153話 脱走作戦その1
危うく琴ちゃんに堕落一歩手前……いや半歩くらい泥沼にハマりかけてた私だけれど。このままではダメだとなけなしの理性がどうにか仕事をして正気に戻った私。
初志貫徹。この強固な監獄から脱出し、理性を失ってしまった琴ちゃんを元に戻してあげなければ……!
「――てなわけで。何でも良いから知恵を貸してちょうだいなあや子」
『ったく……人が気持ちよく寝てたってのにしつこく電話しやがってからに……今何時だと思ってんのよ……仕事明けで疲れてる紬希の安眠までも妨げていたらあんたぶちのめしてたわよ』
さて。そうやって決意を新たにしたところで。深夜、琴ちゃんが寝静まったのを見計らい……鬼電して悪友あや子を叩き起こした私は、この監禁生活からの脱出方法を相談する事に。琴ちゃんに感づかれないように布団を被りつつ、ヒソヒソ声であや子にアドバイスを求める。
「あや子はともかく紬希さんには悪いとは思ってたけど……緊急事態だから許せ。それよりも……どうすれば良いと思う?どうやったら脱出不可能とも思えるこの場所から脱獄出来ると思う?専門家の意見を聞かせて欲しいんだけど』
『どうやったらって言われてもねぇ。いくら私でも小絃ママが設計したその監獄からの脱出となると…………って、いやちょっと待ちなさい小絃。専門家って何?あんた何の話をしているのよ』
「え?だってあや子って脱出・脱走の専門家でしょ?何せ……今まで女児への盗撮・盗聴・児童買春・強制わいせつ罪……星の数ほどの罪を問われ警察に捕まっちゃったのは数知れず。その度に鮮やかに脱獄を繰り返し、逃げおおせて今に至るという伝説のロリコン――」
『切るわよ電話。というか……事実無根な不名誉な言いがかりは止めなさいバカ小絃……!ギリギリ事情聴取受けた事があるくらいで、捕まったこと自体はまだないわよ……!脱獄とかした事すらないからね……!?』
「事情聴取自体は普通に受けている辺り、時間の問題だと思うのは私だけかね?」
そもそも『捕まったこと自体はまだ』とか自分で言ってる時点で……ねぇ?
『まあともかく事情はわかったわ。要するに小絃ママの例の装置でおかしくなった琴ちゃんの為に、一刻も早く脱走したいって事よね』
「そういう事。このまま監禁生活が続いたら……琴ちゃんにとっても私にとっても良くないと思うんだよね」
『ふんふんなるほどね。……でもさ小絃。私思うんだけどさ』
「……?何さあや子」
『普段から琴ちゃんのヒモな生活を満喫しているあんたにとっちゃ、監禁されようがされるまいがいつもと大してならなくない?』
「ぶちのめすぞ貴様」
こいつといい、うちの駄母といい。私と琴ちゃんの事を一体何だと思っていやがるんだ……
いかん……人選ミスった感が半端ない。よく考えたら私の不幸でメシが美味いと豪語するこのロリコン性犯罪者が私に協力するなんてあり得ないじゃないか。こんな事なら素直に紬希さんとかに相談した方が良かった気がしてきたぞ……
『ま。とは言え……流石に今の琴ちゃんを正気に戻したい気持ちは私にもあるわ』
「お、おぉ……?どうした急に……?」
なんて思っていた矢先に。意外な事に協力的な態度を見せてきたあや子。今も昔も私に嫌がらせする事に全力を注ぐコイツが……一体どういう風の吹き回しだ……?
