167話 思い出の場所へ
『――琴ちゃんと小絃さんのデート、凄く良い感じだよねあや子ちゃん。小絃さんもかっこよく琴ちゃんをリードしててすっごく頼もしいもん』
『そうかしら?私から言わせて貰うとまだまだね。とは言え……確かに紬希の言うとおりヘタレなあいつにしてはそれなりに頑張っている方かもね。まあ、この私や紬希が直々にアドバイスしてやって。その上こうやって影ながら見守ってやってるんだし、あれくらいはやって貰わないと困るってものだけど』
『もう……小絃さんの事になるとすぐひねくれた事を言っちゃうよね。あや子ちゃんはもうちょっと素直に小絃さんを褒めてもバチは当たらないと思うんだけどなぁ。…………うーん、それにしても……』
『ん?紬希どうかした?なんだか不思議な顔してるけど』
『あ、えと……ちょっとだけ気になる事があってね。確かに凄く良い感じのデートなんだけど…………何と言うか……さっきからデート先がそのぅ……』
『……なるほどね。紬希が言いたいことはわかったわ。小絃が無駄に気合いを入れて事前準備した割に、デートする場所が地味だって言いたいんでしょ?紬希が折角参考にあのバカに渡したデート情報誌が全然役に立ってないものね』
『ああ、それは私もちょっとそれは思ったかも。私てっきりコイコイの事だし『大人な琴ちゃんに相応しい雰囲気ある場所に!』とか思いついて空回りした挙げ句……お金のかかった場所とかに連れて回るんじゃないかってちょっと思ってたんだけど』
『公園で手作りのお弁当を食べ、小物屋でショッピングし、駄菓子屋で昔懐かしい駄菓子を見て回り、音楽ショップで流行の歌を試聴する。……言われてみれば確かにそうですね。小絃さまが悩み抜いて決めたデート場所にしては、先ほどから少し庶民的かもです』
『も、もちろんそんなデートが悪いなんて思わないよ?寧ろ飾らない小絃さんらしい素敵なデート場所だって思うんだ。……それでもなんか違和感というか……ちょっとだけどうしてだろうなって気になっちゃってさ……』
『……そうね。紬希たちの疑問も当然よね。多分普段のあいつなら琴ちゃんの手前お姉ちゃんらしくしなくちゃと見栄を張って、無駄にお洒落なカフェとか普段観もしない映画館に琴ちゃんを連れて行ってたでしょうね。ただ、今回は…………ま、なんて言うかアレね。あのバカもバカなりに……色々考えているって事よ』
◇ ◇ ◇
あちらこちらと忙しなく、思うがままに琴ちゃんを連れ回し。予定していたデート場所をある程度網羅した私。今は一息吐くために琴ちゃんと一緒に近くにあったベンチに腰掛けて、途中立ち寄った駄菓子屋で買った昔懐かしの駄菓子でおやつタイムとしゃれ込んでいる。
「ふひー……結構色んなところ行ったね。どう?琴ちゃん疲れてない?」
「ううん、私は元気。寧ろそれは私の台詞だよ。……お姉ちゃん大丈夫?疲れてない?車椅子無しでかなりの距離を歩き回ったけど……」
「んー?私?私はこの通り元気いっぱいだよ」
力こぶを作って琴ちゃんを安心させる私。この前の旅行の二の舞になるのだけはごめんだからね。看護師である紬希さんのアドバイスの元、私の体力等を加味した上でデートを計画したからまだまだ十分体力は残ってる。
「それにね、こんなに楽しい琴ちゃんとのラブラブデートでこの私が疲れるわけないっしょ?今日はもうテンション上がりまくりで、なんなら空だって飛べちゃいそうだし!」
そもそも他でもない琴ちゃんとのデートだ。朝から興奮しっぱなしで、そのお陰で普段からつきまとう身体の痛みも倦怠感も彼方に置き去りになっている。つまり今日の私は無敵なのである。
「良かった…………わ、私も……私もとっても楽しいよ。お姉ちゃんとのデート、幸せいっぱいで……これ以上無いくらい楽しいよ」
「ホント!?いやぁ、そう言ってくれるとデートを企画した甲斐があるってものだよ!……とはいえある程度見て回ったし。それにそろそろ時間も時間だし。次行くところで最後にしよっか。琴ちゃんもそれでいいかな?」
「……う、うん。大丈夫……」
