琴ちゃんとトンデモ実験その5

145話 ここは愛の巣と書いて監禁部屋と読む

「――お義母さん、これ良かったらどうぞ。この前お姉ちゃんたちと一緒に行った温泉旅行のお土産です」

「あら、あらあらあら。琴ちゃんありがとね♪あたしにまで気を遣ってくれるだなんて。全く……うちの親不孝者なバカ娘は何一つ用意していないばかりか、折角あたしが色々フォローしてやったってのに『母さんのせいでとんでもない目に逢ったわ……!』って殴りかかってきたのよ?酷いでしょ。それに比べて琴ちゃんは、ほーんと小絃には勿体ないくらい良くできた未来のあたしの娘よねー」

「あはは、喜んでいただけて何よりです」

「そう言えば旅行はどうだった?あや子ちゃんから聞いてたけどさ、小絃ったらまーた盛大にやらかして琴ちゃんに迷惑かけたんでしょ。全く……いくつになってもあの子ったらドジなんだから」

「いえいえ。私にとっては最高の旅行でしたよ。半ば諦めていたお姉ちゃんとの旅行に行けただけでも嬉しいのに、あや子さんや紬希ちゃんとも一緒で……あんなにいっぱい楽しい思い出も作れて。…………(ボソッ)なにより、お姉ちゃんの本音も聞けたから……」

「んー?ごめん、最後の方良く聞こえなかったんだけど?」

「ああいえ、こちらの話です。とにかくすっごく楽しい旅行でした。……あ、それよりもお義母さん。突然で申し訳ないのですがお義母さんにちょっとお願いしたいことがあるのですが……」

「お願い?琴ちゃんからあたしにお願いだなんて珍しいわね。なぁに?琴ちゃんのお願いなら何でも聞いちゃうわよー」

「ありがとうございます。えっとですね、こんな事をお義母さんに頼むのも申し訳ないのですが……お義母さんの天才的な頭脳を見込んで、一つ作って欲しい発明品が――」

「詳しく話を聞かせて貰いましょうか……!」



 ◇ ◇ ◇



 琴ちゃんと紬希さん。あと勝手に付いてきたあや子のアホとの旅行から一週間が経過した。


「――小絃さん、私にまでお土産用意してくれてありがとね。美味しくいただくよ」

「いえいえ。ヒメさんには私も琴ちゃんもいっつもお世話になってますからお気になさらずに」


 ある意味旅行の醍醐味とも言えるお土産をたんまり購入し、日頃からお世話になっている皆さんにお土産を配る私。

 マコ師匠とコマさん、琴ちゃんのお父さんお母さん、箏を指導している箏曲部の皆。それぞれお土産を手渡して、ついでに土産話に花を咲かせながら……最後はヒメさんのところにやって来た。


「旅行はどうだった?確か温泉が有名な場所に行ったって聞いてたけど……楽しかった?」

「あー……えっと。私自身は楽しかったですし琴ちゃんも概ね楽しんで貰えたとは思いますけど。最後の最後で大ポカをやらかしちゃいまして……」

「そうなん?まあ、旅行に行く機会なんてこれから先まだまだ一杯あるだろうしさ、次で挽回すれば良いと思うよ。何だったら今度お勧めの旅行先とか教えてあげるし」

「是非ともお願いしますヒメさん……!次こそはちゃんと琴ちゃんにかっこいい私を見せつけてあげたいですからね……」


 若干へこむ私にヒメさんは優しくそんなフォローをしてくれる。ありがたい……なにせ今回盛大にチャンスを逃してしまったわけだし、大人なヒメさんのアドバイスを頂いて……今度こそ琴ちゃんに満足して貰えるようなお返事をしなくては……


「……あ、そうだ。話が突然変わって悪いんだけどね小絃さん。その音羽の事でちょっと聞きたい事があるんだけど……聞いてもいいかな?」


 と、そんな風に静かに決意を固めていた私に。ヒメさんが少し難しい顔でそんな風に聞いてきた。琴ちゃんの事で聞きたい事……一体なんだろう?


