番外編 その後のお姉チャンネル
「……うーむ、不思議だ」
「そんなに難しいお顔をされて。どうなさいましたかKOITOお姉ちゃん?」
琴ちゃん生配信乱入事件からしばらく経ったある日。今日も空いた時間を見つけて箏曲部の皆と一緒に箏の動画作成をしていた私。ふと自分が投稿した動画を見ていると、ある事が気になってしまう。
「だからお姉ちゃん呼びはやめてってば。また琴ちゃんに怒られても知らないからね私。……いや、動画のことでちょっと気になることがあってだね」
「気になる事と仰いますと?」
「ほら。ついこの間琴ちゃんがライブ配信中に突撃してさ、一時期滅茶苦茶炎上&視聴者数が激減したじゃない?」
「ありましたね。あれは衝撃的すぎましたから仕方ないことかと」
「だよねぇ……」
何せ突然現れた琴ちゃんに、キスされたり服脱がされたり……その他諸々色んな事されたわけだからね……視聴者からしたら自分たちは一体何を見せつけられているんだ……?って気持ちにもなるし炎上するのも当然だろう。
つーかなんであの時のアーカイブ動画が削除されていないんだよ。見直せば見直すほど放送事故過ぎるわ。アカウント停止されても文句言えないぞコレ……
「にもかかわらず一週間後には視聴者数も元通り……どころか。逆に視聴者&チャンネル登録者も増えたでしょ。あれだけのことがあってもなお、私の動画を見てくれる人がいるのはありがたいけど……一体どんな物好きがこの動画を見ているのかちょっと気になってさ」
「ああ、そういう事でしたか。それはちょうど良かった。動画編集するにあたり、再生数と視聴者数を伸ばすために現在の視聴者層を分析していたところなんです」
「年齢層や動画に対するコメントからどのような目的でKOITOお姉ちゃんの動画を視聴しているのか読み取ってみました」
「こうして見ると中々に面白いデータが取れましたわ。良い機会ですのでKOITOお姉ちゃんにもお教えいたしますね」
何気ない私の疑問を前にして、優秀な箏曲部の皆はすぐさまデータを持ってきて私に説明をしてくれるそうだ。折角だし参考に聞いてみよう。
「そうですね……まずは純粋にKOITOお姉ちゃんの箏曲を楽しんでいる方々」
「こちらの視聴者は大半が古参ファンですね。あの音羽さんの炎上事件が起きた後も特に気にされた様子も無く。チャンネル登録を解除されることも無く継続してKOITOお姉ちゃんの箏の演奏を楽しまれていたようです」
「なるほど……箏を聴いてくれている正統派の視聴者ってことね」
私の拙い箏曲であっても一定数聴いてくれている人たちもいるって分かるのは……嬉しいよね。そういう人たちの為にももっと箏を上手に弾けるようにならないとね。
「次にあの一連の乱入事件の後炎上し、一度はチャンネル登録を解除し……その後再びチャンネル登録し直した方々」
「彼女たちは所謂脳破壊され、アンチ一歩手前まで堕ちかけて。そこから新たな性癖に目覚めたツワモノ集団ですね。例の音羽さん乱入動画を毎日のように視聴しては『私の方が先にお姉ちゃんの妹になったのに……』『私のKOITOお姉ちゃんなのに』と血の涙を流しながらコメントしています。他にも『あの画面に映っている彼女は私……私がお姉ちゃんとキスしているの……』と動画の中の音羽さんに同一視している方やNTR趣味に目覚めた方などがいらっしゃいますね」
「なんで……?」
炎上するのはわかる。チャンネル解除するのもわかる。……なぜそこから戻って来たの?何故わざわざチャンネル登録し直すの?嫌ならわざわざコメント残してまで動画見なきゃいいのでは……?
