146話 犯人はお前だ

 ~琴ちゃんが大変な事になる数時間前~



「――それで琴ちゃん?この天才的なあたしに作って欲しい発明品があるって話だったけど。一体どんなものをご所望かしら!可愛い未来の娘の頼みなら、お義母さん張り切っちゃうわよぉ!」

「ありがとうございます。やはり頼れるものは理解あるお義母さんですね……!では早速お言葉に甘えまして、お義母さんに作って貰いたい発明品ですが……」

「うんうん!」

「『理性を外す装置』とか……作ったりはできないでしょうか?」

「ほうほう、理性を外す装置とな。ちなみにどうして琴ちゃんはそんなものを作って欲しいのかしらん?」

「ええっと、実は以前……小絃お姉ちゃんが間違ってお酒を口にした事があったんです。お姉ちゃん……実はお酒に全く耐性がなかったみたいで……その時は酔って普段は絶対に見せないであろう甘えた姿を私に晒してくれまして」

「ほほう……!それはあたしも興味があるわね……!」

「それと……つい先日お義母さんがお姉ちゃんの為に作ってくれた『元気になるお薬』あったじゃないですか。そのお薬の副作用の事、お義母さんもご存じですよね?」

「あー。一時的に痛みを麻痺させる反動で、しばらくの間理性が溶けるってやつ?」

「そうです。あのお薬のお陰で私……普段は隠しているお姉ちゃんの本音を知ることが出来たんです。いつもは私に隠しているアレやコレやを赤裸々に語ってくれまして」

「それはまた……面白そうね!それについては後でくわしく聞かせて貰うとして、それと今回の依頼って何か関係があったりする?」

「はい。お義母さんには以前お話ししたとは思いますが……私、お姉ちゃんにはもっと甘えて欲しいって常々思っていました。私に対する不満も素直に吐き出して欲しい。痛いものは痛いと正直に言って欲しいんです。酔った時だけ素直になったり、大胆になったりしますが……それでもまだ足りないんです。前回の旅行の時はちゃんと素直に私に甘えてくれましたが……それもたった数時間だけで……薬の効果が切れた後はいつものお姉ちゃんに戻っちゃっていて……」

「なーるほど。琴ちゃんの望みはよくわかったわ」

「それで……その。『理性を外す装置』の話に戻りますが……そういう私に都合の良い発明品とか……作れそうですか?流石に難しいですか?」

「……ふっふっふ。琴ちゃん、誰に向かってそんな事を言っているのかしら?そういう話ならまっかせなさい!この天才お義母さんが、その琴ちゃんの可愛い望みを叶えてあげちゃうわ!」

「お義母さん……!ありがとう、ございます……!」



 ◇ ◇ ◇



 私と琴ちゃんのお家……ああいや厳密に言うと名義は琴ちゃんのものだけど、琴ちゃんは頑なに『将来的にはお姉ちゃんのものになるもの』と主張するお家……そのお家が私が知らないない間に匠の手によって劇的にビフォー☆アフターされていた。


 まず玄関。通常の鍵に加え、他にもガチガチの外付けの鍵が確認できるだけでも2.3個付いている。しかもシリンダーキーにスマートキー、生体認証キーなど多様なケースを想定していて隙がない。

 次に窓。家中の窓……普通の窓からトイレや浴室の小さな窓に至るまで、その全てに格子が設置されている。その窓も念には念を入れて強化ガラスに変えられていて、鍵は暗証番号付きのものという徹底ぶり。窓の近くには監視カメラが(何故か外向きではなく内向きに)設置してあり監視の目が常に光る。

 最後に特筆すべきは私のお部屋。私が普段寝起きするそこは、窓に付けられた格子が可愛く見えるほどの鉄格子の檻のようなお部屋へと生まれ変わっている。ご丁寧にそこにも鍵が付いていて、どれだけガシャガシャ揺らしてもびくともしない強度を誇る。ここに入ったらきっと容易には外から中のものを盗み取れないだろうし、何なら外に出ることさえ困難であると言えよう。


 流石琴ちゃんだ。昨今、増え続ける犯罪事情を考慮した見事なリフォームと言わざるを得ない。……寧ろ今まさに犯罪が行われている気もするけど。


「…………さて。現実逃避はこの辺にするとしてだ。あ、あの……琴ちゃん?」

「んー?どうしたのお姉ちゃん?」

「ええっと……その。こ、この厳重な警戒態勢はなにかなーって……思ってね。いつの間にこんなものが出来上がったの?そもそも……なんでこんなものがお家に設置されてるの……?」


