131話 小絃お姉ちゃんの看病奮闘記(中編)
いつもは元気いっぱいな琴ちゃんが、季節の変わり目やら疲れやらが原因で不運なことに風邪を引いてしまった。普段お世話になりっぱなしな私だし、ここは琴ちゃんのお姉ちゃんとして琴ちゃんの看病してあげなければなるまい。
まずは紬希さんに言われたとおり病院に琴ちゃんを連れて行き診察&お薬を貰い。そして家に帰って琴ちゃんを一度ベッドに寝かしつけた後……各方面に連絡を始める私。報連相は大事だもんね。
「——と言うことでして。すみませんヒメさん……今日はちょうど琴ちゃんお仕事の日だったんですが、お休みを頂いても宜しいですか……?」
『ん。連絡をありがとう小絃さん。音羽は休みにしておきますのでご心配なく』
「助かります。ごめんなさい、琴ちゃん本人は『繁忙期だし今日だけは休めない。仕事に行く』と言っていますが、私の方が不安になっちゃって休ませたんです。迷惑……ですよね?」
『安心して下さい。無理して出勤して、風邪を他の職員に移されて共倒れになる方がよっぽど迷惑。小絃さん、ナイスな判断。音羽には休むことも仕事のうち、しっかり休んで完璧に治せとお伝え下さい』
「は、はいっ!ありがとうございますヒメさん!」
最初に琴ちゃんの勤務先……その上司であるヒメさんに琴ちゃんを休ませる旨を連絡すると、そんなありがたい回答が返ってきた。本当に良い上司さんと良い職場に恵まれたよね琴ちゃん。これもすべて琴ちゃんの人望の成せる業よね。
「——そういうワケで。本当にすみません琴ちゃんのお父さん、お母さん。琴ちゃんに風邪引かせてしまいまして……」
『小絃くんが謝る事じゃないよ。体調を崩しやすい時期だから仕方ないさ』
『小絃ちゃんこそうちの琴の風邪が移らないように気をつけてちょうだいね』
「あはは、事故の後遺症とかはともかく。基本私は健康優良児なのでご心配なさらず。……そんな事より琴ちゃんですが、本当に私が看病しても宜しいですか……?」
『寧ろこちらからお願いするよ。すまないね小絃くん。私たちが看病しても良いんだが……』
『あの子に関しては、小絃ちゃんの看病が何よりの薬になるわ。どうかあの子をお願いね。……でも無理はしちゃダメよ、何かあったら私たちを呼んでね』
「はいっ!」
次に心配されているであろう琴ちゃんのお父さんとお母さんに琴ちゃんの状況をご報告。『うちの琴に風邪を引かせるなんてどうしてくれるんだ!?』とお叱りを受けたり『大事な娘を貴女なんかに任せられないわ!?』と反対されるかもと少しビクビクしながら電話してみたけれど、二人は気にした様子はなく逆に喜んで琴ちゃんを私に託してくれた。大事な娘さんは、どうかこのわたくしめにお任せ下さい。
「——てなわけなんですよマコ師匠。うちの琴ちゃんが体調崩しちゃいまして」
『そっかぁ……そりゃ大変だね。コトたんは大丈夫なの?』
「ええ。紬希さんに診て貰った後に念のため一緒に病院受診しましたが。やっぱりただの風邪だそうです。2,3日しっかり休めばすぐ良くなるそうでお薬とかも貰ってきました」
『そかそか。一先ず良かったよ。なんか最近流行ってるみたいだもんねー風邪とかさ』
「そうらしいですね。師匠も気をつけて。それで……その。すみません、マコ師匠にご相談がありまして。ホントなら午後からいつものように料理教室を予約していましたけど……」
『ハハハ。大丈夫、みなまで言うな我が弟子よ。わかってる、今日は付きっきりでコトたんの看病をしたいんでしょ?勿論OK。寧ろコトたんを放っておいてまで料理教室に来ようとか考えてたなら、お姉ちゃんの先輩としてコイコイをぶん殴ってたところだよ』
最後に今日の料理教室の予約をキャンセルすべくマコ師匠に連絡を入れてみると、師匠は琴ちゃんを心配してくれたばかりか琴ちゃんのお姉ちゃんとしてきちんと看病するようにと命じてきた。流石師匠だぜ……自身もコマさんという妹がいる
『悪いねコイコイ。私とコマも仕事がなければコトたんのお見舞いとか看病とかに行けただろうけど……生憎二人とも今日はちょっと行けそうになくてさ』
「いえいえ、お気持ちだけで十分ですよ師匠。それに大丈夫です、妹の面倒を見るのは姉の義務であり姉の最高の特権ですので」
『うむ、お姉ちゃんの心得をよくわかっているね。頑張りたまえ我が弟子よ。…………それはそれとして頑張るのは良いんだけどさコイコイ。大丈夫?ちゃんとコトたんの看病とか出来そう?キミはどうにもやらかしそうな感が半端ないんだがね』
「もう……マコ師匠まであや子と同じ事言って。出来ますってば。今ちょうど琴ちゃんにご飯を作ってあげているんです。お薬飲まなきゃいけませんし、ちょっとでも栄養のあるものを食べて元気になって貰わなきゃですからね」
『すまんすまん。ちょっと心配だったもんだからさ。まあ、でもその様子だと問題はなさそうだね』
まったく……あや子といい師匠といい。信用がないなぁもう。
「そうですよ。問題ありません。今もこうして琴ちゃんの為に、栄養満点の——つい先日マコ師匠に教わった特製のキムチ鍋を作っているところでして」
『ちょっと待てやコラ』
と、鍋にたっぷりのキムチをドボッ……っと投入したところで。電話の向こうでマコ師匠の怒りの色を感じ取れる口調と低い声が聞こえてくる。あれ?マコ師匠どうしたんだろう?
