番外編 インモラルシミュレーション

 あの問題児母さんのいつも通り碌でもないアホみたいな実験に、これまたいつも通り無理矢理付き合わされたその翌日。


「「…………」」

「え、えっと……ま、マコ師匠?どうしたんですか?」

「あ、麻生係長……?なんだかおめめが怖いのですが……」


 私と琴ちゃんは……突然アポ無しで我が家に遊びに来たマコ師匠と琴ちゃんの会社の上司さんであるヒメさんに、何故かもの凄い目で睨まれつつ迫られていた。


「……我が弟子、コイコイよ。キミ、私たちに何か言うことがあるんじゃないかね?」

「へっ?い、言うことですか……?」

「……音羽。キミには本気で失望したよ。そんな子に育てた覚えはないよまったく」

「な、なんのお話ですか係長……?」


 二人がこんなにマジギレしている理由に全く心当たりがなく戸惑う私と琴ちゃん。自分たちが何かやったって覚えもまるでないし……そもそもいつもニコニコなマコ師匠と、のほほんなヒメさんがこんなに怒るような事って一体なんだ……?


「……何の事かわからないって頭お花畑な顔をしていやがるね二人とも」

「……良いよ。なら教えてあげる。どうして私たちが怒っているのかを」


 そんな絶賛困惑中の私たちに、師匠たちは額に青筋を立ててこう続ける。


「「女同士で子どもが出来るという夢のある実験に、どうして私たちを呼んでくれなかったのよ……!!?」」

「「あー……」」


 魂の叫びが木霊する。なるほどそういう事ね……どこから母さんの実験の話を聞いたんだこの人たち……


「い、いやどうしても何も……うちの母さんの安全性の欠片もない碌でもない実験に二人と付き合わせるのはどうかと思いますし……」

「そ、それに昨日はお二人ともお仕事中でしたので。呼び出すのは流石に悪いかなって……」

「安全性なんて知ったこっちゃないわ!嫁のコマと子どもが出来るんなら、ちょっとくらいのリスクがナンボのもんじゃい!」

「音羽……仕事と母さんとの子ども、どっちが大事か普通に考えたらわかるでしょうが……!」

「「えぇ……」」


 マコ師匠はともかく、いつもは冷静なヒメさんまでとんでもない事言ってるし……気持ちはわからんでもないけどさ……


「お、落ち着いて下さい師匠、それにヒメさん。もし師匠たちに昨日の事が知られたらめんどくさい事になる——もとい、師匠たちも気になるだろうと予想していたので……うちの母さんに頼んでマコ師匠とコマさん、ヒメさんとそのお母さんの間で子どもが出来たらってシミュレーションを予めやっておきましたから」

「おお!何か一瞬本音が聞こえた気がしたけど……まあいい!流石我が弟子よくやった!」

「そ、それで……!?その結果は……!?」

「「…………」」

「コイコイ?コトたん?な、なんでそこで二人とも黙り込むの?」

「小絃さん、音羽……焦らさないで教えて欲しい……」


 二人に懇願されるも結果を知ってしまっている私と琴ちゃんは思わず目を逸らして黙ってしまう。う、うーん……ホントに言って良いのかな。


「えっと、ですね……シミュレートしてみたのは良いんですけど……所詮は母さん自作のポンコツ装置。ちょっと問題がありまして……」

「実は……データ入力して貰うためにお二人の特徴をお義母さんに伝えてみたんです。そしたら——


『へっ?双子の姉妹と……実の母娘の子どもをシミュレート……!?あー、なるほどそっかぁ……ごめーん。そのケースは流石にちょっと想定してなかった。同性同士の子どもは出来るけど近親同士だと倫理コードが仕事して、シミュレーターがエラー起こしちゃうから現段階では多分シミュレートは無理ねー』


