147話 同棲(監禁)生活1日目

 毎度毎度性懲りもなく、くだらない&はた迷惑な禄でもないものしか発明しないうちのマッドな母。その母がいつもの如くまたもややらかしやがった。

 今度の奴のビックリドッキリ発明品は『対象者の理性を破壊する』というもの。そんな一体何の役に立つのか用途も意味も存在価値も一切不明な欠陥品のせいで……私の琴ちゃんが犠牲になってしまった。うっかりその装置を起動してしまったが為に、誰よりも優しく聡明に育ったハズの琴ちゃんの尊き理性が彼方へと吹き飛んでしまい……


『ま、要するにアレよ。…………あんた、琴ちゃんに監禁されちゃったって事なのよ』

「なんでだよ!?」


 そして理性が吹き飛んだ結果、どういうワケか私を監禁するに至ってしまったらしい。……どうしてそうなった。


「貴様、可愛いうちの琴ちゃんになにしてくれてんの!?何考えてんの!?て言うか、琴ちゃんを元に戻せるんだろうなァ!?」


 電話越しに諸悪の根源に怒号を飛ばす。これで『不可逆よ』とか言ってこようものならただじゃすまさんから覚悟しておけよ……!


『そう慌てなくても大丈夫。安心しなさい小絃、あたしを誰だと思っているのかしら?』

「理性を外す機械なんか使わなくてもはじめから理性なんて存在しない、非常識で非道で倫理観の欠片もない碌でなしのバカ母」

『じ、自分の親に対して流石に言い過ぎじゃないかしら……?』


 何を言う。自分の親のことをこれ以上ないくらい理解している、的確で適切な評価だろうに。


『ま、まあいいわ。琴ちゃんを戻せるのかって話だったわよね?当然戻せるに決まっているじゃない。解除方法はちゃんとあるわ。理性を外した時と同様に、この『理性破壊装置』のボタンをもう一度押せばちゃんと元に戻るようになっているの。ね?簡単でしょ?』

「よ、良かった……一応ちゃんと解除できるのか。だ、だったら今すぐ琴ちゃんを元に――」

『…………まあ、解除は簡単とは言っても……どうやって琴ちゃんにこの装置のボタンを押させるのかっていう最大の問題は残ってるんだけどね……』

「おい待て今なんてった?」


 一瞬ホッと胸を撫で下ろした私に、母さんはぽつりと何やら不穏な事を呟く。何だって?


『よく考えてもみなさいよ小絃。今あんたと琴ちゃんがいるのは……『お姉ちゃんは誰にも渡さない、お姉ちゃんをどんなものからも守れるそんな素敵な愛の巣を作って欲しい』という願いのもとあたしが琴ちゃんに作らされた無敵の要塞にして監獄。そんな場所に一体どうやってこの装置を届けられるのって話よ』

「…………あ」


 そこまで言われて思い出す、今の私のこの状況を。そ、そうだった……今私が居るのは……ありとあらゆる出入り口に無数の鍵。強化ガラスで補強された上に格子が取り付けられた窓。ちょっとやそっとじゃびくともしない鉄格子で覆われた部屋……

 何人たりとも入れないし出る事も出来ない……まさに要塞であり監獄でもある場所に監禁されているんだった……!


「ってか、今更だけどなんでこんなもの作った!?そもそもいつの間に作ったんだよ!?私が家を出てから数時間程度しか経ってないでしょ!?明らかに施行時間足りないでしょ!?」

『そりゃそうよ。これ自体を作り始めたのは昨日今日の話じゃなくて……前々から琴ちゃんに脅され――コホン、琴ちゃんにお願いされてから少しずつ作ってたものだもの!』

「せめてこんな物騒なもの作ってるって私には教えとけや……!?い、いや……今はそんな事はどうでもいい。この家を魔改造したのが母さんなら……ぬ、抜け道!当然抜け道とかあるんだよね!?」


 微かな希望を胸に抱き、母さんを問い詰める私。そんな私の希望を嘲笑うかのように、母さんは自信満々にこう宣言する。


『抜け道?ハッハッハ、何を言うかと思えば小絃。そんなものあったら完璧な防犯対策にはならないじゃない?あるわけないでしょー』

「自慢げに話してんじゃねーよ……!?」


 いや、防犯ってコンセプトを考えるとそうだけど……!その通りなんだけど……ッ!いかん、希望は潰えた……おわったわ……


「じゃ、じゃあ……つまりはこのまま琴ちゃんに理性が戻らなければ……私は琴ちゃんに永遠に監禁されちゃうって……こと……?」


 目の前が昏くなる……頭が痛い……こ、このままでは……琴ちゃんの理想のお姉ちゃんになるという我が輝かしい未来が……


『まーまー。そんな絶望的な声をあげなさんな小絃。監禁されるくらい大した事ないって』

「どの口でそんな事言えるんだ貴様は……!?」


 頭を抱えるそんな私に、この絶望的状況を全て作り上げた大バカヤロウは一切悪びれる事なくこう告げる。なら貴様も監禁してやろうか……!?


