番外編 熱と薬と琴ちゃんと

「そっかぁ。琴ちゃん風邪引いちゃったんだ。それは大変だったわねぇ」


 琴ちゃんが風邪から復活して数日経ったある日のこと。琴ちゃんが風邪を引いたことをようやく知ったうちの母が琴ちゃんにそんな事を言ってきた。


「まったく……小絃はなんでそういう大事な事をあたしに黙っていたのよ。教えてくれたらあたしが直々に風邪なんてたちまち治る、とっておきのお薬とか用意出来たってのにさぁ」

「それが一番危険だから教えなかったに決まってるでしょうが……賭けても良い。母さんの事だし、風邪引き琴ちゃんにここぞとばかりに開発中の怪しげな薬の治験とかさせようとしてたでしょ」

「…………そんな事するわけないでしょ。琴ちゃんはあたしの大事な未来の義理の娘なんだし」


 そう思うならその数秒の沈黙の時間はなんだったのか言ってみろキサマ。


「大丈夫ですよお義母さん。私にはお姉ちゃんが付いていてくれましたから。お姉ちゃんの献身的な愛の看病のお陰で、この通りすっかり良くなりましたもの」

「へぇ……小絃の看病ね。なるほどなるほど……」


 そんな琴ちゃんの嬉しそうな報告を聞いて母さんはうんうん、と頷いて。そして……


「ねえ琴ちゃん。悪い事を言わないから今すぐ病院に行きましょう。小絃の看病を受けただなんて……もしかしたら琴ちゃんの身体に何らかの異常が発見されるかもしれないわ」

「えっ?」

「おう、そこのマッドサイエンティスト。それはどういう意味だコラ」


 琴ちゃんの肩を掴み、いつになく真剣な表情で琴ちゃんにそんな説得をする母さん。なにかね?その言い草だと私の看病は危険だって言いたいように聞こえるんだが?


「どういう意味も何も……あんたにまともな看病が出来たとは思えないから言っているのよ。どーせアレでしょ。風邪なんて一度も引いたことのないおバカ体質で碌な看病のやり方もわかんなかったんでしょ。賭けても良いわ。小絃の事だしよかれと思って琴ちゃんに激辛料理を食べさせようとしたり、お風呂に入れようとしたりしたんでしょ?違う?」

「…………そんな事するわけないじゃない。この私が琴ちゃんに対してそんな危険な事をするわけないでしょ」

「だったらその数秒の沈黙の時間はなんだったのか説明しなさいよ小絃」


 母さんにジト目で追求される私。じ、実際にはやってはいないし!マコ師匠とコマさんのお陰で琴ちゃんにそんな危険な真似をやらかす前に踏みとどまれたからセーフだし……!


「ふふ……ご心配なさらずにお義母さん。小絃お姉ちゃんはそれはもう適切に私に看病してくれましたよ。心も体も弱っていた私に寄り添ってくれて……本当に素敵でした」

「ほ、ほら見ろ母さん!こ、琴ちゃんが言うんだから間違いないでしょ!?」

「どーだか。……よーし。なら折角だし証明して貰いましょうかねーっと」

「「え?」」


 そう言って母さんはガサゴソとうちに持ってきていたガラクタを漁り始める。証明……?何の話だ……?

 何か猛烈に嫌な予感がしてきた。そんな私の予感を証明するかのように、ガラクタを漁り終わった母さんは謎の装置を私たちに見せてこう宣う。


「ちょうど良いところにちょうど良い実験装置を持ってきてたんだわ。これね、あたし特製の《過去映写機》って装置なんだけどね。これを装着すればあら不思議!装着した対象の過去を映写出来る素晴らしい装置なの。これを小絃に装着したら、琴ちゃんに一体どんな看病を施したのか丸わかりよ」

