番外編 本日の酔いお姉ちゃん

 ~Side:琴~


 この私、音羽琴が世界で一番愛している小絃お姉ちゃん。そのお姉ちゃんはお酒にちょっと……ううん。お酒にかなり弱いらしい。

 実年齢はともかく事故のせいで成長が止まってしまっていたわけだし。そもそも飲み慣れていないから仕方のない事だと思うけど。そこまで強くはないビール一口でベロンベロンに酔っちゃうし、酔った時の記憶は一切残らないんだとか。それくらいお姉ちゃんはお酒に弱い。


「——えへへぇ……琴ちゃーん♪こーとちゃーん♪」

「……お姉ちゃん、まさかもう酔っちゃった?」

「んー?…………んふふふふふー!琴ちゃんおっかしいのー!琴ちゃんも言ってたでしょー?コレおしゃけじゃないんらから、お姉ちゃんが酔うわけないでしょーアハハハハハ!」

「(……酔ってる)」


 …………だから言い訳をさせて貰うと。今回は、わざとお姉ちゃんを酔わせたわけじゃない。


 会社のオンライン飲み会を程よいところで切り上げて。お姉ちゃんと二人っきりの飲み会に移行した矢先の事だった。お姉ちゃんが間違って私の強いお酒の飲んでしまった前回のアクシデントを反省し、お姉ちゃんの手の届かないところに私のお酒を置き。そしてお姉ちゃんには体調やお酒の弱さを考慮した上で……お酒じゃない飲料水を渡したんだけど……


「(まさか酔うなんて……)」


 お姉ちゃんに渡したのはアルコール度数1%未満のノンアルコール飲料。アルコール度数が1度以上の飲料がお酒に当たるわけだし確かにお酒ではない。だからこそお酒に弱いお姉ちゃんにも気分良く飲み会の気分を味わって貰おうとノンアルコールを勧めたんだけど……


「(そりゃ確かに私も……ノンアルコールでお姉ちゃんのアルコールに対するハードルを下げて。ノンアルコールから少しずつアルコール度数を上げていって、どのタイミングで酔うのかを測り。そしてお姉ちゃんを無理なく酔わせていつものように乱れて貰おう——とか密かに企んではいたのは否定しない。否定しないけど……)」


 乾杯を交わした途端、ものの見事に酔っちゃったお姉ちゃん。流石にこれは私も計算外だった。ノンアルコールといえどアルコール分は含んでいるわけだし、大量に飲めば酔う人もいるとは聞いていたけど……こんなに弱かったんだねお姉ちゃん……

 ま、まあ。早い段階でお姉ちゃんのお酒の許容量がわかったのは良いことだ。尚更お姉ちゃんをお酒が出る場所に連れて行くワケにはいかないことが証明されたワケだし。たったこれだけでこんなに無防備になっちゃうなんて危険すぎるもん。お酒を飲んで貰う時は私と一緒の時だけにしないと、酔ってお持ち帰りされちゃいかねないよね。…………お前が一番危険じゃないのかって?それについても否定はしない。


「——ちゃん。琴ちゃ……琴ちゃーん!」

「え……?」

「んもー!琴ちゃんおねえちゃんのお話聞いてなーい!年上のお話は、ちゃんと聞きなさい!お姉ちゃん琴ちゃんに怒ってるんだからねー!」


 そんな余計なことを考えていた私の目の前で、お姉ちゃんはほっぺたを膨らませて(可愛い)抗議を入れてくる。


「あ、ごめんねお姉ちゃん……ちょ、ちょっとぼーっとしてた。それで、怒ってるってなんのことだったかな?」

「今日のことだよ!お姉ちゃんはすっごい怒ってます!ちゃんと琴ちゃんは反省していますかー!?」

「今日のこと……反省……?ご、ごめんなさい……私、何かしちゃったっけ?」

「ひどい!やっぱり忘れてたのね!?嫌がる私に無理矢理公開羞恥プレイさせて辱めたのに!」

「……え、えええええっ!?ちょ、ちょっと待ってお姉ちゃん!それ何の事……!?」


 公開羞恥プレイ……!?それは本気で覚えがないけど……え、私そんな羨ましいことしたっけ……!?本気で戸惑う私に。お姉ちゃんは再度頬を大きく膨らませて(超可愛い)ぷんぷん怒ってこう話す。


