琴ちゃんと小旅行
135話 そうだ旅行に行こう
「……よし」
小さく掛け声をかけつつ気合いを入れた私……音瀬小絃は、密かに練っていた計画の最終確認を一人始めていた。
「まず……軍資金」
何と言ってもお金がないことには始まらない。今回の計画にはそれなりの軍資金が必要なんだけど……ありがたいことに例の箏の演奏と箏の指導動画で得た広告収入……そして全国の物好きな
「次……諸々の下調べ」
何の情報も準備もないまま行き当たりばったりで行ってもぐだぐだで終わってしまうだろう。やはり現地の下調べは重要だ。折角行くなら最高の思い出を作ってあげたいからね。そっちに関しても偉大な先人としてマコ師匠やコマさんに色んな場所を紹介して貰ったんだ。その中から厳選に厳選を重ねて……二人にアドバイスを貰いながらあの子に相応しい場所を選び抜いた。合わせてその場所で行われるであろうイベントや名所もしっかり調べておいたし、予約も交通経路もバッチリ抑えてある。問題無い。
「あと……当日の琴ちゃんの予定」
いくらお金を貯めて下調べを念入りにしたところで行けないなら話にならない。サプライズだからまだ本人には計画を話してはいないけれど……少なくともヒメさんから聞いたところによると、予定日から3日は休めるらしい。『繁忙期はとっくに過ぎたし、急な呼び出しが入るような事もないだろうから大丈夫。あいつとゆっくり楽しんできてください』ってヒメさんにも言って貰った。それにそれとなく本人にも確認したら……『この日からこの日まではお姉ちゃんとずっと一緒にいられるよ♡』って言ってたし……多分問題無い。
「最後……私の体調」
資金も下調べも予定も問題無い。だからもっとも懸念すべきは今の私の体調なんだけど……かなり調子は良い……と、思う。まあ10年前にはほど遠いけど……それでも最近は車椅子無しでご近所を散歩するくらいの体力は戻っている。今回は一泊二日の予定だし、移動距離もそこまでじゃない。今回は頼れる助っ人も味方に付けてるし、最悪の場合を想定して……奥の手だって用意している。(尤も……助っ人はともかく奥の手に関してはあんまり使いたくないけどね……)だからあとは私しだいってところだろう。……大丈夫、問題無い。
「…………よしっ!」
計画の最終確認を終えて、もう一度掛け声をかける。完璧だ……我ながら惚れ惚れするくらい完璧。これなら胸を張ってお誘いできる。
「これでようやく……琴ちゃんに旅行に行こうってお誘いできる……!」
かねてから連れて行ってあげたいと心に決めていたけれど……ようやく実行に移せる段階に至った琴ちゃんとの旅行計画。
ことの始まりは……目覚めてしばらく経ったある日の出来事。琴ちゃんとアルバム鑑賞していた時に発覚した事なんだけど……私が事故に遭って昏睡状態になってから10年……一日も欠かさず私のお見舞いに通い詰めていた琴ちゃんは、その10年一度も旅行に行ったことがなかったらしい。私のお見舞いに行けなくなるからと、家族旅行は勿論の事……小中高すべての修学旅行もキャンセルしたという徹底ぶりだそうだ。
「……そんなの、悲しすぎるよ」
あの日私は琴ちゃんに約束した。二人で色んなところに行こうと。私のせいで旅行に行けなかった分、楽しい思い出を作れなかった分……それを埋めてあげると。
ただ……お金や旅行先の下調べ、琴ちゃんのお仕事の都合に……私の体力の問題。諸々の事情のせいですぐに約束を果たすことが出来なかった事は……ホント琴ちゃんには申し訳なかったんだけどね。
「……旅行資金は琴ちゃんのお小遣いからじゃなく、正真正銘自分で稼いだものだし。琴ちゃんが喜んでくれそうな旅行先もチョイス出来た。私の体力だって琴ちゃんとのリハビリのお陰で…………一泊二日くらいなら……多分気合いと根性でどうにでもなる……ハズ」
約束してから時間は随分経っちゃったけれど……でもようやく。そう、ようやくその約束を果たす時が来たのである。
あとは琴ちゃんに、この旅行計画を切り出すだけだ。
「小絃お姉ちゃん、ただいまー!」
と、そんな示し合わせたようなタイミングでお仕事から帰ってきた琴ちゃん。
「お、お疲れ琴ちゃん。今日もお仕事大変だったね」
「んーん。お姉ちゃんを養う為だって思ったら全然疲れたりしないよ。それより待たせちゃってごめんね。寂しくなかった?身体の具合は大丈夫?」
「う、うん。そっちは大丈夫だけど……あ、あのさ……」
「ご飯食べた?まだなら私、すぐに作るよ。今日は何が食べたい——」
「あ、あのさ琴ちゃん!」
「……?どうかしたのお姉ちゃん」
下手にタイミングを逃して旅行の事が言えなくなる前に。そして私の決意が鈍ってしまう前に。琴ちゃんに旅行計画を打ち明けてみることに。
「その……琴ちゃんは今週のお休みってさ。何か予定があったり……する?」
「予定?うん、あるよ予定。ぎっちり詰まってる」
「…………そ、そっか。予定あるんだ……」
