144話 帰ってくるまでが旅行です
……もの凄く良い雰囲気だった。返事をするには最高のシチュエーションの……ハズだった。だと言うのに……
目を覚ました私……音瀬小絃に残っていたのは、温泉で琴ちゃんと色々とエロエロな事をした素晴らしい記憶と、温泉上がりに琴ちゃんとイチャイチャラブラブ湯上がり談笑した愛おしい記憶。そして絶好のタイミングで琴ちゃんの告白のお返事をしようと気合いを入れた直前の記憶と――
「…………ぐ、ぬぉおおおおおお……!」
「こ、小絃さん……大丈夫……じゃないですよね……?本当にごめんなさい。私がついていながら、結局肝心なところでお役に立てなくて……」
「……つ、紬希さんは……全然、悪くないですよ……い、だだ…………悪いのは、あんな欠陥品を……渡してきた……うちの駄母ですので……あだだだだ……ッ!?」
――全身に広がる、筆舌に尽くしがたい疲労と激痛だった……
「あんの……BBA……帰ったらブチのめす……」
留守電に残されていたバカ母の留守電メッセージ、そしてその母から話を聞かされたあや子の証言によると。この耐えがたい痛みや倦怠感はあの母さんの『回復薬』の効果なんだとか。『回復薬』なんて文言に惑わされてしまったけれど、そもそもあの薬は痛みを回復させるわけではなく、あくまでも痛みを一時的に麻痺させるだけのものだったらしい。だから効果時間を過ぎてしまうと、薬が効いている間に誤魔化していた痛みが倍になって私に襲いかかってしまうとのことだ。
「…………そういう、大事な事は……薬を渡した時点でちゃんと説明しろやボケェ……!?」
更に悪い事に、あの薬には大変厄介な副作用までオマケで付いていて。その副作用というのが……痛みを麻痺させる都合上、麻痺させた反動で脳……いや理性が溶かされて頭が悪くなるとかなんとかで……その結果しばらくの間『バカになる』とかいうこっちをバカにしているとしか思えないようなふざけたものだった。
『――まあでも小絃は副作用のほう問題無かったでしょー?』
『そうね、小絃ママの言う通りね。何せ小絃は……元がバカだからね』
なお、その元凶のBBAはというと。これっぽっちも悪びれもせずにあや子と大爆笑しながら副作用についてそのように語っていやがった模様。ああそうだね……確かにそうだ。母さんの言葉通り毒にも薬にもならないポンコツ発明品なんぞ信じた私が大バカ者だったわ……!
とりあえず母さんとついでにあや子……完全復活したら顔面腫れ上がって殴るところがないくらいにはぶん殴ってやるから覚悟しておくように。
「(ボソッ)おまけに……薬のせいで前後の記憶が曖昧になってるし……」
薬の影響で折角一世一代の大勝負に出ようとしたというのに……肝心の告白のお返事をするその直前で私の理性は溶けきって、あの後から翌日までに何があったのかまるで覚えていない。
副作用で理性を失い夢見心地の中、琴ちゃんに多大な迷惑をかけたような気がするのが非常に気になるところだ……
「あ、あのさ琴ちゃん……昨日の夜の……事なんだけど……」
「んー?昨日の夜がどうかしたお姉ちゃん?」
「あー……えと。う、ううん……なんでもないよ……あはは……」
自分の膝上に私を乗っけてくれている琴ちゃんに、それとなく昨日の事を聞いてみる。琴ちゃんのこの様子だと……恐らくだけど、私が琴ちゃんにどうしても伝えたかった言葉は残念ながら伝えられていないようだ。だってもしちゃんと伝えられていたら……今頃はきっと琴ちゃんも『折角だからこの勢いで正式に婚前旅行しちゃおうねお姉ちゃん♡』とかなんとか言って狂喜乱舞してたと思うし。
くそっ……マジで恨むぞダメ母め。私がどれだけ綿密に計画を立てたと思ってやがる……!ヘタレの汚名をあや子へ返上し、琴ちゃんにかっこよくお姉ちゃんの本気を見せられるハズだったのに……!