『いやいや、よく考えなさいよ小絃。確かに今の状況は絶望的な状況に思えるかもしれないけどさ』

「……なにさ」

『普段から琴ちゃんのヒモな生活を満喫しているあんたにとっちゃ、監禁されようがされるまいがいつもと大してならなくない?」

「はっ倒すぞ貴様ァ!?」

『ハッハッハ!はっ倒せるものならはっ倒してみなさい小絃!そこから簡単には出られると思わない事ね!そんじゃ、せいぜい琴ちゃんと理想のラブラブ監禁生活を楽しみなさいな!(ピッ!)』

「あ、コラ待てまだ話は終わって…………あん畜生、切りやがった……!」


 そんな捨て台詞と共に通話をいそいそと切りやがった母さん。おのれ……!こ、こうなったら何が何でも抜け出してやるから覚悟しておけよ……!


「…………お姉ちゃん」

「へぁ!?…………あ、ああびっくりした琴ちゃんか……」


 と、スマホを投げつけその場でへこんでいたところで。いつの間にやら鉄格子のマイルームへご入場していた琴ちゃんに声をかけられた私。そんな琴ちゃんは何故かちょっと冷ややかな目で私を見下ろして、作ってくれた美味しそうな手料理を机に置いて私に詰め寄ってくる。


「随分と……楽しそうな声が聞こえてきたけど。ねえ、誰?誰とお話していたの?」

「え、いや誰って……」

「私以外の人とお話しするの、そんなに楽しかったんだ?知りたいな。いったい誰とお話してたの?」


 私の頬を両の手で包み、目線を合わせる琴ちゃん。今まで見たこともないような昏い目で私を捉えている。普段と違う琴ちゃんの様子にゾクゾクと興奮――じゃない、怖じ気づきながらも。とりあえず変な誤解を生む前に正直に話してみる事に。


「楽しい……かはさておき。えと、母さんから電話があって……それで……」

「あ、なぁんだお義母さんからの電話だったんだ。ならいっか」


 スマホを琴ちゃんに見せつつ話してみると、琴ちゃんはいつもの愛らしい表情に戻り、ぱあっと花が咲いたような笑顔を見せてくる。その笑顔に安堵を覚えつつも……ほんのちょっぴり違和感を覚える私。さっきの琴ちゃん……なんだったんだろう……?


「さてと。そんなことよりお待たせお姉ちゃん!ご飯できたよ!」

「あ、ああうんありがと。……ごめんね琴ちゃんにだけ作らせちゃって。最近は家事といえば私の担当みたいなものだったのに……」

「ううん、寧ろ今まで優しいお姉ちゃんの厚意に甘えていたのが間違いだった。お姉ちゃんはまだまだリハビリが必要なのに無理させちゃうなんてお嫁さん失格だよ私。……それに料理なんていつ怪我をしたり火傷したりするか分からないものを任せるだなんて……危ないよね。そんなものをお姉ちゃんにやらせるなんて間違ってたよね。大丈夫!今日からは全部……ぜぇんぶ私がやるからね!お姉ちゃんは何もしなくて良いよ、お姉ちゃんはただ……元気でいてくれるだけでいいんだからね♡」

「お、おう……?」

「それじゃ早速ご飯にしようね。お腹へったでしょ?えへへ、腕によりをかけて作ったから期待しててね!」

「そ、そうだね!」


 琴ちゃんの迫力に押されつつも、とりあえず腹ぺこだし冷めるのも勿体ないしお料理を食べてから考えるとしようそうしようと切り替える私。

 …………決して、現実逃避しているわけではないからね?


「んー♪良い香り。琴ちゃんったら本当にお料理上手になったよね。んじゃ早速…………あれ?」


 と、琴ちゃんの手料理を口にしようとしたところで。食べるために必要なあるものがないことに気づく私。


「琴ちゃんごめん、なんかお箸とか見当たらないんだけど……もしかして忘れちゃったかな?あ、なんなら私が取りに行こうか?」


 持ってきて貰ったお膳には、料理は乗っていても食べるために必要なお箸が乗っていなかった。琴ちゃんにしては珍しいミスだなぁ……いやそれとも私にお箸無しの素手で食べろというお達しなのだろうか?想像したら中々にシュールだな……

 なんておバカな事を考えていた私に対し。琴ちゃんは自分のお膳に乗ったお箸を手に取ってこう答えてくれる。


「んーん。忘れてなんてないよ。ホラ、ちゃんとここにあるじゃない」

「え?でもそれは琴ちゃんのお箸で…………あ、ああなるほど……」


 そこまで口にしてから私は不意に理解する。なるほどね……これは琴ちゃん、また私に『あーん♡』させて食べさせたいんだな。だからわざわざ私のお箸を持ってこなかったのか。全くもう……相変わらず琴ちゃんはこういうの好きだよね……


