143話 副作用は突然に

「――さあ紬希!一休みしたら本格的に5回戦を始めるわよ!まだまだ夜は長いからね!」

「はひぃ…………ま、まだやるの……あや子ちゃん……?……はぁ、はぁ……わ、私もう……いろいろと……いっぱいいっぱいなんだけど……」

「大丈夫!大丈夫よ!だって紬希は強い子だもの!」

「変な、ところで……根拠のない……変な信頼を……しないで……ほしい。……と言うか、なんでそんなに……あや子ちゃんは元気なのよ……体力お化けなの……?」

「私は紬希が乱れる姿を見られたら、それだけで私は常に気力体力MAXよ!……うーん。でもそうね、あんまり紬希を無茶させるのも悪いし……」

「う、うん……だからもう止めようあや子ちゃん……明日もあるからね……」

「あと2,3回やってから今日は我慢するとしましょうか!」

「……我慢って……なんだっけ……?無理、もうむりぃ……ホントに限界なんだってば……」

「……ありゃ。なんか冗談抜きに限界みたいね紬希。慣れない旅行で疲れちゃった?どうしましょうかね。……紬希も小絃みたいに小絃ママの作ったお薬飲んだら元気になるかしら?」



 Prrrr! Prrrr!



「ん?……あらら、噂をすればなんとやら。悪いわね紬希、ちょっと電話に出るわ。今のうちに少し休んでて。(ピッ!)もしもしあや子です」

『あー、あや子ちゃん。あたしよあたし』

「ああ小絃ママ。どうもです」

『悪いわねー、急に電話しちゃって。今電話して大丈夫だった?紬希ちゃんとイチャイチャしてる最中だったりしない?』

「いえいえ、イチャイチャはしてましたがちょっと休憩中でして。今なら電話も大丈夫ですよ。それでどうかしましたか?」

『うん、それがさー。うちのバカ娘が電話に出ないからさー。あのバカに一緒について行ってくれてるあや子ちゃんに電話させて貰ってるわけよ』

「なるほど、小絃に用事って事ですね。急ぎの連絡ならすぐに伝えておきますよ」

『んーん。別に大した事じゃないんだけどね――そう言えば例の薬の効果とか副作用の事とか説明していなかったなーって思ってさ』

「…………効果と、副作用?」



 ◇ ◇ ◇



「ふぃー……良いお湯だったねー琴ちゃん。でもちょっとのぼせちゃったかも」

「ご、ごめんなさい小絃お姉ちゃん……わ、私がちょっと……ううん、大分好き放題しちゃったから……辛くない?無理してない?」

「あはは!だいじょーぶ!琴ちゃんは悪くないよ。それに私も……その。気持ちよかったし♡ありがとうね琴ちゃん」

「あぅ……」


 熱いお湯に身体を沈め、月と星空を眺めつつ、琴ちゃんにいっぱい求められ――それはもう二人っきりの幸せ温泉時間を楽しんだ私と琴ちゃん。熱中しすぎて軽くのぼせかけたけど、それはご愛敬というところで。


「それよか琴ちゃん。琴ちゃんってさ……この後時間あるかな?」

「え?う、うん……お姉ちゃんとご飯も食べてお風呂も満喫したし……後は二人で一緒のお布団で寝るくらいしか予定は入れていないけど」


 すでにバッチリ私と一緒に寝ることを予定に組んでいる琴ちゃんに苦笑いをしながらも。予定が入っていないなら好都合と、揉まれていたマッサージチェアから立ち上がり琴ちゃんの手を取る私。


