140話 用法用量を守って正しくお使いください
楽しい温泉旅行の最中。あろうことか琴ちゃんと紬希さんに言い寄り……挙げ句手まで出そうとしやがった命知らずの馬鹿共を迎撃する事に成功した私とあや子――
「ですので。このような事は二度とないように反省してください。下手をしたら過剰防衛と言うことで逆に捕まってましたよ。身の危険を感じたら、向かっていくのではなく素直に我々警察にご連絡ください」
「いや……違うんですよお巡りさん。聞いて下さい。私はやり過ぎだって止めたんですが、そこのバカが加減を知らないバカでして……」
「ぜぇ……べ、弁明……させてくださいおまわりさん……ゼェ……全部、そこのロリコンが……悪いんです……なにせロリコン性犯罪者ですから……ね……よかったら……そこの馬鹿共といっしょに……ハァ……こいつも連れてって……くださぃ……」
「さてはお二人とも、絶対反省してないですね?……まとめて連行してもいい気がしてきましたよ……」
――だったんだけど。駆けつけた警察の皆さんから盛大に説教されてしまう事になった。なぜだ……悪いのはそこでノビてるクズヤロウ共とロリコンだというのに……
「あ、あの……本当に申し訳ございませんでした。お姉ちゃんたちも悪気があったわけじゃないんです。私たちを守るためにやった事ですので……」
「ごめんなさい……あや子ちゃんたちには後でよく言い聞かせておきますから……どうか許してあげてください」
「……仕方がないですね。とにかく次はないですからね?」
最悪まとめて警察署にGO!する羽目になりかけたけど、そこは琴ちゃんたちに取りなして貰い、なんとか厳重注意で済ませて貰った。危なかった……今更前科が付いたところで痛くもかゆくもないであろうあや子はともかく、私まで前科が付いちゃったら洒落にならないからね。
「それでは本官はこれにて失礼いたします。よい観光をお過ごしください。では――」
「あ、あの……!警察官さん、待ってください……!」
と、対応してくれた地元の警察官がお帰りになろうとしたところで。おずおずと紬希さんが手を上げて止める。
「はい?どうなさいましたか?」
「そのぅ……大変厚かましい話で申し訳ないんですけど……今度またああいう人たちに言い寄られたらと思うと……私、ちょっと怖くて。滞在している旅館まで私たちを送っていただく事とか……出来ますか?」
「ああ……これは配慮が足りませんでしたね。お任せ下さい。車を回しますので少々お待ちを」
紬希さんにそうお願いされて警察官は無線で連絡を取る。それは良いんだけど……紬希さん大丈夫かな……?怖かったって……やっぱりあのクズ共は穏便に始末しておくべきだったかな……?
「ハァ……ハァ……紬希さん、あの――」
「…………(ボソッ)小絃さん、これで帰りは歩かなくて大丈夫になりましたよ。少しは休めるかと……」
「……ッ!?」
彼女のことが心配になり声をかけようとした私なんだけど……逆に心配そうに私を見つめそう耳打ちしてきた紬希さん。
も、もしかしなくても紬希さん……私の為に……?
