139話 お姉ちゃんのおみくじ結果
美味しい名物に舌鼓を打ったりお土産を買ったり足湯に浸かったりと、目一杯温泉旅行を堪能しまくっている私たち。
「さーてと。晩ご飯の時間とかを考えると、今日の観光は次行くところで最後にした方が良いかもね。琴ちゃん、それに紬希さん。最後どこか行きたいところとかあるかな?」
ガイドブックを片手に二人にそう尋ねる私。気づけば夕日が沈みかけ、良い具合の時間になっていた。名残惜しいけど明日もあることだし今日はあと一つくらいを観光して旅館に戻った方が良いだろう。
「あ、私はどこでも……今日の主役は小絃さんと琴ちゃんですし。お二人が行きたいところならどこだって大歓迎ですよ」
「そうですか?紬希さんは遠慮しないでいいんですよ?折角の日頃のお礼も兼ねた旅行なんですし、もっと楽しんでも罰は当たりませんよ」
「いえいえ。十分楽しんでいますのでお構いなく」
にこやかに私にそう告げる紬希さん。ほんと紬希さんは奥ゆかしいなぁ……どこかの誰かさんと違って。
「ちょっと小絃?なんで私には希望を聞かないのかしら?」
「は?逆に聞くけど紬希さんのオマケの分際で、どうして希望を聞き入れて貰えると思ってるのかねチミは?つーかあや子の希望なんか聞いてたら絶対碌でもない場所に連れてかれそうでヤダだもん。悪いけどロリコン御用達のいかがわしい風俗とかに付き合う気はないからね私」
「誰がオマケよ!?そしてロリコン御用達の風俗って何よ!?」
「…………あや子ちゃん。それ、どういうこと?」
「紬希もこのバカの戯れ言を本気にしないで!?行かないから!?紬希という世界一のお嫁さんが一緒にいるのにそんな場所に行くわけないから!?」
つまりこいつは紬希さんさえ居なければ行ってたって事か……
「琴ちゃんはどこか行きたいとことかない?お姉ちゃん、琴ちゃんの行きたいところなら喜んで一緒に行くよ」
紬希さんとイチャついている(?)あや子は放っておくとして。紬希さんが言ってくれた通り、今日の主役は琴ちゃんだ。その琴ちゃんが行きたいところとかあるなら何よりも琴ちゃんの希望を優先してあげたいところなんだけど……
「そういうお姉ちゃんは行きたい場所とかないの?」
「私?私は特に希望はないし……それに。私は琴ちゃんと一緒ならどこだってパラダイスだからね」
「お姉ちゃん……!わ、私も!私もお姉ちゃんがいればそこが私の永遠の楽園だよ!」
嬉しい事を言ってくれる琴ちゃん。その気持ちは嬉しいけれど、それでも折角の琴ちゃんの為に企画した旅行なんだし琴ちゃんが行ってみたい場所に連れていきたい。
その気持ちを琴ちゃんに伝えてみると、ややあって琴ちゃんはおずおずこう私におねだりしてくれる。
「そ、それじゃあ……お姉ちゃんたちさえ良ければなんだけど……」
◇ ◇ ◇
整備された石畳を、一歩また一歩と踏みしめながら歩いてゆく。立派なご神木を横目に等間隔に連なる真紅の鳥居をくぐり抜けた先に、琴ちゃんの希望した場所が私たちを待ち構えていた。
「ごめんねお姉ちゃん。それに紬希ちゃんにあや子さんも。私のワガママにこんな場所に付き合わせちゃって」
「ううん。お姉ちゃんも観光のシメとして最適だと思う。中々趣がある素敵なところじゃない」
「そうね。小絃と違って琴ちゃんはセンスあるわ」
「ここってパワースポットとして人気みたいですね。実は私もおみくじ引いたりお守り買いたいって思ってたから助かったよ琴ちゃん」
『最後に神社でお参りしたい』
琴ちゃんの希望は神社でお参りだった。この神社は予め下調べした時にも観光名所の一つとして取り上げられていた有名な場所で、紬希さんの言うとおり最近では若者たちから一種のパワースポットとして流行っているんだとか。普段はそのお陰でかなり参拝客で賑わうみたいだけど。でも今の時間帯はちょうど良く空いてるらしい。そういう意味でも琴ちゃんの判断はナイスと言うほかないね。
全員で拝殿に辿り着くと、お賽銭を投げ入れて手を合わせる。各々何かしら思うところがあったのか。時間をかけて熱心に想いを神様にお祈りする。
「(ブツブツブツ)皆が健康でいられますように……あと、あや子ちゃんの浮気癖が治りますように……」
「(ブツブツブツ)お姉ちゃんが前みたいに元気になりますように……お姉ちゃんが私だけのお姉ちゃんになりますように……」
「(ブツブツブツ)紬希と【自主規制】で【閲覧不可】出来ますように……ついでに紬希から【お見せできません】して【検閲対象です】して貰えますように……」
……さて。私も皆のようにお祈りするとしよう。琴ちゃんと一緒に、これからもずっと仲良く過ごせますように。あと…………神聖な神様の前でアホみたいなお祈りしてる私の隣のロリコンに、盛大なバチが当たりますように……っと。
