150話 同棲(監禁)生活2日目(夜)

 とんだはた迷惑な母さんのはた迷惑な実験に不運にも巻き込まれ。理性を喪失してしまった私の愛しい従姉妹の琴ちゃん。

 琴ちゃんの姉貴分としては、どうにか琴ちゃんを正気に戻してあげたいところなんだけど……


「…………また、やっちまった……」


 ……現状、雲行きがかなり怪しい状態になっていた。


『お姉ちゃんをあらゆるものから守りたい』

『お姉ちゃんに好きになって欲しい』

『お姉ちゃんを自分だけのモノにしたい』


 理性というストッパーが外れた状態で、心に秘めたそれらの願望が混ざり合った結果……どうやら琴ちゃんは私をガチガチに監禁し、手段を問わずにあの手この手で私を堕落させようとしてきているらしい。欲望を全開で私にぶつけ、私のお世話という名目で……口移しでご飯を食べさせてきたり、お仕事中にこっそり私といかがわしいプレイを楽しんだりとやりたい放題好き放題だ。

 この状況が続くのは精神衛生上、琴ちゃんにとっても私にとってもあまりよろしくはないと思う。今すぐにでもこの場所から脱出するなり琴ちゃんを説得するなりしていつもの琴ちゃんに戻してあげたいところなんだけど……


「……戻すどころか、私まで……」


 けれど……私の決意も健闘も虚しく、琴ちゃんを正気に戻すどころか――困った事に、琴ちゃんの手によって逆に私までもが理性が崩壊しかけている始末ときた。


「だって仕方ないだろぉ……!?元々私、大人バージョンの琴ちゃんが、ドチャクソ好みなんだぞぉ……!?そんな子が、私に好意MAXで身体に物言わせて本気で堕としにくるとか……これ、耐えろとかどう考えても無理ゲーじゃろがい……!」


 自分以外誰も居ない鍵のかかった監禁部屋で一人、誰かに弁明するように言い訳する私。考えてもみて欲しい。顔も性格もその他諸々も……何もかもがすっごく好みの子が、純度100%の好意をもって迫ってきたとして……鋼の理性で抵抗できる人が一体何人いるというのか。


「……オマケに琴ちゃんったら私の好みを熟知してるから、迫り方も滅茶苦茶的確で逃げられないし……」


 私に振り向いて貰おうと日々努力していると豪語しているだけあって、迫り方も様になっている。長い年月を経て研究され尽くされた結果、どんな仕草・どんな格好・どんなシチュエーションなら私が悦ぶのか……完璧に理解している琴ちゃんに隙などないのである。

 お陰さまで母さんの理性崩壊装置なんぞ使わずとも、私の理性はもうボロボロ。いつ理性が崩れ去り……欲望のままに琴ちゃんに襲いかかってもおかしくは――


「…………あれ?」


 ……今更だけど、私……なんでこんなに我慢してるんだ……?琴ちゃんは私の事が好きで、そして私も琴ちゃんの事が――なら…………なんでそんな無駄に抵抗しようとしてる?10年前ならいざ知らず、今の大人になった琴ちゃんなら……あっちから迫ってくれているわけだし、私に非はないわけで……看病という名目で、もうすでにキスとかその他諸々しちゃっているわけだし……もう我慢する必要なくない……?

 そもそも誰が困るわけでもなし、琴ちゃんの理性戻す必要もないのではないか……?だって今の琴ちゃんの方が生き生きしてるし……お互いに理性なんて蕩けさせて、想うがままに求め合って何が悪いと――


「…………いや、いやいやいや……!私はお姉ちゃん……琴ちゃんのお姉ちゃん……!母さんの怪しい装置でおかしくなった琴ちゃんに手を出そうとするなんて……ボケ!カス!あや子以下のクズ……!恥を知れ恥を……!」


 なんて、危うく琴ちゃんの甘い毒に溺れそうになった寸前のところでなけなしの理性が機能して、私を正気に戻してくれる。いかん……しっかりしろ私……

 違うだろ、そうじゃないだろ。大前提としてボケ母さんの装置が今回の騒動の発端だ。琴ちゃんが真に望んだ事じゃない。仮にこんな形で結ばれたとて、いずれ私も……琴ちゃんも、後悔することに絶対になる。