「気休めにしかならないかもしれませんが……車に乗っている間に少しでも身体を休ませてあげて下さい。まずは息を整えましょう。一番楽な姿勢を取って、ゆっくり息を吸って吐いてを繰り返すんです。……琴ちゃんの事は気にしなくて大丈夫。私が琴ちゃんと一緒の車に乗りますから。小絃さんはあや子ちゃんと別の車に乗ってくださいね」
◇ ◇ ◇
「――ゼェ、ゼェ……はぁああああ……」
琴ちゃん、紬希さんとは一足先に旅館まで戻った私は、足下がおぼつかないままトイレに駆け込み。個室に鍵をかけ腰を下ろし……必死に息を整えていた。……やばい。これは、ひじょーに、やばい。
体力ゲージが真っ赤っか。ピコンピコン♪と警告アラートが私の中で鳴り響いている。まだそれなりに体力は残っていると過信していたけど……さっきのナンパ共を始末する時に、一気に体力使い切っちゃった模様。喘鳴がなりっぱなしで心臓バクバクで息が苦しい。……嫌な寒気が全身を震わせ脂汗が止まらない。気を抜いたら意識が持って行かれそう……
「ったく……ホントバカよね小絃は。大人しくしてろ、バカやって無茶するなってあれだけ忠告した直後にやらかしてさぁ」
「あや……こ……」
「大体、あんなナンパくらい琴ちゃんたちだけで対処出来るでしょうに……全く考え無しにもほどがあるでしょ」
先ほどの紬希さんのアドバイスを参考になんとか息を整えていると、頭上から声が聞こえてくる。重い頭を無理矢理上げて見てみると……隣の個室からよじ登って私を呆れた顔で見下ろす悪友の姿がそこにあった。
こいつ……自分の事を棚に上げやがって……紬希さんに手を出そうとしたやつを半○しにしたやつが言っても説得力ないわ……と言いたいところだけど、今はそれを口にするのも億劫だ……
「……やれやれ。あんたが私に悪態一つ付けないなんて相当重傷みたいね。……安心しなさい。琴ちゃんには『小絃は温泉街の名物を食べ過ぎてお腹壊してトイレに駆け込んだ』って事にしてやってるから」
「…………あり、がと……」
「けど……その言い訳もあんたのその調子じゃ意味ないでしょうね。これはもう手遅れじゃないの。うちの紬希でも流石にフォローは無理よ。下手しなくても旅行を中断して病院に連れて行かれるんじゃないの?」
あや子の言うとおり……これはちょっと絶体絶命かもしれない。大丈夫だってやせ我慢が効く状態じゃないことは自分が一番分かってる。この状態で部屋に戻れば絶対に琴ちゃんに旅行中断を宣言されるだろう。
だったら何とか平静を保てるレベルまで体力をこの場所で回復させる?……いいや、いつまでもトイレに籠もりっきりってわけにもいかないし、戻ってこないなら琴ちゃんが『お姉ちゃん大丈夫……?』って様子を見に来ちゃうだろう。そうなったら結局琴ちゃんに今の私の状態がバレて旅行中断に……
「ま、でもあんたにしては頑張った方なんじゃない?これはもう素直にギブアップして、もう少し体力が戻ってからまた別の機会に琴ちゃんと旅行を――」
「…………いい、や……まだだ……まだ私には……奥の手が、ある……」
「は?奥の手?」
そう言って私は……震える手で懐に入れていた容器を取り出し中身を取り出す。出てきたのは毒々しい色の怪しげな錠剤だった。
これだけは、使いたくなかった。使うことがないことを祈っていた。……だけど……こうなっては背に腹はかえられない……
「うっわ……小絃、何よその禍々しい謎の物体は……?」
「……言った、でしょ……奥の手…………母さん特製の回復薬……」
「小絃ママ特製の回復薬!?」
私のその告白に、流石のあや子も驚愕する。……この薬は、この旅行が始まる前にあのマッドサイエンティストな母さんにもしもの時を想定して作らせておいた回復薬だ。母さん曰くどれだけ虫の息でもひとたび飲めばあら不思議。ゲームの回復薬のように、一瞬で体力も精力(?)もMAXになるという…………どう考えても非合法臭いお薬なのである。
それが事実であれば願ったり叶ったり。今の私にはまさにうってつけの代物なんだけど……
