130話 小絃お姉ちゃんの看病奮闘記(前編)
最長寝過ごし記録10年というトンデモ実績を持ついつも寝ぼすけな私こと音瀬小絃。そんな私にしては大変珍しく、今日は琴ちゃんに起こされるよりも早く目覚めてしまう。
そんなわけで久しぶりにお姉ちゃんらしく『琴ちゃん、おはよう。寝ぼすけさんだね♡お仕事に遅れちゃうよ』と起こしてあげようと意気揚々と隣で眠っている琴ちゃんを優しく揺さぶってみた私だったんだけど……
『琴ちゃーん♪今日はずいぶんお寝坊さんだねー。気持ちよく眠っているところ悪いんだけど、そろそろ起きないとお仕事に遅れちゃうよ——』
『おね……ちゃ……けほ、けほけほっ!おはよ……ご、ごめん……すぐ、おきる……けほけほけほっ!』
『ッ!?こ、こここ……琴ちゃん!?ど、どったの!?凄い声……それに咳も……いやよく見たらお顔が真っ赤っかじゃないの……!?』
『ん……なん、か……ちょっとだけ……身体あつくて……のども、いたいかも……でも、だいじょうぶ……ごはん……お姉ちゃんの、ご飯……つくるから……』
『だ、ダメ!無理に起き上がらないで琴ちゃん!え、ええっとこういう時は……お熱を……氷嚢を…………いいや、紬希さんだ!待ってて琴ちゃん……今すぐ紬希さん呼ぶから!も、もしもし!もしもーし!朝早くにすみません小絃です、紬希さん今すぐ来て下さい……!琴ちゃんが……琴ちゃんがぁああああああああ!!!』
直後、琴ちゃんの異変に気づかされる。異常な発熱、止まらぬ咳、全身の震えにいつもと違うハスキーボイス。もしや琴ちゃんはなんらかの危険な状態なのではないか……?
未知の感染症……不治の病……不安になればなるほどに嫌な想像がかき立てられ、躊躇無く紬希さんを呼び出した私。
「——はぁ、はぁ……う、うぅ……」
「琴ちゃん……琴ちゃん!しっかりして……!お願い、しなないで……!」
「おねえ、ちゃん……ごめん、ごめんね……私……」
目をとろんとさせ、息を切らし。弱々しくベッドの上で横たわる琴ちゃん。懸命に琴ちゃんを励ましその手を取るも……相当に辛いようで握り返すその手に力は無い。
「つ、紬希さん!琴ちゃんは……私の琴ちゃんは、大丈夫なんですか……!?」
「…………喉の腫れに咳、それに発熱……なるほど……これは……」
呼び出しに応じてくれた頼れる琴ちゃんのお友達であり優秀な看護師さんでもある紬希さんは、丁寧に琴ちゃんを診察してくれる。
「小絃さん、それに琴ちゃん。落ち着いて、冷静になって聞いて下さい。この症状はですね……」
「こ、この症状は……!?」
そして死刑宣告を待つ囚人にも似た思いで待つ私に、診察を終えた紬希さんが下した琴ちゃんの診断結果は――
「——普通の風邪症状、ですね……」
「…………風邪?」
「はい。風邪ですね」
…………ただの風邪だった。
「ったく……小絃は大げさ過ぎるのよ。わざわざうちの紬希を呼び出すような事なんてしなくても、ちょっと様子見てから琴ちゃんを病院に連れて行けばその場で薬とかも貰えたでしょうに。夜勤前に仮眠しなきゃいけないうちの紬希に謝りなさいよね」
紬希さんに付いてきたアホのあや子が私の頭を小突きながらそんな一言をぶつけてくる。今回に限って言えばコイツの言うとおりだから反論できねぇ……
