152話 同棲(監禁)生活3日目
アリンコ一匹出入り出来ない居城と化した
事の発端である母さんの例の理性破壊装置をどうにか手に入れさえすれば、琴ちゃんもきっと正気に戻ってこの監禁生活からも解放されるだろうけど……監禁初日、それから2日目で琴ちゃんの目を盗みどうにか抜け出せないかと模索した結果。残念な事に私一人では脱走するのはかなり難しいことがわかってしまった。どこもかしこも逃げられる場所なんてなくて。
「……何故うちのバカ母はこんなどうでも良いことに全力になりやがったのか、小一時間問い詰めてやりたい」
ならば母さんを呼び出して装置を直接受け取れば良いのでは、とも考えたんだけど。どうやら琴ちゃんは理性から解放された今の自分を気に入っているようで。私が脱走する事も誰かが侵入することすらも許さないのである。
「母さん含めあや子のアホや親友の紬希さん、果ては琴ちゃんのお父さんお母さんまでもがこの家に立ち入れないらしいもんなぁ……」
そんな今の状況に加えて更に困った事がある。私をこの愛の鳥かごから逃げ出さないようにと、琴ちゃんは私の事を徹底管理しているのである。いつ如何なる時も私から目を離さないのは当たり前。ご飯食べる時、お仕事してる時……その他諸々四六時中私にべったりで(まあこれは割といつもの事だけど)、例え家事とかでやむを得ず私の側から離れなきゃいけない時であっても、強固な檻に鍵をかけて私を閉じ込めて……その上で設置された監視カメラで常に私の動向をチェックしている徹底ぶりだ。
そして私に脱走する気力を削ぐべく、それはもうありとあらゆる方法で私を堕としにかかっているからたまったものではない。超絶私好みのその魅惑のボディを使って誘惑してくるわで正直頭がおかしくなりそうだ。身のまわりのお世話から……諸々のお世話まで。何をするにしても琴ちゃんの許可無しでは何も出来ないでいる私。
さて。そんな不自由に思える私と琴ちゃんの歪な監禁生活なんだけど……
「…………凄く快適すぎる……」
……不自由どころか。快適すぎて怖いまである。
朝。覚醒と共に最初に私の目に飛び込んでくるのは、ドチャクソ好みな琴ちゃんの端正なお顔。おはようの挨拶とキスで最高の目覚めが私を待っている。起きた後は朝ご飯。朝ご飯に限らずお昼も夜もご飯は全て琴ちゃんの手料理。それだけでも最高なのに、それを口移しで食べさせ合うという私にとっての極上なご褒美がセットで付いてくる。ちなみにご飯を食べ終わっても……食後のデザートと言わんばかりにチューし続けちゃっている私たち……
ご飯を食べ終わったら当然琴ちゃんはお仕事の時間が始まるんだけど……お仕事中も私が脱走……もとい退屈しないように常に側に私を置いている琴ちゃん。真面目な顔してリモートでお仕事しながら……画面の見えないところでは私をこれ以上なく弄って甘やかす……その背徳感が堪らない。
お仕事が終われば二人の時間。昔のアルバムを広げて談笑したり、一緒にゲームしたり。後はお風呂代わりに身体を拭かれたりストレッチされたり…………ついでにちょっと口にするのを躊躇うような怪しげなマッサージまでされたりと――
「一日中何もせず、ただ琴ちゃんに愛でられるだけの生活……か」
琴ちゃんの為にと覚えた料理すら『危ないからダメ』とお断りされているから何も出来ない。実質完全に今の私は琴ちゃんに飼われたただのヒモ女だ。そう、あれだけ嫌悪していたヒモ女と化しているのである。……いいや、ヒモでも人間な分まだマシかもしれない。どちらかというと感覚的にペット扱いに近い気がする……
「何より怖いのって……この生活に、段々と違和感を覚えなくなっている自分が怖い……」
年下の従姉妹に監禁されて?口移しでご飯食べさせられて?衣食住全部管理されている?冷静に今の私の状況を鑑みれば、琴ちゃんが可愛いって事以外は何もかもが異常だ。それなのに今の私は違和感を覚えないどころか……琴ちゃんに堕落させられてこの琴ちゃんとの共同生活は快適なもの、当たり前のものだと自分の中の何かが囁いてしまっている始末ときたからさあ大変。
「……どうしたの小絃お姉ちゃん?なんだか難しいお顔になっているよ」
「え、あ……うん……ごめん琴ちゃん。ちょっと考え事しててさ。……私、このままで良いのかな……」
「このままで良いのかなって……何が?」
今の生活に疑問を抱き、独りごちていたそんな私に。鉄格子の鍵を開けておやつをもってきてくれた琴ちゃんが不思議そうにそう尋ねる。
「いや、だから……こんな自堕落な生活してて……琴ちゃんの手を患わせてばっかりで……このままだと私……」
「それの何がいけないの?」
「…………何がいけないんだろうね?」
改めて問われると……何でだろ?何がいけないんだって上手に説明出来なくなっている。だって、それは……私は琴ちゃんの……