それとなく切り出した私なんだけど、早速見事に出鼻をくじかれる。は、ははは……予定……あったのか……そっか……そっかぁ……これで計画はまた白紙に戻っちゃったなぁ……ははは、はぁ……
「ち、ちなみに……どんなご予定がおありで……?」
「えーっとね。まずお姉ちゃんと一緒にご飯作って、お姉ちゃんと一緒にいつもみたいにリハビリして。あとは二人で一緒にお散歩して、お買い物して。夜は二人で一緒にお風呂に入って一緒のお布団で寝て——」
「そっかーそれじゃあ仕方ない…………って、ちょっと待って琴ちゃん。まさか予定ってそれだけ……?」
「???これ以上ないくらい予定が詰まっているでしょう?」
念のためどんな予定があるのか聞いてみると、琴ちゃんの口からそんな答えが返ってくる。あの……琴ちゃん?それは予定があると言っていいの?だいたいいつも通りの琴ちゃんのなんでもない一日じゃないの……
「そ、それじゃあ……私と一緒に過ごす意外は予定は入っていないんだよね?誰かとどこかに行く予定とか入っているわけじゃ……ないんだよね?」
「うん。そうなるね。まあ仮に予定があったとしても、当然お姉ちゃんと過ごす一日を優先するけど」
予定らしい予定はないことを再確認する。よかった……計画が白紙にならずに済んで本当によかった……
「お話が見えてこないけど……どうしたのお姉ちゃん?私の予定を聞くって事は……今度のお休みに何かあるの?」
「え、ええっと……い、いや何と言うか……ちょ、ちょうど琴ちゃんも三日ほどお休みらしいじゃない?」
「うん」
「そんで……私は基本年中暇なわけじゃない?つまりは時間があるわけよ」
「うん」
「だ、だからさ……琴ちゃんさえよければさ……そのぅ……」
さっきので出鼻をくじかれたせいで、決意も勢いも鈍ってしまっている私。けれどここまで来たからには引くわけにもいかないだろう。
一度大きく深呼吸し。そして意を決して琴ちゃんにこう告げる。
「……わ、私と一緒に……お休みを使って……旅行とか……行かない?」
私の一世一代の覚悟を決めたレベルのお誘いに、琴ちゃんはと言うと……
「…………」
……喜ぶわけでも嫌がるわけでもなく。ただただその場で固まってしまった。あ、あれ……?
「え、ええっと……琴ちゃん?」
「…………」
現実味のない顔で、私をぽーっと見つめている。私の言っている事が理解出来ないみたいに……不思議そうに首を傾げている琴ちゃん。(かわいい)
「あ、あの……琴ちゃん?聞いてる?聞こえてる……?な、なんか反応して貰えるとたすかるんだけど……」
「…………」
「わ、私と……旅行するの……やっぱ嫌……かな?嫌なら嫌って言って貰えた方が助かるって言うか……」
「…………」
「その……ご、ごめん。急に旅行とか言われても返答に困っちゃうよね。い、今のナシ。き、聞かなかったことにしていいよ。旅行なら……一人でも行けるだろうし……」
「…………へ?あ、ああいや違う、そんなことないよお姉ちゃん!?」
これは……失敗しちゃっただろうか。失敗しちゃったんだろうな……もう予約は入れちゃったわけだし。一人傷心旅行にでも行ってみるかなー……そうしょぼんと情けなく顔を伏せた私に、ようやく再起動した琴ちゃんは慌てて私に駆け寄ってくる。
「ご、ごめんお姉ちゃん……いきなりだったから理解するまでに時間がかかっちゃって……う、嬉しい!すっごく嬉しいよ!行きたい、というか是が非でも行かせて下さい!」
「ほ、本当に?む、無理しなくて良いんだよ?」
「無理なんてしてないよ!?ただ……ちょっとビックリしちゃっただけなの。ごめんね心配かけちゃって!」
「じゃ、じゃあ……私と一緒に旅行に行ってくれる?」
「うん、うんっ!行こうお姉ちゃん!どうかよろしくお願いします!…………わぁ、わぁあああ……っ!旅行……お姉ちゃんと、一緒の旅行かぁ……!」
目に歓喜の涙まで浮かべ、ほんのり頬を染めて喜びを表現する琴ちゃん。乗り気じゃなかったり旅行が嫌だったのかもと危惧したけど……この様子を見るにそうではなく、琴ちゃんの言うとおりただいきなりすぎて驚いていただけだったらしい。それもそうか。サプライズとはいえ急にこんな事言われたら驚くに決まってるよね……すまぬ琴ちゃん……
それでもなんとか旅行計画が無事に実行できると胸を撫で下ろす私。そんな私の手を取って、琴ちゃんはうっとりしながらこう話すのだった。
「それにしても……本当にビックリしたよお姉ちゃん。まだ胸がドキドキしてるもん」
「あはは、ごめんごめん。でもこうでもしないとサプライズにならないしさ」
「サプライズ大成功過ぎるよもう…………うん、でも嬉しいな。まさかお姉ちゃんの方から——
「待ってくれ琴ちゃん。旅行に行こうとは言ったけど、新婚旅行に行こうとは一言も言っていないんだが?」
そもそもまだ私たち、婚姻していないと思うんだがね……?
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