『あんたはともかく。あんたが逃げ出さないように監視するために……琴ちゃんまでその家から一歩も出なくなっちゃったじゃない?その事にうちの紬希も心配しててさ』
「あ、ああ確かに。一度紬希さんもこの家に来てくれたんだよね?私と琴ちゃんの様子を見に」
『琴ちゃんから見事に門前払い喰らったそうだけどね』
私が脱出しないように。そして私と永久に一緒にいるために。私と同様に琴ちゃんもこの監禁生活が始まってからずっとこの家から出ていない。誰かが面会に来てもインターホン越しで会話するくらいが関の山。そりゃ紬希さんも心配して当然だろう。
『聞けば琴ちゃんママ琴ちゃんパパすら入れて貰えてないんでしょ?流石の私も琴ちゃんの精神状態がちょっと気になってたのよね』
「じゃ、じゃあ……!」
『不本意だけど仕方ないからあんたの脱走に協力してあげるわよ。感謝しないよね』
「おお!ありがとうございます紬希さん!」
『…………ちょいちょい。あんた、私へのお礼はどうした?』
ははは。必要ないでしょそんなもの。
『……まあいいか。私もあんたなんかに感謝されても嬉しくもなんともないし、素直に礼なんか言われても気持ち悪いだけだものね。それよりも、どうやってその場から脱出するかって話の方が重要よね』
「そうそうその通り。んで?どうすりゃ良いと思う?」
『そうね……とりあえずパッと考えられる限り、あんたには大きく分けて三つほど選択肢があるわね』
ほう?三つとな?
『一つ目は……シンプルに何らかの手段を使ってその家を出るって選択肢。二つ目は……脱走せずに件の小絃ママの装置をその家に届けてから琴ちゃんの理性を戻すって選択肢』
「ふむふむ……それで最後の三つ目は?」
『何もかも諦めて、その家で未来永劫琴ちゃんに飼われるヒモ女な選択肢』
「却下」
それはただのバッドエンドだし、そんな選択肢は今の私にはない。
『仕方ないわねぇ。じゃあどっちかで行くしかないわ。まず一つ目の何らかの手段を使ってその家を出るって選択肢だけど……実際どうなの?どうにかそこから抜け出せないの?』
「抜け出せてるならあや子なんかに頼らずにとっくの昔に自分で抜け出しているわ。……ありとあらゆる出入り口には鍵がかけられているし。窓も強化ガラスで補強されて……格子が取り付けられてるから壊すのはほぼ不可能。そもそも今私と琴ちゃんが寝ているこの部屋から出るのが最難関で……ちょっとやそっとじゃびくともしない鉄格子で覆われいるんだよ?どう抜け出せと?」
『……今更言うのもなんだけど。理性を失っているとは言え……本気出しすぎじゃないかしら?琴ちゃん……恐ろしい子……』
「…………」
敢えてあや子には言わないけど。これの何が恐ろしいって、実はこの強固すぎる監獄自体は……理性を失う前から母さんに作らせてたんだよね琴ちゃん……一体何を想定して作らせていたんだろうか……?それこそ恐ろしくて知りたくないわ……
『でもさ小絃。琴ちゃんは今あんたの隣で寝ているんでしょ?ならその隙に琴ちゃんが持っているであろう鍵を拝借して抜け出せば良いだけの話じゃないの?』
「私も初日その手を使おうと思ったんだけど……ダメだね。夜は外の金庫にこの家の全ての鍵をしまっているんだよ琴ちゃん」
『は?じゃあその監禁部屋の鍵はどうしているのよ?まさか鍵がかかってないの?』
「夜の10時を過ぎるとこの部屋はオートでロックがかかって、朝の6時にロックが解除される仕組みになっているらしいんだよ。仮に何か緊急事態的に外に出なきゃいけない時は琴ちゃんの声紋認証で中から開けられるっぽいし……琴ちゃんからしたら鍵なんて必要ないんだよね」
『……って事は。夜中にこっそり抜け出すのはほぼ無理か』
「そういうこと。無駄にハイテクすぎでしょ……」
何故うちのマッド母はこんなしょうもないところで本気を出しやがったのかマジで問い詰めてやりたい。
『じゃあ次。二つ目の理性破壊装置をその家に届けるって方法だけど』
「それも難しいんじゃないかな……今の琴ちゃんってば警戒心が半端ないもん」
当初は誰かに装置を届けて貰い、隙を見て琴ちゃんに理性を戻してやろうと企てていたんだけど……どうやら理性を外された琴ちゃんは理性を戻されるのを全力で拒絶しちゃっているらしい。