「余計な考えなくて良いんだよお姉ちゃん。お姉ちゃんはただ……私の側で、元気でいてくれたらそれで良いの。お姉ちゃんのお世話は私が全部やるの。だってそれは私の何よりの望みだから。お姉ちゃんは楽できて幸せ。私はお姉ちゃんのお世話が出来て幸せ。二人の需要と供給が噛み合っていて……何を疑問に思う必要があるっていうの?」
「…………ない、かも」
「そうだよね。ないよね」
子どもをあやすお母さんのように、優しく優しく私を諭す琴ちゃん。耳元で囁かれる琴ちゃんのその言葉は……私の理性を緩やかに溶かしていく。うん……そうだね……琴ちゃんがそう言うなら……きっとそうだ……
「そんな難しい事を考えるよりも、他に楽しいこと考えよ。あ、ほらほら見てよお姉ちゃん。この間ね、お姉ちゃんと昔撮ったアルバムがまた出てきたの。折角だから一緒に見ようよ」
「あ、ああうんそうだね……どれどれ?」
無邪気に笑いながら琴ちゃんはアルバムを広げてくる。琴ちゃんにハグされながらお手製のおやつを食べさせて貰いつつ(なお、これも当然のように口移し)懐かしの写真を琴ちゃんと一緒に鑑賞する。
「懐かしいなぁ。改めて見ると、琴ちゃんってこんなにちっちゃかったんだね。私はあの頃と今とで身体も中身も何一つ成長してないから……見比べるとホント琴ちゃんの成長ぶりがよくわかるよね」
「そうだね。昔はお姉ちゃん、すっごく大きくて逞しい頼れる大人だって思ってたんだよね私」
「うぐ…………そ、それはつまり……今は身体も器も小さいガキだと思われているという……?」
「んーん。今もすっごく大きくて逞しくて頼れる大人だって勿論思ってる。でもそれ以上に今はすっごく可愛い人だって思ってる」
「か、可愛い……う、ううん……超絶美形年下従姉妹に可愛い人扱いかぁ……嬉しいような、恥ずかしいような……ま、まあそれは置いておくとしてだ。本当に懐かしいよね。こーんなちっちゃい子が、こーんなちっちゃな手で一生懸命私の手をグイグイ引っ張ってさ。二人で色んなところを一緒に行ったよね」
「ふふ……そうだね。海に行ったり遊園地に行ったり。どこに行く時もお姉ちゃんに連れてって貰ったね」
そんな思い出話に花を咲かせながらぺらぺらとアルバムを捲っていく私たち。
「あ、このファッションショップとかマジで懐かしい。琴ちゃん覚えてる?」
「…………ッ」
アルバムの最終ページには、ファッションショップを背景に愛らしく着飾った琴ちゃんと隣で笑う私の写真が貼られている。ここもまた懐かしい場所だね。お洒落に目覚めた琴ちゃんにおねだりされて、二人でよく行ったんだよね。こみ上げてくる懐かしさをかみ締めながら琴ちゃんにも共感して貰おうと話を振ってみる私なんだけど……
「……あれ?琴ちゃんどうかした?あ、もしかして忘れちゃった?ここはね――」
「…………ううん。私がお姉ちゃん関連の事で忘れる事なんて何も無いよ。……うん。そうだね。よくお姉ちゃんを連れて行ったよね」
一瞬忘れちゃったのかと思ったけど。流石当時から賢くて記憶力抜群な琴ちゃんだ。忘れずに覚えていてくれていたらしい。
「そーそー。……あれ?てか、今更だけどここってまだ営業してるの?」
「……うん。今も現役で営業してる。言った事なかったっけ?私が働いている会社の……傘下のお店なんだよここって」
「あ、あーあー!そうそう!そうだった!何か聞いたことある気がしてきた!」
……なるほど。まだ営業しているんだね。そう言えばこの店って、私が琴ちゃんとの果たさないといけない大事な約束が残って……
「ね、ね!琴ちゃん!なんだか私、急にここ行きたくなっちゃったよ!折角だし次のお休みにでも一緒に――」
色々と感慨深くなって、今現在監禁されている事を9割ほど忘れたまままくし立てるように琴ちゃんに一緒に行こうと提案しようとする私。けれど琴ちゃんは……一瞬だけ険しい目つきをして……
「…………だめ。ここは……ここだけは、だめ……ぜったい……」
「へ?」
「…………ほら、ここって……小さな子供用の服しか取り扱ってないもん。今の私やお姉ちゃんが行ったところで意味ないじゃない」
「え、いや……でも……」
「服なんて通販でも買えるし……なんなら私がお姉ちゃんの為に作ってあげられるよ。…………あ、そうだ♪私さ、お姉ちゃんに是非とも着て欲しい服を今作ってたの!折角だから試着して欲しいな!今すぐにでも!」
「は、はぁ……まあ琴ちゃんがそうして欲しいなら試着くらい――って、ちょ……ちょちょちょ……琴ちゃん……?なに、これ……?スケスケすぎっていうか大人のネグリジェも真っ青な透け具合っていうか……大事な、隠すべき場所がオープンになっちゃってるっていうか…………ねえ服?これって服……!?」
