141話 楽しい夕食タイム

 (主にあや子のアホのせいで)想定よりも早すぎる時点で体力が付きかけてしまい、絶体絶命のピンチに陥った私。このままでは琴ちゃんとの楽しい思い出づくり旅行が台無しになってしまう……そんな結末神が許してもこの私が許さない。お姉ちゃんとしてそれだけは断固として阻止しなければならない。どんな手段を使おうとも。

 そんなわけで背水の陣を敷いた私は一世一代の賭けに挑んだ。母さんの作った禁断の薬に手を出すという、普段なら考慮にも値しないホントにホントの最後の手段を選んだ私。成功する保証も無く、それどころかどんな副作用が待ち構えているのかもわからないそんな愚の骨頂。……けれど全ては琴ちゃんの為に。砂漠から一粒の砂を探すが如く、限りなくゼロに近い可能性に賭け――そして。


「ひゃっはぁああああああああ!!!絶☆好☆調ォオオオオオオオ!!!」

「小絃、いつもウザいけど今日はいつもの10割増しでウザい。何なのよそのテンションは」

「ふふふ♪小絃お姉ちゃんが元気いっぱいで私も嬉しいよ」

「こ、小絃さん凄いね……一体どこからそんな元気が……?」


 その賭けに私は勝った。母さんの開発した謎の薬を飲んでから、あんなに疲弊していた身体は嘘のように軽くなり全開で全快に。身体中から力が湧き上がり、下手をしたら10年前のあの事故に遭う前と同等……いいやそれ以上とも思えるくらい調子が良いのである。

 これでテンションが上がるなと言う方が酷ってものだろう。あの母さんの作ったモノとは思えないくらい今世紀最大最高にして唯一の発明品だったわ。帰ってきたら褒めてやろうじゃないか。


「でも……小絃さんの調子が良さそうで本当に良かったです。これならこの後もご一緒出来そうですね」

「いやはや!ご心配おかけしてすんません紬希さん!もう万事OK無問題ですっ!」


 念のため紬希さんに簡単に身体の状態を見て貰い、問題無いと判断された今の私は無敵と言っても過言ではない。いやはや一時はどうなることかと思ったけど……これなら明日までなんとか琴ちゃんとの旅行を継続できそうで何よりだわ。


『お待たせいたしました、お食事をお持ちいたしました』

「待ってました!」


 そんなテンション爆上がりの私を後押しするように、仲居さんがタイミング良くご飯を運んできてくれた。次々に運ばれる料理の数々を一皿一皿丁寧に解説しながら、


『もし良ければご友人たちとご一緒にお食事されてはどうでしょうか?』


 という仲居さんの優しい気遣いに甘えて、紬希さんとあや子の食事も私たちの部屋に持ってきて貰い。


「そんじゃ、今日の旅行に付き合ってくれた琴ちゃんと紬希さんに乾杯っ!」

「お姉ちゃんが元気になってくれた事を祝してかんぱーい!」

「か、乾杯!小絃さん、私とあや子ちゃんも連れてきてくれてありがとうございました!」

「紬希の可愛さに乾杯!」


 盛大な乾杯ののち、皆で楽しい夕食タイムのはじまりはじまり。


「わ……これ凄く美味しい。私これ好きかも」

「美味しさは勿論とっても華やかで素敵だよね。こういうのあや子ちゃんに作ってあげられるようになりたいなぁ」

「ねえあや子、あや子はもう無駄にデカいし、若い時と違ってもうすでに悲しきアラサーだから太ったら中々痩せられないでしょ?私があや子の代わりにその天ぷら食べてあげるよ」

「いやいや小絃。あんたこそ病み上がりなんだしあんまり脂っこいものは食べられないでしょ?私が小絃の代わりにその唐揚げ食べてあげるわよ」


 旬の食材をふんだんに使った見たこともないような懐石料理に舌鼓を打ちつつ、あや子と熾烈なおかずの奪い合いをしつつ。


「お姉ちゃん、だったら私の天ぷらあげるね。はい、あーん♡」

「こ、琴ちゃんったらホントにあーん好きなんだから…………あ、あーん……♡」

「…………チッ。見せつけてくれちゃって。なにバカみたいなデレデレ顔晒して幸せ満喫していやがるのよ小絃……紬希!こっちも負けていられないわ!と言うわけであーん♡ぷりーず!」

「何と戦ってるのよあや子ちゃんは……?も、もう……こういうのは二人っきりの時にって……別に良いけどさ。あ、あーん……」


 琴ちゃんのあーん♡をあや子に見せつけつつ、紬希さんのあーん♡をあや子に見せつけられつつ……気づけばあっという間にデザートまで余すことなくペロリと完食しちゃっていた。ご馳走様でしたっと。


「んじゃ!私と紬希はこれからちょっと大事な夜の用事があるから!あとはこっちに気にせず二人仲良くね!」

「ちょ、ちょっとあや子ちゃ……がっつきすぎ……ば、バカ……どこ触ってんの……せ、せめて琴ちゃんたちが見えないところで……」


 そんな楽しい夕食も終わり。仲居さんたちに後片付けを内線でお願いしつつ、あや子と紬希さんがいそいそとが自分たちの部屋に戻って行くのを琴ちゃんと黙って見送る。盛りすぎだろあのムッツリロリコン女……ここはラ○ホじゃないんだぞ……


