162話 デートの基本は下調べから
『お姉ちゃんと、次のお休み……デートしよう』
従姉妹の琴ちゃんとそんな約束をした翌日。私、音瀬小絃は琴ちゃんがお仕事に行っている間に……来たるべきデートに向けて、無い頭を必死に振り絞って作戦を練っていた。
誰が言ったかデートと言えば乙女の戦。特に今回のデートは……色んな意味で負けることは許されない。当然、以前琴ちゃんとお出かけした時のような……無策のまま出たとこ勝負で挑んではダメだ。ありとあらゆる手を使って、勝ちに行かねばならない。
「最高のデートにするためにも……やっぱ下調べは大事よね。デートの場所……シチュエーション……その他諸々……」
とは言え残念ながら私にはデートの経験が豊富というわけではない。世間一般の女の子が喜ぶようなデート場所とかシチュエーションとか……正直言って全然わからない。
デートは今週末……自分一人の力で下調べをする時間的余裕もない中で、私が取るべき最善の行動といえば――
「――と言うわけで。どうかこの私めに知恵をお貸し下さい紬希さん……!」
やはり、琴ちゃんの大親友である紬希さんに相談するのが一番だろう。そう結論づけた私は早速紬希さんとコンタクトを取り、ちょうど夜勤明けでお休みだった紬希さんのお家に乗り込んだ。
「え、えと……小絃さん?電話した時にも言いましたが……私じゃお役に立てるかどうかわからないんですけど……」
「大丈夫です!私、紬希さんのセンスを信頼していますから!」
「ぜ、全面的に小絃さんに信頼していただけるのは嬉しいんですけど……でも折角の琴ちゃんとのデートなら、部外者の私が横から口出ししたら悪いんじゃ……」
「ちょっとそこのバカ小絃。急に押しかけてきて早々にうちの紬希を困らせないでよね」
土下座する勢いで紬希さんにアドバイスを求める私。そんな私を前に困った顔を見せる紬希さんと、ついでに呆れた顔で私に苦言を呈するあや子のアホ。
「……ってか、前に忠告してやった事をもう忘れたのかしら小絃?言ったわよね私。『そういうのは自分たちで話し合って決めなさい』って。『あんたが琴ちゃんを想って一生懸命考えたデート場所の方が……琴ちゃんは嬉しいに決まっているでしょ』って忠告してやったわよね?覚えてないの?そんなにも小絃はおつむがアレなの?」
やれやれと肩をすくめるポーズを取りながらあや子は私に罵詈雑言の雨を降らせる。覚えてないのかって?何を言い出すのかと思えば……
「バカにするなよあや子。貴様に嫌みったらしく言われた事くらい、ちゃんと覚えているっての」
「だったら――」
「だから、あくまでも参考までに聞いているんだよ。何も一から十まで紬希さんの意見をパクるつもりは無いよ。紬希さんの意見を参考にして……最終的には自分で決めるつもり。大事なデートだもん。そこはちゃんとしないとね」
「お、おぉ……?何よ、なんか今回はいつになく真剣じゃないの小絃」
そりゃ真剣にもなるってものさ。なにせ……
「…………今回のデートは、絶対に失敗出来ないからね。今まで散々先延ばしにしていた事。逃げていた事。全部まとめて片付けて……琴ちゃんの想いに、今度こそ応えたいから」
「小絃、あんた……」
「小絃さん……!」
私のそんな返答に、ついさっきまで面倒くさそうに私を追い返そうとしていたあや子も。困り顔でアワアワしていた紬希さんも。目を丸くして私を見つめてくる。どうやら私の覚悟が伝わったようだ。
「……なるほどね。そういう話なら良いでしょう。あんたはどうでも良いんだけど……他でもない、琴ちゃんの為だものね。良いわ、私も協力してあげましょう!任せなさい小絃!この私が一肌脱いで、至高のデートスポットをチョイスしてあげるから!感涙に咽び泣きなさいな!」
「うんうん、ありがとうあや子。でも…………誰も貴様にアドバイスなんて頼んだ覚えなんてないし、気持ちだけでも迷惑だから謹んで遠慮させて頂くね」
「なんでよ!?」
