琴ちゃんと思い出の場所
161話 お姉ちゃんのお誘い
カチコチと柱時計の秒針の規則正しい音が。カチャカチャと皿と食器が触れ合う微かな音が。チュンチュンと朝の訪れを告げる小鳥たちの囀りが。私たちの耳に届いてくる。
模範的とも言える朝の一幕。ここに二人分の姦しい笑い声と会話が響き渡れば、まさしくいつもの空気となるのだろう。
「「…………」」
だがしかし。今この空間を包み込むのはそんな明るいものはなく、寧ろ逆。静寂と沈黙と重苦しい空気が流れていた。
自分の作った料理を淡々と食しつつ、悟られないようにチラリと目の前の彼女に視線を向ける私。テーブルを挟んで向かい合うのは私の従姉妹のかわゆい琴ちゃんだ。
「(……なんか、気まずい)」
普段と違う琴ちゃんの様子を見て、思わずため息を漏らしかける私。……異常だ。この琴ちゃんの沈黙は、本当に異常だ。
『今日は○○するね』
『お姉ちゃんは今日はどんなことをしたい?』
と。いつもの琴ちゃんであれば私に聞いてくれて、会話を絶やすことなんてほぼ無かった。話し上手であり聞き上手ないつもの琴ちゃんならば、私と対面して1分以上沈黙を続けるなんてことはあり得なかったというのに。お話好きな私としては寂しいよ琴ちゃん……
私の作った料理を食べているなら尚更だ。
『これ、すっごく美味しいよ!』
『お姉ちゃんは私の良いお嫁さんになれるよ♡』
――とか、聞いているこっちが小っ恥ずかしくなるような事をいつもなら矢継ぎ早に言ってくるというのに、今の琴ちゃんはただただ黙々と食べるだけという。
いやまぁ……あまりにも私の作った料理が不味くて絶句しているという可能性もなきにしもあらずだけれど……それにしたって通常であれば何かしらのリアクションをしてくれても良いハズだ。なんの反応もないとかなり辛いものがある……せめて不味いか不味くないかだけでも教えてくれないかなぁ……
「……コホン。ねえ琴ちゃん」
「……ッ!な、なにかな……お姉ちゃん……?」
「いや、別に大した事はないんだけどさ。今日はお仕事行くんだよね?琴ちゃんどんな事をするのかな?お姉ちゃん気になるなぁ」
「え、と……どんな事……って……しょ、書類を作ったりとか……そんな感じ……」
「そっかそっか。琴ちゃんとっても器用だし、きっと書類作りとかも上手に出来るんだろうね。そう言えばヒメさんも褒めてたよ、いつも仕事が丁寧で助かってるって。お姉ちゃんは鼻が高いなぁ」
「……そんなこと、ないよ……普通だよ…………うん、普通……」
「……そ、そっか普通かー」
「……ん」
「…………」
「…………」
沈黙に耐えきれず私の方から琴ちゃんにアプローチを試みるけれど。今の琴ちゃんとの会話は中々に弾まない。数秒やり取りしてみてもすぐに話が途切れちゃって……結局また沈黙に。というパターンに陥っちゃっている始末である。
「…………はぁ」
会話の代わりに増えたのは琴ちゃんのため息。1分間に10回以上は聞こえてくる。事あるごとにため息を吐いてはアンニュイな表情を見せる琴ちゃん。その神秘的な憂いの表情はミステリアスな大人の魅力が溢れていて非常にそそるものがある――じゃなくてだ。やっぱり琴ちゃんには笑っていて欲しい……と思っちゃうのは私のワガママだろうか?
