125話 子どもシミュレーター使用中(小絃&琴)

「——それでお義母さん。小絃お姉ちゃんとの子どもが出来るという大変夢のある素敵なお話をされていたようですが……どうか詳しい話をお聞かせ下さい……!」

「ふっふっふっ……よくぞ聞いてくれました琴ちゃん!」


 琴ちゃんのお父さん、お母さんと談笑中に割り込んで。いつも通り頭のおかしな事を言い出しながら呼んでもないのにやって来た頭のおかしな我が母さん。

 おまけにどこから聞きつけたのか可愛い私の従姉妹の琴ちゃんまでもが仕事をほっぽり出して帰ってきたからさあ大変。


「ねえ琴ちゃん。以前実験に付き合って貰った《もしもシミュレーター》の事は覚えているかしら?」

「勿論覚えています。未来の小絃お姉ちゃんをはじめ、色んなifの小絃お姉ちゃんを楽しめたあの素敵な実験の事ですよね」

「ああ……あったねそんなはた迷惑な実験……」


 母さんの一言で私も記憶の彼方に葬り去っていた苦々しい思い出が蘇ってくる。母さん曰く色んな可能性を観測出来るって謳い文句の実験…………だったハズだけど。結局何を試しても、私が琴ちゃんに飼われているヒモ女ルートの未来しか観測出来なかった失敗作のアレだよね。


「そうそう、それよそれ。今回はその《もしもシミュレーター》を応用したものを使うの。前回のシミュレーターは対象の外見とか性格とか来歴とか。あとは遺伝子情報とかを人工知能に詰め込んでシミュレートしてみたけど。今回は二人の子どもということで二人分のデータを入力するの。そうして入力した二人のデータを混ぜ混ぜして良い感じにアレコレする事により……二人の間に出来る子どもをシミュレート出来るってワケよ!さしずめ今回の実験装置は《子どもシミュレーター》っていったところかしら!」

「すごい生命への冒涜を感じる……良い感じにアレコレってなにさ……」


 命というものはもっとこう……神秘的で色んな奇跡があって誕生するものじゃないかな……神とか現代医学とか倫理とか、各方面に喧嘩売りすぎだろうちの母は……

 と、思わずツッコんでみた私だけど。ふとある事に気づく。んんん……?だと?って事は……


「なんだビックリしたわ……シミュレーターって事は実際に身ごもるワケじゃないのね」


 子作りがどうとか母さんが言いだしたから身構えてたけど……あくまで二人の間に出来るであろう子どもをシミュレートするって話なのね。ま、そりゃそっか。いくら科学が発展していても。いくら母さんが破天荒すぎても……流石に同性同士での子どもが出来るのはまだまだ先の事だろうし。


「なんだ残念だったなぁ……シミュレーターって事は実際に身ごもるワケじゃないんだ」


 そしてホッと胸を撫で下ろした私の隣で、私とは逆に滅茶苦茶残念そうな顔で自分のお腹をさすりながらため息を吐く琴ちゃん。ええっと……


「……あの、琴ちゃん?今なんて?」

「んーん、なんでもないよお姉ちゃん♡それよりお義母さん。その素晴らしい実験、早速試させていただきたいのですが」

「あ、それは私も興味あるわ。琴と小絃ちゃんの子どもって事は……それはつまり私たちの孫でもあるわけだし」

「そうだね母さん。心絃くん、是非ともやってみて欲しい」

「さっすが琴ちゃん!それに姉さんと義兄さん!あたしの実験に理解ある一家で嬉しいわ!」


 私の聞き返しを誤魔化して母さんに実験を促す琴ちゃん。そんな琴ちゃんに琴ちゃんのご両親までも便乗する。珍しく積極的に自分のイかれた実験に付き合ってくれる人たちに囲まれた母さんはご満悦のようで。ノリノリで準備に取りかかる。

 ……正直碌な事にならなさそうだからやめといた方が良いと思うんだけどなぁ……でもあんなに楽しそうにしてる琴ちゃん&琴ちゃんパパママにやめろとは言いにくいし……


「よーし!そんじゃ早速始めましょうか!記念すべき小絃と琴ちゃんの第一子!ここに、爆誕よ……!」


 そうこう私が葛藤しているうちに、素早くデータを入力し終えた母さんは装置を起動しやがった。独特の機械音と怪しげな発光の後に、なにもない空間から忽然と小さな人影が現れて。


『うー……?ここ、どこぉ……?』


 現れたのはおそらく幼稚園児くらいの小さな女の子。キョロキョロと辺りを見回して不思議そうに首を傾げている。こ、これが……仮とは言え私と琴ちゃんの子どもか……


「どうよ小絃。あんたと琴ちゃんの念願の子どもよ。琴ちゃんに似て聡明そうな顔じゃない。あんたに似なくて良かったわねぇ」

「ほっとけっての……」


 母さんの茶々は無視するとして。出てきた私と琴ちゃんの子どもをマジマジと観察してみる。どことなく昔の琴ちゃんの面影を思わせる端正な顔立ちをしており、一目見ただけで琴ちゃんに似て頭も運動神経も良さそうな雰囲気を感じ取れる。