「だったらさ琴ちゃん。……今からちょーっと、お姉ちゃんと一緒にお散歩しない?」

「お散歩?うん!行く!お姉ちゃんと一緒ならどこまでもついて行く!」


 二つ返事で了承してくれた琴ちゃんを連れて脱衣所を後にする。そのままその足でフロントまで行き、近くを散歩させてもらいますと一言告げて旅館を抜け出した。


「んー♪夜風がきもちー!」

「ホントだね。ああ、でもお姉ちゃんは湯冷めしないように気をつけてね。風邪引いちゃったら大変だし」

「今の今まで風邪なんてもの引いた覚えがないからへーきへーき。だいじょーぶ!」


 温泉で火照った身体に程よい夜風が当たり心地良い。しばらくふらふら二人で歩いて、他愛のない話に花を咲かせ……


「あ、見て見て琴ちゃん。ここから温泉街が見えるよ。最後にお参りした神社とかあの辺じゃないかな?」

「えー?どこどこ?……あ、見えた!」


 ちょうどいいベンチを見つけて二人で腰掛けると、また他愛のない話に花を咲かせる。

 そんな風にお昼に皆で観光した温泉街を眺め琴ちゃんと楽しく話をしながら――私は内心、ある事を考えていた。


「(……ここだ。間違いなく、このタイミングだ……!)」


 素敵な夜景、誰にも邪魔されない二人っきりの空間、思い出の1ページに刻まれるであろう絶好のシチュエーション……

 ありとあらゆるこの状況が、私にGOサインを出している。これは……やる以外の選択肢がないだろう。


「(今ここで……琴ちゃんの告白に、応えてあげるんだ……!)」


 琴ちゃんと笑い合いながら、心の奥底ではそんな一大決心を固めた私。


『――お姉ちゃん、結婚しよう』


 目覚めてから……ううん。もっと前……琴ちゃんが小さかった頃からの琴ちゃんの告白。今までずっと応えられなかった、琴ちゃんの愛の告白。


『小絃……一体いつ琴ちゃんの想いに応えるのよ』


 つい最近、アホのあや子に問いかけられたのを思い出す。別に……あや子に発破をかけられたからとかじゃないけれど。良い機会だって思っていたんだ。今回のこの温泉旅行は。


「(思えば……長い道のりだった)」


 本当ならお返事をしようと思えばいつでも出来た。今までそれが出来なかったのは、ひとえにあや子に言われたとおり私がヘタレだから――では断じてない。私にもちゃんと理由があったのである。

 まず……私が琴ちゃんと並びうるだけの存在に、告白された当時はなれていなかったから。高校卒業すら出来ていない上にものの見事に要介護なヒモ女……そんな私では立派に成長した琴ちゃんとはどうあがいても釣り合わなかった。


「(けど……今の私なら……)」


 琴ちゃんと肩を並べられるだけのお姉ちゃんになったかと言えば疑問は残るけど。それでも近頃は琴ちゃんの姉に足りうるだけの姿を見せる事は出来るようになったと自分では思う。学業も家事も、何とか最低限の事はやれるようになったし。動画投稿でお金もちょっとずつ稼げるようになった。

 最大の懸念事項であった私の体調も……完全に元通りとはいかずとも。こうして旅行に行っても問題無い程度には順調に回復している。……まあ、今回ちょっとチートを使う羽目にはなったけど。


「(そして……この旅行で琴ちゃんにも私はもう大丈夫だって証明出来たはず……)」


 今回の温泉旅行を私が提案したのは琴ちゃんに素敵な思い出を作ってあげたかったから……それが一番の理由だけれど、実はそれだけが理由じゃない。ある種の証明になると思ったから。

 旅行に琴ちゃんを誘えるだけ稼げるようになった証明になるし、旅行に行けるだけの体力が戻ったという証明にもなる。これだけの実績があれば……琴ちゃんもきっと『お姉ちゃんはもう大丈夫』と、安心してくれた事だろう。


「(今なら……あの悪夢から琴ちゃんを解放できる……)」


 琴ちゃんを縛る10年前のあの日の事故のトラウマ……心の傷。常々思っていた。琴ちゃんの心残りや辛い事を一個ずつ解消していけたなら……きっと琴ちゃんの悪夢も覚める日が来るんじゃないかと。

 今回の旅行はその総決算。これだけ元気になったと琴ちゃんに証明し、そしてこのタイミングで『琴ちゃんの想いに応える』という一大イベントを巻き起こせば……琴ちゃんの中で一生の思い出になる。ひいてはこの思い出であの日の悪夢を塗り替えられる……!


