119話 三人寄れば……

「お、お待たせ琴ちゃん……」

「待たせて悪かったわね紬希、戻ったわよ」

「コマ!そろそろ王様ゲームを再開しよっか!」


 無い頭をフル回転させ知恵を出し合い、作戦会議を終えた私たちは……戦場——もといリビングへと戻ってきた。


「あっ、あや子ちゃん。それに皆さんもお帰りなさい」

「待ってたよお姉ちゃん。さて、それじゃあ記念すべき10戦目にいこっか」

「ふふふ……次はどんな罰ゲームを姉さまたちにやって貰いましょうかねー」


 そんな私たちを琴ちゃんたちが出迎える。何も知らずに純粋に王様ゲームを楽しんでいる紬希さんはともかく……余裕綽々の琴ちゃんとすでに罰ゲームの内容を考えているコマさん。どうやらこの二人、自分たちが負けることを想定すらしていないらしい。

 おにょれ……可愛いからってナメてくれちゃって……!その余裕顔、すぐに愛らしい泣き顔に変えてくれよう……!


「(師匠、あや子……やるぞ。準備はいい?)」

「(おうよコイコイ。絶対コマに涙目で『ごめんなさいマコ姉さま……コマは悪い子です、姉さまの手でオシオキしてください……』って言わせてやるわ……!)」

「(可愛い紬希にいつまでもかっこ悪いところなんて見せられないし……やってやろうじゃないの……!)」


 三人で視線を合わせ頷き合う、今こそマコ師匠の作戦を実行に移す時が来た。


「それじゃ早速くじを引こっか。はい、どーぞ」

「うん、ありがと琴ちゃん。さーてどのくじを引こうかなー」


 琴ちゃんが割り箸で作ったくじを私たちに差し出す。そのくじに向かってごく自然に手を伸ばして、そして——


「「「おおっと、手が滑ったぁあああああ!!!」」」



 バキィ!×3



 手に取ったくじを力任せにへし折る私たち。


 作戦名『力業』


 文字通りの力業で割り箸をへし折るという、もはや作戦と呼ぶのもおこがましい蛮族的行為。


 マコ師匠からそれを提案された時は流石にどうかと思ったけど……他に手はないし。それにシンプルな分これには琴ちゃんたちも対処のしようがない。くじが割り箸という簡単に折ることができる素材である事を加味すれば意外と理にかなっている…………気がする。

 ともあれマコ師匠の作戦(?)どおり、見事に各々の割り箸をへし折る事に成功した。よ、よし上手くいった……これでゲームを仕切り直すことができる……!


「い、いやぁごめんごめん。ちょっと手が滑っちゃったわ」

「わ、私も……王様ゲームが楽しくてつい力を入れ過ぎちゃったかも」

「こっ、これじゃ続行は難しいし……新しくくじを作りましょうかね」


 若干白々しくもうこのくじは使えない事をアピールする私と師匠とあや子。それに対して琴ちゃんたちはと言うと……


「こ、小絃お姉ちゃんッ!」

「マコ姉さま……!」

「あや子ちゃん!」


 私たちの奇行を目の当たりにした琴ちゃんたちは、どうしてか凄い形相で迫ってきた。あ……やべ。やり過ぎた……?も、もしかして怒られちゃう……?『いくら勝てないからって物に当たるな』的な……

 ち、違うんだよ琴ちゃん……私は止めようとしたんだけど師匠とあや子が無理矢理……


「だ、大丈夫お姉ちゃん!?おてて、怪我してない!?病院行く!?」

「へ……?」

「姉さまご無事ですか……!?手を切ったりささくれが刺さったりされていませんか……!?」

「え……?」

「もう……あや子ちゃんってば相変わらずおっちょこちょいなんだから。ほら、よく見せて。現役看護師の私がみてあげるから」

「あ……」


 そうやって土下座して正々堂々師匠とあや子にすべての責任をなすりつけようと覚悟を決めた私に対し、琴ちゃんはくじの事など見向きもせずに私の手をとり心配そうにそう言ってくる。コマさん、それに紬希さんも同様にそれぞれ師匠とあや子の手をみているようだ。


「「「(なんか……凄く罪悪感が……)」」」


 王様ゲームに勝つための一芝居だったのに本気で心配されてなんだかとっても気まずい。


「(師匠……本当にこれやって良かったんですかね……?)」

「(こ、心を鬼にするんだ我が弟子……!我々はコマたちの不正を正すためにやってるんだからこれは正当な行為と言える……ハズ!)」

「(紬希だけは何も知らないままただ王様ゲームを楽しんでくれてるだけなんだけどね……帰ったら全力で謝らないと……)」


 師匠の言うとおり、これは琴ちゃんとコマさんの不正を正すためにやっていること。だから罪悪感に苛まれる必要はない……ハズなんだけど。それでも大事な人を騙している事には変わりないから気まずさが半端ない。

 こういう思考に至っている時点で、すでに私たちは琴ちゃんたちに精神的に負けてる気がする……


「だ、大丈夫!なんともないからホント!私たち全員怪我一つしていないから!」

「そ、それよりもさ!このままじゃ王様ゲーム続けられないし新しいくじ作ってみたよ!」

「こ、これで王様ゲームを再開出来るわね!」


 心の中で『自分たちは正しいことをしている』と言い聞かせて、作り直したくじを琴ちゃんたちに差し出す私たち。


「そっか。お姉ちゃんたちに怪我がなくて良かったよ」

「新しいくじまで用意してくださるなんて準備が良いですね姉さま。流石です」

「よーし、それじゃ改めて王様ゲームを再開しようね」


 ここで『もしかしてくじに変な細工をしているのではないか?』とごねられる可能性も危惧していたけれど、意外にもあっさりくじを受け取って貰えた。よし……!これで条件は五分と五分。いや、五分どころか最初からどれが新しい王様のくじなのか把握している私たちの方が圧倒的に有利と言えよう……!ふはははは……!散々してやられた分、今度はこっちが反撃する番だ……!

