134話 お姉ちゃんたちはヘタレ?
「——あや子はさ、変わったよね」
「は?いきなり何よ小絃」
毎度の如く何かと理由を付けては我が家に邪魔しに来る暇人のあや子。今日も今日とてお嫁さんの紬希さんが琴ちゃんとお出かけしちゃって寂しいとかほざきながら、私の為に琴ちゃんが作ってくれた特製のおやつを盗み食いしていた。
そんなあや子を足蹴にしながらも。ふとある事を思い立ち、私はあや子にそう切りだした。
「ま、別に良いけどね。私が変わったって?そりゃそうでしょ。女子三日会わざれば刮目して見よって事よ。ぐーすか寝ぼすけしてたあんたと違って私はこの10年で立派に成長したんだもの。変わったって思うのも無理はない——」
「ああ、いや。そういう内面とか外見とかの話じゃないんだけど」
大体あや子のどこが立派に成長したって言うのか。キサマが成長したのは無駄にでかい身長と態度だけだろうに。
「じゃあ何の話よ。私の何が変わったって?」
「ほら、アレだよアレ。ちょっと前までは紬希さんに嫌われるのが怖くて自分の性癖と好意をひた隠しにしてた無駄にかっこつけの恋愛クソザコヘタレ生物だったのに。今ではロリコン全開で本性と性欲を一切隠さず紬希さんに全力でぶつける性欲モンスターと化しているじゃない。あや子も随分変わったなーって思ってさ」
「いやそっちかい!?」
そっちかいも何も……他に何があるって言うのやら。
「てか、そもそも他でもないあんたが言ったんでしょうが……『紬希さんの為にももっと自分の好意に素直になれ』って……」
「確かに言った。言ったけど……私は性欲に素直になれとは一言も言ってないんだけど?」
紬希さんと初めて出会った時の事を思い出す。確かあの時は……あや子がヘタレだったせいで紬希さんとあや子って破局一歩手前になっちゃってたんだよね。その煽りで私とも修羅場になりかけちゃってたり……
そんな二人を見かねて色々とアドバイスしてやったんだけど……今思うと失敗だった気がしなくもない。紬希さんもまさかパートナーがこんな異常性癖者だったなんて思わなかっただろうからね。
「あや子ってさぁ。昔から両極端すぎなんだよね。好きだけど好き故に嫌われるのが嫌で手が出せないヘタレだってのに。手が届いたら届いたで、今度はその好きのコントロールが出来ずに好意を全力でぶつけすぎちゃうとか……もうちょい加減ってものを知りなよ。紬希さんもその温度差に迷惑してるよきっと」
このアホって紬希さんに好意を伝えるの下手くそ過ぎだよね。いやはや……こんな奴に振り回される紬希さんはよくやってるよホント。マジで尊敬するわ。
「こんの……黙って聞いてりゃ人をヘタレだのロリコンだの言いたい放題言いやがってからに……そういう事なら小絃!私からもあんたに言いたい事があるわ!」
「あん?改まってなにさ」
私の正当な助言に逆ギレしたあや子は私を指差してそんな事を言い出す。ま、どうせ碌な事じゃないだろうし話半分に聞いて——
「あんたはあんたでさ、小絃……一体いつ琴ちゃんの想いに応えるのよ」
「ゴフッ……!?」
思わず吹き出し動揺をあや子の前で見せてしまう私。確かに碌な事じゃなかったけど、話半分に聞けるような内容じゃなかった……なんて事言い出しやがるんだこいつは……!?
「な、ななな……なに、なにを……にゃにを……言って……?」
「もう一度言ってやりましょうか。あんた一体いつ琴ちゃんの想いに応えるつもりなのよ」
「こっ……琴ちゃんの、想いって……」
「何よ。あんだけ琴ちゃんに好き好きアピールされておいて、まさかこの期に及んで琴ちゃんからの好意に気づいていないとかバカな事言い出すんじゃないでしょうね」
何の心構えもしていなかっただけにどう返答すればいいのか迷う。と言うか……こいつなんで今更こんなタイミングでこんな重大な事を言い出すんだ……!?
「ほら、答えなさいよ小絃。答えなさいというか……いい加減琴ちゃんに応えてやりなさいよ。いつまで待たせる気なのよあんた」
「…………あ、あや子がなんの話してるのかさっぱりなんだけど……そ、それはそれとして…………い、いつまで待たせるのかって……そ、そんなに……待たせてはいない……ハズだし……」
「何言ってんの。昏睡状態から目覚めてもう半年以上時間は経ってるじゃないの。その間にどれだけ琴ちゃんにアプローチされてんのよ。そう考えると遅いくらいよ。そもそも琴ちゃんは羨ましいことに10年前もあんたに『けっこんして!』ってプロポーズしてくれてるってのにさ」
さっきとは一転し、意気揚々と私を攻め立てるあや子。くそぅ……人の気も知らないで勝手なことをずけずけと……
「半年でも遅いのに、10年以上待たせておいていつまで経っても想いに応える気配が全くなし。それでもめげずに毎日愛を囁き、自分の生活を犠牲にしてまであんたに尽くす琴ちゃん……ああ、なんて健気なのかしら。そして……その琴ちゃんの優しさにつけ込んで、好意には応えず琴ちゃんをキープしておいてヒモ生活を満喫している小絃はなんてご身分なのかしら」
「だ、誰がヒモじゃい!?い、言っときますけどねぇ!私には私なりの事情ってものがあるんだぞ!?」
「へー?じゃあその事情って一体何よ小絃」
ヒモと侮辱されちゃ黙っているわけにもいかない。良いだろう、ここではっきり理解させてやろうじゃないか!