「(返事を返すのは……きっと、今この時が最高のタイミングのはず……!)」


 覚悟は決まった。琴ちゃんの想いにどう応えるかも決まった。……と言うか、どう応えるかについては最初に琴ちゃんに告白された時から決まっていたと思う。

 後はちゃんと声に出し、その思いを琴ちゃんにぶつけるだけ。


「……あのさ琴ちゃん」

「……なぁにお姉ちゃん?」


 意を決した私は、談笑の途中で立ち上がり。ベンチに座る琴ちゃんの前に立つ。賢くて察しの良い琴ちゃんは、急な私の態度の変化を機敏に察知したのか。座ったまま背筋を伸ばして私に向き合ってくれる。


「あのね、私……今までずっと言えなくて……でもどうしても琴ちゃんに言いたい事があったの」

「私に……言いたい事?」


 私は琴ちゃんの手を取って琴ちゃんの目を見つめる。琴ちゃんも私の目を見つめ返す。この夜空の星々よりも、観光街の煌びやかな灯りよりも……何よりも美しい琴ちゃんの目に見惚れながらも。ゆっくりと言葉を紡いでいく。


「うん、そう。きっと琴ちゃんも……ずっと聞きたかった事だと思う。待たせちゃって……ごめんね」

「……何を待たせていたのかはわかんないけど。でも……ううん。謝らないで。お姉ちゃんが言う待たせてた時間って……きっとお姉ちゃんにとっても私にとっても大事な時間だったと思うから」

「そうだね。大事な時間だった。……だからこそ、ようやくここまで辿り着いたよ」


 さあ言うぞ……言っちゃうぞ……!?頑張れ私……負けるな私……!


「でも、それも……今日で終わり。ちゃんと言わせて貰うから。琴ちゃんに言いたかった事……全部言わせて貰うから……!」

「…………はい。おねがいします」

「……あ、あのね……琴ちゃん。私……私はね――」


 そうして一度大きく息を吸い込む私。破裂しちゃいそうな心臓に手を当てながら、覚悟と思いを吸い込んだ息に混ぜ込んで。


 そして私はそれを一気に吐き出して――






「――

「…………え?」

「痛い、いたいよぉ……!?からだ、痛いのぉ……!?琴ちゃんたすけて……身体中が痛いのぉ……!?」

「え……あ……あ、の……お姉ちゃん……?」

「撫でて……!痛いの痛いの飛んで行けして……!いたいところ、琴ちゃんがナデナデして、痛いのをまぎらわして……!」

「う、うん……!わ、わかった……!い、いたいのいたいの……とんでいけー!」

「もっとやって……!いたいのなくなるまで……もっと……!」

「も、勿論!お姉ちゃんが気が済むまでしてあげるから!」

「私……もうあるけないし、おんぶして……だっこして……ぎゅーってしてぇ……!」


 …………そして。私の言いたかった事と全く違う言葉を、琴ちゃんに無意識にぶちまけていた。



 ◇ ◇ ◇



「――それで?あの薬の効果と副作用って一体なんなんですか小絃ママ?」

『まずあの薬の効果の話からするわね。回復薬って便宜上呼んでたけど……実を言うと疲労自体がなくなるわけじゃないの。一応疲労回復に繋がりそうなものもぶち込んではいるんだけど、あくまでも一時的に疲労を感じなくなるだけ。感覚を麻痺させてる感じかしら』

「ふむ……って事は薬の効果が切れたらどうなるんですソレ?」

『今までの疲労とか痛みが体感倍になって返ってきちゃうわね。薬の効果は……大体2,3時間程度だから。使うならタイミングとかちゃんと考えて使わないとダメなのよ』

「なるほどです。……んで、肝心のあの薬の副作用ってなんなんですか?」

『そうねぇ……一言で言うとね――バカになっちゃうわね』

「ほぅ……バカになるんですか」

『バカになっちゃうのよ。感覚を麻痺させちゃう使用上、どうしても脳……というか理性が溶けちゃうのよねー。若干気持ちがハイになっちゃったり、テンションがおかしくなったりとか。まあ、それでも薬が効いてるうちはそこまで気になるほどじゃないんだけど……薬の効果が切れたらそれはもう大変なのよ。今まで抑えつけていた理性が完全に溶けちゃって、半日くらいはバカになっちゃうのよねー』

「ふむふむ……なるほどです。それは困りましたね」

『困ったわねぇ』

「……ですが小絃ママ。私思うんですけど」

『んー?なぁにあや子ちゃん?』

「小絃の場合、何も問題無いんじゃないですかね?」

『おっ、あや子ちゃんもそう思う?あたしも小絃なら副作用も特に問題無いかなーって思ってて、つい薬の事説明しそびれちゃってたわー』

「『ハッハッハ!』」

「…………だ、大丈夫かな……小絃さん……?」

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