「今日のWeb会議のことだよ!ヒメさんやお姉さま方の前で、膝上抱っこさせられたことだよ!忘れたとは言わせないんだからね……!」

「……あ、あー……なんだそれのことか」


 何の事かと焦ったけれど、お姉ちゃんの一言でようやく思い至る。ああ、あのWeb会議中の一件か……良かった、お姉ちゃんへの愛と想いと欲望が爆発してとうとう無意識に変なプレイをやらかしたのかと……


「なんだとはなんだーっ!お姉ちゃん、ちょー恥ずかしかったんだからね!あんなに嫌がってたのに琴ちゃん最後までやめてくれないしさぁ!子どもみたいに抱っこさせられただけじゃなく、それを琴ちゃんの仕事先のお姉さま方みーんなに見せちゃうとかどんな罰ゲームかって話だよぉ!私は琴ちゃんのお姉ちゃんなんだぞぉ!年上なんだぞぉ!?」

「あ……ご、ごめんお姉ちゃん。今の『なんだ』はそういう意味じゃ……」

「謝ったってゆるしてあげないんだから……!お姉ちゃんがどれだけ恥ずかしい思いをしたのか……琴ちゃんにもわからせてやるんだから……!」

「え……あっ、きゃっ!?」


 ぷりぷり怒ったお姉ちゃんは、何を思ったのか私を突然ギュッと抱きかかえる。そして……


「どーだ琴ちゃん!まいったかー!」

「(ひ、膝上ハグ……!?)」


 そのまま私を自分のお膝に乗っけて、その上私を抱き枕のようにぎゅーっと抱きしめて。いわゆる膝上ハグを始めたではないか。


「お、お姉ちゃん……なにを……」

「んふふー!ね、ね?どう?恥ずかしいでしょー!ちょっとはお姉ちゃんの気持ち、わかったかな琴ちゃん!」

「あ、あの……あの!お、お姉ちゃん……その……恥ずかしい云々はおいておくとして。お姉ちゃんはまだリハビリの途中だし。私も決して軽くはないだから……この体勢はちょっと……」

「あー!だめぇ!逃げちゃダメ!なんで離れようとするのぉ!?これはオシオキなんだから、大人しくぎゅーってされるべきなの琴ちゃんはぁ!」

「ふ、ふわぁあ……っ!?」


 正直憧れのお姉ちゃんに抱いて貰えるなんてこれ以上ない至福で幸せ空間過ぎるし許されることなら永久に抱かれていたい……が。それはそれとしてお姉ちゃんはまだまだリハビリが必要な状態だ。太ってはいない……とは自分では思うけど、それでも本調子じゃないお姉ちゃんが成人女性を膝の上に乗せることはかなりリスクのある行為である事に変わりはない。

 そう思い断腸の思いでお姉ちゃんから離れようとするけれど、酔ったお姉ちゃんは私を逃がすまいと更に私を抱き寄せ肢体を艶めかしく絡めて……そればかりかその発達中の柔らかいお胸で私の顔を埋めさせて……


「ん、ふふふー♪どう?どう?恥ずかしい?これはオシオキなんだから、甘んじて琴ちゃんは受け入れなきゃダメなんだからねぇー」

「(オシオキどころか、ただのご褒美にしかなってないよお姉ちゃん……)」


 お姉ちゃんの甘い香りと、お姉ちゃんのぷにぷにの手足が絡まる感触と、そして文字通り私の手で育て上げ実ったお胸の柔らかさ。普段のお姉ちゃんなら絶対にしてくれないであろう積極的なハグを前に、ただただ私は甘受するしか出来なかった。

 お姉ちゃんとお酒関係で、分かったことがもう一つある。どうやらお姉ちゃんはお酒に酔っちゃうと……普段から強靱な精神力で抑えつけている色んな欲望が解き放たれて。そして酔う直前に考えていたことを実行してしまう傾向にあるようだ。