「良かった!それじゃ早速――」
「そ、その前にお姉ちゃん!ごめん……折角なら……ちょっとだけお化粧直しする時間を貰っても……いいかな?」
いよいよ今回のデートを締めくくる最後の、そして……大本命のあの場所へと向かうべく琴ちゃんの手を取ろうとした私だったんだけど。その琴ちゃんからそんな提案を受ける。
「お化粧直し……?あ、ああうん。琴ちゃんがしたいなら別にいいけど……」
「あ、ありがと。じゃあ……ちょっとだけ待ってて。すぐに戻るから……」
私に了承を得た琴ちゃんはそそくさと駆けていく。残された私はぽつんと琴ちゃんの後ろ姿を眺める事しか出来ない。むぅ……この勢いのまま最後のデートを成功させようと意気込んでいただけにちょっと肩透かしを食らった気分だわ。
「……大体お化粧直しって。別に化粧崩れなんてしてないし、そもそも琴ちゃんお化粧なんてしなくても綺麗なのに必要あるんかな……?」
やれる事も特にないし、ベンチに座りぽつりとそんな疑問を口にする私。
『はぁああああああ……ったく、これだから恋愛経験ゼロの干物ヒモ女は……女心ってものが何一つわかっちゃいないわよねぇ。大体化粧直しの時間くらい、琴ちゃんに言われずともデートの計画に組み込んでおきなさいって話よねー。あのバカって変なところで気を遣うくせに、こういうところは全くと言って良い程気が遣えないんだから』
『ま、まあまあ……小絃さんに予めそういうアドバイスが出来なかった私たちにも問題はあるし…………てか、それを言うならあや子ちゃんも私とデートする時お化粧直しする時間とか設けてくれたことないような……?』
『え?だって紬希はお化粧なんて必要ないでしょ?お化粧しなくても小学生みたいな瑞々しいお肌だもんね!』
『コマもお化粧する必要ないよねー。だってお化粧しなくても世界一の美人さんだから!』
『うふふ……♪ありがとうございます。そういう姉さまこそいつまで経っても化粧いらずのモチモチ美肌で……食べちゃいたいくらいくらいです』
「…………」
そんな私の耳に。姦しいを越えたやかましい連中の騒ぐ声がキンキン響いてくる。……ああ、そうだ。そうだった。やる事ないとか一瞬思ったけど……そういや一つやる事あったね。逃げる隙を与えぬように不意にベンチから立ち上がり、間髪入れずに連中が隠れている茂みに駆け込んで――
「…………何してんのあんたら」
「「「「…………あっ」」」」
こそこそ茂みの中でこちらの様子を伺っていたあや子たちを仁王立ちしながら見下ろしてやる事に。琴ちゃんがいる手前、下手に邪魔されたくないし今まで敢えてスルーしてやってたけど……そろそろ鬱陶しくなってきたわ。
「あっ、あの……あの……!ご、ごごご……ごめんなさい小絃さん……!これは、そのぅ……」
「あら小絃。こんな場所で会うなんて奇遇ね。あんたこそ何してんのよ」
「や、やあコイコイ!も、もしかして琴ちゃんとデート中かな?わ、私とコマも絶賛デート中なんだよっ!は、ははは……」
「あはは……やっぱりバレちゃってましたか?申し訳ございません小絃さま。邪魔をするつもりはなかったのですが」
しどろもどろで可哀想なくらい慌てる紬希さん、悪びれた様子など微塵もなくしれっとするあや子、必死に誤魔化してるけど嘘が下手くそなマコ師匠、取り繕うのは無駄だと悟り丁寧に謝ってくれるコマさん――私に見つかった四人は三者三様の反応を見せてくる。
「天然乙女の紬希さんと、すでにバレていると察していたコマさんはともかく……あや子とマコ師匠はあれだけ騒いでおいてなんでバレてないと思ってたのやら……一応言っとくけど、あんたら待ち合わせの時点でバレバレだったからね?」
「チッ……何よ。そういう事なら最初から言いなさいよね。折角気を遣って影から見守ってやってたのに隠れ損じゃないの」
隠れ損もなにも、隠れる気があったのかと小一時間くらい問いかけたい。
「見守りなんざ頼んでもないし、そもそも見守ってすらないでしょうがあや子は。幸いデートに夢中で琴ちゃんは気づいてなさそうだし、琴ちゃんにバレてデートが台無しになる前に全員とっとと帰れっての。あや子は特に邪魔だし目立つし視界に入ると気が散って仕方ないんだよ」