 ただ琴ちゃんにだけそっくりと言うわけでもなさそうで、目元や髪質なんかは私のに似ているような気がする。私と琴ちゃんの特徴を足して2で割って、それを幼くしたら……ちょうどこんな感じになりそうだ。


「てかどうでもいいけど何で幼稚園児くらいの子どもでシミュレートしてんのさ」

「それくらいの年齢なら喋れるしリアクションも取ってくれるし。両親の特徴をどんな風に受け継いでるのかわかりやすいでしょ。まあ、あんたが望むならもっと年齢を下げることも上げることも出来るけど?」


 ほう……年齢を上げることも出来るとな。つまりこの子を今の琴ちゃんくらいに成長させることも可能と言うことか……

 …………それはちょっと、成長させて見てみたい……かも。琴ちゃん似って事は……それはもう素敵な大人のレディになるんだろうなぁ……


「「「かっ…………かわいぃいいいいいいっ!!!」」」

『???』


 そんなことを内心考えている中。琴ちゃん、琴ちゃんパパ、琴ちゃんママの3人は感極まった声を上げて現れた子どもを取り囲んでいた。


「こ、この子が……私とお姉ちゃんの愛の結晶……!お姉ちゃんに似てなんて綺麗で可愛くて美しいの…………ね、ねえ!私の事……誰だかわかる……?」

『ママー?どうしてないてるのー?おなかいたいのー?』

「……はぅ……ッ!ま……ママ、ママって……ああ、なんて素敵な響きなの……ッ!!!」


 ただでさえ熱い涙を流していた琴ちゃんだったけど、『ママ』という発言は致命的だったらしい。決壊したダムのように感涙にむせびながら子どもを抱きしめていた。


「この子が琴と小絃ちゃんの子……やだ、どうしましょう……絶対に可愛いと確信してたけど……」

「想像していた数千倍可愛いじゃないか……!二人の特徴をしっかり引き継いでいて……感動すら覚えるよ……!」

『おじちゃん、おばちゃん……だあれ?』

「ちょ……!?」


 我が娘(仮)ながらなんて不躾な呼び方だろう。こ、この子……琴ちゃんのお父さんとお母さんに向かって『おじちゃん』『おばちゃん』とかなんて失礼な事を……!?

 思わず冷や汗が吹き出る私をよそに、さして気にしていなさそうな懐の深いお二人はにこやかに挨拶を交わす。


「こんにちはー♪初めましてだね」

「私たちは貴女のママのお父さんとお母さんだよー♪」

『ママの……おとうさんとおかあさん…………つまり。じいじとばあば?』

「更に呼び方酷くなった……!?こ、こらぁ!?まだまだお若いお二人になんて呼び方を——」

「「はーい、じいじとばあばですよぉー♡」」

「…………あっ、良いんだそれで……」


 恐れを知らぬ呼び方に慌てて口を塞ごうとする私だったけど、琴ちゃんのお父さんとお母さんにとってはどうやら大変喜ばしい発言だったらしい。心底幸せそうに頬ずりしながら頭を撫で、そしてちゃっかりお菓子やらお小遣いやらをあげる始末だ。

 あの……お二人とも?それただのシミュレーターなんでそういうのあげても意味ないと思うんですが……


「なんて愛らしくて、そして素直で利発的な子なんだ……流石うちの琴とうちの小絃くんの娘なだけはあるな」

「ちゃんとお名前で呼びたいわ。琴、この子の名前はなんて言うのかしら?」

「はっ……!?しまった……お父さん、お母さん……今気づいたけど……私、お姉ちゃんと私の子の名前……全然考えてなかった……」

「な、なんですって!?ダメじゃないの琴!こう言う時のためにちゃんと小絃ちゃんと自分の子の名前を相談しておきなさいとあれほど……」

「とりあえず急いで候補を挙げていこう。このままじゃあの可愛い可愛い天使を呼ぶ時に困ってしまうからね」


 ひとしきり名無しの娘を愛でた後。緊急家族会議を開始して子どもの名前を考え始めた音羽一家の皆々様。私と琴ちゃんとの間で産まれてもいない……どころか本来は技術的な意味で現状産まれる予定すらないハズなのに……気が……気が早い……


「やれやれ……ちょっと琴ちゃんたちあの子に入れ込みすぎじゃないかな?」

「そうかしら?だって琴ちゃんにとっては念願のあんたとの子どもで、姉さんたちからしたら半ば諦めていた自分たちの孫なのよ?入れ込んでも不思議じゃないじゃない」

「そりゃ本物の子どもならそうなってもおかしくはないけどさぁ……これって、母さんが作ったイマイチ信用ならないシミュレーターで出力された仮の子どもじゃないの」

「むっ……信用ならないとは聞き捨てならないわね小絃」

「事実今まで信用ならない事ばっかしてきた母さんだから仕方ない。あのシミュレーターの子どもだって、あくまでも外見とか言動とかをそれっぽくしているだけで——」

『…………(じー)』

「うぉ!?」


 と、散々音羽一家に愛でられ続けようやく解放された私と琴ちゃんの子どもはいつの間にかトテトテと側に駆け寄って私の腕にギュッとしがみついていた。

 って……あ、あれっ?