「……本当にすみませんでした紬希さん。無理言って来て貰っちゃって」
「い、いえいえ大丈夫ですよ小絃さん!わ、私も琴ちゃんが大変だって聞いていてもたってもいられなくなっちゃいましたし……自分の目で琴ちゃんが診察できて安心しましたし」
謝る私に紬希さんは優しくそう言ってくれる。ホントになんて良い人なんだ紬希さん……あや子の嫁にしておくのが勿体ないぜ全く……
「さて琴ちゃん。とりあえず簡単な診察は終わったけど、念のためちゃんと病院も受診しておいてね。多分お薬も処方されると思うから、用法用量守ってちゃんと飲むこと。いいね?」
「ん……そうする。今日はほんとうに……ありがと紬希ちゃん……お仕事前に、ごめんね……」
「気にしないで。お大事にね」
琴ちゃんと紬希さんの心温まる友情を微笑ましく眺めながら、心の底からホッとする。ああ……良かった。琴ちゃんに何かあったらと思ったら私……どうにかなっちゃうところだったよ。
「んで?これから琴ちゃんをどうするのよ小絃」
「あん?どうするのよって……あや子は紬希さんの話聞いてなかったの?琴ちゃんを病院に連れて行くに決まってるじゃん。タクシー呼んで、一緒に受診して——」
「そうじゃなくて。その後の事よ。琴ちゃんのこの様子じゃ、一人で色々するのはかなり厳しそうじゃないの。看病をどうするのかって話をしてるのよ」
と、一安心している私に対しあや子がそんな事を言ってくる。はて?看病をどうするかだって?おかしな事を聞いてくるなこいつは。
「悪いけど今日の紬希は夜勤があるから琴ちゃんを看れないし、私もこれから仕事があるから同じく看病なんて出来そうにないわよ」
「あ……別に私は時間ギリギリまで琴ちゃんの看病をしても良いけど……」
「いえいえ、大丈夫ですよ紬希さん。紬希さんはお仕事までゆっくり休まれて下さい。…………あとあや子も安心して。貴様なんかに大事な琴ちゃんを任せられるわけないでしょ。琴ちゃんにロリコンが移ったら最悪だし」
「ぶっ飛ばすわよあんた……!って言うか、ロリコンが移るって何よ……!?人の崇高な趣味を、伝染病みたいに言わないでくれる……!?」
何が崇高な趣味だ。不治の病だろあんなのは。
「じゃあ何?他に当てでもあるわけ?琴ちゃんのお父さんとお母さんを呼ぶとか……まさか小絃ママに頼むとかじゃ……」
「琴ちゃんのお父さんたちは忙しいご身分だから頼むわけ無いよ。…………それと、冗談でも母さんに琴ちゃんの看病とか言わないでよ恐ろしい……」
断言しよう。母さんに頼るなんてあや子以上に危険な事になるわ。
「それじゃ結局どうするのよ。あんたこの状態の琴ちゃんを放置する気?」
「誰がそんな事言った。それこそあり得ないでしょ」
ったく……なーんであや子は真っ先に思いつきそうな事を考えつかないかなぁ。
「じゃあ何よ。まさかとは思うけど小絃、あんた……」
「そのまさかだよ。この私が、琴ちゃんの看病すればいいだけの話じゃないの」
「「ええっ!?」」
「えっ?なんでそこで琴ちゃんもあや子ちゃんも驚くの……?」
私のその宣言に、琴ちゃん&あや子は驚愕の声を上げ。そして紬希さんはそんな二人の反応に困惑の声を上げる。紬希さんの言うとおり、なんだこの反応は……?