「ちょ……待ちなさい小絃……!?あんた正気なの!?あまりの疲労で頭おかしくなった!?いつものあんたなら間違っても小絃ママの怪しげな発明品に手を出すなんて事しないはずでしょ!?」
母さんの危険性は腐れ縁のあや子も重々承知しているらしい。確かにあや子の言うとおり、普段の私なら母さんが作ったモノなど絶対に信用するはずもないし、お金を積まれても母さんのモルモットになるなんてお断りだ。目を瞑ると容易に思い返される、悪夢のような母さんの迷惑実験……
頼んでもいないのに幼児退行させられたり、未来のしょうもない自分の姿を見せつけられたり、よりにもよってあや子のアホと意識を交換させられたりと――どれだけ私が母さんのせいで辛酸を嘗めてきた事か……それがわかっているからか。普段喧嘩ばかりのあや子も流石に私を心配し私の愚行を止めようとする。
「悪い事は言わないわ。流石に考え直した方が良いんじゃないの小絃……嫌な予感しかしないしさ」
「…………あや子の……いうことは、今回ばかりはただしいよ……」
まずこの薬が正しく母さんの言うとおりに機能するかどうかも分からない。ひょっとしたら回復するどころかトドメをさされる可能性だって十分過ぎるくらいあり得るし、仮に正しく機能したとしても一体どんな副作用を秘めているかも未知数だ。
こんなものに頼るくらいなら、旅行は中断し……また日を改めた方がまだ利口と言えるだろう。
「…………それでも」
けれど今回だけは……今回の旅行だけは何としても成功させたい。琴ちゃんとの約束のため、思い出作りのため。
そして何よりも……私は決心しているから。今回の旅行で……今度という今度こそ、琴ちゃんの想いに――
「…………(ごくん)」
「あっ!ば、バカ!?ホントに飲んじゃったの!?」
どうせこのまま何もしなくても強制的に旅行は中断されるんだ。だったらダメ元だろうとやってみるしかないじゃないか。母さん……今日だけは娘として母さんの事信じてやる。だから……一日でいい、どうか私に力を……!
意を決した私は、その錠剤を口に含み……あや子に止められる前に水無しに一気に喉奥に流し込む。さあ……どうだ……!?
「ぅ……?うぅ、う……」
「こ、小絃……?」
「ふぬっ!?ぬ、ぬぬ、ぬぅ……ぬぅうううううッ!」
「小絃、何そのいつも以上の奇声……?だ、大丈夫なのよね……?」
「ぐ、ゴゴゴ…………うごごごごごごごごごごごっ!?」
「小絃!?ちょ……小絃ぉ!?」
◇ ◇ ◇
「――小絃お姉ちゃん、戻ってくるの遅いね」
「う、うん……そう……だね。ちょ、ちょっと夕ご飯前に食べ過ぎちゃったのかもしれないね。で、でも大丈夫だよ琴ちゃん。あや子ちゃんも付いてるし、きっとすぐに小絃さんも戻って……」
「…………ね、紬希ちゃん」
「ん?な、なぁに琴ちゃん?」
「看護師さんの立場から見てさ。お姉ちゃんって……本当に大丈夫だと思う?」
「……ど、どういうこと……かな?」
「親友として、どうか正直に教えてほしいの。もしかしなくてもお姉ちゃんってさ…………本当は今も――」
バァンッ!
「おっまたせー!琴ちゃん、紬希さん!いやぁごめんごめん!待たせちゃったね!」
「え、あれ……?お姉ちゃん……?」
「出すもの出したら元気になったよ!心配かけちゃった?ホントにごめんよ琴ちゃんハッハッハッ!」
「…………ず、随分……元気そう……だね?えと……ほ、本当に……大丈夫?」
「うん!見ての通りさ!折角の温泉旅行で温泉も入らずじまいとかあり得ないからね!」
「……う、うん!そうだね!…………えへへ♪やっぱり私の気のせいか。お姉ちゃんは元気が一番だね」
「???え、え?こ、小絃さん……?な、なんで……?あれだけ疲労してたはずなのに……どうなって……?」
「……深く考えちゃダメよ紬希。音瀬家の人間に常識なんて通用しないんだから」
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