なんでもなにも……紬希さんとのデート場所に小学校やらホテルやらをチョイスして挙げ句の果てに警察署に連行されるような女の何を参考にしろと言うんだ。
「小絃さん……そういう話でしたら、喜んで御料力します!いえ、させてください!少しだけ待っていてくださいね!私の持っている女性誌とかデートプランの情報誌とか持ってきますので!」
そんなロリコンは無視するとして。私の決意に応えてくれるように、紬希さんは目をキラキラ輝かせて自分のお部屋に駆け込んでいく。やはり紬希さんに助言を頼んで正解だったわ……ありがとうございます、このご恩はいずれお返ししますからね紬希さん。
「……ちっ。なんなのよ……人が折角善意で協力してやろうって意気込んだのに。萎えるわ全く……」
「そう思うなら普段からの言動をもっとちゃんとすべきだと私は思うんだがね。…………まあ、それはそれとしてだ。ねえあや子。協力するなら別の方面で協力して欲しいんだけどさ」
「……なによ。くだらない事なら聞かないわよ」
「真面目な話だからちゃんと聞けって。……あや子はさ。ぶっちゃけ琴ちゃんの事、どう思う?」
なにやらふて腐れてブーブー不満を私に漏らすあや子。そんなあや子に私は……前々から気になっていた疑問を問いかけてみる。
「琴ちゃんの事をどう思うか?…………んー。そうね。あんたと同様に昔からの付き合いだから……一言で言うのは難しいんだけど。惜しい子だと思うわ」
「惜しい子?……何ソレ?どういう意味?」
「そりゃ決まっているわ。最初に会った時はあんなにちっちゃくて純真無垢なかわゆすな女の子だったのに。今やあんなにあんた好みに育っちゃって……私のストライクゾーンからものの見事に外れちゃってさぁ……もしあの頃のまま成長しなかったらと思うと……あの頃のままロリロリしい天使ちゃんだったらと思うと……惜しい、惜しいわ琴ちゃん……」
「そういう事を聞きたかったわけじゃねーよロリコン」
果てしなく真面目な顔で、果てしない不真面目でくだらないアホそのもののような事を語るロリコン性犯罪者。真面目な話だって言ったでしょうに……こういうところだぞマジで。
ああ畜生。あや子なんかにまともな答えが返ってくるはずもないのに何やっているんだか私。聞くだけ無駄だったわ……
「いやぁ、そう考えると本当に惜しいわよね琴ちゃん。なにせ精神性だけは、今でも私の琴線触れまくりの超ドストライクなわけだしさー」
「また意味不明なことを……一体さっきから何の話してんのさあや子は……」
「んー?またまたー惚けちゃって小絃。あんたも理解しているはずでしょ。琴ちゃんの精神ってさ――ぶっちゃけ、10年前から成長していないじゃない」
「お、おぅ……?」
と、いつものようにロリコンの発作が出たあや子の戯れ言を聞き流そうとしたところで……突然核心めいた事を語るあや子にドキリとしてしまう私。
「……わかるんだあや子、そういうの」
「当然でしょ?さっきも言ったけどあの子とも昔からの付き合いよ私。……身体も、知能もこの10年で立派に育ったけどさ。肝心の心は……精神は。まだまだ私の好みにピッタリの女の子のままなのよね。琴ちゃんの心は……多分あの日から。あんたが昏睡状態になったあの日から――」
「…………」
偶に。極稀に。変なところで変に鋭い悪友にちょっとだけ感心してしまう。そうか……あや子もそう見えるのか……
「小絃。あんたには今更言うまでもないことだろうけどさ。……気合い入れなさいよ。今回のデートで色んなものと向き合うつもりなんでしょ?しくじるんじゃないわよ」
「あや子に言われるまでもないっての。……やってやるよ」
拳を突き出すあや子に合わせ、拳を合わせて応える私。悪友からのエールを胸に抱き、より一層の決意を固める。ここで無様にしくじって、あや子に盛大に嗤われるのなんてまっぴらごめんだからね。
「いやぁ、それにしても改めて本当に惜しいわよね琴ちゃん!もしもあの頃のまま身体が成長せずに、あの頃のままで固定できていたらと思うと……!今頃は小絃の事なんか綺麗さっぱり忘れさせて、私にメロメロにさせてさぁ!紬希と並んで両手に花、なんて事も出来たはずなのに……ああ、残念。残念でたまらないわ……!」