「最後に紹介するのは、あの音羽さんとのイチャイチャ動画を見て一生付いていこうと決意した方々です」
「彼女たちはとてもわかりやすいですね。『KOITOお姉ちゃんとKOTOちゃん推せる……』『まぢ無理……尊い……』と言った具合に、お二人のいちゃラブに心奪われた私たちのような人たちです。KOITOお姉ちゃんを元から推していた方々の中にも一定数そのような方々がいらしたようですが、拡散されたお二人の動画を見たいわゆる百合好きの皆様が新規ユーザーとなりこちらのグループに所属したようですね」
「ねえ……それのどこがわかりやすいの……?君たちは何がわかったと言うの……?」
わからない……文化が違う……人の性癖をとやかく言うつもりはないけれど、私と琴ちゃんに何を期待しているんだ……
「と言うわけでKOITOお姉ちゃん。そんな皆様の期待に応える為にも……また音羽さんと一緒に動画配信するのはどうでしょうか?」
「脳破壊された方々も、二人のイチャイチャが見たい方々も。期待しているんですよ音羽さんの出演をね」
「お二人ともあの生放送で顔出ししちゃったせいで、お二人の素性もバレちゃってですね。元々音瀬さんたちはお綺麗でその上『暴走する車から自分の大切な人を文字通り身を挺して守った現代を生きる眠り姫』の話で有名でしたから。お二人に当時の話を聞きたがっている視聴者もいらっしゃるようでして。是非とも次回の生放送で音羽さんも——」
「断る」
「「「ええっ!?」」」
期待に満ちた箏曲部の皆の要望を一蹴する。私はともかく、琴ちゃんがネットのオモチャになるのは許せん。
「そ、そんな……お二人が共演すれば絶対に今以上に再生回数とチャンネル登録者数が増えるはずですのに……」
「何も前回のような過激なアレコレをして欲しいのではありません。あくまでも健全に音羽さんに箏を指導する動画ですし……」
「音羽さんだってKOITOお姉ちゃんと共演するのは喜ばれるのでは?目に届くところで動画を撮れば安心されると思いますし、画面の向こうの偽妹への牽制にもなりますし……」
「しないったらしないの!はい!この話はこれでおしまい!皆、箏のお稽古するよ!動画編集もいいけど、ここには箏の指導のために来てるって忘れて貰っちゃ困るからね!」
なおも食い下がる箏曲部の皆の話を強制的に打ち切る私。やれやれ……琴ちゃんまで巻き込もうとするなんて、この子たちも困ったものだわ……
◇ ◇ ◇
「——という事がありましてね」
「あはは……大変でしたね小絃さん」
「音羽も困ったもんだよねー」
動画編集が終わったその日の夜。久しぶりのマコ師匠の料理教室へとやって来た私。都合が良いことに一緒に師匠の料理教室に来ていたあや子の嫁の紬希さんと、琴ちゃんの上司でありマコ師匠の親友のヒメさんに……最近動画を配信し始めたこと。そして……動画配信中に琴ちゃんに乱入されてとんでもない事になったことを告白してみる。
「実は私、琴ちゃんから小絃さんがネットデビューした事教えて貰っていたんですよ。『お姉ちゃんが私に隠れてこんな事やってるの』って。黙っててすみません……琴ちゃんから『お姉ちゃんが自分から言うまではヒミツにしてて』って口止めされていまして」
「私も音羽から教えて貰ってた。『お姉ちゃんが綺麗に着飾って箏を弾くところを見られるのは嬉しいけど、私に黙って始めた事とか私以外の妹を外で作ってた事は許せない』とか言ってたわ」
「マジですか……」
なお二人には琴ちゃんと通して私が動画配信している事はすでにバレていた模様。そうか、見られてたのかあの諸々の動画が……
つーか……今更だけど琴ちゃんはどうやって私が動画配信を始めたって知ったんだろうね……?気になるけど聞いたら何か怖いことになりそうで聞けないわ……
「素敵な音色ですし私の勤務先の病院でも患者さんたちに聞かせてあげてます。やっぱり小絃さん箏お上手ですよね。患者さんたちも『とても癒やされます』『これ聞いてたら元気になるよ』って皆さんに好評ですよ」
「そ、そうなんですか?」
紬希さんの一言に思わず身をよじる私。自分の与り知らぬところで有名になっていてちょっと恥ずかしい。でも……うん。私の演奏で誰かを元気にしているって……ちょっと嬉しいことかも。
「うちの職場でも小絃さんの動画人気だよ。部下たちも休憩時間に小絃さんの動画を見て『キャー♡KOITOお姉ちゃーん♡』って叫んでる。あとついでに『うちで作った服をKOITOお姉ちゃんに着て貰いたーい!』『うちがKOITOお姉ちゃんのスポンサーになるのはどう!?KOITOお姉ちゃんにうちの下着を着てもらってね、動画でうちの会社の宣伝して貰うのよ!視聴者はエッチなKOITOお姉ちゃんを堪能出来る!うちは知名度&売り上げが上がってWin-Winよ!』って小絃さんに向けて頭のおかしなリクエストを飛ばしたりしてる」
「……そうなんですか」
……まあ、こういう形で誰かを元気にするのは不本意なんだが。
「へぇ……コイコイもネットデビューしてたんだねぇ。なんだか親近感湧くなぁ」
「ああ、マコ師匠。そうなんですよ。なし崩しではありますが私もネットデビューを……」
と、そんな事を話しているとマコ師匠が話に加わってきた。
「……って、あれ?師匠。コイコイも、ってどういう事です?」
「ん?どうもこうも……私も料理動画を配信してた時期があるからさ」
「え?師匠も?」
「ああ、そっか。思い出した。そーいやマコも一時期ネットでやってたね」
「わ、私もマコ先生の配信いつも見てました!すっごく人気だったんですよ!」
「あはは……今はちょっと休止中だけどね-」
なるほど料理動画か。見た目・雰囲気・話し方……どれもマコ師匠なら動画映えしそうだね。
「ん?でも人気だったのに今休止中なんですね。どうしてなんです?」
「「「…………」」
と、ふと気になってそう問いかけると。師匠含めこの場にいる全員が苦笑い。何だろうこの反応?
