164話 待ち合わせもデートの醍醐味
そんなこんなであっという間に週末に入り。待ちに待った運命の初デートの日がやって来た。
『いや、あんた何言ってんの。デート自体はこの間琴ちゃんとやったばっかりじゃないの』
――って。あや子のアホにそんな無粋なツッコミを入れられそうだけど……いいや違う、全然違うね。あの時とは私の中の覚悟も決意もまるで違う。だって今回のは……ガチもガチ。私も本気のデートなのだから。
「……ハンカチにティッシュ。財布にスマホ。忘れ物は……無し。デートの下調べも……紬希さんやコマさんからアドバイスいただいたからバッチリ。お弁当も……師匠譲りのレシピを参考にしたしちゃんと味見もしたから問題無い。勿論今回のデートの真の目的である母さんに作らせたアレもある……っと」
待ち合わせ時間までまだ十分時間がある。その間に入念にデート前の最後のチェックをやっておく。最低限のエチケット用品はちゃんと用意してある。財布持ってきていてもお金がない……とかいう私らしいドジは踏まないように余裕をもってお金も下ろしてきた。スマホもしっかり充電済み。琴ちゃんに食べて貰うお弁当だってこの通りだ。本気のデート故に、事前準備も一切手を抜かなかった。信頼できる人たちの協力の下、念入りにリサーチし傾向と対策してる。
そして母さんに頼んでおいた例のモノもちゃんと持って来ている。……よし、準備は完璧だろう。
「あとは……身だしなみを……」
忘れ物がないか確認が終われば、今度は自分の身だしなみチェック。手鏡の中を覗きこみ、鏡に映った自分を見てみる。寝癖無し、リップケアOK。琴ちゃんと並んで歩いても問題無い程度に化粧も出来ている。問題なさそうだ。
デートの服装に関しては……絶望的なまでにファッションセンスがない私だけれど、事前にアパレルメーカーに勤務している琴ちゃんの上司であるヒメさん監修の元……デートらしい衣装を手に入れることが出来たからきっと大丈夫だろう。…………たぶん。
「…………いや、今更ながらホントに大丈夫かコレ……?気合い入りすぎだって琴ちゃんにドン引きされたりしないか……?」
……本音を言うとほんの少しだけ不安なんだがね。ヒメさんイチオシの服はその……やけに胸元開いててセクシーだったりスカートの丈が短すぎてる気がしなくもない。あと……勝負服着るなら勝負下着も装着しなきゃねって……妙に大胆な下着まで着せられちゃって、今回はあくまでデートなのに勝負下着を付ける意味があるのかちょっぴり疑問だ。
『大丈夫。あの音羽なら絶対喜ぶ。私が自信を持って勧めてあげる』
ま、まあでも。あのヒメさんがあれだけ自信満々に推してくれたわけだし信じてみるしかあるまい。今更他の服に着替える余裕もないわけだし……し、信じていますからねヒメさん……!
「さて。あとは琴ちゃんが来るのを待つだけ……っと」
身だしなみも確認し終えて。後はゆっくり琴ちゃんが来てくれることを待つだけとなった。
正直言うと私としては待ち時間が勿体ないし。そもそも一緒に住んでるわけだからわざわざ待ち合わせなんてしないで琴ちゃんと一緒に家を出ても良かったんだけど……
『ハァ……コイコイさぁ。女心ってやつがわかってないよね。良いかい?デートってものはねぇ……待ち合わせをするところから始めるんだよ……!そして早めに来て準備を済ませ、約束の時間に来た彼女と『待った?』『ううん。今来たところ♡』ってやり取りする――これこそデートの必勝法なんだよ!』
と。マコ師匠にそんなありがたいアドバイスを頂戴したので言われたとおりにしているのである。師匠が言わんとしている事はまあわかるからね。
「とは言え……ぶっちゃけ待つのは暇だわ……」
時計代わりのスマホをチラリ。余裕を持ってやって来たから待ち合わせ時間まで30分近く時間がある。忘れ物や身だしなみチェックも終わってやることがなくて手持ち無沙汰だ。
あとやれることと言えばせいぜい、今日デートする場所の復習と……それから。
『わぁ……今日の小絃さん、いつもに増して綺麗だよねあや子ちゃん。お化粧して素敵な服も着て、なんだか見てて私までドキドキしちゃうなぁ』
『む……綺麗、ですって?そ、そーかしら?私から言わせて貰えば気合い入れすぎて空回りしているように見えるわ。……まあ、普段のだらしない格好と比べりゃマシだと思うけど』
『大丈夫。音羽ならあの小絃さんの姿を見れば絶対にイチコロ。勝ったも同然』
『いやぁ、なんだかコイコイったら初々しいねぇ。懐かしいなぁ、私たちもあんな頃があったんだよねーコマ』