——という事らしくて……シミュレート出来なかったんです……」

「「ぐぁあああああああああ!!」」


 非情な回答にマコ師匠とヒメさんは地に伏し、血の涙を流しながら悔しそうに地面を叩く。だから言いたくなかったのに……

 つーか母さんも母さんでいつもは常識などまるで知らない癖に、そんなところで無駄に常識的にならなくてもと思わなくもない。


「どうしてだ……どうしてこの世は私たちをこうも呪ってくるんだ……」

「……マコ、それ違う。呪われてるのはこの世界そのもの……近親同士が禁じられるなんてこの世界は間違ってる……」

「ま、まあそう悲しまないでくださいお二人とも。立体映像で実際に生まれるであろう子どもを出現することは残念ながら出来なかったんですけど……その代わりと言っては何ですが、もしもマコ師匠とコマさん。それにヒメさんとそのお母さんが子どもを産んだらどうなるのかっていう簡易的な未来予想自体は出来たって母さんも言ってました。そんなもので良かったら結果をお伝えしましょうか?」

「「是非とも……!!」」


 絶望した表情から一転、食い気味に私に迫る二人。目を血走らせてハァハァと息を切らせて迫られるのは正直怖い……


「あー……じゃあまずはマコ師匠とコマさんから。二人の間に子どもが出来たらどうなるかですが……全く同時に師匠とコマさんのお腹に子どもが宿り、そして全く同時に子どもが誕生するそうです」

「おぉ……!それはまさに私とコマの血を受け継ぐに相応しい誕生の仕方と言わざるを得ない!魂の双子って事だね!」

「そして……その子どもたちもマコ師匠とコマさんのようにお互いに惹かれ合い、恋に落ち……そして最終的に姉妹同士で結ばれるそうです」

「お、おぉ……それもまさに私とコマの血を受け継ぐに相応しい……」


 この親にしてこの子あり。インモラルシスターズの間に生まれる子たちは、インモラルな関係になっちゃうらしい。流石だわ……


「それと……麻生係長とそのお母さんの場合ですが。生まれた子どもは二人の愛情を目一杯受けてすくすく育ち」

「うんうん」

「そしてその子はいつしか愛情いっぱいに育ててくれたお母さんたち二人のことを本気で愛してしまい」

「うん…………うん?」

「気持ちを抑えられなくなった彼女は、機を見計らい二人が寝静まった夜に夜這いをかけ——最終的に係長たち二人を全力で堕としにかかるそうです」

「…………流石私の子。行動理念が昔の私そのものじゃないか」


 そしてこっちはマコ師匠たち以上にもっとインモラルな結末に。何か凄いカオスな家系図になりそうだけど……ヒメさんの子どもさんならそうなりかねないから困る。


「む、むむむ……そっかぁ……私とコマと同じ道を辿るのか……私としては応援したいけど……その道は自分で言うのも何だけど茨の道だしなぁ……親としてはどんな対応をすれば……」

「うーん……私、娘にヤられちゃうのかぁ……おまけに母さんと一緒に。その場合浮気にはならないのかな……母さんに手を出されるのもちょっとやだなぁ…………いやでも母さんとまとめて愛娘にヤられるならアリと言えばアリ……なのか……?」


 自分たちの未来予想図に真剣に考え込み始める二人。ま、まあ母さんのシミュレーターなんて当てになんないからそんなに難しく考えなくても良いと思うけどね……


「しっかし……マコ師匠もコマさんも業が深いというか何と言うか……いや、と言うか色々と感覚が麻痺してたけど。そもそも師匠たちの関係がインモラル過ぎなんだよね……」

「あ、あはは……でもお姉ちゃん。私たちももしかしたら人ごとじゃなくなっちゃうかもだよ?」


 と、師匠とヒメさんに戦慄していたところで。琴ちゃんが苦笑いをしながらそんな事を言ってきた。はて?人ごとじゃなくなっちゃうかもとは?