何せここからが今回のデートの一番の難所だ。私も今まで以上に気合いを入れなきゃいけないところ。今の私はあや子たちに構っている暇なんてないわけだし、良いタイミングだからそろそろお帰り願おうか。
「邪魔とは失礼ね。と言うか、良いのかしら?私たちを帰しても」
「あん?それ、どういう意味さ?」
てなわけであや子たちに即刻ゴーホームを命じた私なんだけど、一番邪魔なあや子はというと、不敵な笑みを浮かべて思わせぶりな事を口にする。何が言いたいんだコイツ……?紬希さんやコマさんたちならいざ知らず。このアホが居たところで何になるっていうんだ。
そんな事を思う私に対し、あや子はさらりとこう続ける。
「だってあんた……これから琴ちゃんの最大級のトラウマと向き合うつもりなんでしょ。琴ちゃんがあんたが目覚めてから一番避けていたあの場所へ――10年前あんたが事故った現場に行くつもりだったんでしょ。だったら何かあった時の為に、私たちが見守っていた方が良いじゃないの」
「…………なんでそれを知っている?」
このあや子の一言には、流石の私も一瞬言葉を失い。そして思わず素直にそう問いかけてしまう。確かにあや子や紬希さんたちに今回のデートのアドバイスはして貰ったけど……どこに行くかまでは誰にも言っていなかったし、ましてどういう意図があってそこに行くかも当然言っていなかった。
だと言うのにこいつは一体どうやってその事を知ったんだ……?
「別に知らなかったわよ?でも……知らなくてもあんたの反応とか琴ちゃんの反応とか。後は……今日のデートコースを見ていればすぐに分かるわよ。最初の公園、小物屋。駄菓子屋に音楽ショップ――あれって全部10年前……あんたと琴ちゃんが二人で行った思い出の場所だったり、行きたいって琴ちゃんが言ってた場所ばっかじゃないの」
「……そうだね」
「だったら最後に行く場所って言えば……あの日事故に遭った場所。より正確に言うなら――あの日琴ちゃんと一緒に行こうと約束していた例のファッションショップになるわよね?違う?」
「…………そうだね」
昔をよく知る悪友の、こういう無駄に察しの良いところに毎度の事ながら腹が立つ。……ああそうだよ。あや子の察しの通りだよ。
今回のデート……当然琴ちゃんに楽しんで貰う為に企画したんだけど。実はもう一つ私には目的があった。このデートを通じて……琴ちゃんの抱えるトラウマを克服する為だ。
「……私が目覚めてから。随分経って。琴ちゃんは私の療養のために色んな場所に連れて行ってくれてたけど。けど何故か……明らかに避けていた場所があるんだよ」
「それが……今回のデート先、なんですか?」
「ええ、その通りです紬希さん。今日のデートコースは……全部、10年前琴ちゃんとよく行っていた思い出の場所でした」
「なるほどね……そこをコトたんが避けてたって事は」
「意識的にせよ無意識にせよ。琴さまにとっては触れたくない場所、トラウマの源泉がその場所なのでしょうね」
これまでも何度も訪れる機会はあった。私から『近くだし折角だから寄っていかない?』と誘った事もある。けれど私が目覚めて以降、琴ちゃんはその場所へは……とりわけ私が事故に遭ったファッションショップへは頑なに行こうとしなかったのである。
心理学的に言うと琴ちゃんの今の状態は恐らく……
「エクスポージャー療法って知ってる?PTSDとか不安症の療法として用いられているんだけど……不安の原因である刺激に段階的に触れることで、不安を消していく療法なんだって」
「なるほど?小絃は……それを今回のデートで実践してるって事かしら?」
「うん。私がリードするデートって名目なら、琴ちゃんも行かざるを得ないだろうし。何よりデートに集中して貰えたら……トラウマなんて忘れて克服出来るんじゃないかなって思ってさ」
「一石二鳥ってわけね。……にしても随分とまあ荒療治をやってるものね。琴ちゃん大好きなあんたは、もう少し慎重に行動するとばかり思ってたから少し意外だったわ」
