129話 好き嫌いの克服方法

「——そういえば琴から聞いたわ。小絃ちゃんってお料理するようになったのよね」

「え?あ、はい……下手っぴですがちょっとでもお仕事してくれてる琴ちゃんのお手伝いが出来たらと思って始めてみまして……」

「しかも琴に美味しく食べて貰いたいって一心で、病み上がりなのに琴のために料理教室にまで通っているのよね。本当に……なんて出来たお嫁さんなのかしら。姑として鼻が高いわ」


 母さんの迷惑実験が終わったその日の夜。そろそろ晩ご飯の時間だなと思っていると、琴ちゃんママがふいにそんな話を始めた。いやあの……嫁って……姑って……


「いつも琴が嬉しそうに私たちに自慢するのだよ。小絃くんのお料理は世界一だって」

「い、いやぁ……確かに優秀な師匠に師事していますけど、琴ちゃんの方が未だにお料理上手ですよ」

「そうかい?娘自慢をするつもりはないがね、琴はかなり舌が肥えているんだよ。その琴が美味しいって言うのだから間違いはないと思うのだがね」


 琴ちゃんママに便乗するように、琴ちゃんパパまでそんな事を言い出す。お二人とも、何か期待するような目で私を見つめているような気がするけど……気のせいか……?


「うーん、気になるわねぇ小絃ちゃんのお料理」

「えっと……」

「毎日食べたいって琴が言うとおり、小絃くんのお料理はさぞ美味しいのだろうね」

「その……」

「「小絃ちゃん(くん)のお料理が食べてみたいなー」」

「気のせいじゃ、なかった……!」


 待って……ちょっと待ってくれ。正直毎回琴ちゃんの為にお料理するのだってかなり神経すり減らして頑張って作っているのに、琴ちゃんのお父さんお母さんに食べて貰うお料理作るとか……ハードル上がりすぎじゃない……!?せめてもうちょっと料理上手になってからじゃないと困るんだけど……!?


「いーじゃないの小絃。減るもんじゃないし作ってやったらー?」


 琴ちゃんのご両親と一緒に勝手に居座っていた母さんが余計な事を言ってくる。こやつ……自分は料理作らないくせに好き勝手言いやがって。減るわ……!私の神経すり減るわ……!


「もう……ダメだよお父さんお母さん。お姉ちゃんを困らせちゃ」

「こ、琴ちゃん……っ!」


 そんな中、困り果てている私に琴ちゃんが助け船を出してくれる。私が何も言わなくても私をフォローしてくれるなんて流石は琴ちゃん……!


「まだお姉ちゃんはリハビリが十分じゃないんだよ。それは二人ともわかっているでしょう?」

「む……それは確かにそうだ。小絃くんも随分元気になったからついね」

「ごめんなさい小絃ちゃん。我が儘言っちゃって」

「い、いえそんな……お気になさらず」

「そうだよ二人とも、反省して。お姉ちゃんに無理させちゃいけないの。だから——私がお姉ちゃんのお料理のお手伝いするよ!そうすればお姉ちゃんの負担も減るよね!」

「こ、琴ちゃん……っ!?」


 そういう形のフォローをされるとは思ってなかった。まずい、味方がいない。


「パートナー同士で協力してご飯を作るなんて素敵ね!琴、しっかり小絃ちゃんのお手伝いをするのよ」

「楽しみにしているよ小絃くん」

「小絃、琴ちゃんの足引っ張るんじゃないわよー」

「お姉ちゃん、一緒に頑張ろうね!」

「は、ははは……」


 結局あんなに期待されている琴ちゃんのご両親の手前、作れませんとはとても言えず。泣く泣く琴ちゃんと一緒にお二人のためにお料理を作ることになってしまった。


「……どうしてこんな事に」

「お姉ちゃん難しいお顔をしてどうしたの?何かお悩みごと?」

「今この状況がお悩みごとなんだよ琴ちゃん……お二人が私の料理食べるとか……緊張しない方がおかしいでしょ……」


 これで琴ちゃんのお父さんお母さんの口に合わなかったら、私は一体どうしたら良いんだ……?


『呆れたわ、まさかこんな美味しくないものをうちの琴に食べさせていたなんて……』

『これで本当に料理教室に通っているのかい?小学校の家庭科の授業からやり直した方が良いと思うんだがね』

「うぐぁあああああ……ッ!?」


 お二人に自分の料理を食べて貰った時の反応を勝手に想像し身もだえる。い、いや……あの琴ちゃんのお父さんとお母さんがそんな事言わないって事は私もよく知っているんだけどさ……それでもやっぱり折角食べて貰うなら美味しく食べて貰いたいって言うか……

 お二人にも『流石小絃ちゃん!』『これなら琴を安心して任せられるよ!』って思われたいって言うか……


「なーんだ。そんな事を気にしてたんだ。大丈夫だよお姉ちゃん。お姉ちゃんのお料理の美味しさは私が保証するよ」

「いや、でもさぁ……」

「それにあの二人なら、どれだけ失敗しても『小絃ちゃんのお料理美味しい♡』『小絃くんに作って貰えるなんてなんて幸せなんだ私たちは!』って感涙にむせびながら喜んで食べると思うよ」

