163話 頼れる師匠のアドバイス
「――てなわけで。私がコマとデートする時はお弁当作って持って行ってたよ」
「ほうほう、お弁当ですか……その発想はなかった」
「料理上手だってアピール出来るし、人気の無い公園とかならあーん♡とかも出来るっしょ?心の距離もグッと近づくしお勧めだよ。手作りの料理で意中の相手の胃も心も鷲掴みってワケさ」
琴ちゃんとのデートを数日後に控え。今日は近況報告がてら料理の師であるマコ師匠のお家にお邪魔した私。
お邪魔ついでにマコ師匠のこれまでのデートの経験談を聞いてみると、想像以上に参考になるアドバイスが返ってきた。なるほどお弁当デートかぁ……思いつきもしなかったけど今回のデートの趣旨を考えるとめっちゃ良さげじゃないか。
「コイコイさえ良ければデート用のお弁当レシピとか教えてあげよっか?コトたんの好き嫌いは私よく知らないからあんまし参考にはならないかもだけど……冷めても美味しいレシピとか、こういう事に気をつけて作った方が良いとか。ちょっとしたアドバイス程度は出来ると思うんだけど」
「是非ともお願いします!流石、料理に関してだけは真っ当に頼れる女!」
「ハッハッハ!そんなに褒めても何も出な――オイ、オイちょっと待て我が弟子。褒めているようにみえてその実、微妙に褒めてないように聞こえるのは気のせいかね?今、もしかしなくても頼れるのは料理だけって言った?」
「ハッハッハ!気のせいです師匠」
いやぁ、持つべきものは頼れる師匠だなぁ!
「ま、まあいっか。レシピは後で渡すとしてだ。それにしてもコイコイとコトたんとデートかぁ。…………ねえコイコイ」
「んー?どうしましたマコ師匠」
「その、さ。大丈夫なのかな……色々と」
と、そんなこんなでデートの話をしていた最中。急に師匠が何やら不安そうな顔でそんな事を私に言ってきた。ハテ?何の話だろうか。この話の流れで大丈夫なのかって聞かれるって事は……それはつまり。
「なんですか師匠?まさか私がデートでとんでもない失敗をやらかさないか心配しているとかじゃないですよね?」
「いやそっちじゃなくて。……まあ、そっちも正直滅茶苦茶不安だけど、それは一旦置いておくとしてだ」
結局何かしら私がやらかすんじゃないかって思ってはいるんですね師匠……そりゃデート経験なんてほぼ皆無の恋愛弱者な私だし、自分でもやらかしそうじゃないかって内心不安だけどさぁ……
「私が心配しているのはコトたんの事だよ。あんまり詳しく聞いていないんだけどさ……コイコイってばコトたんにしばらく拉致監禁されちゃってたんでしょ?」
「あ、あー……はいはい、そっちですね」
「聞いていいことかわかんないけど……そんな精神状態のコトたんとデートして大丈夫なの?信じて送り出した愛弟子がコトたんに変態調教されてアヘ顔ダブルピースでビデオレターを送ってきたらと思うと……師匠はどんな顔でそのビデオレターを見ればいいのかわかんなくなっちゃうんだけど……」
「私も師匠が後半何を言ってるのかわかんなくて、どんな顔すればいいのかわかんないんですけど……」
信じて送り出した云々かんぬんはさておき……前半は至極真っ当な疑問だった。そうだよね。事情を詳しく知らないなら監禁された子と数日後に仲良しデートします!とか、いやお前(頭)大丈夫か……?って思われても仕方ないよね。
「違うんですよ師匠。なんか誤解されているっぽいからぶっちゃけますが、琴ちゃんは何も悪くないんです。全てはうちのマッドな母のいつもの迷惑実験のせいで――」
とりあえずあらぬ誤解で琴ちゃんの心証を悪くしないためにも、ここはきっちり何があったのか説明しなければ。事のあらましと、我が母が如何に常識外れであるかと、琴ちゃんがどれだけ愛らしくて天使なのかを詳細に話してみる。
そして全てを聞き終えた師匠は……
「…………なるほど。事情は大体わかった」
「良かった、わかっていただけましたか」
「うん、わかった。わかった上で敢えてもう一度聞く。……大丈夫なの?」