「あのさ、小絃さん。私の気のせいならそれが一番なんだけどさ。…………最近、音羽の様子が少しおかしくないかな?」

「へ……?琴ちゃんの様子が、ですか……?」


 思わずオウム返しで聞き返してしまう私。そんな私に頷きながらヒメさんは続ける。


「そう、ここんところ音羽の様子がちょっとばっかしおかしいんだよ。…………ああ、いや。あいつがおかしいのは割かしいつも通りといえばいつも通りなんだけど」


 酷い言われようである……私も声を大きくして否定はできないんだけど……


「でも小絃さんへの愛を叫ぶとか、小絃さんの良さを永遠と語るような……そういう健康的な(?)おかしさとはちょっと違うくてさ。何と言えば良いのか……なーんかそわそわしてるっぽいんだよね。いつもならどんなに忙しかろうがどんなに小絃さんに恋しかろうが。仕事に関しては完璧にこなしているやつなんだけど……どこか集中出来てないように見えてさ。今のところ大きなミスらしいミスもないし、ちゃんと仕事もしているから注意するまでには至ってないんだけど……」

「そう……ですか」


 ヒメさんに言われて考えてみる。……実のところ、ヒメさんに言われたことは私も少しだけ気になっていた。ここしばらく……琴ちゃんの様子が普段と違うような気がするんだよね。

 私のすぐ側に居る時なら全然そういう素振りは見せないんだけど……私と少しの間離れていると……集中力に欠けてるって言うか……今朝も私にべったり引っ付いてて、それでやかんを火にかけていた事をすっかり忘れていたみたいで空焚きになっちゃって。危うく火事一歩手前までいっちゃってたし……あの琴ちゃんらしからぬミスだからちょっとお姉ちゃん心配なんだよね。


「そう言われてみると、確かにちょっといつもと違う……ような気がしなくもないですね。大丈夫かな琴ちゃん……」

「てか、そういう小絃さんこそ大丈夫なの?」

「え?何がです?」


 そう呟いた私に対し、ヒメさんは心配そうな顔で私を覗き込む。ハテ?大丈夫とは何の事だろう?


「実は……音羽のやつさ、昨日私にまたしばらくまとまった休みが貰えないか聞いてきたんだよね。本人曰く小絃さんの看病がしたいとか何とか言って」

「私の看病?え、なんで今更……?」

「今は仕事も結構余裕がある時期だし、年休を使うなりリモートで仕事をするなりで調整は出来るって言っておいたんだけど……でも音羽のやつがそんな相談をしてくるって事は小絃さんの体調が悪いんじゃないかって……あいつには詳しく聞けずじまいだったけどそんな邪推をしちゃってさ。実際どうなのかなーって思ってね」

「んんん……?いえ、特に何かあったわけでもないですし。この通りピンピンしとりますが……?」


 私の体調……?特段いつも通りだと思うんだけどな。そう、いつも通り――ちょっと全身の倦怠感が抜けなくて手足が痺れて頭痛がぐわんぐわんして気を抜くとぜぇぜぇ息切れしちゃう程度で――うん、やっぱりいつも通りだわ。

 ……それをいつも通りの体調で済ませて良いのかは置いておくとして。まあ、これでも目覚めた直後と考えると滅茶苦茶回復しているわけだし。


「とりあえず私も気になりますし。帰ったら琴ちゃんにそれとなくその事を聞いてみますよ」

「うん。頼むよ。小絃さんに押しつけちゃうようで悪いけど……あいつのこと、気にかけてくれると助かるよ。よろしくね」

「勿論ですとも。琴ちゃんの事はこの私にお任せ下さい」


 そんなこんなで丁寧にヒメさんにお願いされてからその場を後にする事に。……それにしても。琴ちゃんの様子がおかしい……か。確かに私の感覚的に旅行の後くらいから少し変な気がするんだよね。色んな事に集中出来ていない事もそうなんだけど……妙に私に対して過保護って言うか…………いや、元々過保護なんだけどここしばらく過保護過ぎって言っても良いくらいと言うか。


「…………とにかく一度琴ちゃんとよく話し合ってみますかね」


 そう独りごちながら帰路についた私。


「ただいまー琴ちゃーん♪」


 私の帰りを今か今かと待っていたであろう琴ちゃんに、元気いっぱいの『ただいま』で鍵を開けてお家に帰ってきた私。そんな私を待っていたのは――



 ガチャンッ! ガチャ、ガチャ……ガシャンッ!!!



「……へ?」

「――はい、お帰りなさい小絃お姉ちゃん。そして……もう、逃がしません永遠に♡」

「…………へ?」


 いつも通り素敵な笑顔の琴ちゃんと……何か、知らない間に増えていた二重、三重の玄関の厳重な鍵。そして…………見知らぬ鉄格子のお部屋だった。

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