あや子が言った通り、正直これはかなり危うい橋を渡っていると私も思っている。下手すればトラウマを刺激して、今よりももっと琴ちゃんが辛い気持ちになる可能性だってあるんだし。そもそも無理にトラウマを克服しようとしなくても良いんじゃないかって気持ちもある。実際今の今まではそれで何とか琴ちゃんもやってこれていたみたいだからね。
『コイトおねえちゃん……やだ。まって、そっちいっちゃ……だめ……だめ……にげ、て……いや、いやだよ…………おねえちゃん……おねがい、わたしを……ひとりに……しない、で……』
……けれど。
「……いい加減、琴ちゃんも……それから私も。逃げてばかりもいられないって気づかされたからさ。見て見ぬ振りをするのも……限界だったし」
それでもやっぱり、ちゃんと向き合わないと。琴ちゃんに辛い思いをさせると分かっていても……琴ちゃんに嫌われることになったとしても。お姉ちゃんとして琴ちゃんと一緒に前に進まなきゃって分かったから。
「そういう事ならなおのこと。最後まで付き合ってやらなくちゃね。小絃、ちゃんと私たちが見守ってやるわ。当たって砕けなさいな」
悪友のそんな力強い宣言。紬希さんやマコ師匠、コマさんも頷いて同意する。そんな彼女たちの温かなエールを受けて私は目に涙を浮かべ――
「あや子、それに皆さん……本当にありがとう。…………それはそれとして。やっぱりあや子は邪魔だからとっとと帰れ」
「なんでよ!?」
そして力強く私もあや子に再度帰れと促した。
「なんで私だけ名指しで帰そうとするのかしら!?さっきの流れなら普通見守らせてやるのが筋ってもんじゃないの!?空気読みなさいよ!?」
「いやだって……看護師である紬希さんとか、あとトラウマ関係に詳しい師匠とかコマさんならまだしも。あや子は居ても邪魔なだけだし」
「邪魔って何よ!?人が折角心配してやっているのになんて言い草なのかしら!?私が一体いつあんたの邪魔をしたって言うのバカ小絃!?」
「ほほぅ……?あれだけ私と琴ちゃんのデート中に騒ぎまくっておいてよく言えるな貴様……言わせて貰うが貴様のせいでデート中ずっとアホあや子の顔が脳裏の端に浮かんで全然デートに集中出来なかったんだが!?邪魔で邪魔で仕方なかったんだが!?」
「……ねえコマ。この二人、仲良しなのか仲悪いのかどっちなんだろうね」
「あはは……喧嘩するほど、という事なのでしょうかね?」
デート中だろうが、人目がある外だろうがお構いなし。ギャーギャーといつも通り取っ組み合いになる私とあや子。よぉし、良い機会だ。ここでキッチリこいつを始末し。そして気分良く琴ちゃんとのデートを締めくくるとしようじゃないか……!
「あ、あれ……?琴ちゃん……?」
「「「「えっ?」」」」
と、そんな思いを拳に乗せ。今必殺の一撃をあや子にぶつけようとしたところで――何かに気づいた紬希さんが声を上げる。
振り上げた拳をそのままに、紬希さんの声に釣られるように振り向くと……そこには先ほど化粧直しに行くと言っていた琴ちゃんがいつの間にかこちらに戻っていた。……いや、それは良いんだけど……
「ちょ、ちょっと……ねえ小絃?なんだか琴ちゃん……様子がおかしくない?」
あや子の言うとおり、なんだか先ほどまでの琴ちゃんとは打って変わって遠目からでも分かるくらい様子がおかしく見える。まるで迷子の子どものように挙動不審だ。
「…………ッ!」
そんな琴ちゃんは車が行き来する道路の方へと歩みを進める。ゼブラ柄に横線が引かれた横断歩道の前に立ち、そして何かに導かれるようにふらふらと……左右も確認しないまま白線を踏み越えて――
「「「「あ……危な――!?」」」」
あの日の出来事を否が応でも思い出す……ブレーキ音と、タイヤの焼けるような嫌な臭い。何百、何千㎏はあるであろう鉄の塊が迫り来る気配。知っている……私はこれを、この感覚を知っている。
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