「…………(ダッ!)」

「琴ちゃん、小絃の捕獲よろしく」

「あ、はいですお義母さん。(ガシィ!)ごめんねお姉ちゃん」

「は、離して琴ちゃん!?」


 嫌な予感、見事に的中。慌てて逃げだそうと目論む私だったんだけど……母さんに命じられた琴ちゃんにギュッ♡と抱きしめられて逃亡を阻止される。


「嫌ねぇ小絃。どうして逃げるのよ。やましいことがないなら堂々と琴ちゃんの看病を見せてくれてもいいじゃないの。それとも……何かやましいことでもあるのかしら?」

「ち、違うし!そんな事ないし!わ、私はただ母さんの実験装置が危険だって判断しただけで……ってか、なんで琴ちゃんまで母さんの肩を持つの!?」

「ごめんねお姉ちゃん……でも私もお姉ちゃんの看病しているところ、もう一度見たくて」


 ニヤニヤ笑い装置を近づけてくる母さんと、キラキラした笑顔で期待している琴ちゃん。じょ、冗談じゃない……食事の事とかお風呂の事とかバレるのは嫌すぎる……!?

 そ、それに……緊急事態だったとは言え、この二人にバレたら……


「お、お願い……これだけは……これだけはご勘弁を……!?か、看病とか見ても面白くないから!面白いものなんて、見られないから!?」

「はいはい、暴れないの小絃。面白いか面白くないかはあたしたちが決めるから。さーて琴ちゃん。琴ちゃんはいつの小絃の過去が見たい?」

「そうですね……勿論全部見てみたいところですが。私が熱で参って覚えていない時にお姉ちゃんがどんな看病を私にしてくれてたのかとかすっごく気になります」

「OK。んじゃ、その辺から見てみましょう。そんじゃ楽しい楽しい小絃の看病奮闘記、上映開始よー」

「やめろぉおおおおおおおおお!!?」


 必死に抵抗を試みるけれど、琴ちゃんのやけに熱烈な拘束と言う名のハグからは逃れられるはずもなかった。抵抗虚しく母さんの手によって、私の頭に怪しい装置を装着させられて——



 ◇ ◇ ◇



「はぁ……はぁ……けほっ、けほ……」

「…………まだ辛そうだなぁ」


 もう少しで日付も変わろうとしていた頃。愛らしい琴ちゃんの咳の音で浅い眠りから目を覚ました私は……隣で休んでいた琴ちゃんの様子を見ていた。風邪と戦っている琴ちゃんからは、側に居るだけでもかなりの熱を感じ取れてしまう。


「琴ちゃん、ごめんねー……またちょっとお熱測らせてねー……」

「んー……」


 試しに琴ちゃんに一応の断りを入れて熱を測ってみる。寝間着をはだけさせ、脇に体温計を挟ませてしばらく待つと……ピピピと電子音が鳴り響く。恐る恐る見てみると……


「ちょ……よ、四十度近くも熱あるじゃん……!?」


 危惧したとおり寝る前よりも熱が更に上がっていた。流石にこれ以上熱が上がるのは危険な気がする……


「こ、琴ちゃん……大丈夫……じゃないよね。ど、どうする?夜間外来ってやつ行く?それとも紬希さん呼んでみる?」

「んーん……」


 琴ちゃんを揺さぶってどうするか確認してみる。私や紬希さんに迷惑をかけたくないと言いたいのか、私の提案は嫌々と首を振って嫌がる琴ちゃん。

 となれば……後は解熱剤を飲ませて熱を下げるしかないだろう。そうと決まれば急いで水と解熱剤を用意する私。準備できてから琴ちゃんに起きて薬を飲んで貰おうと試みるんだけど……


「琴ちゃん、琴ちゃーん……ごめんね。ちょっとお薬飲んでみようか。飲んだら少しは楽になると思うよ」

「…………ん」


 どうやら起き上がる気力も体力もないらしい。身体を起こそうと頑張ってくれるけど、すぐにポスンとベッドに沈む琴ちゃん。慌ててゆっくりと身体を支えてあげて、どうにか上半身を起こすことは出来た。そのまま素早く水の入ったコップを琴ちゃんに渡して——


「ぁぅ……」

「あっ……ご、ごめんね琴ちゃん……持てないよね……しんどいよね。わ、私が飲ませてあげるね。はい、お口開けてー」

「んー……」

「あ、ああ……これもダメか……」


 ところが今度はコップを持つ力も入らないらしく。つるりとコップを滑らせて布団に水を溢してしまう琴ちゃん。慌てて私の方から薬を口に含ませてコップを近づけてみるも……上手く飲み込めないみたいで口から水が溢れ出てしまって……


