136話 移動も旅行の醍醐味

 琴ちゃんと一緒に素敵な思い出を作るため。琴ちゃんの空白の10年を埋めてあげるため。一泊二日の旅行へ行くことを決意した私。諸々の準備や手続きを終えて……あっという間にやって来た旅行日当日。


「——小絃お姉ちゃん本当にありがとう。旅行に連れて行って貰えるなんて……今でも夢みたいな気分だよ」

「あはは。大げさだなぁ琴ちゃんは。でも……うん。喜んでくれて嬉しいよ。企画した甲斐があるってもんさ」


 10年以上も久しぶりに乗る新幹線に身体を預けながら、本日何度目になるかもわからない琴ちゃんの全力のお礼を受け止める。よほど旅行に行くのが嬉しかったらしい琴ちゃん。幸せそうな彼女の笑顔を見るだけでお姉ちゃん冥利に尽きるよね。


「それにしても……お姉ちゃん。今日はその……車椅子で行かなくて本当に大丈夫なの?身体は辛くない?必要なら車椅子レンタル出来るけど……」

「うん、へーきへーき。琴ちゃんが毎日リハビリに付き合ってくれたお陰でお姉ちゃんは元気爆発だよ!何ならダッシュで旅館まで行けちゃうレベルだよ!」


 なお今回の旅行は普段から使っている車椅子はお留守番して貰っている。流石にダッシュ云々は冗談だけど……それでも最近は車椅子無しでも自由に歩き回れる程度には体力は戻っている。これ見よがしに車椅子で旅行するなんて琴ちゃんが気にしちゃうだろうし、一泊二日の旅行くらいなら車椅子無しでも何とかなるだろう。


「そっか……それは良かったよ。ああ、でも絶対に無理はしないでね。辛くなったらいつでも私に言って。その時は……私がいつもみたいにお姉ちゃんをお姫様抱っこしてあげるから!」

「…………は、ははは……お手柔らかに……」


 旅行先でもお姫様抱っこされるとか何かねその拷問は?長い付き合いのある私には分かる。琴ちゃんのこの口ぶり……本気だ、本気で私が辛いと判断したら躊躇なく公衆の面前でお姫様抱っこする気だ……

 そんな小っ恥ずかしい事態にならないためにも……頑張れ私負けるな私……


「あ、あの……琴ちゃん、それに……小絃さん。お誘いいただいた事は嬉しいんですけど……ほ、本当に私まで一緒に来て良かったんですかね……?」


 と、そんな会話を琴ちゃんとしていたところで。前の座席に座っているちっちゃくて愛らしい彼女……琴ちゃんの大親友の紬希さんがおずおずと遠慮がちにそう話しかけてきた。


「その……聞くところによるとお二人の10年ぶりの旅行というお話でしたし……二人っきりの方が良かったんじゃないかなって思いまして……わ、私お邪魔虫なのではないですか……?」

「んーん。そんな事ないよ。お姉ちゃんと二人っきりも嬉しいけど……紬希ちゃんと一緒に旅行するのも楽しいよ!」

「そういう事です。いつもお世話になっているお礼って事で。今日明日はどうかゆっくりと羽を伸ばして下さい」

「い、いいんですかね……」


 今回の私たちの旅行には、私から頼み込んで紬希さんにも同伴して貰っている。ああ、勿論こちらから頼み込んだわけだし紬希さんの分の旅費も、宿泊代も、その他諸々全部私持ちだ。その事を紬希さんは滅茶苦茶恐縮しているみたいだけど……全然気にしなくて良いのにね。琴ちゃんも紬希さんと一緒で喜んでるし、それに……私としても紬希さんに一緒に来て貰うのは助かるわけだし。


「そーそー!このバカがこう言ってるんだし遠慮なんかしなくて良いのよ紬希!もっとほら、どーんと構えなさいってあっはっはっ!」

「あ、あや子ちゃんったら……ほ、他のお客さんもいるんだしもうちょっと声落としてよ恥ずかしい……」


 そんな奥ゆかしい紬希さんの隣で、ふてぶてしく酒を飲みながらアホのあや子。概ねあや子の今の発言には同意してやっても良いが、それはそれとしてお前はもっと紬希さんを見習って少しは遠慮とかしたらどうなんだ?ん?


「って言うか……なんでいるのあや子。私は確かに紬希さんはお誘いしたけど……あや子を呼んだ覚えは一切ないんだが?」

「は?何を言うか。紬希が旅行に行くと聞いて、この私が黙って見送るわけないじゃないの。私と紬希は一心同体なのに」

「こっちはいい迷惑だわ……折角琴ちゃんと紬希さんの三人で楽しい思い出作りが出来るって思ってたのに、あや子のお陰ですでにその楽しさが半減してるじゃんか」

「そりゃこっちの台詞なんだけど?紬希と琴ちゃんの三人旅なら最高だったんだけど……何が悲しくて旅行先まで腐れ縁のバカの顔を拝まなきゃいけないわけ?」

「「ッ~~~~~~!!」」


 いつものように二人仲良く(?)胸ぐらをつかみ合う私たち。紬希さんを呼んだら勝手について来る事になったあや子。お陰でこちとら急遽プランの見直しをせざるを得なくなったり何故かあや子の分まで私の支払いになったりと踏んだり蹴ったりだ。

 今からでもこいつどっかの途中停車駅で降ろして良いかな?良いよね?