「だ、だって私はまだ事故のせいで身体が思うように動かなくて……!」
「あんた琴ちゃんの献身的なリハビリのお陰で日常生活を営むには支障がない程度には動かせるようになったって自分で言ってたじゃない」
「そ、それに私まだ高校も卒業してないし……!」
「高卒の資格なら琴ちゃんが家庭教師してくれてるお陰で、あと半年も経てば余裕でいけるって言ってたはずでしょうに」
「あ、あと将来の事とかが不安だし……!」
「マコさんのとこで料理修業してるお陰で専業主婦ならそれなりにやっていけるでしょ」
「で、でも琴ちゃんに養われるのは流石にどうかと……!」
「箏の動画投稿で最近滅茶苦茶稼いでるそうじゃない。動画で有名になったお陰で某企業からタイアップの話も持ちかけられたって聞いてるわよ」
「…………」
ものの見事に反論され、何も言えなくなる私。そんな私を鼻で笑い。やれやれと言った顔であや子は追い打ちをかけてくる。
「ま、あんたの気持ちもわからんでもないわ。確かに琴ちゃんとあんたを比べれば月とすっぽん。甲斐性がなくて顔も悪くてついでに頭も悪いから、完璧超人の琴ちゃんと釣り合わなくて萎縮しているんでしょうけど」
「喧嘩売ってるなら出血大サービスで買ってやろうか?ん?」
「それでも。何かの間違いで琴ちゃんはあんたの事が好きになっちゃったわけじゃない?あんただって自分好みの女に琴ちゃんが成長してくれたわけじゃない?だったら……Win-Winの関係だし、応えないって選択肢はあり得ないと思うんだけど?なーんで琴ちゃんに応えてあげないのよ」
「そ、それは……」
「あんたさぁ……人に散々言っておいてさ。つまるところアレなんでしょ?…………この、ヘタレが」
「は、はぁああああああああ!!?」
こ、こいつ……言わせておけばなんて事を言いやがるんだ……!?
「待ってよ!だ、誰がヘタレだってのさ!?」
「ヘタレじゃないの。これをヘタレと言わずして何と言うの?琴ちゃんの好意は言わずもがな。あんたの想いだって誰がどう見ても丸わかりなのよ。だと言うのに未だに何かとウジウジ理由を付けて好意に応えられないでいる。これでよくもまあ、人をヘタレ呼ばわり出来たものよね」
「ちゃ、ちゃうわい!?さっきも言ったけどこっちにはあや子と違って本当に……私にはまだ琴ちゃんの好意にどうしても応えられない……理由ってもんがあるだけだし……!?」
「へー?じゃあ結局何よその応えられない理由ってやつは」
「そ、それは……」
あや子に言われて口ごもる。……ああ、あるとも。応えられない理由ってやつはちゃんと……それさえクリア出来れば……私だって覚悟を決めて琴ちゃんの想いを……
でも、まだダメなんだ……ダメなんだよ。…………だって。
『……おね、ちゃん……コイトおねえちゃ……ごめんな、さい……ごめんなさいおねえちゃん……』
目を閉じれば容易に浮かぶ、毎晩繰り広げられるあの光景。本人も気づいていないであろう……心の傷。あれをどうにかしない限り、乗り越えさせてあげない限り……私は……
「…………言いたくない」
結局応えられない理由を言えずに黙秘権を使う私。そんな私にあや子はと言うと……
「なぁにが言いたくないよ!ホラ見なさい!結局あんた、琴ちゃんの好意に向き合えないただのヘタレなだけじゃない!」
鬼の首を取ったように私を指差し、ヘタレを強調するではないか。こ、こいつ……!
「あ、あぁん!?取り消せやあや子!ヘタレにヘタレって呼ばれたくないんですけどぉ!?」
「いいや、あんたには負けるわ。キング・オブ・ヘタレは……小絃。あんたにこそ相応しい称号よ!」
「終身名誉ヘタレ王にこそ相応しい称号でしょそれは!のし付けて返してやるよ元祖ヘタレロリコン性犯罪者!」
「今ロリコンの話は全く関係無いわよね!?毎度毎度バカにして……今日という今日こそ引導を渡してやろうじゃないのこのヘタレシスコン変態女!」
「上等だこらぁああああああああ!」
…………結局いつも通り。口論から取っ組み合いの喧嘩にシフトし。その後琴ちゃんと紬希さんが帰ってくるまで続いたのであった。
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