154話 脱走作戦その1(実行編)
母さんのせいでおかしくされた琴ちゃんの為にも、一刻も早くこの難攻不落の監獄から脱走をしなくてはならない私。藁にもすがる思いで、こういうことに詳しそうなあや子にアドバイスを求めた結果――
『小絃、あんたがやるべきことはたった一つ。琴ちゃんを――色仕掛けで堕としなさい』
「バカなのあや子?」
返ってきた答えは。頭が茹だっているとしか思えないそんなバカみたいなものだった。色仕掛けって……
「もう一度言うわ、バカなのあや子?もうちょい真剣に考えろっての……こちとら真面目に悩んでいるってのに」
『何を言うか小絃。私はいつだって真剣よ』
「なるほどよくわかった。バカでしょあや子」
疑問に思うまでもなくバカだったなあや子は。可哀想に紬希さん……貴女のパートナーはもはや手遅れレベルのようですよ。元からだけど。
「貴様だってわかっているでしょうに。そりゃ……最近は琴ちゃんに何かと色々弄られて普通以上には成長してきたかもだけど。それでも自分で言うのも何だけど……私は琴ちゃんと違って大人の魅力溢れるぼでーってわけじゃないんだぞ?傷だらけで、特徴らしい特徴も無い平凡ぼでーだぞ?」
『まあそれはそうね。琴ちゃんとあんたとじゃ月とすっぽん。比べるのすらおこがましいレベルよね。身体は勿論、所作も心根も何もかも。あんたに色気なんてものは本来は存在しないわけだし、そんなあんたが普通に誰かに色仕掛けなんてしたところで効果なんて期待できるハズはないわね。寧ろ逆効果ってやつよね』
……それは紛れもない事実だけど、私よりも胸も色気も常識もない輩にそうハッキリ言われると腹立つな畜生。
「はいはい色気無くて悪うございましたね。……わかってんならもっとまともな方法をだね」
『けれど……例外というものは常に存在するものよ小絃。他の人には到底理解出来ない特殊性癖……異常性癖というものはいつの時代だって存在するの』
異常性癖の象徴みたいなロリコンが言うと説得力が半端ないな。
『確かにあんたは10年前から心身共に何一つ成長出来ていないちんちくりんで不細工で子どもっぽくてそそっかしい、色気はおろか女かすらも怪しい変態だけど……』
「喧嘩なら買うぞ?今すぐ買うぞ?」
『それでもそんなあんたの事を何をどう間違ってしまったのか惚れ込んでしまった子が世界でただ一人いるでしょうが。そう……世界でただ一人、琴ちゃんだけになら。あんたの色仕掛けは普通に――いいえ、普通以上に効くはずよ!』
「そうかぁ……?」
無駄に力説するあや子の説を聞き考えてみる。……まあ、確かに……過去の色んな刷り込みの結果、琴ちゃんはどうやら私に好意を抱いてしまっているらしいし。琴ちゃんもこーんなちっちゃな時から『すきなひと?おねえちゃん!』『ケッコンしたいひと?おねえちゃん!』とか即答するレベルだってのは知っている。
けれど……それはあくまで純粋な好意であって、私のように『大人の琴ちゃんを隅々までペロペロしてぇ……』とか『思いっきり抱き潰して抱き潰されてぇ……』とか不純なものでは決してない…………はず。最近の琴ちゃんは私やあや子の悪影響を受けつつある気がするけどそれはちょっと置いておくとして……
「うん……やっぱりそう上手くいくとは思えないよ。色仕掛けなんて柄じゃないし、そもそもあの琴ちゃんにそんな手が通用するとはとても……」
『そりゃ通常の状態の琴ちゃんならね。けどね小絃。忘れていないかしら?今の琴ちゃんは……理性を失ってしまっているのよ』
「……あ」
『ふふん。鈍いあんたも気づいたようね?そう、今の琴ちゃんには理性を言うものが存在しないのよ。そんな状態であんたに色仕掛けなんてされてみなさい。琴ちゃんなら絶対に一発でコロッと堕ちちゃうわよ』
「む、むぅ……そう言われると……」
なんか急にいけるような気がしてきた。なるほど……ちょっとおねだりして琴ちゃんを良い気にさせたら……琴ちゃんも気をよくしてこの監禁生活から解放してくれるかもしれない。それが無理でも隙は作れるかもしれない。最初に聞いた時は呆れかえったけど、存外理にかなっているじゃないか。
「でも……色仕掛けって具体的にどうすりゃ良いのさ。当然だけど私やった事なんてないんだけど?」
『それも経験豊富な私に任せなさいな。いい?よく聞きなさい小絃。まずはね――』
「ふむ……ふむふむ…………え?そ、そんな事まで……!?」
『なーにカマトトぶってんのよ。あんただってこういうことしたかったんでしょ?そもそも……これも全ては琴ちゃんの為。やれ、やるのよ小絃!』
「う、ぐ……わ、わかってるよ……やれば良いんでしょやれば!…………てかこれ、私の理性の方がもつかなぁ……?」
納得も出来たところで本題である色仕掛けを性欲魔人のあや子に伝授される私。さあ……勝負だ琴ちゃん……!この戦い、必ず私が勝つ……!