『おう、貴様。今なんつった。一体何をコトたんに作ってるって?』
「えっ?えっ?……で、ですから師匠。琴ちゃんの為に栄養満点の特製キムチ鍋を……」
『コトたん死なす気か貴様!?風邪引いた人にキムチ鍋とかどんな拷問だよおバカ!?』
「ええっ!?だ、ダメなんですかキムチ鍋……!?スタミナたっぷりだし、健康的に汗も出て一石二鳥かと……」
『ダメに決まっているでしょうが!?風邪って事は喉に炎症が起こっているだろうし、喉を刺激するようなものは避けるのが基本じゃい!そもそもキムチ鍋って結構脂っこいから胃にも悪いし、辛さで汗かいて必要な水分まで余計に消費しちゃうし——』
電話越しに師匠のガチの怒号が私の鼓膜を襲う。そ、そうだったのか……知らんかったそんなの……
『大体さぁ!ちょっと考えれば誰だってわかるでしょ!?コイコイは風邪引いた時にキムチ鍋食べられるの!?食欲減ってる上に喉の痛みとか吐き気とかで絶対食べられないでしょ!?』
「わ、私……今まで風邪引いたこととかないのでよくわかんないです……」
『…………やっぱりお前さんも、
しみじみと哀れむような師匠の声が私の胸を刺す。な、何ですか師匠……?師匠までバカは風邪を引かないって言ってるように聞こえるんですけど……?
『コトたんにお出しされる前に気づけてホントに良かったよ……ったくこのバカ弟子は……あのねぇコイコイ!いっつも口を酸っぱくして言っているでしょう!?料理は食べてくれる人あってのものだって!味とか見栄えとか以上に、相手の好き嫌いやアレルギーの有無は勿論……その日の食べる人の体調を考慮して料理は作るべきなの!わかる!?』
「わ、わかりました!」
普段は大分アレな人だけど。料理に関してだけ言うと誰よりも真摯で頼りになる師匠。そんな師匠の大変ありがたいお説教を深く飲み込む私。
『わかればよろしい。今の言葉、しっかり魂に刻んでおくように。…………んじゃ、とりあえずそのキムチ鍋はコイコイが責任持って自分で食べて貰うとして……コトたん用の料理を作らなきゃね。キムチ鍋を途中まで作ってたって事は……だしとかちゃんと作ってあるんだよね?後は……ご飯炊けてる?生姜とかネギとか卵とかある?』
「は、はいあります!」
『OK、なら急いで作っちゃおう。今から指示出すから言われたとおりに作りなさい。まずは——』
そんなわけで、師匠に檄を飛ばされながら改めて琴ちゃんの為にご飯を作り直す事に。
◇ ◇ ◇
コンコンコン……
「…………あ、あの……琴ちゃん。私だけど……入って大丈夫……?」
『おね、ちゃ……ん……どうぞ……』
琴ちゃんの許可を得て恐る恐る部屋に入る。私が部屋に入ると、ベッドで寝ていた琴ちゃんはなんとか上体を起こそうとしていた。
「あ……こ、琴ちゃんいいよ!無理に起きないで!起きたいなら私が起こしてあげるから!」
「ん……ごめんお姉ちゃん……けほっ……ありがと……」
熱による倦怠感のせいで身体を動かすのもやっとなのだろう。慌てて琴ちゃんに駆け寄って、ゆっくりと琴ちゃんの身体を起こしてあげる。
「……風邪、最悪……一生の不覚だよ。自己管理も出来ないなんて……けほ、けほっ……自分が、ほんとうに情けない……」
私から目を逸らして悲痛な顔を見せる琴ちゃん・ああ、なんてことだ……いつもお日様みたいに明るく輝く琴ちゃんが……体も心もこんなに弱ってしまって……自虐的な発言まで……
「大丈夫。大丈夫だよ琴ちゃん。風邪くらい誰でも引くし(※バカは除く)、その風邪も私の看病とか家事とか日々の疲れのせいで琴ちゃんは悪くないよ」
「おねえちゃん……」
「そんなことより琴ちゃん。どう?食欲ありそう?実はその……お粥とか作ってみたんだけど……」
「お姉ちゃんが、つくってくれたの……?」
「う、うん……どうかな?食べられそう?」
琴ちゃんを励ましながら、マコ師匠の臨時リモート(?)料理教室を経て完成させた卵粥を琴ちゃんに見せてみる私。
私の顔と、お粥をそれぞれ交互に見つめて……そして琴ちゃんは辛そうにしながらも小さく笑ってくれる。
「ほんとうに、ありがとう……お姉ちゃんはいつもやさしいね」
「いやぁ、それほどでも!」
「……それに、とっても気遣いじょうず……いまは、おかゆくらいしか食べられそうになかったから……すごく、たすかるよ……」