「紬希ちゃんは何のお守り買った?私は……『恋愛成就』のお守り買っちゃった♡」
「ふふふ、琴ちゃんらしいね。私は……その。か、『家内安全』を……えへへ♪」
「……おいそこのロリコン。人がなんのお守り買おうと自由だとは思うけどさ。よりにもよってなんで『安産祈願』なんてお守りを買いやがった?」
「やーね小絃。言わせないでよ。そりゃ勿論紬希に私の元気な子を産んでもら――(バシィ)あいたぁ!?」
お祈りが終わったら社務所へ向かい、お守りを拝見する私たち。お目当てのお守りがあったらしく、修学旅行の学生みたいな可愛らしい反応を示す琴ちゃんと紬希さんを微笑ましく思いながら(ついでに不気味な発言をかますあや子をどつきながら)、特に買うようなお守りが見当たらない私はお守りと一緒に置いてあったおみくじを引かせて貰う事に。
ぺらりと薄いおみくじを、微かな期待と緊張を込めて恐る恐る開封してみる。はてさてその結果は――
「小吉……かぁ」
……なんとも微妙な小吉だった。THE・普通。可もなく不可もなくっていう……まるで私を象徴してるみたいな結果で何だかなぁ……と思ってしまったり。
「へぇ?『小』って漢字が名前に付く小者の小絃らしい結果じゃない。どれどれ中身は?」
「あ、コラ!勝手に何をするのさあや子!?」
「……プッ」
と。微妙な結果にちょっぴりガッカリしている私の横で。あや子のアホが結果が書かれたおみくじをパッと取り上げる。私が中身を確認するよりも先に黙読し……あろうことかその結果を見て鼻で笑いやがったではないか。なんだコイツは……!?
「流石、神様はあんたの事をよく見ているわ。ホレ小絃。あんたに相応しいアドバイスが書いてあるわよ。しっかり読んで反省しなさいな」
「……それ、どういう意味さ」
「読めばわかるわよ」
言われるがまま、渋々あや子から取り上げられたおみくじを読んでみる。そこには……
願望――叶いがたいが努力せよ
旅行――皆で行けば良し
学問――安心して勉学せよ
健康――遅くなるが治る
失物――出にくい
と、如何にも小吉らしい微妙な結果が短く書かれていた。そんな中、何故かある項目だけは二行にわたりぎっちりと記されていて……
恋愛――この人より他はなし 誠意に尽くし誠意に応えよ
「…………ぐっ」
「これはまさにどこかのヘタレの誰かさんへの神託よね。要約すると『琴ちゃん以外ないから、とっとと覚悟決めてとっとと告れ』っていう。ふはは……!神様からもダメ出しされるとか流石ヘタレな小絃ね!」
盛大に大笑いするあや子の笑い声に、思わずおみくじを持ったまま握りこぶしを作ってしまう私。神様、もしも会えたらあんたのこと……ここにいるロリコンと一緒にまとめてぶん殴るぞ畜生め……
「小絃お姉ちゃん?どうしたのそんなに真っ赤なお顔をして?」
「あや子ちゃん……何がおかしいのか知らないけど、神聖な場所で大笑いしないの。恥ずかしいでしょ」
そんなバカ笑いするあや子にどうしたどうしたとやって来た琴ちゃんと紬希さん。
「な、なんでもないよ!ちょ、ちょっとおみくじの結果がダメダメであや子がバカにしやがっただけで……」
「あ、そうなの?そっかぁ……結果悪かったんだ。それは残念だったねお姉ちゃん。……でも大丈夫!結果が悪くても境内でおみくじを結べば良くなるそうだよ!」
「あ、ああうん。そうらしいね……そ、それじゃあお姉ちゃんちょっと結んでこようかな」
「あ、待ってお姉ちゃん。お姉ちゃんはここで休んでてよ。私がやってくる。実はおみくじ結ぶの一度やってみたかったんだよね」
「えっ……で、でも……」
「すぐ戻ってくるから。行こっ、紬希ちゃん」
「そうだね。あや子ちゃん、小絃さんとここにいてね」
おみくじの結果が(私にとって都合が)悪かったと伝えると、琴ちゃんはそのおみくじを結んでくると私からおみくじを受け取って紬希さんと駆け出していく。それくらい私がやるのに……
「……ふーむ。琴ちゃん凄いわね」
そんな琴ちゃんの後ろ姿を見つめていると、あれだけ笑い転げていたあや子が急に冷静にそんな事を呟きだした。今度は何だこいつ……
「あん?琴ちゃんが凄いのは当たり前だけど……何の話さあや子」
「あっきれた。あんたなーんも気づいていないのね」
「だから何の話を……」
「今回の旅行さ。紬希と私を呼んだのは……あんたが体力的に不安だったからって話だったでしょ。だから紬希も……それから私も。それとなくあんたに負荷がかからないようにって影でサポートしてやろうとしてたんだけどね」
ロリコンを呼んだ覚えは一切ないけどね。あとあや子はサポートどころか私の体力が削れる元凶になってなかったかね?