◇ ◇ ◇
ちゅちゅんと小鳥の囀りが聞こえてくる朝。無粋な目覚まし時計のセットをそっと外し。準備を終えた私は……覚悟を決めて作戦に取りかかる。
「…………琴ちゃん。琴ちゃん、起きて」
「ん、んん…………ッ!?今、何時!?私、寝過ごし…………お姉ちゃんどこ……!?まさか、逃げられ――」
「大丈夫。大丈夫だよ琴ちゃん。私はここにいるよ」
「あ……おねえちゃん……お、おはよう……きょ、今日は起きるの早いね……」
いつもは起こす側で、私よりも先に起きるのが日課なだけに。私に起こされるのは相当ショックだったようで。飛び起きて辺りを必死に見回す琴ちゃん。そんな琴ちゃんの頭をよしよしと撫でながら落ち着かせつつ(珍しく)主導権を握る私。
「おはよう、そしてごめんね琴ちゃん。起こしちゃって。とっても気持ちよく眠ってたから……申し訳ないって思ったんだけど。でもそろそろ起きる時間かなって思って。……嫌だった?もうちょっと眠ってる?」
「う、ううん。お姉ちゃんに起こされるの嬉しい。可愛い奥さんになったお姉ちゃんに起こして貰えるのは私の夢だったし……最高の朝の目覚めだよ。あれ?というか……最高すぎるし……もしかしてこれは夢?私、ひょっとして夢を見てるの……?」
「あはは、現実だよ琴ちゃん。それよりも……起きたならそろそろ朝ご飯にしようか。琴ちゃんもお腹すいちゃったでしょう?琴ちゃんの為に、準備してみたんだ私」
「…………は?」
その私の一言で琴ちゃんは少し怖い顔になってしまう。
「準備した?……それって……つまり、朝ご飯を?なんで?どうして?……ここからは出られないはず……それなのに……まさか……」
「あ、ああごめん琴ちゃん。朝食作ったわけじゃないの。ここから出られないから作れないし。そもそも料理は琴ちゃんが作るって言ってくれてたじゃない」
「そ、そっか……良かった……ほんとに……」
一瞬見えたその琴ちゃんの表情はなんとも迫力があったけど……怯んでいる場合じゃない。慌てて私が訂正を入れると琴ちゃんはホッと息を吐いていつもの可愛い琴ちゃんに戻ってくれる。
「……ん?でも、なら準備してみたって……何を準備したのお姉ちゃん?」
「……それは……そのぅ……」
「お姉ちゃん?」
冷静になってくれたところで。当然の疑問を私に投げかける琴ちゃん。う、うぅ……やるのか?やれるのか私……?琴ちゃんの為とは言え、こんな小っ恥ずかしいことやって……てか、琴ちゃんにドン引きされるのでは……?
……いや、どのみち他にアテもないんだ。ここまで来てヘタレてどうする私。
「……えっ、と。わ、私の分の朝食は……作れないけど。でも……琴ちゃんの分は用意出来たって言うか……これを朝食って言い張るのは流石に無理があるかもだけど……これやったら、琴ちゃんも元気にはなるだろうって……思って……」
「???ごめんお姉ちゃん、よくわからないんだけど……」
こうなりゃ破れかぶれだ!やってやろうじゃないの……!