「(……まあとは言え終わった事は仕方ないか……)」
そもそもの話、あんなアホな母さんに頼らざるを得なかった軟弱な私が悪いんだし。切り替えて次のチャンスを待つしかない。とりあえず今回の温泉旅行……その本来の目的は無事に達成できたわけだからね。
「それにしても……本当に楽しかったね小絃お姉ちゃん!連れてきてくれてありがとう!私今回の旅行……一生忘れないよ!」
「あ、私からも改めてお礼を言わせてください小絃さん。素晴らしい旅行でした。ありがとうございます」
「そうね。私の脳内アルバムに浴衣紬希の乱れる姿が深く刻まれたわけだし、その機会をくれた点だけは褒めてやっても良いわ小絃」
帰りの新幹線に乗りながら、満面の笑みを浮かべてそうお礼を言ってくれる琴ちゃんと紬希さん(+不審者一人)。最後の最後で情けない姿を見せる羽目にはなったけど……思い出に残るような旅行に連れて行くって約束を守って琴ちゃんを笑顔に出来たわけだし、今回はそれで満足するとしようじゃないか。
「うんうん。琴ちゃんと紬希さんがよろこんでくれて嬉しい限りだよ。こっちこそ一緒に旅行に付いてきてくれてありがとうね、私もとっても楽しかった!今度もまたあや子除いた皆で楽しく旅行しようね!」
私もそんな皆に笑顔でそう返す。途中紆余曲折はあったけど、全員事故も怪我もなく(私は全身が灼けるような痛みで絶賛悶絶しているけど)無事に楽しく旅行が出来てなによりだった!いやぁ、ホント良い旅行だったね!
…………ところでだ。
「…………さて。それはそうと琴ちゃん。キミに一つ聞きたい事があるんだけど……聞いてもいいかね?」
「ん?何かなお姉ちゃん?何でも言って。お姉ちゃんのお願いならなんでも聞いてあげるからね♡」
「ありがとう、それじゃ遠慮なく。……あまりにもナチュラルにされてたせいで、今の今までツッコむ機会を失ってたんだけどさ……」
「うん」
「…………どうして、私は……起きた時からキミにずっと抱っこされているのでしょうか……?」
「うん?」
痛みでそれどころじゃなかった事や、あまりにも自然に。あまりにも当たり前のようにされていたせいでここまでツッコむにツッコめなかったけれど。流石に色々耐えきれず琴ちゃんにそう問いかける私。朝目を覚ましてから今に至るまで、どういうわけか琴ちゃんは四六時中姉貴分であるこの私を、まるで自分の子どものようにギュッと抱っこしているのである。
「流石にもう色々限界なんだけど……!?周りの乗客の皆さんの奇怪な視線が痛いっ!敢えてスルーしてくれている紬希さんの優しさも、ニヤけた面で私を蔑むあや子の視線も……何もかもが痛いんだけど!?」
起き上がる時も、朝ご飯を食べる時も。移動する時も。そして……今この時もだ。座席はちゃんと全員分の乗車券を確保しているというのに、わざわざ琴ちゃんは私を自分の膝に座らせて……その上で私を抱っこしているのである……
しかもただ抱っこするだけでなく、怪我した子どもをあやすように『痛いの痛いの飛んで行けー♡』って何度も何度も私を撫でながら言ってくるから恥ずかしさが半端ない。他の乗客の皆さんも『随分とでっかい子どもさんもいたもんだな……』的な視線で私と琴ちゃんを見てくるから居たたまれない……!何!?何なのこの生き地獄は!?一体なんの罰ゲームなの!?
「大丈夫、大丈夫だよお姉ちゃん。痛くのもこうやって私が痛くなくなるまでナデナデしてあげるから。お姉ちゃんが満足するまで……ずぅっとナデナデしてあげるからね」
「い、いやあの琴ちゃん……た、確かに母さんの役立たずな薬のせいでほんのちょっぴり痛みはあるっちゃあるけど……痛いの痛いのとか……ナデナデとかはちょっと……」
「……???でも、こうして欲しいって私におねだりしたのはお姉ちゃんだったでしょう?昨日は私に何度もおねだりしてくれたよね?昨日のお姉ちゃん……本当に可愛かったなぁ……今回の旅行の一番の思い出で、一番のお土産だったよ♡」
「何しやがったんだ昨日の私……!?」
おねだり!?私が!?なにそれ知らんのだが……!?全く記憶にない事を琴ちゃんに指摘されて戦慄する私。こ……これはどう考えても……母さんの薬の副作用のせいじゃないか……!
「ち、違うの!?昨日の私はおかしくなってたんだって!?こ、琴ちゃんはこんな事しなくていいんだよ!?琴ちゃんも晒し者みたいになっちゃって恥ずかしいでしょ!?恥ずかしいよね!?」
「なんで?お姉ちゃんに求められて私嬉しい……♡」
「やれやれ……随分とまぁ甘えん坊ね小絃ちゃんは。だーいすきな琴ちゃんのあまえられてうれちいでちゅかー?」
「しばき倒すぞロリコンヤロウ!!?」
「こ、小絃さんそんなに興奮しちゃうと痛みが更に増しますよ……!あ、あや子ちゃんもからかわないの!」
……結局、必死に抵抗した私だけれど……家に帰り着くまで……否、痛みがどうにか引くまでの間ずっと……琴ちゃんは一瞬たりとも私から離れることはなかったのであった。
「…………そうだよね。ホントはずっと痛かったんだよね、苦しいんだよね……ごめん、ごめんねお姉ちゃん…………だいじょうぶ、これからはずっと私が……お姉ちゃんをまもってあげるからね……」
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