『ふふ……そうですね。小絃さまには頑張って頂きたいですね。……それはそれとして。私も小絃さまを見ていたらなんだか姉さまとデートしたくなっちゃいました。急で申し訳ないのですが……明日にでもデートしてくれませんか?』
『おお、それはもう喜んでっ!』
「…………あのオモシロ出歯亀共の観察をするくらいか」
私が待ち合わせ場所に来た時点で、紬希さん・あや子・ヒメさん・マコ師匠・コマさん――要するにいつもの面々が建物の影で私を覗き見ていた。それで隠れているつもりなのか、そもそも隠れる気はあるのだろうか。あの大人数、しかもあれだけ騒いでいればどれだけ鈍感な奴でも気づくだろうに……
「心配して来てくれてたのか、それとも私が何かしらやらかすのを笑いに来たのか。どっちでも良いけどね……」
思わず苦笑いしながらも、気づいていない体を取る私。見世物なんかじゃないし追い返そうかとも一瞬思ったけど流石にデートの邪魔まではしないだろうし。あや子のアホはともかく、他の面子なら私がデートで致命的なミスを犯したとしてもさり気なくフォロー入れてくれるだろうしスルーしても大丈夫だろう。
とりあえずそこの方々、不審者扱いされて警察に厄介になるような事だけはならないように気をつけてくださいね。不審者扱いって言うか……
「――お、お待たせ……小絃お姉ちゃん……」
「……ッ!」
とかなんとかやっているうちに。ベンチで座っていた私の背後から鈴を転がすような声が私の耳に届く。……来た……ッ!琴ちゃんが、やって来た……!
「ご、ごめんなさい……折角お姉ちゃんに誘って貰ったから……何を着ていこうかギリギリまで迷って……遅くなっちゃって。待った……よね……?」
「いやいや。大して待っていないし、そもそもまだまだ待ち合わせの時間まで十分あるからだいじょう――」
そうやって琴ちゃんが駆けてくる音を聞きながら。私は気合い十分に立ち上がって振り返り――
「「…………」」
そして私は、琴ちゃんは。目と目があったその刹那。息をすることすら忘れて直立不動でその場に立ち尽くしてしまった。身体は一部を除き凍り付いたように微動だに出来ない。唯一、目玉だけがキョロキョロ忙しなく動き。互いの全身を舐めるように視線を這わせる。
『……え?あ、あれ……?ど、どどど……どうしちゃったんだろ琴ちゃんも小絃さんも……?急に動かなくなっちゃうなんて……な、何かトラブルかな……?だ、大丈夫……かな……?』
『…………いえ、違うわ。大丈夫よ紬希。あれは恐らく――』
時間にして1分か、それ以上か。全身くまなく眺めてから。最後に目と目が再度かち合ったその時。
「「っ~~~~~きゃぁああああああああ♡」」
『――お互いに見惚れてるだけだから』
ここがお外である事なんてすっかり忘れた私と琴ちゃんの歓声が周囲に響き渡る。近くで出歯亀していた連中は勿論、他の通行人の皆々様もなんだなんだと視線を送られるけど……そんなの知ったこっちゃない。
「琴ちゃん!琴ちゃん、可愛いよ琴ちゃん!いつもはすっごい私好みの大人の女性にすっかり成長してたけど……それも良い!凄く可愛い!フリルがキュートな花柄ワンピースとか可愛いの極地じゃないの!?おまけに……三つ編み!?三つ編みのツインテール!?なんなの!?私を悶え萌え殺しに来てるの!?可愛さで暗殺しようとしているの!?だとしたら大成功だよ!!!」
「お姉ちゃん、小絃お姉ちゃんすっごく綺麗……!肩も胸元も大胆に開いてて……オマケに何そのギリギリを攻めてるスカートの丈は……!?誘ってる?誘っているんだよね!?ダメ、ダメだよそんな……そんなエッチな格好で出歩くなんて……私以外に見せちゃダメな類いだよ!これはオシオキしなきゃダメじゃない……!しかもこんなに綺麗におめかしなんてしちゃって……抱いて良い……?良いよね……!?これは抱かなきゃ逆に失礼ってものだよね……!?」
再起動した私たちは、一気に駆け寄り感極まりながらお互いに褒め称え合う。私の為に頑張って準備してくれただけあって、琴ちゃんはそれはもう輝いて見える。
『デジャブを感じたと思ったけど案の定だったわね。……あの二人、デートの度にあの茶番をするつもりなのかしら?まだ付き合ってすらないはずなのにすでにバカップル過ぎて……正直見ててうざったいわね……』
『あ、あはは……ま、まあまあ。二人とも楽しそうで何よりだよね』
外野が何やら言っている気がするけれど、全く耳に入らずに今はただこの琴ちゃんの姿を褒め称えながら心の高性能カメラで激写する私。
この褒め合い(?)は両者が満足するまで続き、結局デートを始められたのは……ここから1時間が経過してからになってしまったのであった。
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