 あとは私たち三人のうちの誰かが王様のくじを引きあの二人に命令すれば万事OK。そう…………王様のくじを引いて……命令、すれば……







「(…………あれ?)」


 と、いざくじを引く段階でふとある重大な事に気づく私。


「(師匠、それにあや子。ちょっと気になったんだけどさ)」

「(ん?どうしたコイコイ?)」

「(あん?ここに来て何よ小絃?今更怖じ気づいたの?)」

「(いや、そうじゃなくてね…………これ、?)」

「(へ?……え、ええっとそれは勿論……くじを作った伊瀬さんが知ってる……よね?)」

「(は?……い、いや……くじを琴ちゃんたちに渡した小絃が把握してる……でしょ?)」

「(え?……ま、待って……この作戦を提案した師匠がくじに細工してたはず……では?)」

「「「…………」」」


 三人の間に漂う嫌な空気。そう……ここに至りようやく私たちはある重大なミスをしていた事に気づいたのである。


「「「(誰一人として……どれがどのくじか……把握していない……?)」」」

「……?どうしたのお姉ちゃん?なんだかお顔が青いように見えるよ?」

「姉さま?どうして頭を抱えているのですか?何か問題でもありました?」

「あや子ちゃん……なんで涙目になってるの?な、なんか辛い事でもあったの?」

「「「…………なんでも、ないです……」」」


 三人寄れば文殊の知恵……とは言うけれど。0×3をしたところで0は0。三人寄っても下種は下種だった……

 この後、神頼みで王様のくじを必死に狙うも……結局王様になったのは琴ちゃん。しかも『1番から5番の全員が自分の番号を大きな声で宣言する』という命令を使い、一手で全てのくじの番号を改めて把握した琴ちゃんとコマさんは……最後まで王に君臨し続けたのであった。



 ◇ ◇ ◇



「——今日もお疲れ様。王様ゲーム楽しかったねお姉ちゃん」

「は、ははは……そうね……」


 王様ゲームを終えたその日の夜。いつものように私を自分のベッドに(強制的に)寝かせながら、満足そうな顔でそんな事を言ってくる琴ちゃん。そりゃ楽しかったでしょうね……あれだけやりたい放題好き放題してたなら……


「……お姉ちゃん、もしかして怒ってる?私がちょっとズルしちゃってたこと」

「……ズルしてたことは認めちゃうんだね琴ちゃん。全く……変に律儀なんだから。そりゃズルするのは良くないけど……まあ、今回だけは大目にみるよ。琴ちゃんもコマさんも……みたいだし」

「わ……凄い小絃お姉ちゃん。気づいてたんだ」

「流石にあれだけ露骨にあの二人狙い撃ちしてたらそりゃね……」


 もっとも、気づいたのは最後の最後あたりだけど。


「あの二人、出会いが最悪だったからね。あのままじゃずっといがみ合う事になりかねなかったし……だから琴ちゃんとコマさんが手を組んだんでしょ?」

「うん。どうもあや子さん、マコさんの事を『紬希を狙う悪い女』と誤解してマコさんを敵視してたからね。罰ゲームを通して二人が仲良くなれば良いなって思ってコマ先生と一芝居うったの」

「やっぱしそうだったのか……」


 道理で師匠とあや子がペアになる罰ゲームが多いと思ったわけだよ。確かに、あの罰ゲームのお陰で師匠たちも結束せざるを得なかったし……師匠にはコマさんという大事な人が、あや子には紬希さんという大事な人がいるって自然と分かって誤解も解けたもんね。王様ゲームが終わる頃にはあや子も師匠もすっかり打ち解けてたわけだし。


「……でもさー琴ちゃん。それならそうと私と紬希さんには最初に言ってくれても良かったんじゃないの?あの二人を仲良くする為にちょっとズルするって」

「ごめんね、二人には言っても良かったんだけど……でもお姉ちゃんまで私たち側に付いちゃったら、あや子さんたちに私たちの意図が早々と伝わっちゃう恐れもあったから言えなかったの。……それに、お姉ちゃんがあや子さんたち側にいたなら……きっとお姉ちゃんはあや子さんとマコさんの仲を取り持ってくれるだろうって期待してたから」

「あー……そういう意図もあったのね」


 なるほどね。そこまで考えての人選だったって事か。参ったよホント……つくづく琴ちゃんには敵わないなぁ……


「…………あれ?でも待って」

「ん?どうかしたのお姉ちゃん」

「いや……結局今回の王様ゲームってさ。あや子のアホとマコ師匠を仲良くするのが真の目的だったハズだよね。あの二人を仲良くする為に仕方なくズルしてたんだよね」

「うん。そうだね」

「ならさ琴ちゃん。どうして私は琴ちゃんに罰ゲームと称して……胸を揉まれたり、愛の告白をさせられたり、匂いを嗅がれたり、全身舐められたり、きわどい下着を着せられて写真撮影会をさせられたりしたのかなーって。……あや子たちを仲良くするのが目的なら、もしかしなくてもこの罰ゲームって必要なかったんじゃ……?」

「…………」

「ひょっとして、あの罰ゲーム自体は……単純に琴ちゃんがやりたかったからやってたって事になるのでは……?」


 私のそんな疑問に対し、琴ちゃんはというと目をちょっと逸らしてから——


「…………えへへっ♪」


 満面の笑みを浮かべて愛らしく誤魔化してきた。ホントこの子は…………


 可愛いから許す。

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