「…………どうしよう」


 一旦琴ちゃんを寝かし、布団を濡れていないものに代えつつ……どうしたものかと考える。あまりの高熱で意識が朦朧としている琴ちゃん。今みたいにコップを持つことさえ困難だし、薬を飲むという行為も理解出来ていない気もする。ならいっそ熱が下がるのを待つか?いいや。この高熱にこの状態だ。事態は一刻を争うと思う。

 ……だったら。残る手段は。


「……ごめんね、琴ちゃん」


 背に腹はかえられない。人工呼吸すると思えばこのくらい……覚悟を決めた私は念のため琴ちゃんに一言謝ってから準備に取りかかる。解熱剤、そして水を自分の口に含んで、琴ちゃんの上半身を再度起こし、顎に手を添えて…………そして。


 そのまま琴ちゃんの、熱を帯びた震える小さな唇目がけて。静かに自分の唇を近づけて——



 ◇ ◇ ◇



「「…………」」

「何を見た!?君たち一体何を見た!?」


 いつも通り母さんの迷惑装置のせいで意識を失い、そしてその数分後に目を覚ますと……元凶たる母さんはいつもの10倍くらいキモいニヤニヤ笑いを私と琴ちゃんに振りまき。そして琴ちゃんはいつもの100倍あだっぽい表情で私をとろんとした目で見つめていた。

 意識なかったから二人に一体何を見られたのか分からないけど……


「へぇ……ふぅううん……なによ、小絃もやる時はやるじゃない。見直したわ」

「お姉ちゃん……これはもはや……私と結婚して貰うしか……ふつつか者ですが……どうかよろしくお願いします……♡」

「ぬぁああああああああ!!!」


 二人の反応を見ればわかる。これは絶対アレでしょ!?深夜のアレをバッチリ見られたって事でしょ……!?さ、最悪……最悪だ!?これだから嫌いなんだ母さんのトンデモ装置は……!?


「し、仕方ないでしょ!?琴ちゃんの熱を下げるためにやった事だし!?治療行為なだけだし!?」

「いやいや。あんな熱烈なやつ、ただの治療行為として片付けるのは無理でしょ。熱いわねぇ小絃。熱い熱いっと」

「お姉ちゃんからあんなに積極的に……あんなに濃厚なのをしてくれるなんて……嬉しい……♡私の初めてを奪ってくれるなんて……お姉ちゃんはやっぱり私のお嫁さんになるべき運命の人……♡」

「は、初めてって……ま、待ってよ!?そ、そりゃあ熱で朦朧としていた琴ちゃんの合意も得ずにやった事ではあるけれど…………端から見たら寝込みを襲うみたいに、下着剥ぎ取ってお尻を好きにしちゃったわけだけど……ただ単に、!?」

「は?お尻って何の話よ小絃」

「座薬……?えと……お姉ちゃん?私に口移しでお薬飲ませてくれた事じゃなくて?」

「…………」


 墓穴を、掘る。いや掘ったのは墓穴だけじゃなくて琴ちゃんの…………○○の方なんだけど……ってやかましいわ……!


「ほほーう……?ねえ小絃。もしかしてまだあんた何か隠してたりするわけ?」

「お尻に座薬……もしかして……あの後も何かあったの……?あったんだよねその顔は……!私が小絃お姉ちゃんのお嫁に行くしか選択肢がないような素敵なことがあったんだよね……!」

「…………な、なにも……なかったけど……?」


 てっきり2日目の深夜のアレコレを見られたと盛大に勘違いしていたけれど……琴ちゃんと母さんが見たのは1日目の琴ちゃんの深夜のアレコレだったらしい。どうやら私は取り返しの付かないミスをやらかした模様。


「何かあったか何も無かったかはあたしたちが判断する事よ。ってなわけでぇ……琴ちゃんゴー!」

「はい、お義母さん!(ガシィ!)」

「は、離して…………はなしてぇえええええええええ!!!?」


 その後……琴ちゃんに拘束されまたしても母さんのポンコツ装置を付けられた私は…………余すことなく琴ちゃんにやらかしたありとあらゆる出来事を赤裸々にされたのであった……

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