「……ありそう」


 あの琴ちゃんのご両親だし、琴ちゃん同様に黒焦げの料理ですら私が作ったって聞いたら嬉しそうに食べそうな気がするわ……


「ま、まあそれはそうだろうけど。でもやっぱ作るならちゃんと作りたいし全力で頑張るよ……えっと。じゃあ早速お料理始めようと思うけど…………あ、あのー!琴ちゃんのお父さんとお母さん!お二人って苦手な食べ物とか、アレルギーの有無とかあったりしますかー?」


 料理の前に一番大事な事をお二人に聞いておく。作った後で実は食べられないものでした、とかだったら困るもんね。


「ねえちょっと……聞きましたお父さん?小絃ちゃんったら……私たちのためにお料理を作ってくれるばかりか……こんな細かい気遣いまで……」

「ああ、本当になんて出来た子なんだ……これほどまでに琴のお嫁さんに相応しい子は他にいないだろうな……」

「お二人とも大げさ過ぎません……?」


 凄いぞこのご両親。食べ物の好き嫌い聞いただけなのにすでに感涙にむせいでいる。これで料理を作ろうものならどんな反応するというんだ……


「えっと……それで、好き嫌いとかは……」

「ああ、すまない話を脱線させてしまって。私たちは好き嫌いは特にないよ」

「アレルギーもないわ。そうそう。小絃ちゃんも好き嫌いもアレルギーもなくて何でもいっぱい食べる良い子だったわよね」

「余裕で何でも食べるものね小絃は。食い意地が張ってる証拠ねー」


 おう、賞味期限切れの食べ物も腹に収まれば一緒って食い漁る母さんにだけは言われたくないんだが?


「とにかくお二人に好き嫌いもアレルギーもなくて良かったですよ。……ああ、そーいえば琴ちゃんも私と同じで昔から好き嫌いとか全然無かったよねー。ちゃんと出されたものを残さず食べる偉い子だったよねー」

「「「えっ?」」」

「……ん?」


 ふとそんな事を思い出して口に出した私の一言に、琴ちゃんと琴ちゃんのパパママは全員顔を見合わせる。そして……


「ふ、ふふふ……そっか。小絃ちゃん知らないんだっけ」

「ははは……!なんだか懐かしいなぁ」

「も、もう……!二人ともそんなに笑わなくても良いでしょ……!?」


 何故かご両親は大笑いを始め、琴ちゃんは真っ赤になりながら二人にぷりぷりと怒りだしたではないか。ううん……?私なんか変な事言ったかな……?

 頭の上に疑問符を浮かべるそんな私に、琴ちゃんのパパママは笑いながらこう答えてくれる。


「小絃ちゃん、教えてあげるね。小絃ちゃんが知らないのも無理はないんだけど……」

「うちの琴はだね、昔はだったんだよ」

「へ…………え、ええっ!?こ、琴ちゃんがですか!?」

「そうなんだよ。にんじん、トマト……確かピーマンもダメだったな。『おとうさんがたべて』って私の皿にこっそり移していたな」

「あとセロリに椎茸、うにとアスパラも嫌いでいっつも残していたわね琴は。私に怒られても『だってきらいだもん!』って意地でも食べてくれないし」

「お、お父さんもお母さんもいつの時代の話をしてるのよ……」

「うっそでしょ……琴ちゃんそんなに苦手な食べ物あったの……?」


 幼少の頃からの付き合いだというのに、今明かされる衝撃の真実……そ、そんなバカな……!?琴ちゃんに、好き嫌い……!?しかもそんなに多くの好き嫌いが……!?


「で、でも待って。私の前ではそんな素振り一度も見せたことなかったよね?それどころか……私の記憶が正しければ、いつも美味しそうに今言われた食べ物も食べてたような……?」


 試しに記憶を辿って見る私。ええっと……琴ちゃんがにんじん食べてる時の思い出は確か——



 ◇ ◇ ◇



『——琴ちゃん。琴ちゃんのお父さんとお母さん、夜までお仕事なんだってさ。だから今日はお姉ちゃんと一緒にお泊まりだよ』

『お姉ちゃんとおとまり!やったー!あのね、あのね!琴、お姉ちゃんといっぱいやりたいことあるんだ!』

『よしきた!なんでも言ってご覧なさい琴ちゃん!お姉ちゃんと一緒にいっぱい遊んで、一緒にお風呂入って、一緒にお休みしようねー♪』

『わーい!お姉ちゃん、だーいすき!』

『さて。んじゃとりあえず……腹が減っては戦はできぬって言うし、まずは腹ごしらえからしよっか琴ちゃん。琴ちゃんのお母さんが琴ちゃんの為にご飯作ってくれてるよ。一緒に食べようねー』