 にこにこ笑顔の琴ちゃんにそれとなく尋ねてみる私。わからん……この状況、さっぱりわからん……!私がちょっと家を留守にしている間に一体何があったと言うんだ?問答無用で鍵をかけられ、流れるようにこの鉄格子のお部屋に入れられちゃったけど。これじゃまるで……監禁されてるみたいじゃないか。


「お義母さんに頼んで作って貰ったの♡良いでしょー♪これがあればどんなものからもお姉ちゃんを守れるし……お姉ちゃんが私の元から居なくなるという最悪の未来の芽を潰せるもんね!これでお姉ちゃんは……永久に私の元から離れずにすむもんね!」

「こ、琴……ちゃん……?」


 純真無垢で天使みたいな笑顔のまま、なにか凄いことを告げられた気がする。

 ……私の聞き間違いだろうか?いやでも……この私が琴ちゃんの発した言葉を聞き間違えたりなんて……


「そ、そうなんだ!琴ちゃんは意識高いね!そ、それで……結局なんでこんなものを設置したの――」

「ああそうだ、お姉ちゃんそろそろお腹空いてくる頃だよね?今のうちにご飯作ってくるね!お姉ちゃんはお部屋でゆっくりしてて!」

「あ、あっ……ま、待って琴ちゃ……」

「大丈夫、すぐに戻るからね!お姉ちゃんに寂しい思いはさせないからね!」

「……い、いっちゃった……」


 まるで『良い子にしててね』と子どもに言い聞かせるお母さんのような口調で私に手を振り行ってしまう琴ちゃん。…………忘れずに、重く冷たい扉を閉めて。扉には鍵をかけて。


「……どうしよう」


 やることもなくその場で体育座りして途方に暮れる私。マジで状況がわかんねぇ……琴ちゃんに一体何があったと言うんだ。

 確かにここ最近少しだけ様子がおかしかったと言えばおかしかったけど……それでもこんな事を突拍子も無くするような子に琴ちゃんを育てた覚えはないし、そもそもそんなことをするような子じゃない。


「となれば……考えられる可能性は――」



 Prrrr! Prrrr!



「…………やはりか」


 ある可能性に行き着いた、まさにその時。私のその予測を裏付けるであろう輩からのコールが鳴り響く。


『(ピッ!)あ、もしもし小絃ー?あたしだけど――』

「なにをやらかしたのかとっとと説明しろ諸悪の根源。貴様が犯人なのはわかっているんだ」

『って、ちょっと?実の母親に対して開口一番犯人呼ばわりは酷くない?』


 案の定、トラブル製造機である我が母からの電話だった。いちいち問答するのも億劫だし要件を即吐かせることに。


「状況証拠だけでもすでに貴様が黒確定なんだけど?琴ちゃんと私の家をこんな魔改造する奴なんて母さんしかいるまいて。いいからはよ琴ちゃんになにしでかしたのか白状しろマッドサイエンティスト」

『酷いわ小絃。まさか母親を疑っているの?』

「違うとでも?」

『まあ、違わないけどね』


 だろうなこのやろう……!


『でもね、これは正確に言うとあたしのせいってわけでもないのよ小絃』

「それが貴様の遺言かね?」

『いいからちゃんと聞きなさい。これはね、言うなればだったのよ』



 ◇ ◇ ◇



「――出来たわ琴ちゃん!お待ちかねの『理性を外す装置』の完成よ!」

「流石ですお義母さん!まさかこんなに早く作れるなんて!」

「ふっふっふ。何せ天才だからねあたし。使用方法はうちの小絃でも使えるくらいシンプル!このボタンを押すだけで、誰でも簡単に理性を外して本能のままに行動しちゃうのよ!実際に快く(※諸説あります)この装置の実験に付き合ってくれたあや子ちゃんと紬希ちゃんの様子を動画で撮ってみたんだけど――」