なにせ警戒するあまり……親友の紬希さん、琴ちゃんのパパママ……信頼できる人たちと直接会って話すことすらしないという徹底ぶりだもの。
『そうよね……うちの紬希にすら会わないくらいだものね。……あ、じゃあこういうのはどう?確か今の琴ちゃんは必要な物資を全て通販で手に入れているって言ってたわよね。ならその物資に小絃ママの理性破壊装置を紛れ込ませれば――』
「……それも当然琴ちゃんは想定済みらしくてだね。あや子知ってる?空港とかで見かけるX線検査ってやつ」
『ああ、アレね。知ってるわよ。手荷物の中に危険なものがないかを確認するやつでしょ?…………え?ま、まさか……』
「……お察しの通りだよ。その装置も母さんに作らせて、荷物を受け取る前に中身を念入りに確認してから受け取ってるんだよね琴ちゃん……」
『おおぅ……』
必ず一度中身を確認し、ちょっとでも怪しいものがあれば受け取らずに返品している琴ちゃん。これではどうやっても例の装置を琴ちゃんに使わせるなんて出来っこない。
改めて分析すると……ホント、詰みまくってて笑う。笑うしかない……どうすりゃ良いんだこれ……
『それにしても……琴ちゃんったらマジで理性が崩壊しちゃってるのね。可哀想に。いつもの琴ちゃんなら絶対にやらないであろう事を平然とやっちゃうなんて…………あ、いやでもやるかやらないかで言ったら平時でも琴ちゃんやりそうではあるけど……』
「…………」
琴ちゃんには申し訳ないけれど。ここで強くあや子の言うことを否定できないのが辛いところだ……
『それでもギリギリやらなさそうな事も積極的にやってる辺り。流石は小絃ママの理性破壊装置だわ。実は私も小絃ママに実験と称して使わされたんだけど……アレってホントヤバいのよね。私も理性が完璧になくなっちゃってさ、本能のままに紬希に襲いかかっちゃって大変だったわ……』
「いや、それはいつもの事じゃない?」
『それはどういう意味かしら小絃?まるで私に理性なんて存在しないって言ってるように聞こえるんだけど?』
その通りですが何か?
『ともかくよ。とりあえず今のあんたの置かれた状況はわかったわ。それで脱出の話に戻るんだけど……』
「うん……やっぱ流石に難しいよね……」
『――簡単に脱出できる方法があるじゃないの』
「うんうん。大丈夫。わかってた。こんな無理難題、あや子如きに解決出来るわけ――何ですと?」
あっさりとそんな事を言い出すあや子に思わず身を乗り出して聞き返してしまう私。簡単に脱出できる方法がある……だとぉ……!?
「ほ、ホントに?簡単に脱出できるの?マジで?」
『マジも大マジ。というか……何で他でもない小絃が思いつかなかったのかが不思議なレベルの話だわ』
「さ、流石は歴戦の脱獄王……幾度となくロリコン罪で捕縛されてきたのは伊達じゃなかったか……!」
『待ちなさい小絃。だから私はまだ逮捕も拘留もされた事はないって言ってるでしょうが……!?』
この口ぶり……冗談でも何でもなく、本当に脱出出来ると確信しているっぽい。凄い……今日のあや子ほど頼りになる存在はないんじゃないか。
「それで!?もったいぶってないで教えてよあや子!どうすればここから逃げ出せるの!?」
必死になってあや子に問いかける私。そんな私に対し、あや子はやれやれといった風にため息一つ吐いてからこう続ける。
『いいかしら小絃。よく聞きなさい。琴ちゃんがそれだけあんたの脱走に警戒しているなら、その場所から逃げ出すのは至難の業。そうよね?』
「そうだね。今の琴ちゃんから逃げるのは相当難しいと思う」
『そもそも無理矢理脱走しようとしているのが間違いなのよ。こういう時は発想を変えてみるの。…………出られないなら、出して貰えるように琴ちゃんを懐柔すればいいじゃない』
「こ、琴ちゃんを懐柔……?い、いやいや……どうやってさ」
『だから簡単な話よ。琴ちゃんは何かの間違いであんたに惚れている。なら……それを利用しない手はない』
そうしてあや子は不敵に笑い、私にこんな知恵を授けるのだった。
『小絃、あんたがやるべきことはたった一つ。琴ちゃんを――色仕掛けで堕としなさい』
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