「…………大丈夫、私はまだ……だいじょうぶ……」


 なんとか最低限の姉としての立場を心と体に思い出させる。耐えろ私……耐えて耐えて……チャンスを……


「――ただいま、お姉ちゃん。晩ご飯おいしかった?」

「あ……あ、ああうん。美味しかったよ……絶品だった」

「えへへー♪それは良かった。私が作ったお料理が、お姉ちゃんの身体を駆け巡って……お姉ちゃんの生きる糧になるって思うとすっごい嬉しいな」


 そうやって自分に言い聞かせていたところで。食器を洗い終わったであろう琴ちゃんが鍵を開けて戻ってきた。


「さてと。お腹もいっぱいになった事だし……ね、お姉ちゃん。そろそろお風呂に入ってお休みしようと思うんだけど」

「(……来た!)」


 琴ちゃんのその一言に、思わず背筋をピンッと伸ばして身構える私。……やはり来たか。これは予想できたことだ。晩ご飯も食べて(というか食べさせられて)、後やることと言えば……お風呂に入って寝るだけ。お風呂、そう……最大の難所と思しきお風呂である。


「(…………琴ちゃん……絶対ここで畳みかけてくるだろうな)」


 理性がある状態の琴ちゃんと何度も(というか目覚めてからほぼ毎日)一緒に入っているとはいえ、合法的にお互いに裸になれるお風呂……私にとって最も危険な誘惑に満ち満ちている場所と言えよう。

 琴ちゃんもそれがわかっているからこそ、こんなにも目を怪しく輝かせているのだろう。ここで確実に私を堕とす気満々だって気配でわかる。だが……私だって対策の一つや二つ思いつかないわけじゃない。


「ああ、ごめん琴ちゃん。実はその……今日はちょっとお姉ちゃん疲れちゃってさ。お風呂に入る元気がないんだよね。先に入っててよ」


 わざとらしく額に手を当てて、弱々しくそう琴ちゃんに告げる私。どんな状態であろうとも、私至上主義な琴ちゃんの事だ。こう言えば恐らく――


「疲れた!?元気がない!?だいじょうぶなのお姉ちゃん……!?辛いの!?どんな感じで苦しいの!?」


 はい、この通り。お風呂の事など完全に頭から抜けちゃっている模様。……本気で心配している琴ちゃんに、多少の罪悪感を抱きながらも心を鬼にして演技を続ける私。


「あ、安静にしていれば大丈夫だよ。そう心配しないで、ちょっと疲れただけだから。……ただ、お風呂に入るのはちょっとね……」

「うん、うん……わかるよお姉ちゃん。お風呂に入るのも体力が必要だもんね。無理しなくて良いんだからね」


 理性が吹っ飛ぼうが根っこの優しさと純粋さは何一つ変わりない琴ちゃん。私の言い分にもうんうん、と頷いて納得してくれている。よしよし上手くいった。これで最悪の事態は回避出来たはず。後は……琴ちゃんがお風呂に入っている間にどうにかして脱走計画を企てて……あわよくばこの監獄からの脱走を……


「そ、そう!そうなの!だから……ごめんね、折角お風呂湧かして貰ったところ悪いんだけど……今日は琴ちゃん一人で入ってね。その間私は――」


 琴ちゃんに『タオルで身体拭いて着替えだけしとくから』と告げようとする私。けれど私がその一言を出すより先に、琴ちゃんは素敵な笑顔でこんな事を言い出した。


「安心してお姉ちゃん!実はこんな事もあろうかと、ちゃんと準備しておいたの。お風呂に入れないなら――私が、お姉ちゃんの身体……拭いてあげるね!今ここで!」

「…………あれ?」



 ◇ ◇ ◇



「はーい♡それじゃお姉ちゃん、脱ぎ脱ぎしましょうねー♪」

「…………えっと。あの、琴ちゃん……こ、これくらい一人で出来る……よ?」

「だーめ。お風呂に入る元気もないんでしょ?そういう時は私に頼って良いんだよ」


 何とか切り抜けられたと思った矢先。『お風呂がダメなら身体を拭いてあげるね!』と、まるでこうなることを予測していたように……いつの間に用意していたのか温タオルやバスタオルを私に見せつけつつ、早速私の服を脱がしにかかる琴ちゃん。


「で、でも……」

「この間、私が熱を出した時お姉ちゃんも身体拭いてくれたもんね。そのお返しだよ!ほら、ほらっ!お姉ちゃんぬーいーでー」

「う、うぅ……」


 策士策におぼれるってこういうことを言うのだろうか。なまじ……つい最近この私自身が風邪を引いた琴ちゃんの看病で琴ちゃんの身体を拭いてあげていただけに断りづらい……というか、琴ちゃん相手じゃ何やられても断れない。

 渋々服を脱ぐと、それを琴ちゃんは大事そうに受け取る。余談だが受け取った際……すぅ、と幸せそうに匂いを嗅いでいたけれど……敢えてツッコまないでおこう。下手に触れるとやぶ蛇だって流石の私も察しが付くし。