「…………そ、そうだよね!風邪の時はそういうものしか食べられないよね普通!は、ははははは……」
師匠に気づいて貰えなかったら、自分が危うく何も知らずにこの状態の琴ちゃんにキムチ鍋を提供していたんだと思うとゾッとする。恐らく琴ちゃんの事だろうし、私に作って貰ったからと無理してでも食べていた事だろう。そうなったら絶対琴ちゃんの風邪も悪化してたよね……
心の底からありがとうマコ師匠。あんたは私の神だ。
「と、とにかくだ!琴ちゃん、お薬を飲まなきゃいけないし……食べられるだけでも食べてみようか!」
「ん……そう、だね……それじゃあお姉ちゃん、あとは……」
「うん、任せてよ琴ちゃん!」
食欲がないなら無理に食べさせちゃダメだと師匠から念を押されていたからちょっと心配だったけど、どうやら琴ちゃんも食欲はありそうだ。良かった良かった。そんじゃあとは——
「風邪をおねえちゃんに移しちゃうかもだし……あとは自分で食べ……」
「はい、琴ちゃん!あーん♡」
「…………え?」
あとは、私が琴ちゃんにご飯を食べさせればそれで万事OKだわ。
「あ、あの……おねえちゃん……?」
「あーん、だよ琴ちゃん!」
「えと……あの……」
「あーん、はい!あーん♡」
「いつも、は……する方もされる方も……『あーん』をはずかしがるのに……」
「???琴ちゃん?どしたの?食べないの?…………あ、わかったそういう事ね。ごめんごめんうっかりしてた」
琴ちゃんの口元にお粥を掬ったスプーンを差し出すけれど。目を白黒させている琴ちゃんは、食欲はありそうなのに中々食べようとしない。そんな彼女を不思議に思うけど……琴ちゃんが何を言いたいのかすぐに察する私。なるほどわかった、つまり琴ちゃんはこう言いたいのか。
「こんな熱々のお粥をあーんとか、舌が火傷しちゃうよね。待ってて琴ちゃん。ふー……ふーっ…………はい、これでよし。あーん♡」
「ぁう……」
息を2,3回吹きかけて程よい具合に熱を冷ます。そうして食べ頃になったであろうお粥を再度琴ちゃんの口元に運ぶ。
何かまだ言いたげだったけど。それでもややあって琴ちゃんは観念したように可愛いお口を開いて……
「……おいしい」
「よかった!まだまだあるからどんどん食べてね!ふー……ふー……はい、あーん♡」
「あ、あーん……」
一口受け入れてくれてからは、無心でぱくぱくと食べてくれる琴ちゃん。私が差し出す度に雛のようにお口を開け。差し出しては開けてを繰り返し、美味しそうに食べてくれて……気づいた頃にはお粥はすべて琴ちゃんのお腹の中に消えていった。
良かった。これだけ食べられるならきっと琴ちゃんもすぐに良くなるだろう。あとはお薬を飲んで貰って…………って、あれ?
「ふふ……琴ちゃん。ご飯粒付いてるよ」
「ぇ…………や、やだ恥ずかしい……ど、どこ……?」
と、いっぱい食べてくれた琴ちゃんに歓喜しながらお薬の準備をしていると。大人になった隙のない琴ちゃんにしては本当に珍しく。あの頃のように……10年前の子どもの頃のように口元にご飯粒が付いちゃっていた。
私にその指摘をされると、琴ちゃんは恥ずかしがりながら一生懸命ご飯粒を取ろうとする。
「ああ、動かないでいいよ琴ちゃん。私が…………はむ」
「~~~~~~ッ!!!?」
指を動かすのも億劫であろうそんな琴ちゃんに代わり、私が口元に付いていたご飯粒をひょいと指に乗せる。ついでに勿体ないのでそのまま自分の口の中にペロリ。うん、おいしい。
「よーし。それじゃあご飯も食べ終わったことだし。あとはちゃんとお薬飲もうねー琴ちゃん」
「…………(パタリ)かぜ、さいこう……」
「ん……?どうしたの琴ちゃ…………琴ちゃん!?え!?何!?何で!?私がほんの数秒目を離した隙に……顔、なんかさっきより赤くなってない!?余計に熱が出ちゃってない!?琴ちゃん……琴ちゃぁああああん!?」
…………ちなみに。後日無事に復活した琴ちゃんにアレは一体何だったのかと尋ねてみると。
『いつもと違ってお姉ちゃんからの積極的なあーん♡に加え、『ご飯粒付いてるよ』まで繰り出しちゃうとか破壊力高すぎるよお姉ちゃん……危うく看病して貰ってるハズなのに天に召されるところだったよ……罪な女だねお姉ちゃん……そこが好き』
という事だったそうな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます