159話 折れないめげない諦めない

 脱走を企てるも悉く失敗し、為す術無く捕らえられた。挙げ句唯一の外界との通信手段であるスマホを完膚なきまでに破壊された上で……これ以上無いくらい辱めを受ける羽目になった私。

 理性を失っているだけあって、琴ちゃんは本当に容赦がなかった。手足を縛り上げ、服を切り刻み、露わになった身体中を弄んで屈服させ、しまいには利尿剤なんて禁じ手を持ち出してまで……私に反抗する気力を、姉としての尊厳を、逃げ出す意志を――徹底的に摘んでいった。


「――さてと。小絃お姉ちゃん、私はこれからお姉ちゃんのご飯作って……それからお姉ちゃんで汚したお部屋のお掃除しなきゃいけないの。寂しい思いをさせるのは忍びないけど、準備するからちょっとだけそこで待っててね」

「ぁ、う……琴ちゃ……ん……」

「…………ああ、そうそう。一応言っておくね。また『鬼ごっこ』してもいいんだけど……その時は『罰ゲーム』も更にレベルを上げてあげるから。楽しみにしておいてね」


 そう言って美しくも背筋が凍る笑顔を見せつけながら、満足に返事も出来ない私を置いて琴ちゃんは監禁部屋を後にする。……あれは、多分私への脅しだ。次に脱走鬼ごっこするなら調教罰ゲームはもっとヒドイ事をするから覚悟しておけよという警告だ。

 ただでさえ逃げ場がないマッド母作のこの監獄。両手足には自由を奪う拘束具。頼れる紬希さん(+頼れぬロリコン)との連絡手段を失って完全孤立化。その上でこうして心までも呪縛されてしまっては……もう……


「は、はは……ははは……」


 琴ちゃんが去ったこの部屋に、自分の口から漏れ出した乾いた笑いが木霊する。もうダメだ、進退窮まった。諦めるほか私に道はない。


「あはっ、あはは……あはははは……!」


 もはや私に出来る事といえば。姉としての矜恃を捨て、琴ちゃんに身も心もすべて委ねて……


「…………ふ、ふふふ……ふふふふふ」


 そしてこの二人だけの楽園で、琴ちゃんと共にどこまでも堕ちていくしか――


「…………ふはっ……!ふ、ふははははははは!甘い、甘いぞ……油断したな琴ちゃん……!」


 ――なんて。今頃琴ちゃんはそう思っているところだろうが。そうは問屋が卸さない。

 あの程度の屈辱で私の心を折る?この程度でこの私が諦める?ははは、笑わせないでくれたまえ……!琴ちゃんの前で粗相したから何だってんだ……!こちとら琴ちゃんのお尻に座薬ぶち込んだこともあるんだ……!そう考えればおあいこ(?)だし……!


「そもそも、この私が琴ちゃんの前で恥ずかしい思いをした事なんて、星の数ほどあるんだし今更恥をどれだけ重ねようが同じことじゃい……!」


 それよりも何よりも。真に恥ずかしい事は……このまま心を折られてしまって立ち直れなくなってしまう事。そんなの……琴ちゃんのお姉ちゃんであるこの私が許さないし許されない。

 そうヤケクソ気味に謎理論で自分を奮い立たせつつ、両手の手枷に噛みつく私。そのまま口を使って手首を縛るベルトを引き千切るように外す。……私に気遣い、初心者用の柔らか手枷をチョイスしたのが仇になったな琴ちゃん……!母さんが作ったようなトンチキ拘束具ならいざ知らず、この程度の代物でこの私を縛れると本気で思ったか……!


「…………よっし、外れたァ……!あとは足枷を外して……」


 手枷を外して自由になった手で、ささっと足枷も外し完全にフリーになった私。しばらくの間拘束され、徹底的にわからされたのと……ついでにいつもの事故の後遺症のせいで多少身体はふらつくけど……問題ない、動ける……!