「…………残念なのは貴様の脳内だよロリコン」
一瞬でも感心したのを即座に後悔してしまうあや子の言動。こいつめ……やはりあの頃から琴ちゃんをヤバい目で見ていやがったんだな……
未来ある子どもたちの為にも。この私自らの手で、そこの性犯罪者をしょっ引いても良いんだけど……まあいいか。だって――
「……なにがそんなに残念なの?聞こえなかったからもう一回言って欲しいなぁあや子ちゃん」
「なにがって、決まっているじゃない!ちっちゃい琴ちゃんとちっちゃい紬希を私のハーレムに迎え入れることが出来なかったのが…………残念……という…………あっ」
「本当に残念だよあや子ちゃん。……まさか、親友で……小絃さんという大事な人がいる琴ちゃんを良からぬ目で見ていたなんてね」
「…………あの、違う……違うのよ紬希……い、今のはその……もののたとえというか何と言うか……」
「うん、わかってる。言い訳は小絃さんの用事が済んでお帰りになってから……じっくりたっぷり聞いてあげるから。とりあえずあや子ちゃんは黙ってそこで正座してなさい」
「…………はい」
――だってあや子が調子に乗って余計な失言を発していた時点で。紬希さんがあや子の背後で青筋を立てて全部聞いてくれていたんだからね。
「まったくもう…………あ、小絃さんすみません遅くなっちゃって。これ、この近くでお勧めのデートスポットが載っているんですよ。良かったら参考に使って下さい。何かご不明な点などあれば相談して頂けると嬉しいです。素敵なデートになると良いですね」
「はい!何から何までありがとうございます紬希さん!ありがたく使わせていただきます!」
いつものように紬希さんに叱責されて部屋の隅で正座する羽目になったあや子は置いておくとして。大量に持ってきて貰った情報誌を受け取って紬希さんに感謝の意を表する私。ありがたい、これだけあれば十分にデートプランが立てられる事だろう。
「さてと。紬希さんの(説教の)邪魔をするのも悪いし。そろそろお暇するとしますかね。「ま、待ちなさい小絃……!も、もう少しゆっくりして良いのよ……!?ほ、ほら!親友である私のアドバイスも聞きたいわよね!?ねっ!?」お邪魔しました紬希さん!今日はこの辺で失礼しまーす!」
「あ……あの!ちょ、ちょっと待って下さい小絃さん!」
「ふぇ?どうかしましたか紬希さん?」
と、そうやって足早に帰路につこうとする私に。紬希さんは突然大きな声で私を呼び止める。ハテ?どうしたんだろう紬希さん?何かご用かしらん?
「えと、その……琴ちゃんのこと……なんですけど。昨日の夜、私に電話をしてくれたんです。小絃さんにデートに誘われたんだって」
「え?琴ちゃんがですか?全然知らんかった……」
「あんまり詳しい話をすると琴ちゃんに悪いので言えないのですが……話を聞いていた分だと、少しだけ悩んでいると言いますか……何と言いますか。他でもない小絃さんにデートに誘われたのに元気が無いような感じがしたんです。色んな事に臆病になっているみたいな……」
「そう、だったんですね」
……確かにそれは私も感じていた事だ。この前二人でお出かけした時は……感涙にむせび泣くくらい私と一緒にお出かけする事を楽しみにしていた琴ちゃんが。今回は『デート』と強調したにもかかわらず、イマイチ反応が良くなかったように思えるし。
「だから、その……えっと。……こ、小絃さんに言うまでもないことなんですけど。でもその……琴ちゃんの親友として言わせてください!どうか、琴ちゃんをよろしくお願いします……!」
「……はいっ!」
なんて素敵な親友を得たんだろう。琴ちゃん、キミはとっても幸せものだよ。紬希さんにこんなに胸が熱くなるようなエールを貰ったんだ。……私も、頑張らないとね。
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