「へ……?」
先ほどの不安そうな表情とは変わり、今まで見たことがないような……滅茶苦茶凜々しい真剣な顔でそう聞いてきた。
「大丈夫って、何がです?質問の意味がよくわからないんですけど……」
「言葉通りの意味だよ。キミはちゃんとやれるのか、って話。コイコイがコトたんと急にデートするって言いだした理由とかも大体わかったよ。コトたんのトラウマとか、コイコイが逃げてきたものとか。その全てと向き合うつもりなんだよね」
「は、はい……」
「それは素晴らしい事だと思う。遅かれ早かれコイコイもコトたんも向き合わないと前に進めない、避けては通れない問題だったって私も思う。故に……敢えて言おう。今回のデート、失敗は許されないよ。選択肢を間違ったりしたら……取り返しがつかないよ。脅すようで悪いんだけどさ、コイコイ大丈夫なの?」
いつもはおちゃらけでハイテンションシスコン総受けでちょっぴり(?)変で変態な師匠だけれど。こういうところは妙に鋭い。まるで自分もそういう経験を経てきたかのような口ぶりで、私の覚悟を問う師匠。その問いかけに私も真剣に応える。
「……はい。わかっています。今度こそ、私は琴ちゃんに――」
「ん。ならば良し。しっかりやりなよ」
皆まで言うなと言わんばかりに、力強く背中を押してマコ師匠は私を鼓舞してくれる。
「そーいう事ならなおのこと私も姉キャラの先輩としてコイコイに力を貸してあげなきゃね。早速さっき言ってたレシピ教えて進ぜよう。……てか、今日時間ある?あるならこの後実際に一緒に作ってみない?折角だしここで出張版料理教室始めちゃおうよ」
「すっごい助かります。師匠さえ良ければ是非とも……!」
「その意気やよし。思い立ったが吉日とも言うもんね。んじゃまずは定番のやつから――」
まるで我がごとのように気合いを入れて私に助力してくれる師匠。ありがたいしお人好しな師匠らしいと言えばらしいんだけど……今更ながらちょっと不思議だ。どうして師匠はここまで親身になってくれるんだろう?
「ねえマコ師匠。師匠ってなんでここまで私に……と言うか、私と琴ちゃんに優しくしてくれるんですか?」
「んー?あー…………そりゃそうよ。放っておけないんだもん。前にも言わなかったっけ。キミは私に、そしてコトたんはうちのコマによく似てるからどうしても他人事とは思えないんだよね。特にコトたんとコマは……その内面から抱えている諸々も含めて、瓜二つだから……見ていて心配しちゃうんだ」
「琴ちゃんと……コマさんが、瓜二つ……?」
雰囲気とか体格とかは私も前々から似てるとは思ってたけど……内面から抱えている諸々まで似てるとな……?それって……つまり。
「ま、まさかコマさんも…………マコ師匠を拉致監禁しちゃったりする人って……事ですか……!?」
「ら、拉致監禁までは流石の私もしていませんよ小絃さま……!?」
「あ。コマおかえりー」
と、噂をすればなんとやら。そんな話をしていたところでちょうどタイミング良くコマさんがやって来た。
「な、なんか風評被害が生じそうなので先んじて訂正させて下さい小絃さま……姉さまの仰っていた『似ている』というのはその境遇や立場、そしてトラウマを抱えている点ですのであしからず」
「は、はぁ……そうなんですね」
「そうですとも。姉さまを拉致監禁した経験があるなんて……そんな事は決してありませんのでご安心を。ね?姉さまもちゃんと言ってあげてくださいませ。私、姉さまにそんな酷い事とかした事なんてありませんよね」
「…………ソダネ」
「姉さま?そこでどうして目を逸らすのです?どうして小声なんですか?姉さま…………マコ姉さま……!?」
なるほど、師匠のこの様子で大体察した。拉致監禁された事はないけれど、それに準ずるような事はされたんだな……と。
「む、むぅ……なんだかちょっぴり釈然としませんが……その件についてはあとで姉さまとじっくりお話するとして。それはそうと姉さま、それに小絃さま?一体何の話からそのような話になったのですか?」