「(……やっぱ、アレ以来琴ちゃん元気ないな……)」
琴ちゃんがこうなったのは多分……いや間違いなくあの日からだ。毎度毎度の迷惑母の迷惑実験に、不運なことに巻き込まれてしまい……色々あって理性を失って、色々あって私を監禁しちゃった事件以来、ずっとこうだ。
「(何とか琴ちゃんの理性は戻ったし……母さんの謎装置を使って……琴ちゃんが気に病まないように『あの事件は夢だった』って事にしたんだけど……)」
理性を失ってからの数日分の琴ちゃんの記憶は、母さんに命令して無かったことにしておいた。そうじゃなきゃ、多分琴ちゃんが色々保たないだろうからね。念には念を入れて、紬希さんやあや子……あと琴ちゃんの上司であるヒメさんたちに協力して貰い口裏を合わせたから琴ちゃんもアレは夢だったと一応認識してくれているようだけど……
「(あれから……どっか琴ちゃんよそよそしいんだよな……)」
それでも所詮は母さん作のポンコツ装置、やはり効き目が悪かったのか。それとも夢として処理しても、私にやったアレコレが相当ショックだったのか。ともかくあの日から琴ちゃんの様子がおかしいのである。
これは……思ってた以上に重傷かも。早くなんとかしてあげないと……
「…………ごちそうさま」
「へ……?あ、もうご飯良いの琴ちゃん?まだ半分近く残っているみたいだけど……」
「う、うん……ごめんお姉ちゃん。折角作って貰ったのに……私ちょっと食欲なくて……」
「んーん。謝る必要はないんだけど…………うーむ……」
心が乱れると身体にも影響が出てくるのだろうか。今までどんなダメダメな料理を作ろうともご飯粒一つ遺さなかった琴ちゃんが、今日に至っては私の手料理を残してしまっている。……琴ちゃんが元気出るようにって好物をいっぱい用意したし、適量ご飯も盛ったハズなのに。
「ね、琴ちゃん。体調が悪いわけじゃないんだよね?辛かったり、苦しかったり……しない?もしそうなら紬希さんを呼ぶか、病院に……」
「ううん……大丈夫……ごめん、ただちょっとだけ……食欲ないだけ。きっと昨日の夜食べ過ぎただけだと思うの。…………本当にごめん、ごめんなさいお姉ちゃん。残りは冷蔵庫に入れて……仕事終わって帰ってから責任もって食べるから……」
私の手料理を残すことを、心の底から申し訳ないと思っているのが伝わってくる。これ以上無いくらい心苦しそうに頭を下げて表情を暗くする琴ちゃん。……そんな顔、させたいわけじゃないのに。
「いいよいいよ!気にしないで!誰だって食欲無い時くらいあるって!週末で琴ちゃんも疲れが溜まっているだけだろうしさ!ご飯も新しいのいくらでも作ってあげるからさ!」
「でも……折角のお姉ちゃんの手料理……勿体ない……」
「ちょうど私お腹空いてたからね!琴ちゃんさえ良ければ分けて貰えないかなって思ってたくらいさ!それ、貰っちゃっても良いかな?」
「……私の食べかけだけど、ホントにいいの?」
「勿論!」
寧ろ琴ちゃんの食べかけだから良いのさ!――と、危うく本音を続けて言いそうになりながらどうにか飲み込んで勢いよく琴ちゃんの残りをむしゃむしゃ食べる私。これじゃあ食い意地はっている意地汚い女だと琴ちゃんに軽蔑されちゃうかもと一瞬よぎったけど……
「……お姉ちゃん、おいしい?」
「うん、おいひぃ!」
「……ふふ、ふ。お姉ちゃんかわいい。お姉ちゃんがご飯ちゃんと食べられるようになって嬉しいよ。……あ、口元ご飯粒ついてるよ。取ってあげる」
子どものようにご飯をかっこむ私を見て、ようやくちょっぴり笑顔を見せてくれる琴ちゃん。ま、こういう琴ちゃんのお顔を見られるなら……軽蔑されようが何と思われようが何でも良いか。
「……あ。ごめんお姉ちゃん。私……そろそろ仕事に行かないと。…………えっと。もし何かあったらすぐに連絡してね。体調悪かったり、辛かったりしたら私に…………いや、別に私じゃなくても……あや子さんとか、紬希ちゃんとか。頼れる人に連絡してね」
微かな笑顔を見られたのもつかの間。琴ちゃんは忙しなく仕事の準備を整えて玄関へと向かおうとする。そんな琴ちゃんを前にして、口いっぱいに頬張っていたご飯を急いで飲み込んで、いそいそと家を後にしようとする琴ちゃんを呼び止める私。
「あ、ちょい待ち琴ちゃん!」
「…………?あの、えと……どうかしたのお姉ちゃん?」
「お仕事前に、琴ちゃんに話しておきたいこと……というかお願いしたいことがあってさ。ホントは仕事が終わってから聞いても良かったんだけど。ほら、善は急げとも言うじゃない?聞いて貰ってもいいかな?」
「う、うん……何かなお姉ちゃん」
さーてと。それじゃあ琴ちゃんに元気になって貰うためにも。そして……色々先延ばしにしちゃっていた問題を片付ける為にも。そろそろ琴ちゃんの姉として本気を出す時が来たようだね。よーし、お姉ちゃん頑張っちゃうぞぉ!
「あのさ琴ちゃん。次のお休みって暇かな?予定とかあったりする?」
「つ、次のお休み?…………えと、ううん。今のところスケジュールとかは……ないよ」
「おお、それは何より。……ならさ琴ちゃん――
――お姉ちゃんと、次のお休み……デートしよう」
「……あ、うん…………うん?でーと?」
「そう、デートだよ」
「…………えっと。えーっと。……あ、ああわかった……デートってあれか。この前二人で行ったみたいな……お出かけのこと、だよね。う、うん勿論。お姉ちゃんの体調さえ良ければ私はいつでも――」
「んー?ああ、違う違う。そうじゃないの。この前のはぶっちゃけただのお出かけじゃないの。私がしたいのはね…………琴ちゃんと。好きな人と一緒に、特別な時間を過ごす……正真正銘のデートがしたいの」
「…………は、い……?」
「デート、してくれるかな琴ちゃん?」
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