「それじゃ、お姉ちゃん。『あーん♡』ってお口開けてね。私が食べさせてあげるから♡」

「も、もう……それホントは恥ずかしいんだからね?別にいいけどさ……あ、あーん……」


 どうせ拒否しても最終的に『あーん♡』される未来は見えている。抵抗しても意味は無いものと考えて、観念した私は大人しく餌を待つ雛鳥のように口を開ける。

 そんな私を前にして、琴ちゃんは私の為に作ってくれたお料理を手に取って、何故かその料理を自分の口に運んで適度に咀嚼して――


「???え、あの……琴ちゃん?それ……私のご飯じゃ――」

「んっ……♪」

「ふ、むぅぅうううう!?」


 ――音もなく私の懐へ入り込んだと思った次の瞬間。


 咀嚼したそれを口に貯めたまま……自分の口と、私の口を……重ね合わせてきたではないか。


「ッ、ン、グ……~~~~!?ン、んんんん!?」


 咀嚼された料理は、隙間なく重ね合わさった琴ちゃんの口と私の口のトンネルを通り流れ込んできた。料理と一緒にニュルニュルと侵入してきた琴ちゃんの舌に『飲め』と命じられ、条件反射でそのままゴクリと飲み込む私。


「……んふ♪」


 その光景を目を細め、恍惚の表情で眺めていた琴ちゃん。しっかり飲み込んだ姿を確認すると再度料理を口にして……同じように私に迫る。わけもわからず混乱する私をよそに、何度も……何度も繰り返す。

 味は……折角作ってくれた琴ちゃんには悪いんだけど全然わかんなかった。この行為そのものが衝撃的過ぎて、味を感じる余裕など皆無だったから。味よりも何よりも、ハッキリと分かるのは……妄想の中でイメージしていた数億倍柔らかくて、温かいふにふにプルプルな琴ちゃんの唇と。生き物みたいに私を蹂躙する熱く蕩けちゃいそうな舌だけ。

 結果だけ考えると、ただ単にご飯を食べさせて貰っている……それだけの事のハズなのに、頭の中が霞がかかったようになる。ふわふわと気持ちよくなって……ボーッとして……何も考えられなくなる。ただただこの行為に溺れていたい――


「…………はっ!?だ、ダメッ!?琴ちゃん!?」

「ぁん……どうしたのお姉ちゃん?まだご飯の途中だよ?」


 あまりの出来事に脳がショートしかけていたけれど。危うく色々とダメになりそうになっていたけれども。それでもどうにか再起動出来た。一体何度目かわからない口移しを中断させ、琴ちゃんを押しのける私。

 琴ちゃんはどうして止められたのか本気で分かっていなさそうで。不思議そうにゴクンと飲み込んでから首を傾げる。


「嫌いな食べ物でもあった?ダメだよお姉ちゃん、好き嫌いなくなんでも食べなきゃね。それとももうお腹いっぱいになった?頑張ってしっかり食べないと身体も本調子に戻らないよ。一緒にがんばろ、お姉ちゃん」

「いやそうじゃない!そうじゃなくてさ!?な、ななな…………なにやってんの琴ちゃぁあああん!!!?」


 思わず絶叫しながら琴ちゃんに問う私。な、なんて事を……!?嫁入り前の琴ちゃんに……なんてことをさせてしまったんだ私……!?


「何って……口移しだよ。お姉ちゃんにご飯食べさせたかったから」

「それはわかる!そうじゃなくて何でこんな事をしてるのって聞いてるの!?」

「こうすればお姉ちゃん、わざわざ噛まなくても良いでしょ」

「な、なるほどー…………って、いやそうはならんでしょ!?」


 何を当たり前の事を聞いてくるんだろう?と心の底から理解出来ていないような口ぶりで琴ちゃんはそう言ってくる。噛まなくてもって……いやいやいや……!?要介護なお婆ちゃんか私は!?


「そ、そこまでしなくても普通に食べられるってば!?今の今まで私普通にご飯食べられてたの琴ちゃんも知ってるでしょ!?なんで急にそんな……」

「うん、知ってる。…………私、知ってるよ。ホントはお姉ちゃん……ご飯を噛むのさえ辛いんだって。他でもない……お姉ちゃんがこの前教えてくれたもんね」

「はい!?私が教えたって……何の話を……」

「とにかく。お姉ちゃんが元気になるまではこうしてあげるから。言ったでしょう、何にもしなくていいの。お姉ちゃんは……ただ……私の側に居て、私のそばで元気でいてくれるだけでいいの。その他のことは私が全部してあげるから……ね。そういうわけだから――はい、あーん♡」

「ちょ、だから待っ――んンぅ……!?」


 結局この日は完食するまで……琴ちゃんに口移しされる羽目になってしまった。

 り、理性を無くすって……ヤバい。私が考えていた以上に色々ヤバくないかなコレ……!?

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