「えと。実は私、琴ちゃんと今度デートすることになりまして。そこで師匠に色々アドバイスしていただいていまして」
……あ、そうだ。師匠が琴ちゃんに似ていると言うコマさんって、琴ちゃんの事どう思っているんだろう。ちょっと気になるから聞いてみよっかな。
「あのぅ……コマさん。唐突で申し訳ございませんがお聞かせ下さい。コマさんから見て、琴ちゃんってどう思われますか?」
「琴さまですか?…………ええっと、小絃さまの質問の意図がよくわかりませんが……そうですね。それこそ先ほど姉さまが仰っていた通りですね。私と……よく似ていると思います」
「あー、なるほど確かに似てるよね。コマもコトたんも。クールビューティなとところとか。大人な女性なところとか」
「……うーん。大人な女性……?」
何気なしにマコ師匠がそう口にすると、首を傾げてなんとも言えない表情を見せるコマさん。あれ?私も師匠に同意見だけど……違うのかな?
「外見は確かにその通りでしょうね。ですが……私から見た琴さまは…………その。小さな子どものように見えるんですよね」
「子ども……ですか?」
「ええ、子どもです。何と言いますか……私の目には琴さまって……外見は十分大人なんですが。中身が外見に合っていないと言いましょうか。子どものまま大人になってしまった……みたいな。大事なものが欠けたまま、身体だけ大きくなったような……そんな印象があるんです」
「おぉ……」
奇しくも悪友あや子と同じような印象を私に告げるコマさん。……そうか、子どものまま大人になった……か。上手く言語化出来なかった私の琴ちゃんへの印象に対するアンサーを出して貰えた気分。すっごくしっくりくる表現だ。
「その姿はあの頃の……姉さまがいないと何も出来なかった小さい頃の私と被って見えて……ええ、そうですね。そういう意味で本当に私と琴さまって似ていますね」
「……なるほどです。ありがとうございましたコマさん。とても参考になりました」
「いえいえ。私は大した事は言えていませんよ。…………あの、小絃さま」
「……?はい、なんでしょうか?」
一人納得していると、コマさんはさっきのマコ師匠と瓜二つの真剣な表情を私に向ける。
「小絃さまにこんな事を言うのは失礼だとは思いますが。それでも言わせてください。私と似ているということは――それはつまり、琴さまは……危ういところがあるということなんです」
「危うい……」
「私は……マコ姉さまが居てくれたから道を違えずにすみました。姉さまのお陰で心身共に幸せに過ごせています。命を救われ、心を救われ今に至ります。私にとって姉さまは神さまのような……いえ、神さま以上の絶対的な存在なのです。もしもその存在が失われるような事があれば……きっと私は心身共に耐えられない。ここまで語ればもうおわかりでしょう?……琴さまに似ている私だからこそ断言します。私にとっての姉さまの存在は――琴さまにとっての小絃さまの存在と同義なんです。琴さまにとって小絃さまは……何物にも代えがたい、自分の命よりも重い存在なんです」
……なるほど。そんな絶対的な存在が目の前で失われそうになったなら……それも一度ならず二度までも目の前で消えてしまいそうになったなら……そりゃ危うくもなるよなぁ……
「ですから……どうか、どうかお願いします小絃さま。何があっても……琴さまを悲しませるような事だけは……」
「……ええ、勿論です。命にかえても――」
「おっとコイコイ、それをはき違えるのは良くないね。命にかえちゃダメだって。10年前はそれで失敗したんでしょう?」
「…………ですね。肝に銘じておきます。お二人とも、本当にありがとうございました」
頼れる双子姉妹にお礼を告げると共に、改めてやるべき事を胸に刻む。……さあ、デートまで残り数日。気合いを入れて準備しますかね。
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