 例えば一番最初に酔った時は、


『成長した琴ちゃんと触れ合いたい』


 という欲望が解放されて酔っている間中お姉ちゃんにいっぱい触られちゃったし。この間お姉ちゃんが酔った時は、


『琴ちゃんを甘やかしたい』


 という欲望が爆発し、『ママ』に成りきったお姉ちゃんは母性本能全開で私をとろっとろに甘やかしてくれた。


 お姉ちゃんのこの様子から察するに、多分だけど今回は……


『琴ちゃんに恥ずかしい思いをさせてやりたい』


 と、考えているんだろう。この通り、Web会議の仕返しに私を困らせてやろうとお姉ちゃんはハグ魔と化した。(※勿論、私にとっては仕返しどころかご褒美です)


「(普段のお姉ちゃんも大好きだけど……こういう、酔って積極性が増したお姉ちゃんも……また違った魅力が溢れてて……好きぃ……♡)」


 膝上に乗っかかるなんて畏れ多いしやめさせなければ——頭ではそう理解しているのに。この幸せ空間が幸せすぎて抜け出せなくなってしまっている私。やめさせるどころか……自分からもお姉ちゃんを抱きしめ返し、眼前に広がるお胸の感触とお姉ちゃん特有の甘い香りを思い切り堪能してしまう始末だ。


「…………琴ちゃん」

「はふぅ……え?な、なぁにおねえちゃん……?」


 と、目的を忘れかけこの時間が永久に続けば良いのにとまで思い始めたところで。不意にお姉ちゃんは私を解放し、じぃっと私の顔を見つめてながら私の名を呼ぶ。どうしたんだろうと私もお姉ちゃんを見つめ返すと。お姉ちゃんはジト目でこう尋ねてきた。


「ね、琴ちゃん。ちょいと聞いてもいいかしらー?おねーちゃんの気のせいかもしんないけどさー」

「う、うん……」

「…………なんかさー、?これオシオキのハズなんですけどー?」

「……な、何の事かな?」


 恐らく嬉しい気持ちが抑えきれなかったのだろう。恥ずかしがるどころか寧ろノリノリでハグを返した私に、お姉ちゃんは怪訝そうな顔をしてきて……

 ……いけない、バレた……?で、でも仕方のない事だと思うんだ。お姉ちゃんとのスキンシップを嫌がったりするほうが難しいし……


「…………(パシャッ!)」

「へ……!?お、お姉ちゃん何を……」

「……うん。良く撮れてる。見て琴ちゃん。琴ちゃんの今の顔を写メって見たんだけど。…………私の目の錯覚かなぁ?随分嬉しそうで幸せそうに見えるんですけどー?」

「…………」


 お姉ちゃんが不意打ち気味にスマホで撮った私の顔。そこにはお姉ちゃんの言うとおり、頬は高揚し目は蕩け、挙げ句口元からちょっと涎が出かかっているという……なんともだらしない隠しきれない『お姉ちゃんのハグ嬉しい!』って気持ちがハッキリ表れた顔の私が写っていて……


「お、お姉ちゃんの……き、気のせいなんじゃない……かなー……なんて……」

「…………ふーん。そう」


 それでも苦し紛れにそう答える私に対し。お姉ちゃんは深く追求はせずに撮った私の写真をジーッと見つめる。そうやってしばらく写真の中の私を見つめ。そしておもむろにお姉ちゃんは、私の写真が表示されているスマホに……その唇を近づけて……