「まあまあお姉ちゃん。あや子さんにもお世話になっているわけだしさ。ダブルデートって事で良いじゃない」

「あ、あや子ちゃんも。喧嘩するくらいなら帰るよ私。あくまでも今回のメインは琴ちゃんと小絃さんの旅行で、私たちはお呼ばれされてる立場なんだし」

「むぅ……琴ちゃんが、そう言うなら……」

「ぐっ……紬希が、そう言うなら……」


 不穏な空気になりかけたところで琴ちゃん&紬希さんにストップをかけられる私たち。ちっ……仕方ない。いつもなら強制的にこのアホを排除してるところだけど……これは琴ちゃんのための旅行なんだし、琴ちゃんが不快になるような事は極力避けなきゃね。命拾いしたなあや子。


「にしても……新幹線の旅なんていつぶりかなぁ。てか最近の新幹線って凄いのね。広いし座り心地も良いし眺めも最高だしパソコンとか携帯の充電も出来るし……至れり尽くせりじゃないの」


 気を取り直して車窓を流れる風景を横目にそう呟く私。旅行先を県外の有名温泉街に選んだから、必然移動手段は新幹線になっちゃったんだけど……新幹線の旅っていうのも悪くはないね。昔以上に速いし快適だし……これは嬉しい誤算だったわ。


「さーて!新幹線の旅と言えば……やっぱアレは外せないよね!」

「アレ?アレってなぁにお姉ちゃん」

「ふっふっふ……決まっているじゃないか琴ちゃん。…………駅弁だよ駅弁!琴ちゃん、紬希さん。お腹減ったでしょ。そろそろお昼時だし、そろそろ車内販売が来てくれるだろうから好きなの頼んじゃってね!勿論私の奢りだよ!」


 新幹線の旅のお供と言えば……やはり車内で食べる駅弁だろう。お腹の音がお昼の時間を告げている。ちょうど良い時間になったみたいだ。ここらで名物の駅弁でも食べて腹ごしらえをしておこう。そう思って二人にそんな事を言ってみた私なんだけど……


「「あー……」」


 何故か二人はちょっと気まずそうに目を逸らしていた。あれ?どうしたんだろう?


「琴ちゃんたち、ひょっとしてお腹あんまり空いてない?それとも遠慮しちゃってたりする?良いんだよ、好きなの注文しても」

「えと……そういうわけでもないんだけど……」

「あ、あの……ごめんなさい小絃さん。実は……ですね……」

「???実は?」


 何やら言いよどむ琴ちゃんたち二人に対し、私を嘲笑うかのような気持ちの悪い顔のあや子がこんな事を言い出した。


「はーい。そこの時代に取り残された哀れな常識知らずの小絃に、このあや子さんが良いこと教えてあげましょう」

「なにさあや子……ニマニマ笑って気持ち悪い」

「車内販売を期待しているところ悪いんだけどさぁ…………残念ながら新幹線の車内販売は終了したのよね」

「はいはい終了ね…………はい?」


 今……こいつなんて言った?車内販売……終了……?


「勿論まだやってるところもあるし、ランクが上の席だとモバイルオーダーが出来るらしいけど。少なくともここじゃ車内販売はやってないわね。なんでも静かな車内環境を求める声があったからとか、労働力不足だとか……理由は色々あるらしいわよ。そんなわけで駅弁食べたいなら駅の改札口を通る前に買っておく必要があったってこと。わかった?」

「ま、マジで……?」

「うん……実はそうなの」

「す、すみません小絃さん……先に伝えておけば良かったですね」


 あや子の言葉を裏付けるように、琴ちゃんと紬希さんは小さく頷く。どうやらあや子の言うことは本当らしい。そ、そうか……車内販売されてないのか……


「そっかぁ……残念だな。新幹線の中で駅弁食べるの楽しみだったのに……」

「だ、大丈夫ですよ小絃さん!帰りの新幹線でなら先に買ってから食べられますよ!」

「なんなら次の停車駅で駅弁買ってくれば良いんだよ!お姉ちゃんはここで待っててね!」

「えっ!?いや待って……そ、そんな事したら乗り遅れちゃうかもよ!?そ、そこまでしなくても……」

「大丈夫大丈夫、次のとこ停車時間長いから。いこっ、紬希ちゃん!」

「うんっ!」


 二人に美味しい駅弁を食べて貰おうと張り切っただけにちょっとガッカリしちゃう私。そんな私を気遣って、琴ちゃんと紬希さんは二人で一緒にわざわざ私の為に駅弁を買いに走っていった。あの二人……天使か?