「え?そうかなぁ?私たちの場合は一応従姉妹同士だしセーフじゃない?」

「ううん、そっちじゃなくてさ」

「そっちじゃなくて?」

「ほら、昨日色々あったでしょ。私たちも……私と小絃お姉ちゃんとの間に生まれた子どもに——」

「…………思い出させないで琴ちゃん」


 琴ちゃんのその一言に、封印しようと努めていた昨日のヤバい記憶が蘇る。ああ……そういやそうだった……確かに人ごとじゃなかったわ……



 ◇ ◇ ◇



「——さぁてと!また琴ちゃんが実験にやる気になってくれて嬉しいわ!そんじゃ、早速二人の子どもをシミュレートしちゃいましょうか!折角だし、さっき試せなかった二人の子どもが大きくなったってシチュで行ってみましょー!」


 一度は実験を断られた母さんだったけど。言葉巧みに琴ちゃんを言いくるめて実験再開させてしまう。くそぅ……我が母ながら口だけは達者だな……


「あっ、お義母さん。実験に付き合うのは良いんですが……一つお願いが」

「んー?なぁに琴ちゃん?」

「多分ですが……私の遺伝子を強く受け継いじゃうと、さっきの紬希ちゃんとあや子さんの時みたいに子どもと私でお姉ちゃんを取り合って喧嘩になっちゃうと思うんです。ですから……シミュレートする子どもは、出来れば私に似ないようにしてくれませんか?」


 すぐさま装置を起動させようとする母さんに、聡い琴ちゃんはそんな要望を出した。確かに琴ちゃんの言うとおり。紬希さんをかけて自分の娘と醜い争奪戦をやっていたあや子の前例を考えた場合、琴ちゃんに似ちゃったら大変な事になりそうだよね。


「あー、なるほどねー。そういう事ならお安いご用よ。んじゃ琴ちゃんのリクエストに応じて小絃の遺伝子をマシマシに——」

「って、ちょ……ちょっと待った!?それもヤバいって母さん!わ、私にも似過ぎたら今度は娘と私がガチで琴ちゃんを取り合う事になりかねないでしょ!?普通に!普通に私と琴ちゃんの遺伝子を半分ずつ受け継いだ子にすれば良いんだって!」

「えー……小絃は文句が多いわねぇ。んじゃ仕方ない。その設定でいきましょうか」


 余計な一言を吐き出しながら、母さんはシミュレーターにデータを入力する。ややあってシミュレーターが異音と共に、私たちの成長した子どもを爆誕させた。


「…………はぅ……」


 誕生したその子どもを前に、思わず感嘆の息を漏らしてしまった私。顔も、体格も、そのオーラも。幸運な事に私に似ず、そして私の超絶タイプな琴ちゃんにそっくりな姿をしている私たちの子。

 ハッと目を引く美しさだった。今の琴ちゃんと並んだら双子の姉妹と思えるほどに琴ちゃんにそっくりで……お胸もお尻も私好みに実っていて、すらっとした長い手足は芸術品と言っても過言ではない。なんて……なんて綺麗なんだ私たちの子は……


「…………ハッ!?お、お姉ちゃん!鼻血、鼻血!」

「(だらだらだら)はぇ?……あっ、やべ……」


 思わず我が子に夢中になって。琴ちゃんに見惚れた時と全く同じ反応をしてしまう私。例の如く鼻から熱き衝動が漏れ出して、琴ちゃんを慌てさせてしまう。い、いかんいかん……不本意なことに見慣れてしまった琴ちゃんだけでなく、娘ちゃんにまでこんな母親の恥ずかしいところを見せちゃうなんて母親失格だわ。とりあえず見苦しいから急いで止血を——


『小絃ママ、失礼するね』


 そんな中、何を思ったのか……この状況を作った(※勝手に小絃が興奮しているだけです)我が子は鼻血を垂らした私の目の前へとやって来て。私の両頬に手を優しく当てて、ずいっとその端正なお顔を近づけて(※更に鼻血が増えました)……そして。


『それじゃあ……いただきます♡』

「へっ…………んぅ!?」

「んなぁあああああああ!!?」


 ……そして。その唇をゆっくりと近づけて。柔らかな唇を鼻にあてがい、ちゅう……ちゅう、とその血を吸い出し始めたではないか。


「にゃ、にゃにゃにゃ……にゃにをして……!?」

『んっ……なにって、ママの止血をしているんだよ。ほら、動かないで……』

「どんな止血方法!?や、やめ……ひゃぅう……」


 唇からほんの数センチしか離れていない場所を、娘の唇で圧迫される。ハタから見たらキスしているように見えなくもない。これには当然、琴ちゃんが黙っているはずもなく……


「む、娘といえど……医療行為(?)と言えど……私のお姉ちゃんに……き、ききき……キス(?)するなんて……!ゆ、許せない絶対に……!そ、そんな特殊プレイ……私でもまだやったことないのに……!?か、返しなさい!お姉ちゃんも、その鼻血も……!」


