157話 脱走失敗の末路(前編)
紬希さんより授かった作戦は決して悪いものではなかった。かなり良いところまでいっていたと思う。けれど……それでも琴ちゃんの方が一枚上手だった。脱走まで文字通りあと一歩というところで、琴ちゃんに阻まれ薬を嗅がされ強制的に夢の世界に送られた私。
「――鬼ごっこ、楽しかったね。あとちょっとで本当に逃げられるんじゃないかって、私も内心ドキドキだったよ」
「ん、ッんぅ……ンむ、ぐぅ……」
「でも……ふ、ふふ……ふふふふふ……私の勝ちだね小絃お姉ちゃん!」
意識を取り戻した私は、再びあの強固な鉄格子の部屋に戻された……らしい。どうして『らしい』なんて曖昧な表現を使っているんだと思われるだろうが……琴ちゃんに目隠しをされてしまっているから仕方ないんだ。背中に感じるベッドの感触と部屋の匂いで、ここが
……ああ、そうそう。目隠しついでに補足しておこうか、今の私の状態を。まず万歳された状態で私の両手首は手錠みたいなもので縛られている。琴ちゃんの優しさか、なんかふわふわの手錠で痛みとかは全然ないんだけど……それでもギチギチに縛られていて、思った以上に動けない。手首と同様に両足首にも手錠と同じ材質の足かせを装着させられていて……脚を伸ばし股を大きく開いた状態で拘束されているせいで、いくら身をよじっても脚を閉じられない。口には何らかの布を噛まされていて、琴ちゃんに弁明の一つも出来ず……そればかりか口に溜まった唾が溢れだらだらと口元から流れ出ていく感触が気持ち悪いやら恥ずかしいやらで……
「んんんー!ンむ、んんっ……ンー!」
「んー?なぁにお姉ちゃん?何か言いたいの?…………あ、そか。そんな状態じゃおしゃべりも出来ないよね。あはは、ごめんごめん」
私が必死に何かを訴える姿を見て、琴ちゃんは嗤いながらゆっくりと噛ませていた布を外してくれる。息苦しさと不快感から解放され、とりあえず落ち着くまでハァハァと息を整えて……そして意を決し、恐る恐る私は琴ちゃんにこう問いかける。
「あ、あの……琴ちゃん……?」
「どうかしたのお姉ちゃん?」
「そ、そのぅ…………お、怒ってる?」
「え?怒る?……お姉ちゃんに?…………どうして?」
「(おや……?)」
本気で私が何を言っているのかわからないという声色の琴ちゃん。こんなにもガッツリ拘束されているわけだし、それはもう怒髪天を衝く勢いなんだろうなと覚悟していた私だけれど。予想に反して琴ちゃんの様子は穏やかだ。これは……マジで怒っていないのでは……?
「ほ、本当に怒ってないの?」
「怒ってないよー。もしかして怒っているように見えるのかな私?…………ああ、そっか。そんな目隠ししてたら見えないよね。ごめんねお姉ちゃん。今それ取ってあげるから」
そんな優しい口調で私に付けた目隠しをそっと取ってくれる琴ちゃん。数時間ぶりの光に目が眩みながらも、恐る恐る目を見開いた私の視界に飛び込むのは……最愛の、そして最強に可愛い従姉妹の――
「ね。どう?怒っているように見えるかな私」
「(…………ドチャクソ怒っているように見えるんですけど……!?)」
未だかつて見たことがないくらい激しい怒りを露わにした、琴ちゃんのお顔だった。額には青筋、刺すような鋭い目つき、歯を食いしばりすぎて血が滴る口元、憤激の色みなぎる顔……や、やっぱめちゃくちゃ怒っているじゃないですかヤダーッ!!?
「あ、あああ……あの、その……ごめんなさい琴ちゃん……!」
「え?なんで謝るのお姉ちゃん」
「い、いやだって……!わ、私が脱走――もとい、鬼ごっこを琴ちゃんに言わずに勝手にやったの怒っているんじゃないかって……思って……!」
「???」
両手足を拘束されているせいで得意の土下座が使えない。とにかく誠心誠意真心込めて全力で謝罪する私。けれど琴ちゃんはポカンとした表情を見せていた。
「いやだなぁ。謝る必要なんかないよ。あれはただの鬼ごっこだったんだし。そうでしょ?」
「そ……そうだけど。で、でも……」
「なら良いじゃない。お姉ちゃんは悪くないよ」
そう淡々と告げる琴ちゃんは不思議と本心からそう言っているように聞こえる。自分に対して怒りの感情は向けられていない事に安堵を覚える私。……あれ?でもそれじゃあその憤りはどこから……?