『ハァ……ハァ……!紬希!紬希!!……つむぎぃいいいいい!!!ぁああああ!!!なんてちっちゃくて、なんて愛らしいの紬希ぃいいいいいい!!!天使!?天使なの私の嫁は……!?ふわふわの髪もぷにぷにの頬もくりっくりのおめめも……なにもかも可愛すぎでしょ紬希ぃ!ひぁあああああああ!!?なに!?なんなのその甘い香りは……!?うわぁあああああああ!!!いいにおいする!めっちゃいいにおいするよぉおおおおおつむぎぃいいいいいいい!!!髪も、首筋も、おなかも……全身から良い匂いがただよってくるよ紬希ぃいいいいいいい!!!ハァ……はひぃ……あ゛あ゛あ゛……!ぺったんこ!紬希のぺったんこなお胸さいっこぉおおおおおおおお!!!このなだらかなお胸に、無限の可能性を感じる……感じるぞぉおおおおおおお!!!紬希、紬希!!!紬希好きぃ!愛しているわ紬希ぃいいいいいい!!!!』


「――ね?この通り見事に理性が外れちゃってるでしょ?」

「なるほど。……ですがお義母さん」

「んー?なぁに琴ちゃん?」

「……ごめんなさい。いつものあや子さんとの違いがわかりません」

「あー確かに。でも……まあ最後まで見てなさいな琴ちゃん。確かにあや子ちゃんだけじゃわかんないかもだけど」


『あや子ちゃん、好き……好き……♡ごめんね、皆の前ではいつも恥ずかしくって……あや子ちゃんの愛を受け止められなくてごめんね。ほんとはあや子ちゃんに愛されてると……胸がきゅんきゅんしちゃうの♡私もあや子ちゃん好きだよ、愛してるよ♡照れちゃってつい嫌がってる素振りを見せてるけど……ほんとはあや子ちゃんにいっぱい愛されるのしゅき♡だぁいしゅきぃ……!もっとあや子ちゃんの好きにしてぇ……もっとあや子ちゃんの望むままにいっぱい私をいじめてぇ……♡』


「この通り。あたしが見てるってのに紬希ちゃんったらこんなトロ顔になっちゃってるのよ。これならこの装置の効果を信用してくれるでしょ?」

「す、凄い……!あの紬希ちゃんがこんな甘えん坊に……!?流石ですお義母さん!」

「ふっふっふ、そんなに褒めないでよ琴ちゃん。事実とは言え照れるじゃないの」

「…………ふ、ふふふ……これで……お姉ちゃんもあの時みたいに……素直に…………ありがとうございました!早速使ってみますねお義母さん!ええっと……確かこのボタンを押すだけで理性が外れちゃうんでしたよね。こんな感じかな……?」



 ポチッ!



「えっ?あ、いやちが……ご、ごめん待ったタンマ琴ちゃん!そ、その装置は使いたい人に向けてボタンを押すんじゃなくて……ボタンを押した人に対して発動する――」



 ◇ ◇ ◇



『――というわけなのよ。不幸な事故だったわ』

「なるほどね」

『わかってくれたかしら小絃』

「ああ、わかったよ…………120%母さんが悪いって事だけはよーくわかったよこのヤロウ……!」

『何故に?』


 案の定母さんの仕業だった事が判明し、思わず通話のため手に持っていたスマホを握りつぶしそうになる私。ほんっとに……このバカ母は……ッ!


「……つまり今の琴ちゃんはどうなっているのさ」

『簡単に説明すると……今回あたしが作った『理性を外す装置』で、あんたの理性を吹っ飛ばすつもりが自分の理性が吹っ飛んじゃった状態になっちゃっているって事になるわね。ミイラ取りがミイラになるってこういう事かしらあっはっは!』


 何かツボにはまったのか、電話越しに大笑いする母さん。全然笑い事じゃないし笑えないんだがね……!?


「……んで?その後琴ちゃんに何があってこの家の状態になったのさ。どーせこの家の過激な惨状も母さんの仕業でしょうが」

『ああ、それ?あんたの言うとおり、理性が外れちゃった琴ちゃんに作らされちゃったのよね。これはあたしの予想なんだけど……あんたを大事にしたいがあまり、あんたを外に一歩も出さずに安全な場所に閉じ込めたいっていう琴ちゃんの意志の現れなんじゃないかなって』


 私を大事にしたいがあまり、私を外に一歩も出さずに……閉じ込める……


「…………つまりどういうことなのさ?」

『ま、要するにアレよ。…………あんた、琴ちゃんに監禁されちゃったって事なのよ』

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