「あとはどこから逃げるかだけど…………うん。やっぱあそこしかないわな」


 もたもたしてたら異変に気づいた琴ちゃんがすぐに駆けつけてくるだろう。急いで調教されていた時からずっと目星を付けていた場所へと視線を移す。クローゼットを開き中を物色した先で見つけたのは――天井裏へと続く点検口だった。


「ビンゴ……!ここからなら……!」


 四方を囲む鉄格子の監獄、その唯一の死角がここだ。大抵の家にはこういうクローゼット内の天井とか押し入れの天井に天井裏に行ける点検口ってものが付いている。あらゆる出入り口を琴ちゃんの命により塞いだ流石の母さんも、ここを塞ぐという発想には至らなかったようだ。

 天井裏にさえ潜れれば、大抵の家ってのは軒裏換気のための仕掛けが付いているハズだし……あとはそこから上手いこと抜け出すか……構造的に弱いところを蹴破るなり何なりすれば脱出出来るだろう。


「……やれやれ。まさか中学高校時代に培った、○○本の隠し場所知識が役に立つとは……ね、っと」


 一見無駄と思えるこういう知識も、どこで役に立つかわからないものだなと感心しながら天井裏によじ登る。懐かしいなぁ、昔もこうやってこっそり買ったり拾った○○本を琴ちゃんや母さんにバレないように天井裏とかに隠したよなぁ。……え?やっぱお前中身は女子じゃなくて男子中学生だろって?やかましい。こちとら正真正銘のピチピチJKじゃい。

 そうやって昔を懐かしみつつ、天井裏へとやって来た。そんな私の目の前に真っ先に現れたのは……


「ん、んんん?…………ナニコレ?」


 それは数冊の冊子だった。明らかに異物だった。天井裏なんかに存在するのが不自然なものだった。

 そしてその冊子の横には、これまた不自然にも小さな立て看板らしきものが置かれていた。


『濃密!琴ちゃんグラビア全集~水着からこんな艶姿まで~』


「…………なるほど」


 どこかで見たことが……と言うか。滅茶苦茶見慣れた本人の性格が表れているようなどこか癖のある文字。それは母さん手書きの看板だった。これは……さてはアレだな。明らかに私専用のトラップだな。この冊子に手を出したら最後、次の瞬間私は何らかの手段で捕らえられると。母さんめ……抜け目がない。まさかここに来る事すら読んでいたとは。

 ……とは言えだ。


「やれやれ、母さんも困ったものだよね。流石に自分の娘をバカにするのも程があるってば」


 思わず鼻で笑ってしまう私。まさかうちのバカ母ってば、私がこーんなわっかりやすい見え見えのトラップに引っかかるとでも思っているのかね?

 ははは。いやだねぇ。私がこんな、琴ちゃんのグラビアとか……どう考えても罠でしかないものに釣られるなんてそんな――


「…………慎重に、トラップ解除すればいけるか?」








 バチィ!



「オ゛ゥ……ッ!?」


 ――釣られました。釣られた上で数秒後、トラップ解除失敗して電撃が身体中に流れ……見事に昏睡させられました。



 ◇ ◇ ◇



「――流石の私も。あれだけわからせたらお姉ちゃんも私の言うことを聞いてくれるって思ってたけど……甘かったみたいだね。反省。まさか……手枷と足枷を外しちゃうなんて」


 そしてこのザマである。


「あ、の……琴ちゃん……違うんスよこれは……」

「何が違うの?…………お姉ちゃんが、私の元から逃げだそうとした事に変わりないよね?」

「ぁう……」


 目覚めると私を慕う元ロリっ娘が、超絶最狂な視線で私を見つめていました。


 あんな見え見えの罠に全力で釣られた結果がコレですよ。……つくづく自分のあまりのアレさに我ながら呆れかえるわ……で、でもね?仕方のない事だと思うの……あれは釣られるのは仕方ないというか、寧ろ釣られない方が失礼に当たるというか何と言うか……