「つまり…………こういう事さぁ……ッ!」
意を決して、私は自分の身を隠すように包んでいたシーツをバッと脱ぎ捨てる。その下には朝らしく、エプロンを装着した私の身体が露わになる。
「…………裸、エプロン……?」
…………そう。エプロン以外何も装着していない、私の身体が露わになる。
◇ ◇ ◇
『小絃。よく聞く事ね。まず大前提として……琴ちゃんには強い結婚願望があるわ。あんたとの結婚生活に、強い理想を抱いているの。それはわかる?』
『まあ、それは私も薄々感じてた事だけど……それで?』
『つまりね。琴ちゃんにとって結婚生活を彷彿させるあんたの姿は何よりも特効材料になるのよ。そういう格好を見せて、ちょっと甘えるだけであら不思議!琴ちゃんはたちまちあんたに骨抜きになっちゃうわ』
『ふむ……それは確かに一理あるかもね。だけど結婚生活を彷彿させるっていうと……パッとは思いつかないんだけど?』
『やれやれ。そんな事もわからないなんて、お子ちゃまよね小絃は。いいわ。既婚者な私が教えてあげましょう。それはね――』
『それは?』
『――ズバリ、裸エプロンよ!』
『やっぱバカだわあや子って』
◇ ◇ ◇
「…………」
「…………」
あや子に唆され、正直やるかどうか最後まで迷ったこの衣装(?)晒し。バカが考えそうな大変頭の悪い作戦だとは思うけど……あや子が言うにはこの格好を見せれば一発KO間違いなしだそうな。
けれど覚悟を決め恥を忍んで琴ちゃんに晒したは良いものの。晒した瞬間から琴ちゃんは硬直し、私の格好をただただマジマジと見るだけで何も言ってくれないではないか。沈黙が10秒、20秒、30秒……時間だけが無駄に過ぎてゆく。
「……あ、あの……その。こ、これが私が用意出来る朝ご飯……な、なーんて……」
「…………」
「い、いやその……料理とかは……出来ないんだけど……この格好しておけば……お手伝いになるかなーって……」
「…………」
「……い、いや。勿論こんな身体晒したところで何が手伝えるんだって話になっちゃうけど……ほ、ほら?よく言うじゃん?恋人にしてほしいシチュエーションの一つだって……実際に料理をするわけじゃないなら安全で……こ、これなら琴ちゃんも……喜んで……元気になってくれるかもって……」
「…………」
沈黙に耐えきれなくなった私は、聞かれてもいないのにペラペラと弁明を始める。けれどその間も琴ちゃんは無言のまま、無心で私のバカの考えたバカそのものの格好を穴があくくらい見続けて……
「…………その。えと、やっぱ着替えてきます……はい」
結局何の反応もなく、作戦失敗を悟る私。やっぱ……ダメだったわこれ……そりゃそうだよね……何が色仕掛けだ。騙された……畜生あや子なんかに頼った私がバカだった――
グイッ!
「へ……きゃあ!?」
「…………どこに行くのお姉ちゃん」
と、次の瞬間。トボトボとクローゼットの前まで歩き出した私の手を琴ちゃんは取って。もの凄い力でベッドへと引き戻され。その勢いのまま強引に……けれども優しく私はふかふかのベッドに寝かされてしまう。
「あ、あの……琴……ちゃん?」
「…………形はどうあれお姉ちゃんが私の為に、私を想って……こんなにお顔真っ赤にしながら頑張ってくれて。最高の朝食をありがとう。うん、本当に嬉しいよ」
「あ、あはは!そ、それはよかった!ネタだけど琴ちゃんが喜んでくれたなら本望――」
「…………それはそうと。朝食って事は食べて良いんだよね?今更『ただのネタだった』とか……そんな据え膳な事……まさかお姉ちゃんが言うわけないもんね?」
「…………ぴぇ?」
なんだなんだと目を白黒していた私の上に、先ほどまで微動だにしなかった琴ちゃんは跨がっていた。息を荒し、鬱陶しそうに寝間着を脱ぎ捨て、瞳を怪しく光らせて……まるで獲物も見つめる肉食獣の視線を私に落としていた。
「(あ、あれ?これはもしかしなくても……色仕掛け、成功……?)」
思わぬ成果に心の中でガッツポーズ。や、やった……やったぞ!上手くいった!あとはここで畳みかけるように琴ちゃんを堕とせば――
「そ、そうだね……私は琴ちゃん専用の朝食……だよ?だ、だけど食べる前に一つ琴ちゃんにお願いがあって……」
「…………そうだ。これは……お姉ちゃんが、悪いんだからね……朝からこんな魅力的に誘ってくるお姉ちゃんが……こんなの、私に抱かれるために存在するようなものじゃない……お姉ちゃんが悪いんだよ……」
「あの……琴ちゃん?き、聞いてる……?」
「…………ごめん、お姉ちゃん。一つだけ謝っておくね」
「う、うん?何かな琴ちゃん……?」
押し倒されたまま、琴ちゃんは何故か私に謝ってくる。謝られる理由がない私は首を傾げつつ続きを促すと……琴ちゃんはこう宣言した。
「本当にごめんなさい。…………今日は、ちょっと……優しく出来ないと思う」
「へ、ぁ……ちょ…………ん゛、ンぅぅ……ッ!?」
謝罪の直後に上から降り注がれるキスの雨……息つく暇も無いキスの暴風雨は止む事を知らず。互いのキスで顔中ベトベトになって、エプロンの上から両の胸を揉みしだかれて……エプロン越しでもハッキリとわかるくらい私の胸の先端が存在感を露わにし始めた頃には……私もすっかり出来上がっていて。
結局のところ。あや子の言うとおり、色仕掛け自体はこれ以上無いくらい成功したのだけれど。何のために色仕掛けを始めたのか曖昧になるくらい色仕掛けが効きすぎた琴ちゃんに徹底的に抱き潰されてしまい……この作戦は失敗に終わるのであった。
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