「そう、お姉ちゃんは悪くない。悪いのは――
ガンッ! ガンッ!! ガァンッ!!!
――お姉ちゃんを誑かす……『外』の人たちだけだから」
「…………」
そう言って琴ちゃんは、私の目の前で私のスマホを取りだして。そして手に持ったハンマーで情け容赦なく……何度も、何度もスマホに叩きつける。数分後には私のスマホは見るも無惨な姿となって、物言わぬガラクタに成り果てていた……
そうして完全にスマホを破壊した琴ちゃんは、すっきりした顔でこう続ける。
「全く……あや子さんも紬希ちゃんも酷いよね。私に黙ってコソコソと……私のお姉ちゃんを誑かすなんてさ。まあ、お陰で可愛いお姉ちゃんの姿が見られたから良かったけど…………でも。これでもう二度と、二人はお姉ちゃんとお話する事も出来なくなったね。可哀想だけど……でも仕方ないよね。だって酷いんだもん二人とも。お姉ちゃんを独占しようとするなんて。それは……私だけの権利なのに」
「…………あの、ぅ……琴ちゃん……?いつから……?」
……いつから、バレてたの?その口ぶりだと……私があや子や紬希さんと連絡を取り合っていた事……知っていたように聞こえるんだけど……?
「ん?いつからって……ああ、いつから二人とお話ししてたのを私が知っていたのかって事かな?それは勿論……最初からだよ。この家には至る所にお義母さん特製の監視カメラを付けてあって、常にお姉ちゃんの動向をモニターしているんだもん。私が目を離した隙にお姉ちゃんに何かあると心配だからね」
「監視、カメラ……」
琴ちゃんはそう言って私に笑顔でノートパソコンを見せてきた。そこには……真夜中に私があや子や紬希さんと連絡を取り合っていた姿が、私が脱走を企てた時の姿が……鮮明に映し出されていた。
「ふふ……見てお姉ちゃん。この部屋を開けられた時のお姉ちゃん……いたずらっ子がイタズラ成功した時の顔で……すっごい可愛いよね♪それとか……ほらここ、ここ!金庫から鍵を取りだした時のお姉ちゃんのお顔見てよ。すっごい希望に満ちた顔してて……このお顔見るだけでゾクゾクしちゃうよね!」
「……え、と」
「私もね、出来る事ならお姉ちゃんに勝たせてあげたかったんだよ。ホントだよ。勝ちを譲っても良いかなって思ってたの。だって……勝利を確信したお姉ちゃん、とってもキュートだったし。ここで逆転されたらお姉ちゃんもショックだろうしさ」
「……ソダネ」
「……でも、これはお姉ちゃんと私の真剣勝負だからね。知っているでしょお姉ちゃん、私って負けず嫌いなの。ごめんね。今回は私の勝ちだねお姉ちゃん」
「…………は、ハハハ……」
監視カメラに映った間抜けな脱走中の自分の姿を見せられて、もはや私は引きつった笑いをするしか出来なかった。気分は釈迦の手のひらの上で遊ばれた孫悟空。琴ちゃんは全てお見通しだったんだ……
あえて『脱走』ではなく『鬼ごっこ』という体で話を進めている琴ちゃんがめがっさ怖い……あれほどあや子や紬希さんに憎悪の感情を向けておきながら、私に対して一切そういう感情を向けてこないのも逆に怖い……
「さて、と。……それじゃお姉ちゃん。鬼ごっこは私の勝ちって事で――お待ちかねの罰ゲームのお時間です♪」
すまない琴ちゃん、私待ってないよ……待ってないし望んでないよ罰ゲームなんて……!?