「どうしたらわかってくれるのかな?どうしたら私から離れないでくれるのかな?」


 そんなアホみたいな(※アホそのものです)言い訳を心の中でしている間にも、怒髪天を衝く勢いの琴ちゃんはブツブツとなにやら呟いているご様子。


「……やっぱりこんなオモチャじゃ話にならないよね。お姉ちゃんを傷つけたくはなかったけど……こういう……ちゃんとした鍵付きの、丈夫な……警察官が使うようなやつとかじゃなきゃダメだよね……」


 あ、ちなみにだけど……またしても私は琴ちゃんの手によって拘束されています。今度はさっきみたいにふわふわ素材の縛られても痛くない奴じゃなく……ガチの金属製で鍵付きの奴。お陰で普通に手首足首が痛いのなんので……

 困った……これじゃあ次に脱走をする時の難易度が更に上がっちゃったじゃないか。どうしようかなぁ……流石に引き千切ったり噛み砕いたりするのはほぼ不可能だろうなぁコレ。……まあ、所詮人が作ったものなんだし。その気になればいくらでもやりようはあるだろうけど。


「…………まだ脱走を諦めていないみたいだねお姉ちゃん」

「ぴぇ!?な、ななな……ナンノコトカナ!?」

「わかるよ、私がわからないはずないでしょ。お姉ちゃんの顔にそう書いてあるもん」


 琴ちゃんの察しが良すぎるのか、はたまた私がわかりやす過ぎるのか。とにかく私の企みは全部まるっと琴ちゃんに筒抜けのようである。いかん、ますます脱出までの道のりが遠く……


「ねえ……どうしてお姉ちゃんは逃げようとするの……?ここにいれば絶対に安全なのに。外にはお姉ちゃんを傷つけるものがいっぱいなのに……私と一緒なら、何一つ辛い事も苦しい事もなく……永遠に、しあわせになれるんだよ……?」

「…………それは」


 私を睨むように凝視して……琴ちゃんは私にそう問いかけてくる。本気で理解出来ないという琴ちゃんのお顔。どうしてって言われても……それは、うん……だってさぁ……

 今のこの状況は……琴ちゃんが幸せになれないじゃんか……


「…………そうだよね……お姉ちゃんはいつだってそう。やると決めたら……諦めない。わかってる。なら……こっちにだって考えがある」

「……?」


 無言で琴ちゃんを見つめ返していると。琴ちゃんは黒い感情を吐き捨てるように盛大にため息を吐いて……どういうわけか私を縛っていた手錠を外してくれた。おや……?地味に付けっぱなしは痛かったから外してくれるのはありがたいけど……どういう風の吹き回しだろうか?


「…………手足が自由に動かせるってすてきだよねお姉ちゃん」

「へ?あ、ああうんそうだね」

「手を動かせるだけで色々出来ちゃうよね。ご飯も作れるし、家事も出来る。それに……足枷を外して、この場所から逃げることだって出来ちゃうよね」

「……琴ちゃん?」


 声色が冷たくなってきた琴ちゃんに訝しむ私。そんな私の前で……琴ちゃんは静かに何かを取り出した。


「だから、私思うの…………。お姉ちゃんもここから逃げ出す事も出来なくなるんじゃないかって」

「…………」


 特徴的な光るギザギザの刃、主な用途は木材や金属を切断するために使われる工具。そう……のこぎりだった。

 それを私の腕に軽く当てて、恍惚の表情で琴ちゃんは続ける。


「だいじょうぶ、お姉ちゃんに痛い思いはさせたくないから……ちゃんと麻酔もしてあげる。それに安心して。例え、両腕がなくったって……お姉ちゃんの美しさは変わらないハズ。ううん、寧ろミロのヴィーナスと一緒で更に美しく見えるかも……」