「…………さーてと。ちょうどあの二人もいないことだし。小絃。そろそろ話しても良い頃なんじゃない?」

「あ?急に何の話さあや子」


 そんな二人の優しさをかみ締めていたところで。優しさの欠片も見当たらないあや子が、また人をバカにしたような態度でそんな事を言ってくる。


「惚けるんじゃないわよ。今回の旅行に、うちの紬希を呼んだ理由よ。折角の琴ちゃんとの二人っきりになれる旅行なのに、どうしてわざわざ紬希まで連れて行こうとしたのかしら?

「……話聞いてなかったの?それとももうボケた?言ったでしょ、紬希さんにはお世話になっているからその感謝も込めて——」

「はいはい建前建前。言いたくないなら当ててあげましょうか?あんたどーせアレでしょ。今回の旅行……

「…………ッ!」


 あや子の一言に息を呑む私。こ、こいつ……


「…………紬希さんから聞いたのか?」

「その口ぶりから察するに紬希には口止めしているみたいね。いーえ。あの子は何も言ってないし、あんたに『言わないで欲しい』って約束されたら私にだって言わないわよ。神に誓うわ」

「だ、だったら……」

「でもねぇ。紬希が言おうが言うまいが、あんたの行動ってわかりやすすぎなのよね」

「…………ちっ」


 ……ホント、無駄に察しのいい腐れ縁の悪友を持つと困る。だからこいつなんて呼びたくなかったってのに……

 ……今回の旅行。一番懸念すべきは私の体力の問題だ。琴ちゃんや紬希さんの力を借りてこつこつリハビリを続けてきた甲斐あって、自分の足で立って歩ける程度には体力は戻っている。けれど……旅行となるとまた話は別問題だろう。観光地を歩き回ったり、イベントに参加したり……こうして移動するだけでもかなり体力を消耗してしまう。これで旅行の最中に倒れでもしたら……琴ちゃんの楽しい思い出作りに水を差すばかりか、琴ちゃんのトラウマを更に刺激してしまう恐れだって……


『紬希さん……ちょっとお願いがあるんですけど……』


 そうならない為にも旅行前から一番信頼できる紬希さんに協力を仰いでいた私。諸事情を諸々知っていて、なおかつ現役の看護師さんである紬希さんなら琴ちゃんに隠れて私に適切な処置やサポートをしてくれるだろう。頼れる助っ人としてこの上ないお方だ。

 …………もっとも。その紬希さんを呼んだせいで、余計なおまけまで付いてくるのはいただけなかった事だけど。


「琴ちゃんに負い目感じて欲しくないとか、姉としてのプライドだとかで見栄張っているんでしょうけど……バレバレ」

「……」

「小絃ママの入れ替わり装置であんたと入れ替わった時の感触だと……一泊二日の旅行だなんて無謀すぎよねぇ。おまけに意地張って車椅子も使わないとか明らかに自殺行為でしょ」

「……」

「それほどまでに琴ちゃんにいい格好したいんでしょうけど……バッカよねぇホント。それで無茶して倒れちゃ元も子もないってのに」

「…………(ぷちん)」

「ま、でもそれでこそバカ小絃よねぇ。見てらんないし仕方ないから協力してやらんこともな——(ゲシィ!)あいたぁ!?」


 私を鼻で笑いながら、ネチネチと口撃してくるあや子の脛を思い切り蹴り上げて黙らせる私。決めた。余計な事しか言わないコイツはやっぱこの駅で置いていこうそうしよう。


「ぁ、あんた……人が、折角善意で協力してやろうとしてんのに……なにしやがんのよバカ小絃!?」

「頼んだ覚えもないし頼まれたって貴様の協力なんてまっぴらごめんなんだが!?帰れ!紬希さんだけ置いてさっさと帰れアホあや子!」


 再度胸ぐらをつかみ合い、ついでにローキックを繰り出し合う私とあや子。


「ただいまお姉ちゃん♪ご所望の駅弁、買ってきた——」

「お待たせあや子ちゃん。あや子ちゃんの好きそうなお弁当とか選んでみた——」

「(ゲシゲシゲシ!)その無駄にデカい身体を丁寧に折り曲げてからキャリーバッグに収納してやるぞあや子ォ!」

「(ゲシゲシゲシ!)その減らず口ごと凍らせてクール宅急便で自宅まで配送してやるから覚悟しなさい小絃ォ!」

「お姉ちゃんたち、いつも仲良しで元気だねぇ」

「……全くあや子ちゃんったら……サポートしに来たハズなのに、余計に小絃さんを疲れさせてどうするのよ……」


 そんなこんなで駅弁を買ってきてくれた琴ちゃんと紬希さん。あと騒ぎを聞きつけた車掌さんに止められるまでこの喧嘩は続いたのであった。

 アホあや子め……琴ちゃんの為に取っておかなきゃいけない体力を無駄に使わせやがってからに……

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