言えなかったことがあると思う。勿論、何でもかんでも本音で話せば良いって話じゃ無いけれど……
「それでも今の私たちには……この時くらいは何でもかんでも本音で話すくらいがちょうど良いんじゃないかなって思うんだ。お互いノーガードで。本音で殴り合うくらいの気持ちでさ。不満も欲求も欲望も、言いたかった事は全部相手にぶつける勢いで」
「……お、ねえちゃん……?ごめんなさい、お姉ちゃんが何が言いたいのか……私にはよく……」
「まあ要するにアレよ」
そう言って私はゴソゴソと用意していたブツを懐から取り出す。出てきたソレはこの世の者とは思えぬほど大変毒々しい色をしていて、見るからに摂取したら身体に悪そうで……
「…………あの、お姉ちゃん……?それは、一体……?」
「毎度お馴染み、マッド母さんのトンデモ迷惑発明品。この時のために。琴ちゃんと本音で語り合うために。断腸の思いで母さんに作らせました。こちら本音しか喋れなくなるお薬、通称『本音薬』となっています」
「…………ッ!」
その瞬間、私の意図を全て察した琴ちゃんは、この場から急いで離れようとする。だけど……残念。遅い、遅いぞ琴ちゃん……!
琴ちゃんが逃げ出す前に、私は手にした母さん特製の薬を口に含む。逃げ出す琴ちゃんの腕を掴み、反対側の手で顎を掴む。半ば強引に顔の向きを変えさせて、視界いっぱいに琴ちゃんが埋まって、そして……
「ン、ぅ……ッ!?」
最初に二人の唇が重なった。琴ちゃんの喉奥で微かなうめき声が漏れるのが聞こえてきた。構わず薬を乗せた舌先で、固く閉ざされた琴ちゃんの唇を割りねじ込んだ。先端同士がちょん、と軽く触れた時点で琴ちゃんの抵抗はすっかり無くなっていた。薬を間に挟んだまま、触れ合い絡まり合い転がし合う舌と舌。互いの熱と止めどなく溢れてくる互いの唾液により、少しずつ薬は溶け出し小さくなってゆくのがわかる。
やがて薬も半分程度の大きさになり、頃合いを見て私は琴ちゃんの顎を静かに上げる。完全に脱力し、すべてを私に委ねるしか出来なかった琴ちゃんは……なすがまま、混ざり合った二人の唾液ごと薬をコクンと嚥下して――
「ハッ……はぁ……はうぁあああ……」
「…………ふぅ。さあ琴ちゃん。楽しい楽しい本音トークの始まりだよ」
琴ちゃんが薬を飲み込んだことを確認した私は、もう一錠の本音薬を飲み込んで。にっこり琴ちゃんに笑顔を振りまきながらそう告げるのであった。
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