『うん!あ、あのねお姉ちゃん!琴ね……ごはんたべるなら……ね?』

『はいはーい。わかってるよ。『あーん♡』で食べさせて欲しいんでしょー?ふふふ、琴ちゃんはあまえんぼさんだなぁ』

『うー……だめ?』

『もう琴ちゃんったら。…………ダメなわけないでしょー!はい、琴ちゃんこっち来て!お姉ちゃんのお膝に乗って、私と向かい合うの。……そうそう上手上手。それじゃあ……はい、『あーん♡』だよ琴ちゃん♪』

『あーん♡』



 ◇ ◇ ◇



「——ほら!ほらやっぱり!あの頃の琴ちゃんも全然嫌がってなかったよ!?にんじんも、トマトも。なんでも美味しく食べてたよ!?」


 やはり私の永久保存版琴ちゃん脳内メモリーには、琴ちゃんがにんじんとかトマトとかを嫌がっていた記憶は一切残っていなかった。琴ちゃんパパママが言っていた琴ちゃんの苦手な食べ物も、私の前では幸せそうに……美味しそうに食べているシーンしか映し出されない。


「ほ、ホントに琴ちゃん好き嫌いあったの……?もしそうなら……私に好き嫌いがあるのがバレたくなくて……私に嫌われたくなくて……だから我慢して食べていたってこと?」


 だったら私ったらなんて悪い事をしたんだろう。嫌いなのに無理に食べさせていたとか……お姉ちゃん失格では……

 そう落ち込む私に、琴ちゃんは顔を赤くしてこう返す。


「ち、違うのお姉ちゃん!確かに私にも苦手な食べ物はあったよ!それは認める!」

「や、やっぱりあったんだ……そ、それじゃあ琴ちゃん、あの時は私の前で無理を……」

「で、でもね……お姉ちゃんの前で無理をした事なんて一度もないよ!、苦手なものも美味しく食べてたもん!」

「……?」


 ええっと……つまり……どゆこと?苦手なものはあって、でも私の前だとその苦手なものを美味しく食べてた……?


「ごめん琴ちゃん、お姉ちゃん頭悪いからよくわかんなくて……」

「そ、そのね……昔はお姉ちゃんとご飯食べる時って……お姉ちゃんに甘えて『あーん♡』して貰ってたでしょ」

「う、うん……琴ちゃんことあるごとに私におねだりしてたよね。それがどうかした?」

「実はその……あの頃からお姉ちゃんに『あーん♡』して貰えるのが嬉しくて」

「うん」

「『あーん♡』して貰う幸福感が、苦手な食べ物を食べる嫌悪感よりも上回っていたみたいで」

「う、うん?」

「お姉ちゃんに『あーん♡』して貰える時なら、苦手なものも普通に食べられて……」

「は、はぁ……」

「それを繰り返してたら、気づけば自然と苦手な食べ物も普通に食べられるようになったの……」

「ええっと……要するに私の『あーん♡』が原因で好き嫌いがなくなったって事……?」

「うん……も、もう!お父さんたちのせいで恥ずかしい事お姉ちゃんにバレちゃったじゃないの!」


 恥ずかしそうにそう話す琴ちゃん。そ、そう……だったんだ……は、ははは……

 ……な、なんかそんな話を聞くと……急に私まで恥ずかしく……な、何か顔熱くなってきたわ……


「懐かしいわ。あの頃も嫌いなものが出される度に琴ったら『お姉ちゃんにたべさせてもらえるならたべるもん!』ってお母さんを困らせてたのよ。好き嫌いを克服してくれて嬉しい反面母親としてちょっぴり小絃ちゃんに嫉妬しちゃってたわ」

「ははは。本当に二人は昔から仲良しだね。二人を見ていたらそれだけでお腹いっぱいになりそうだよ母さん。二人とも、ご飯前だけどご馳走様」

「ちょっとー。イチャつくのは良いけどそろそろあたしの為にご飯作ってよー。お腹空いたんだけどー?」

「ッ……!そ、そっか!とりあえずこの場にいる全員が好き嫌いなくて良かったよ!そ、それじゃあ安心して料理始められるね!ま、待ってて下さいね琴ちゃんのお父さんお母さんッ!?」


 保護者二人(+穀潰し一人)の視線を感じ、気恥ずかしさを誤魔化すように慌ててご飯作りを再開した私。その後私たちの料理を琴ちゃんのご両親に堪能して貰ったんだけど……


「お姉ちゃん、はいあーん♡」

「ちょ……ちょっと琴ちゃん……お父さんたちが見てるってば……人前であーんするのはちょっと……」

「えー、良いでしょお姉ちゃん。私にとってお姉ちゃんとの『あーん♡』は特別なんだし。はい、お姉ちゃんあーん♡」


 ご飯中、皆が見ている中で見せびらかすように琴ちゃんは私に『あーん』したり『あーん』を要求してきて色々と大変だった。

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