そうツッコミを入れるべきか悩む私をよそに、あや子は更にこう続ける。
「けどさ……ぶっちゃけ私たちのサポートの必要っていらなかったと思うのよね」
「???それどういう意味?」
「まだわからない?……私たちがフォローする前に。琴ちゃんがそれとなくあんたのフォローをしてくれてるって事よ」
「え……」
琴ちゃんが……?
「今のおみくじだってそう。この温泉街に来る時も『折角浴衣を着たんだし、着崩れるのも嫌だからタクシー使おうよ』って提案したのは琴ちゃんだったし。温泉街に着いてからも『ねえお姉ちゃん、私人力車に乗りたい!一緒に乗ろうよ!』って提案したのも琴ちゃんだったでしょ。あの子……無邪気に観光を楽しんでいるように見えるけど。その実……体力的に不安なあんたを気遣ってくれてるのよ」
「あ……」
そんなあや子の指摘にハッとなる私。言われてみれば……確かにそうだ。旅館からこの温泉街まではそれなりの距離があるけれど……移動手段はタクシーだったり人力車だったりで実際に歩いたのはほんの僅かだ。ちょっと遠くまで行かなきゃいけない場所は、私に代わり率先して琴ちゃんが行っていたし。それはつまり……
「……琴ちゃんも気づいてたりするのかな」
「あんたの体力のこと?そうねぇ……確信まではしてないかもだけど。でもあんたが無茶している事はなんとなく気づいているんじゃないの?あの子がどんだけあんたのことを見てきたと思ってんのよ」
「……そっかぁ」
まあ、私も……薄々そうなんじゃないかとは思ってたけどね。琴ちゃんを悲しませたり辛い思いをさせまいと気遣うつもりが……逆に気遣われてたってわけ……か。
「ああ、でも。間違ってもその事を琴ちゃんに指摘するんじゃないわよ。私が見た感じ琴ちゃんも『もしかしたらそうかも……?』って憶測しているに過ぎないっぽいし。下手に指摘したらお互い気まずい空気を味わうことになりかねないわよ。知らない振りしておけば幸せな事だってあると思うし?」
「ん……わかった」
「ま、そういうわけだからさ。とにかくこの旅行が終わるまではあんたはいつもみたいなバカやって無茶をしてぶっ倒れないことね。あんたの事が大切な琴ちゃんの為にも。頑張ってフォローしてくれてるうちの紬希の為にも」
「了解、肝に銘じておく」
今回の旅行で私の貴重な体力を削る羽目になった元凶とも言えるやつに諭されるのは何か理不尽極まりないけど。それはそれとしてあや子にしては珍しいまともなアドバイス。ここは素直に受け取っておこう。
実言うと……慣れない旅行で結構自分の中で疲れがハッキリ出てきている。折角琴ちゃんたちが私に負担をかけまいとしてくれているんだし。その気持ちに応えるためにも……せめて明日、帰りの新幹線に乗るまでは私も大人しくして――
「あれ?そういや……今更だけどうちの紬希と琴ちゃん戻るの遅くないかしら?どこまで行ったのかしら?」
「え?どこまでって……おみくじを境内に結ぶって行ってたし、そう遠くには行ってないはずじゃ……」
『ねえねえ、君らどっから来たの?』
『浴衣可愛いねぇ。そっちの子は……妹さん?美人姉妹いいねぇ』
『観光かな?良かったら俺らと遊ばない?良いとこ紹介するからさ』
『あの……ですから私たち急いでいますので』
『ひ、人を待たせていますから……し、失礼します……』
「「…………」」
シュパッ!×2
「いーじゃんちょっとくらい!ほら、行こ!俺ら奢るから!」
「ちょっと……!だから急いでいるって――痛っ……!ちょっと、引っ張らないで……!」
「こ、琴ちゃん……!ほ、ほんとやめてください……!け、警察呼びますよ……!?」
「大丈夫、お兄さんたち優しくするから!ほら、キミも一緒に――」
「……それが貴様らの遺言か?」
「……万死に値するわ。もはや法で裁く事すら生ぬるい」
「「「……へっ」」」」
「お、お姉ちゃん……?」
「あ、あや子ちゃん……?」
「「人の大事な人に、良くも手を出してくれたな貴様ら……!地獄すら生ぬるい、私たちが直々に滅してやるから覚悟しろやおらぁあああああ!!!」」
「「「ぐ、ぐぁああああああああああ!!?」」」
不覚にもちょっと目を離した隙に琴ちゃんと紬希さんがガラの悪そうな連中にナンパされ、挙げ句連れ去られてしまうところだったけど。寸前で気づいて無事にナンパ共をミナゴロ…………無力化する事に成功した私とあや子。
ちなみにそのナンパ共は騒ぎを聞きつけた神社の方々が警察を呼び、警察で穏便に処分して貰った。…………それにしても不思議だ。どうして駆けつけた警察官の皆さんは……最初にナンパじゃなく私とあや子を連行しようとしてたのだろうか……?
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