「色々考えてみたんだ。罰ゲームといっても、私あんまりお姉ちゃんに酷い事はしたくないし。でも罰ゲーム無しじゃつまんないだろうし……ちょうど良さげな罰ゲームって一体何があるんだろうって」
「そ、そう……」
「それでね、色々考えているうちに……思い出したことがあるの。前に言ってたよね。お姉ちゃんってさ。…………SMとか、興味あるんだよね?」
「…………い、言ったかなぁそんな事?お、お姉ちゃんよく覚えてないなぁ……」
「えー?絶対言ったよぉ。この私がお姉ちゃんが言ったこと、忘れるはずないじゃない」
……確かに、迂闊にも言ったかもしれない。けどね琴ちゃん……どうしてこの罰ゲームとか言いだしたタイミングで、そんな話を蒸し返してきたのか……お姉ちゃん全然ワカンナイナー……
「話を戻すけど。SMごっこが罰ゲームならお姉ちゃんも悦んでくれるだろうし、程いい罰ゲームにもなるし、私もかねてよりSMってやつ練習してみたいって思ってたから一石二鳥、ううん一石三鳥って奴だなって思ったの。我ながらナイスアイデアだったよね!そんなわけで、お姉ちゃんがおねんねしている間に……まずは下ごしらえとしてお姉ちゃんを縛ってみたんだ」
「ああ……だから私こんな状態なのね……」
「あ、そだった。今更だけどお姉ちゃん、おててとか痛くない?一応縛っても痛くないやつ用意してみたんだけど……大丈夫?」
「ま、まだ……痛くはないけど……」
確かに痛くはない。痛くはないんだけど……これから琴ちゃんの手によって痛い目にあわされる思うと興奮する――じゃなくて、ヒヤヒヤするんですけど……
「そっかそっか。それは良かった。安心してねお姉ちゃん。これからやるのはSMって言っても初心者向けの、所謂ソフトなやつだから」
「う、うん……ありがと……う?」
このガチ監禁された状況下で何を安心すれば良いんだというツッコミは、やぶ蛇になりそうだからグッと我慢。その間にも琴ちゃんは私の服を、焦らすようにゆっくりとはだけさせて……
「でも……いくら痛くないって言っても結構がっつり動けないんだよねソレ。だから――」
「へ?……あっ、ひゃう!?」
「――こんな風に、いっぱいくすぐられても……お姉ちゃんは全然抵抗できないねー♪」
「あひゃひゃひゃひゃ……!?あ、あは……あははははは……!?」
そして琴ちゃんは何の前触れもなく、露わになった私の脇腹を……両手でコチョコチョくすぐり始める。咄嗟に両手で琴ちゃんを払いのけようとするも、両手は手錠と鎖で固定されて無情にもがしゃがしゃと鎖の音を鳴らすだけしか出来ない。逃げだそうにも両足も同様に固定されてどこにも行けないばかりか身動きする事もままならない。
結局まともに動けない私は、琴ちゃんの言うとおり全く抵抗できず。ただただくすぐったさに身を必死によじって笑い声を木霊させることしか出来なかった。
「こ、ことちゃ……や、め……あは、あはははは……!やめ、やめ……てぇ……!?」
「ふふ、お姉ちゃん可愛い。ごめんごめん、ちょっといきなりすぎたね」
ひとしきり笑って、涙目になりながら何とかストップをかけると。あっさり琴ちゃんは止めてくれる。笑い続けて乱れた私の呼吸がどうにか元に戻ったタイミングで、琴ちゃんはこう尋ねてきた。
「それで。どう?お姉ちゃん」
「ど、どう……って」
「嫌だった?」
「それは……」
「感想、聞かせて欲しいなぁ。私、お姉ちゃんが本気で嫌なことはしたくないもん」
「感想って……言われても」
想像以上にやばい事だけはわかる……縛られることが、抵抗できないことがこんなに危険だとは……怖い……このまま続けられたら……どうなるんだろう私……?
禄に抵抗できないまま、琴ちゃんに生殺与奪を握られて。琴ちゃんの思うままに好き放題させられるこの状況……これを続けられたら私は――
「なるほどね、嫌じゃなかったんだ。良かったよお姉ちゃん」
「へっ!?い、いや待って琴ちゃん……!?わ、私まだ何も……」
「皆まで言わなくて良いよお姉ちゃん。私、ちゃんとわかってるから。怖いって気持ちはあるけど、嫌じゃないんでしょ。寧ろ……これ以上続けられたらどうなるんだろうって好奇心……期待。それを感じているんでしょ。お姉ちゃんのお顔見ればすぐにわかるよ」
「ち、ちが……」
「違わないよ。…………まあでも。違っても違わなくても一緒か。だってこれは……お姉ちゃんへの罰ゲーム。負けたお姉ちゃんに拒否権なんてないんだからね。さあ……楽しい罰ゲームを続けようねお姉ちゃん」
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