「さあ、脱ぎ脱ぎしましょうねー♪」
「ま、待って……待ってくれ琴ちゃん……さ、流石に真っ昼間からこんな過激なファッションショーはお姉ちゃん想定してな――きゃ、きゃぁああああああああ!!?」
その陰りは私の気のせいだったのだろうか。あっという間にいつもの……いや、理性がない分いつも以上に押せ押せな琴ちゃんにひん剥かれ、二人っきりのファッションショーが始まったのであった。
◇ ◇ ◇
「――え、エロい目に……じゃない。エラい目に逢った……」
永遠と続くファッションショーは、琴ちゃんが満足するまで……日が変わるまで続いた。どんな服……服?を着せられたのかはご想像にお任せするとしてだ。色々言いたい事はあるが、琴ちゃんが満足してくれたならヨシとしようそうしよう。
「あー……琴ちゃん?満足した?満足してくれたなら……私そろそろ普通の服に着替えてもいいかな…………って、あれ?琴ちゃん?琴ちゃーん?」
「…………すぅ」
「っと……」
そう琴ちゃんに問いかけるも。いつの間にやら琴ちゃんは力尽きたようにぷりちーな寝息を立ててソファに横になっていた。なんかファッションショーしている時無駄に琴ちゃんハイテンションだったし……おまけにこんな時間だからね……眠くなるのも当然か。
「しっかしまあ……こんな場所でこんなに幸せそうに寝ちゃってまぁ……」
私を監禁するために作られた、周り全部を無機質で威圧感のある鉄格子で覆われたこの部屋で……よくもまあこんなに幸せそうに眠れるなぁとちょっと感心しちゃう私。まあ、私も私でこの監禁部屋には即慣れちゃったから人のことは言えないんだけどね。
「…………あ。そっか。そういや私……監禁されているんだった」
自分で言葉にして改めて思い知らされる、今の自分の状態を。そして琴ちゃんの今の状態を。
「…………どーしよっかなぁ」
琴ちゃんが眠っている今のうちに。これからどうするかちょっと考えてみる事に。当初私は……一秒でも早く母さんから装置を奪い取り……理性が溶けてしまった琴ちゃんを元に戻すことを最優先にしていた。
「でも……理性を無くしちゃった方が生き生きしてるっぽいしなぁ琴ちゃん……」
けれども3日間理性を失った琴ちゃんと接して……そして改めて思う。琴ちゃんの理性を戻す必要はあるのかと。理性を失った事により、胸に秘めていた思いを全部まとめて私に素直にぶつけてきた琴ちゃん。あらゆるものに解放され、この3日間は……それはもう琴ちゃんは楽しそうにしていた。そんな琴ちゃんを元に戻すのは……果たして正しい選択と言えるのだろうか?
「そもそも……安易に理性を戻しちゃって……それで理性をなくしてた時の記憶があったなら……琴ちゃん爆発しやったりしないか……?」
母さんの迷惑装置でどこまで記憶が残るかわかんないけど……仮に残ってしまったら『私……お姉ちゃんになんてことを……!?』って琴ちゃんが泣いて謝ってくる光景が容易に想像出来ちゃう私。全て悪いのはうちの母さんであって琴ちゃんではないんだが……そう言ったところで琴ちゃんも納得しないだろう。
「この監禁生活だって……特に不便ってわけでもないし……」
監禁生活だって住めば都。いいや寧ろ、琴ちゃんにただただ甘やかされるだけの生活は……これ以上なく極楽だったわけで。
「…………琴ちゃんが幸せなら、このままでも別に良いんじゃ……」
ソファで眠る琴ちゃんを見て再度私は思う。誰が困るわけでもないし、琴ちゃん本人も望んでいる。ならば否定する道理がない。だったら理性なんて戻す必要なんてないじゃないの。
ほら、見てみてよ。こんなにも幸せそうな琴ちゃんの寝顔を――
「……イト、おねえちゃ……コイトおねえちゃん……やだ。まって、そっちいっちゃ……だめ……だめ……にげ、て……いや、いやだよ…………おねえちゃん……おねがい、わたしを……ひとりに……しない、で……」
「…………」
ゴッ!
「…………痛っ」
――景気づけに一発、思いっきり自分の頬をぶん殴る。その痛みと……そして琴ちゃんの寝言、琴ちゃんの悲痛なうなされ声を聞いて……私はようやく目が覚めた。
「…………バカか私は」
なーにが『琴ちゃんが幸せなら、このままでも別に良いんじゃ』だこのバカ姉もどきは。今のこの状況のどこに琴ちゃんの幸せがあるって言いやがるんだ。琴ちゃんにとっても、私にとっても。これはこのまま放置しておいていい問題じゃないって何故わからないんだ私。
「…………何としても、ここから出なきゃ」
うなされる琴ちゃんの頭を何度も何度も撫でながら。私は姉としての自覚を取り戻す。…………優しい監禁生活はこれでおしまい。それじゃ、始めようか……楽しい楽しい脱走作戦を。
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