 ご立腹の琴ちゃんはとんでもないことを口走りながら殺気を込めて娘に攻撃をしかけていく。私の目には到底追えそうもない鋭い突きが娘目がけて飛んできて……


『(パシィ!)よっ……と』

「「……!?」」


 その一撃を難なく受け止めた娘は、私(の鼻)から離れて……そして。


『うん、分かった。琴お母さんに返すよ。小絃ママも……ママの鼻血もね。ん、ちゅ……』

「んんんっ……!?」

「んぎゃぁあああああああ!!?」」


 今度は何を思ったのか。琴ちゃんにガチのキスをかましてきやがった。な、なにを……なにをしているんだこの娘はぁあああああああ!!?


『んっ……♪はい、ちゃんと返したよ』

「はふぅ……(ぱたん)」

「ちょ、ちょちょちょ……ちょっと待てや!?何琴ちゃんにしてんのさお前さんは!?」

『何って……お母さんがママの鼻血返せって言うから返しただけだよ?口移しで』

「ホントに返すかな普通!?ばっちいからやめろや!?琴ちゃんになんてもの飲ませるんだ……!?」


 どうやら口に貯めていた私の(鼻)血を、琴ちゃんに口移しで飲ませようとしたらしい。まさか娘にそんな事をさせられるとは思っていなかったであろう琴ちゃんは腰砕けになってへなへなと崩れ落ちてしまう。

 な、なんなのこの子……!?母親の鼻血吸ってきたり、ママに口移ししてきたり……一体何がどうなったらこんな娘が誕生しちゃうんだよ……!?


『ふふふ……お母さん、ママに変な事してごめんね。私にママを盗られるんじゃないかって思っちゃった?大丈夫だよ。私はそんな事しない。ママの事も、お母さんの事も大好きだもの』

「そ、そう……それは良かった……けど……」

『そう……ママも、お母さんも大好きだよ…………二人とも嫁にしたいくらい大好き』

「「…………ええっと」」


 なんか、末恐ろしいことを口走っていないかこの娘……?


『安心して二人とも。幸せな二人の仲を引き裂こうだなんて愚かな事は考えていないから。らぶらぶしてる二人の事が私は好きなんだし。ただ私は…………二人の間に挟まって、二人をまとめて私の嫁にしようって思っているだけだから……!』

「ま、待て……待ってくれ……!?わ、私たち親子なんだぞ……!?」

「わ、私には小絃お姉ちゃんが……!?」

『だいじょうぶ……だいじょうぶだから……!二人まとめて、気持ちよくしてあげるから……!』

「「きゃ、きゃぁああああああああ!!?」」


 そう言って獣状態の琴ちゃんにそっくりな目をして、琴ちゃんに引けを取らない身体能力で私たちに迫ってきた娘ちゃん。


「んー……心絃?琴と小絃ちゃんの娘ちゃんのあの様子……説明してちょうだいな」

「そうね……多分だけど小絃と琴ちゃんの遺伝子を完璧に半分ずつ受け継いだ結果ああなっちゃったんだと思うわ。小絃の『琴ちゃんが大好き』『琴ちゃんぺろぺろしたい!』って変態性と、琴ちゃんの『小絃お姉ちゃんが大好き』『小絃お姉ちゃんを嫁にしたい!』って結婚願望の両方がそなわり……最強で最恐なマザコン娘が降臨したって事でしょう」

「なるほどねー」

「冷静に分析してないで、シミュレーター止めろやバ母さん!!!?」


 ……その後、どうにか一線を越える寸前でシミュレーターを強制終了して難を逃れた私と琴ちゃん。ま、まさかあの琴ちゃんですら押され気味になっちゃうとは……

 仮に……そう、仮に私と琴ちゃんの間に子どもが出来たら……教育は色々考えなくてはと思う私であった。

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