番外編 同棲(監禁)生活???日目

 ――これはあったかもしれない『もしも』の世界。音瀬小絃が理想を失った『もしも』の世界。


「はっ……はぁ……ぁ……っ♡はぁっ……♪」

「……ふぁああ」

「んー……?んふふ……お姉ちゃん、お目覚め?」


 耳をくすぐるような荒い息遣い、全身を這いずる生温かい感触。程よい重みと柔肌の温もり……そして甘ったるい大好きな人の香りに包まれて、私の意識は微睡みの中から覚醒する。


「ぁ……ぅ……琴ちゃん……?」

「おはよう小絃お姉ちゃん♡早速で悪いけど……イタダキマス」


 瞼を震わせゆっくりと目を開くと。最初に目に飛び込んでくるのは超絶美人な琴ちゃんのお顔。目と目が合ったその刹那、躊躇いなく琴ちゃんは挨拶代わりに私の唇を奪ってくる。

 ぴちゃり、くちゃりと絶え間なく。舌と唾液が絡み合う卑猥な水音が閉ざされたこの部屋に木霊する。熱を帯びた粘膜が触れ合う度に甘く蕩けてゆくのがわかる。


「む、ぐぐ……むっ…………ンンッ……」

「ぅふ、ん……♪」


 呼吸する事も忘れて無我夢中で貪り合う。脳に酸素が十分に送られず、視界が霞む……それすらも心地良く感じるようになったのは一体いつからだろう?


「く、は……はぁ……こと、ちゃ……」

「お姉ちゃん……」


 そうやって酸欠ギリギリになり、私も琴ちゃんもこれ以上は危険と本能が危険信号を送り始めてから……ようやく名残惜しむように唇と唇をゆっくりと離して息を整えながら見つめ合う。こんな風に毎朝琴ちゃんに目を覚まさせられるのは、もはやこの私……音瀬小絃の日常になっていた。


「……改めて、おはよう琴ちゃん。今日も……琴ちゃんは綺麗だね……」

「そういうお姉ちゃんはとっても可愛いよ♪キスでお顔真っ赤になってるとことか、まだまだオネムでトロンとした目つきとか……全部可愛い。流石私のお嫁さんだね」


 そう言って琴ちゃんは私の身体をゆっくりと抱き起こしてくれる。いつの頃からか自然と寝る時はお互い何も身に付けなくなっていて。そのせいで素肌と素肌が直に触れ合ってしまって。互いの両の胸が重なり合ってしまって。……その温もりと柔肌の感触に、昨日も散々求め合ったと言うのに……朝っぱらからイケない気持ちになってくる。


「おなか空いたでしょ?今日もお姉ちゃんの為に美味しいご飯作るね。お姉ちゃんはここで良い子で待っていようね」


 そんな私の情欲を知ってか知らずか。私を抱き起こした琴ちゃんは、そのまま私を置いてどこかへ行こうとする。あんなにも密着していた存在が突然離れようとするこの感覚に、私の中で急激に不安な気持ちが襲いかかってくる。


「……お姉ちゃん?どうしたの?離してくれなきゃ私……ご飯を作りに行けないよ」

「ぁ……う」


 気づけば私は琴ちゃんに自分から抱きついて、琴ちゃんをこの場に留めていた。自分でも何やってんだと慌てて離れようとするけれど。今度は逆に琴ちゃんの方が私を捕まえて……


「もしかしてさ……お姉ちゃん。私に行って欲しくなかったりする?」

「あ、の……えと……それは……」


 完全に思考を言い当てられて、私は思わず赤面して琴ちゃんから目を離す。琴ちゃんは面白そうにそんな私の顔を覗き込み。意地悪そうに笑って私を見つめてくる。

 琴ちゃんの瞳の中には……不安そうな、寂しそうな、迷子の子犬のような私が映っていて。これじゃあどう言い繕っても琴ちゃんにバレバレじゃないかと肩を落とす。


「ふ、ふふ……大丈夫……大丈夫だよお姉ちゃん。私は絶対に離れない。離さないから……」


 私の不安を解消するようにそう告げて。両腕でしっかりと『もう逃がさない』と言わんばかりに私を抱きしめる琴ちゃん。それだけの事で安心しきってしまう現金な自分に恥ずかしさを覚えながらも……私は素直に琴ちゃんを抱きしめ返す。


「琴ちゃん……」

「小絃おねえちゃん……」


 互いの腕を相手の身体に回して、離れることを許さず、離すことも許さず。互いの隙間をゼロにする。さっきまであんなにキスしちゃっていたのに。抱き締め合っているとそうすることが自然な事のように、名前を呼び合いどちらからともなく近づきキスを再開する私たち。

 ちゅっ……ちゅっと互いを求め合う。舌と舌が絡まり擦れて押しつけて……そうすることで二人分の唾液が混ざりあい、飲みきれなかったものが口内から漏れ出て……唇の端から流れ出て自分たちの身体を濡らしていく。それを不快に思うどころか気持ちよくさえ感じるのは……琴ちゃんに散々教え込まされた成果なのだろうか。


「は、ぁ……はぁああああ……」

「ふぅううううう……♡」


 今度はもっと長い時間キス出来るように。キスの合間に小さく息を吐く私たち。琴ちゃんから漏れ出すため息に悲壮感は一切なく。寧ろ……私を、全てを手に入れられた歓喜の感情が感じ取れた。


「……あったかい。おちつく」

「ふ、ふふふ……それは良かった。だったらもっとぎゅーっとしてあげるね」


 互いを分け隔てる服すら何も無く、柔らかい琴ちゃんの身体に私の身体は包み込まれる。ぬくぬく暖かい布団のような琴ちゃんのハグは……私を優しく堕落させる。抱き締められて、キスをして、求め合って。その度に私の心は琴ちゃんに捕らわれる。この強固な鉄格子の部屋よりも厳重に捕らわれてしまう。

 ああ、それはなんて気持ちが良いのだろう……琴ちゃんに支配されるのはなんて心地良いのだろう……


「…………ことちゃん、ごめんなさい」

「ンむ?なにがごめんなさいなのお姉ちゃん?」


 身体も心も思考もドロドロになった私は、キスを一時中断して琴ちゃんに謝罪する。その私の意図がわからず不思議そうに首を傾げる琴ちゃんに私はこう続ける。


「……私、バカだった……どうして私……この場所から、琴ちゃんから逃げだそうとしてたんだろ……?こんなにも琴ちゃんは私の事好きでいてくれるのに……私、こんなに琴ちゃんの事好きなのに…………ごめん、ごめんね……もう、絶対……私……琴ちゃんから離れない。ずっと離さないから……だから……」


 私のその謝罪に。キスでとろりと互いにかかっていた銀の唾液の橋を指で掬い、慈しむようにそれを舐め取り飲み込んで。琴ちゃんは口角を上げて力強く頷く。


「うん、わかってる。もう一度言ってあげる。もう大丈夫……お姉ちゃんさえここにいてくれるなら、もう大丈夫だよ。ここにいれば二人とも幸せになれるの。お姉ちゃんはここにいて、ただただ私と愛し合っていれば良いの。この私が……どんな脅威からも守ってあげるし、辛い思いも苦しい思いもしなくて済むよ。私の側から離れなければ……永遠に、二人っきりで……幸せになれるんだよ」


 琴ちゃんのその愛の宣言に、心の底から安心しきった私は琴ちゃんに身を委ねる。琴ちゃんもそんな私に応えるように全身で受け止めて……そうしてまたキスを再開する。

 鉄格子の隙間から漏れた朝の日差しを浴びながら。他の誰も触れられぬ閉じた世界で私たちは愛し合う。これまでも、これからも。


 …………これは一つの『もしも』の世界。音瀬小絃が姉としての責務を全てを投げ出した『もしも』の世界。

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