「そ、そんな……けほっ……お姉ちゃんに看病なんて、わるいよ……ほんらいなら…………こほこほっ!わ、私が……お姉ちゃんの看病を……しなきゃいけないのに……めいわくかけられない……」
「何を仰る琴ちゃんや。たまにはお姉ちゃんらしい事をさせてよ」
「で、でも……」
遠慮深い琴ちゃんはどうやら私の手を煩わせる事に抵抗がある様子。遠慮なんてしなくていいのにね。それを言うならいつも私の方が千倍迷惑かけてる自信があるし。
「ば、バカ!考え直しなさい小絃……!あんたほどのバカに看病なんて任せたら、琴ちゃんの病気が悪化しちゃうわよ……!最悪取り返しの付かない事になりかねないわよ……!?」
「そして貴様は随分失礼な事を言ってくれるじゃないか」
一体誰がバカだって?こいつは私をなんだと思っているんだか……
「そりゃ心配もするわよ……逆に聞くけどさ小絃。あんた看病の仕方とか知ってるの?今でこそ事故の影響で琴ちゃんから看病して貰えているでしょうけど、あんた自分が風邪引いて看病された経験とかあったかしら?」
「はぁ?何を言っているのやら。そりゃ誰だって風邪の一つや二つくらい…………ん?」
と、あや子にそんな事を言われて思い返す。私が風邪を引いた事っていうと……あれ?
い、いや待てよく思い出せ。確か私も何度か風邪で学校を休んだ事があったハズ……だよね……?そうだ、あの時は確か……
◇ ◇ ◇
『コイトおねえちゃん……かぜ、だいじょうぶ……?あたまいたい?おねつある?』
『んー♪琴ちゃんは優しいねぇ。うん、大丈夫大丈夫!だってこれ……ただの仮病だからねっ!』
『???けびょー?』
『そうだよー。ふふふ、琴ちゃんが遊びに来てくれるって聞いてたからね。琴ちゃんと遊べる時間を増やすために……久しぶりにお姉ちゃん仮病使っちゃった♡折角だし琴ちゃんにも教えてあげるねー。どうしても学校休みたい時とかに使うといいよ。体温計をお湯にかけるとかね、体温計の先っぽを指で擦ると体温を誤魔化せるんだよ。……ほら、こんな風にね!』
『へー!おねえちゃんすごい!ものしり!』
『ハッハッハ!いやぁそれほどでもあるかなぁ!』
『…………小絃。あんた随分元気そうじゃない。そして随分楽しそうなことを琴ちゃんに吹き込んでいるじゃない』
『…………あ、母さん……やっべ……』
◇ ◇ ◇
「…………あれ待って?マジで私いつから風邪引いてないんだっけ……?」
「ま、まさか小絃さん……今まで一度もお風邪を引かれた事がないんですか……?」
「そ、そんな事は…………流石にない、と思うんですけど……」
おかしいな……少なくとも物心がついた時から風邪を引いた覚えがないような……?
「それみた事か。やっぱりナントカは風邪なんて引かないじゃないの。看病された経験も無いくせにそれでよく琴ちゃんの看病するとか言いだしたわね……」
心の底から私を蔑む顔をするあや子。ち、違うし……バカが風邪を引かないっていうのは、バカは風邪を引いたことすら気づかないって意味らしいし……
気づいてないならやっぱりお前はバカなのではって?気のせい。
「小絃に任せるなんてやっぱし不安だわ。こうなったら私から琴ちゃんのお父さんお母さんに連絡して琴ちゃんを任せる方が……」
「ま、待て!待てあや子早まるな!」
スマホを片手に琴ちゃんのご両親に連絡しようとするあや子を全力で止める私。こ、ここで琴ちゃんのご両親に連絡がいこうものなら……
『小絃ちゃんは看病の一つも出来ないの……?』
『そんなダメ女にうちの琴を任せるわけにはいかないな』
なんて失望される可能性だってあったりなかったりするのではないか……!?
「大丈夫!私ならやれる!例え風邪を引いたことがなくても!看病された経験が無くても!琴ちゃんは私がお世話するわ!」
それにここは久しぶりに、お姉ちゃんらしいことをするチャンスとも言える。いつも琴ちゃんにお世話されている分、琴ちゃんの看病は私がやってやるんだから……!
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