「ふぃー……夕食美味しかったね!私ったらついつい箸が進んじゃって……ご飯のおかわりまでしちゃったよ。困った困った。これじゃ太っちゃうかもね」

「良い食べっぷりで惚れ惚れしたよお姉ちゃん。食欲があるって良いことだよね。健康的な証拠だし。あとお姉ちゃんはもうちょっと太った方が良いかも。10年間飲まず食わずのせいで、まだまだ適正体重には至ってないでしょ」

「えー?でもさー琴ちゃんはぶくぶく太っちゃった私とか嫌じゃない?」

「私ならどんなお姉ちゃんでも愛せるけど?」


 半ば冗談で言ってみたけど、琴ちゃんから迷い無くそう返されてしまう。あー……うん。琴ちゃんならマジでどんな私でも愛してくれそうだ。

 と言うか……今更だけど私にあーん♡するのが大好きな琴ちゃんは何かある度に私にあーん♡して色んなものを食べさせてくるし、琴ちゃんが毎日私の為に作ってくれるお料理もそれはもう美味しいし……琴ちゃんの言うとおり今はまだ適正体重には至っていないから良いんだけど、これから先もこのままの生活を続けてたらいずれマジでまるまると太っちゃいそうな気がしてきた……そして琴ちゃんはこの様子だと太った私を諫めるような事はしなさそうだし……

 ……琴ちゃんの理想のお姉ちゃんを目指す私としては不摂生に太っちゃうのはちょっと嫌だなぁ……これから先、自己管理はしっかりしなくちゃ……


「……ね、お姉ちゃん」

「んー?何かな琴ちゃん?」

「今日はね、本当にありがとう」

「へっ?」


 と、他愛のない会話を交わしながら窓際のスペース(たしか広縁って言うんだっけか?)で琴ちゃんの淹れてくれたお茶を啜り、窓の外の夜景を楽しんでいるところで。琴ちゃんがぺこり丁寧に頭を下げて急にそんな事を言ってくる。


「ど、どうしたの琴ちゃん?そんな改まっちゃって……」

「だってさ。今日の旅行……ううん、旅行だけじゃないよね。正直お姉ちゃんと一緒にこんなに幸せな一時が過ごせるなんて……あの頃は夢にも思っていなかったから」


 昔を懐かしむように遠い目をしながら、琴ちゃんは真剣な表情を見せていた。それって……


「えと、それは……」

「前にもお姉ちゃんに話したと思うけど。お姉ちゃんが目を覚まさなかった10年間は……灰色の毎日だったんだ。あんな目に逢わせてしまったお姉ちゃんへの罪悪感、お姉ちゃんがいつ目覚めるかも分からない不安、お姉ちゃんが目覚める事なく命を落とすかもしれない恐怖……辛かったよ、怖かったよ、悲しかったよ」

「琴ちゃん……」


 目に涙を浮かべながらそんな告白を吐露する琴ちゃん。ある意味今回の旅行を決意するきっかけになった、琴ちゃんと一緒にアルバム鑑賞したあの日の事を思い出す。私への罪の意識を胸に抱き、楽しい旅行の一つもせずに……ただ淡々と10年もの間、私のお見舞いだけを生きがいに毎日を過ごしていたという琴ちゃん……

 琴ちゃんを事故から守れただけで自己満足して、10年もの間琴ちゃんに辛い思いを抱かせて灰色の毎日を送らせるなど……我ながらなんて酷いお姉ちゃんだったんだ。ダメだろ色々……せめてもうちょっと早く起きられなかったのかよ私……これは自己嫌悪しちゃうよなぁ……


「けど……今は違う。私をひとりぼっちにしないで、お姉ちゃんはちゃんと目を覚ましてくれた。それどころかこんなにも元気になってくれて。約束してくれた通り、こんなに素敵な旅行に連れてきてくれるなんて。私、世界一の幸せ者だなって思ったの。……どんなに感謝してもしきれないよ。だから、ありがとうお姉ちゃん」

「…………ッ!」


 そんな琴ちゃんの心からの感謝の言葉に、私までグッと涙が溢れそうになる。あ……ダメ、ダメだぞ……泣くな私。ここで泣いたらまた情けないお姉ちゃんの姿を琴ちゃんの前に晒してしまうじゃないか……


「…………感謝、されるのはまだ早いよ琴ちゃん」

「え?」

「まさかとは思うけど……この程度でこの旅行を満足してたりする?甘い、琴ちゃんは甘いよ。……だってこの旅行の……メインイベントがまだ残っているじゃないの」

「メイン……イベント……?」


 そうだ。この旅行の大部分を占めるであろうあのイベントがお待ちかねだ。こんなところで満足して貰っちゃ困るんだ。


「お姉ちゃん、それって……もしかして……」

「うんそうだよ。ね、琴ちゃん。――温泉、一緒にはいろ」







 Prrrr! Prrrr!



『――ただいま留守にしております。ピーッという発信音が鳴りましたら、お名前とご用件をお話しください』



 ピーッ!



『あ、もしもし小絃ー?あたしだけど。そーいやあの薬渡すだけ渡しておいて、まだ薬の効果と持続時間と、あとついでに副作用の事を伝えそびれてたなーって思い出してさー』

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