「…………ふむ」


 そんな琴ちゃんの話を聞きながら考えてみる。なるほど……確かに両腕を切り裂かれては、流石の私もこの場所から逃れることは今以上に困難になるだろう。

 それに麻酔をすると言われても……あの10年前の事故の時ですら腕はなんとか繋がっていたわけで……つまり腕を失うなんてあの時以上の痛みを強いられるだろうなぁ。それに腕が無くなっちゃったら色々とやりたいことが出来なくなっちゃうだろうし……


 …………だけど。


「嫌だよね?そうはなりたくないよね?……私だって本当はお姉ちゃんに痛い思いはさせたくないの。だから……お姉ちゃんが『ここからもう逃げない』って約束してくれるなら、私も考え直して――」

「いいよ」

「…………ぇ」

「いいよ、腕くらい」


 そう言って私は、琴ちゃんの目の前で……そののこぎりを抱き締めるように自分の腕に押し当てた。

 ギザギザの刃が、肌にくい込む。チクチクしてそれだけでも痛い。きっとこのまま思い切りのこぎりを引けば、たちまち私の肉は裂かれてしまうことだろう。


「おね……っ、お姉ちゃん何してるの……!?危ない、よ……!?」


 なにやら慌てた様子の琴ちゃんが私からのこぎりを奪い取る。のこぎりを押し当てていた私の腕をさすりつつ、信じられないといった表情で私を見つめていた。


「ふふ、優しいね琴ちゃん」

「なに、笑ってるの……!?本気だったの……!?あんな、あんなこと……腕がなくなってもいいって……本気で言ってたの……!?」

「うん。……あ、いや誤解しないで聞いて欲しいんだけど。私だって痛いのは嫌だよ?それに腕が無くなっちゃったら……琴ちゃんの為にご飯を作ってあげる事も。琴ちゃんに箏を演奏してあげる事も。寂しがる琴ちゃんを抱き締めてあげる事も出来なくなっちゃうし……それはちょっと困っちゃうかなって」

「だ、だったらなんで――」


 なんでって。そんなの決まっているじゃないか。


「だって、琴ちゃんがそう望んだから」

「…………ッ!」

「琴ちゃんが望むのであれば、私は最大限琴ちゃんの言うこと聞いてあげるよ。だって……私は琴ちゃんのお姉ちゃんだもの」


 マコ師匠も言っていた。お姉ちゃんって生き物は、妹のワガママを聞いてあげるのが義務であり神から与えられた最高の権利なのだと。


「だから、私も琴ちゃんが本気で望むことは……なんだって叶えてあげる。腕が欲しいなら遠慮無くあげちゃうし、琴ちゃんが望むなら……この監禁生活だって受け入れるよ。琴ちゃんが満足するまで、永遠に」

「ぁ、うあ……わた、私……」

「でもね、琴ちゃん。私からも琴ちゃんに聞きたいんだけどさ」


 迷子の子どものようにオロオロする琴ちゃん。そんな彼女を自由になった腕で抱き締めて……私はずっと言いたかった事を琴ちゃんにぶつけてみる。


「――今のこの状況は、?」

「~~~~~~~ッ!!!」


 この私の一言で、この監禁生活が始まってからずっと琴ちゃんが纏っていた何かが剥がれた気配が感じ取れた。


「わたし……わたし…………なに、をして…………ちがっ……違う……私がのぞんだのは……こんな、ことじゃ……」

「うん」

「私は、ただ……お姉ちゃんに……つらいおもいを、してほしく……なくて。いたいおもいを……してほしく…………なくて」

「うん」

「なのに、わたし……わたし……」

「うん。……大丈夫。大丈夫だよ琴ちゃん。わかってる。お姉ちゃんは、ちゃんとわかっているからね」

「う、うぁ…………ぁあああっ、うわぁあああああああああああああああああん!!!」


 子どもみたいに、あの頃みたいに琴ちゃんは泣きじゃくる。私はそんな琴ちゃんを、琴ちゃんの涙ごと受け止める。

 泣いて、泣いて……泣きまくって。そして……泣きつかれた琴ちゃんは……憑き物が落ちたように、こてんと私の腕の中で眠りにつくのであった。

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