「どうしたんですか?私なんかおかしな事聞いたりしました?」
「いや……それがね……私も同じなんだよコイコイ」
「同じ?なにがです?」
「実は私もコイコイと同じように、初めての生放送中に…………『マコ姉さまは私だけの姉さまです』ってコマに乱入されちゃったのさ」
「…………え」
「全世界が見守る中、誰が誰のモノなのか証明すべく色々と……エロエロな事されて……それはもう大炎上しちゃってねー……それ以来、動画配信は休止する事になったんだよねー……ハハハハハ……」
「…………コマさん」
思わずマコ師匠と共に顔を覆う私。何このデジャヴ。前々から密かに思ってたけど……琴ちゃんとコマさんの思考回路似すぎでしょ……下手すりゃ従姉妹の私や双子のマコ師匠よりも似てるじゃないの……
「ま、まあでも今なら炎上も収まっただろうし。久しぶりに配信しても良いかもね。あっ、そうだ。折角だしさコイコイ。一緒に動画に出てみない?」
「おぉ、所謂コラボって奴ですね。それは良い考えです」
「そうと決まれば善は急げ。調理道具も材料も揃ってるわけだし、今からここで料理動画を配信しちゃおう!」
「おーっ!」
マジモンの師匠と弟子なわけだし。料理番組とかにもよく出演している師匠とならやりやすそうだ。別の分野の動画で新しい層の視聴者も増やしたいなと模索していたところだから渡りに船とはこのことだね。
そんじゃまあ、いっちょやっちゃいますかね!
「そんなわけで……全国の妹たちこんにちはー!KOITOお姉ちゃんだよ!今回はなんとぉ……出張版です!初コラボ配信です!今日は私の料理の師匠……MAKO姉さまのお料理教室に来ていまーす!」
「初めましての妹ちゃんは初めまして、そうじゃない妹ちゃんはお久しぶり!MAKO姉さまだよー!今日は弟子のKOITOお姉ちゃんと一緒にお料理しちゃいまーす!」
「「チャンネル登録、高評価よろしくねー♡」」
「わぁ……!マコ先生と小絃さんの生配信ですか。なんだかドキドキしちゃいますね!」
「……うーん」
「あれ?どうしましたか姫香さん?何をそんなに難しい顔をなされているんですか?」
「いや、何と言うかさ。……嫌な予感がしてね」
「嫌な予感……ですか?それって——」
ダァンッ!!!×2
『……ッ!?え、何!?なんかこれもまたデジャヴ——って、あれ!?琴ちゃん!?どうしてここに…………あ、嘘ダメ……ま、またぁ……!?ふ、服破かないで……舐めないで……ど、どこを嗅いでるの…………あっ、ぁあ……だめぇええええええッ!!?』
『こ、コマ……?ど、どうしたのそんな怖い顔して——って、待て!待って!?い、今ちょっとキスしたりするのはダメだってカメラが回ってんだよ…………え?何?……そ、それが目的?皆に見せつけて所有の証をつけるって…………い、いやぁあああああああ!!?』
「……予感的中。マコ、小絃さん。南無……」
「あ、あわわわわ……こ、琴ちゃん……コマ先生……全世界に配信しているのに……なんて大胆な……」
この琴ちゃんとコマさんの乱入のお陰で、一度は沈静化した炎上も前回以上に燃え上がり。そして……
「凄いですわKOITOお姉ちゃん!またしても視聴者が増えました!」
「動画再生回数も、日を追うごとに伸び続けています!」
「やはり見込んだとおりです!音羽さんに出演して貰うとこれだけ伸びるんですね!次もまたお願いしましょう!」
「もう絶対に琴ちゃんには出演させないからね!?」
そしてまた、どういうわけかチャンネル登録者が異様に増えたのであった。
……なんなんだ私のこのチャンネルは……異常性癖者製造動画か何かか……?
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