「ちょっ……待って。立体映像のハズなのに……さ、触れる……?」

「気づいたようね。どーよ小絃!あたしがただただ前回のシミュレーターの二番煎じで終わると思ったかしら!《もしもシミュレーター》は単純な立体映像を映し出すだけだったけど……今回の《子どもシミュレーター》はひと味違うわ!超音波による触覚フィードバックを搭載したことで、立体映像を触れることが可能になったのよ!」


 何やら自慢げに語り出す母さん。要するに物理干渉出来る立体映像ってことね……ああ、だから琴ちゃんも子どもを抱きしめたり琴ちゃんパパママも子どもを撫でたりできたわけか。まーた無駄に凝った無駄な機能を付けたもんだな。


「まあ、それはどうでも良いとして。え、ええっと……どうかした?私に何か用かな?」


 マジマジと私を見つめて黙りこくっていた子どもに話しかけてみる。すると、話しかけられた子どもは花が咲いたような満開の笑顔で——


『……おかーさん』

「……へ?」

『おかーさーんだーいすき♪』

「ヵハッ……ッ!!!」


 ——そんな、爆弾発言をプレゼント♡


 瞬間、私の中に眠っていた幼き頃の琴ちゃんとのあの日あの時の思い出が目覚める。


『おねーちゃんだーいすき♪』


 あの頃の琴ちゃんと、目の前のこの子の姿が完全にシンクロ。ま、間違いない……この子は……この子は…………!


「正真正銘、私と琴ちゃんの可愛い愛娘だぁあああああ!!!」

『きゃー♪』


 ぎゅうっと、我が子を抱きしめて。抱っこしたままダンスをするようにクルクルとその場で回る私。流石琴ちゃんの子なだけあって、ちっちゃな頃の琴ちゃんにしてあげたことは同じように喜んでくれるみたいだ。


『おかーさんすごい、すごーい!』

「そ、そう?えへへ……だったらもっと凄いことしてあげるね!そーれ!飛行機だよー!」

『たかーい!おかーさんもっとー!』

「よーし!それじゃあ次はお馬さんだよー!」

『おかーさんはやーい!たのしー!』

「まだまだぁ!次はね——」


 我が子の喜ぶ顔が嬉しくて、ついついまだまだ本調子とは言いがたい身体に鞭を打ち身体を張って楽しませる事に夢中になっていた私。


「「「「…………(じー)」」」」

「——ッ!!!?」


 …………だから気づくのが遅れてしまっていた。データ収集していた母さんだけでなく、姓名判断していた音羽一家までもが……私たち親子の戯れを何も言わずニコニコ笑顔で観戦していた事に。


「見事なフラグ回収だったわねー小絃。んー?何だったかしらね?母さんが作ったイマイチ信用ならないシミュレーターで出力された仮の子どもだとか、あくまでも外見とか言動とかをそれっぽくしているだけとか言ってなかったかしら?」

「ああ、これが家庭を持つって事なんだね……幸せすぎる……小絃お姉ちゃんは良いお母さんになれるよ。私が保証する」

「(ピロン♪)うふふふふ……素敵な一枚が撮れたわ。小絃ちゃん、あとで送ってあげるからね」

「母さん、私にも送っておいてくれ。うんうん、小絃くんは子煩悩なお母さんになりそうだね。お爺ちゃんたちもちゃんと育児のフォローをするから安心してくれたまえ」

「あの、その……ち、ちが……違うのこれは……」

『おかーさん?ね、ね!おかーさんもっとー!』

「もう許してぇ!?」


 この場にあや子がいなくて助かった……もし奴がいたら一生ものの弱みとして握られていただろうから。


「こんにちは。琴ちゃん、あとついでに小絃。遊びに来てやったわ——あれ?この前会ったばっかの小絃ママはともかく……琴ちゃんのお母さんとお父さんじゃないですか。お久しぶりです。なにやってんですか?」

「えっ?こ、琴ちゃんのご両親いらっしゃるの……!?う、嘘どうしよう……お土産とか用意してないよ私……」


 噂をすればなんとやら。次なる実験対象母さんの被害者がやってきた。まだまだこの実験は終わらないらしい……

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