「ぬ、脱いだ……けど……」

「うんありがとう。それじゃあ身体拭いてあげるね。痛かったり、熱かったりしたら遠慮せずに教えてね。勿論それだけじゃなくて……私にやって欲しいことがあったら、ちゃんと言ってね」

「は、はひ……」


 防水シーツを敷いたベッドの上に座り、バスタオルを羽織りつつ琴ちゃんに背を向ける。これから起こることを想像し、思わず身構えてしまう私なんだけど……


「一応お姉ちゃんの身体を冷やさないように暖房付けてるけど……寒かったりしない?」

「ん……タオル温かいし……へーき」

「じゃあ気分悪くなってない?少しでも違和感があったらすぐに中断するからね」

「う、ううん……普通に、きもちいい……」

「それは良かった。続けるね」


 予想に反し琴ちゃんは意外にも(失礼)真面目に私の身体を拭いてくれる。末梢から中枢に、筋肉に沿って丁寧に素早く。拭いたところは気化熱で冷めないようにしっかり水分を拭き取って……

 この間私が琴ちゃんにやってあげた時と同じように……否、それ以上に的確に清拭してくれる琴ちゃん。何と言うか……凄く手慣れているような気がする。


「琴ちゃん……上手だね。もしかして……慣れてる……?」

「ああ、うんそうだね。実を言うとお姉ちゃんが意識を失っていた10年……時々看護師さんたちに変わってお姉ちゃんの身体を拭いてあげてたんだよ。だからかな」

「そう、だったんだ……」


 なるほど納得。道理で手慣れているわけだ。そりゃ10年も私の身体を拭いてりゃコツくらい自然と身につくよね。……そうか。寝ている間琴ちゃんにずっとお世話を…………なんか別の意味で恥ずかしくなってきた……


「――はい終わり。お疲れ様お姉ちゃん」

「あ、ああうん……」


 そうこうしているうちに、あっという間に清拭は終わる。結局私が危惧していた事は何も起こらず仕舞いだった。拍子抜け……といったらアレだけど。これで終わりなら緊張する必要とか全然なかったなぁ。

 ……考えてみればそれもそっか。私が意識しすぎなだけだよね。変に警戒しちゃってごめんね琴ちゃん。


「ありがとう琴ちゃん。さっぱりしたよ。それじゃあ後はパジャマに着替えて寝るだけだね」

「ん」



 さわ……さわ……



「……あの、琴ちゃん……?」

「んー」



 さわ、さわ……



「…………琴、ちゃん……?」

「ンー……」


 何事もなく無事に終わったことに安堵しながら琴ちゃんにパジャマを要求する私。けれど琴ちゃんは私の要求が耳に届いていないのか……しきりに私の背中や肩に触れてきて……


「……やっぱり、随分筋肉が強ばってるね。背中、肩……すっごい固い。マッサージ自体は定期的にお姉ちゃんにしてあげてるけど……全然足りてないみたいだね。10年寝たきりだったわけだし、事故の後遺症もあるから……こうなるのも仕方ないけど。ここまで固いと……日常生活を送るだけでも相当辛いよね」

「そ、そうかな?」

「……よし、決めた。今日からは毎日マッサージしてあげる。徹底的にほぐしてあげるねお姉ちゃん」

「え、ちょ……こ、琴ちゃん……!?」


 なにやら決意した琴ちゃんは、有無を言わせず裸のままの私を押し倒す。そのまま私の背中に跨がり、逃げられないように抑えつけてきたではないか。

 背に感じるのは琴ちゃんの程よい重み。理想の女性に跨がられていると思うと……そこはかとなくイケない気持ちになってくる。


 いや……マッサージ自体は、リハビリも兼ねて琴ちゃんに幾度となくされているんだ。さっきの身体拭きと同じく特段意識するようなことではない。……ない、ハズなんだけど。



 しゅる……



「ん、しょ……っと」

「は……!?」


 背中越しに聞こえてくる衣擦れの音。背中の上でもぞもぞと蠢く気配。そしてしばらくしてパサリと床に落ちるシャツ……ブラ……ショーツ。

 何……!?一体何が起こっているの……!?止せば良いのに好奇心には勝てず、跨がられたまま振り返った私の目に映ったのは――


「ごめんねお姉ちゃん。お待たせしちゃって。さあ……マッサージを始めようか」

「――――ッ!?」


 生まれたままの姿で私を妖艶に見下ろす、琴ちゃんの姿だった……

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