「……ちゅ……♡」

「…………!?」


 どういうわけか画面越しの私に、キスを落としたではないか。


「ちゅ、ちゅー……ちゅー♡」

「お、おおお……お姉ちゃん、何をして……!?」

「んー?なあに琴ちゃん。なにをそんなに慌てているのかにゃー?」


 お姉ちゃんの謎の行動に焦る私。その私を尻目に、まるで見せつけるかのように何度も……何度も。スマホに写った私にキスをするお姉ちゃん。

 挑発するように私を一瞥し、キス。頬に、鼻に、おでこに……唇に、キス。艶めかしい吐息と音を鳴り響かせて、キスキスキス……


「(な……なに?お姉ちゃんなにしてんの……!?なにやってんの……!?)」


 なんだかそんなお姉ちゃんを見ていたら、まるで自分がお姉ちゃんにキスされているみたいで……恥ずかしくなってきて。


「(そして私も……なんでこんな気持ちを抱いてるの……!?)」


 そしてそれと同時に。何故だかモヤモヤした気持ちも一緒も溢れてきちゃって……


「ちゅ、ちゅっ……んちゅ…………ふ、ふふ……♪」

「な、何……?なんで、笑うのお姉ちゃん……?」

「やぁっぱり。こっちの方が、オシオキになるみたいね」

「…………ぁぅ」

「恥ずかしい?恥ずかしいんだー?自分の写真にキスされてるとこ見せつけられて、はずかしーんだ琴ちゃーん」


 写真にキスを交わしながら、お姉ちゃんは目を細めて嗤う。


「でーも。ホントは恥ずかしいだけじゃないんだよねー?恥ずかしいだけじゃなくてぇ……琴ちゃんはさぁ」


 そこまで言ってお姉ちゃんは、私の耳元でこう囁くのだ。


「…………、してたでしょ。写真の自分に」

「~~~~~~ッ!」


 私の心の内を見事に見据えた、お姉ちゃんの痛烈な一言が私の胸を貫いた。


「な、ななな……ッ!?なに、を言って……」

「違うの?嫉妬なんてしてないの?ふーん。でもさ琴ちゃん。…………バレバレだよ?器用だね琴ちゃん、写真の自分に嫉妬しちゃうとか。お姉ちゃんわかっちゃうんだーそういうの」

「う、うぅ……」


 必死に取り繕おうとしてみたけれど上手く言葉にならない。それくらい、お姉ちゃんの一言は完璧に私の心を見破っていた。

 恥ずかしい気持ちで胸が一杯だけど。その恥ずかしさ以上に……好きな人が。自分じゃない自分にキスしているところ見せつけられて……ハッキリ言って面白くない。羨ましい。ああ、その通りだ。私は……嫉妬していた。だって私は……まだお姉ちゃんからキスして貰えたことなんて——


「…………キス、されたい?」

「え……」

「琴ちゃんは、お姉ちゃんにキスされたくない?」

「されたい!」


 恥も外聞もなにもなく。食い気味に迷いなくお姉ちゃんのキスを懇願する。も、もしかしたらこれを機に、キス解禁されちゃうのかも……!


「そっかぁ。そんなにキスされたいんだぁ」

「うん!」

「…………でも、だーめ」

「そんなっ!?」


 そんな淡い期待は、お姉ちゃんに無慈悲に打ち砕かれた。


「言ったでしょー?これはオシオキだって。これ以上喜ばせることしちゃったら、琴ちゃんのオシオキにならないもん。……それに、私の唇はそんなに安くはありませーん」


 た、確かにお姉ちゃんの唇は……どんな国宝級のお宝よりも高い物だけど……!お金で買うことなんて不可能な神聖なものだと理解はしているけれど……!?それにしたって上げて落とすようなこの仕打ちは、流石にあんまりだよお姉ちゃん……!?

 そう羨ましがる私の目の前で、お姉ちゃんは再び私の写真目がけてキスを連発する。


「(や……やめて……こんな……こんなオシオキ……これ以上は耐えられない……)」


 色んな感情が渦巻いて、もう見ていられない……耐えられそうにない。絶望から見たくないものをみないように目をそっと閉じて、これ以上脳を破壊されないように心も一緒に閉ざそうとする私。


「…………(スッ)」

「(…………え?)」


 そう目の前が暗くなった刹那の瞬間だった。隙を見せた私の前方で、お姉ちゃんが突然近づいてくる気配が感じられる。なんだなんだと目を見開くよりも一瞬早く、お姉ちゃんは酔っているにもかかわらず今までにない機敏な動きで……


「ちゅ……♡」

「~~~~~~ッ!!?」


 私の頬に、何かを落としていった。頬に残るのは暖かく柔らかい感触。たった一度、お姉ちゃんの了承を得ずに奪った時に唇に残っていたあの感触にそっくりなもの。それが、今……私の頬に……頬に……!?


「お、おね……小絃お姉ちゃ……!?」

「…………今は、これが精一杯。続きは……大人になってからね」


 目を見開いて私の目に映ったのは……いたずらっ子のように舌を出し。はにかみ笑うお姉ちゃん。い、今の……今のは絶対、間違いなくキス……を……!?


「い、今キス!お姉ちゃんからホントにキスしてくれたよね!?」

「えー?お姉ちゃんよくわかんなーい。琴ちゃんの気のせいなんじゃないのぉ?」

「間違いなくキスだった!……も、もう大人だよ私!?だからもう一回!もう一回お願いお姉ちゃん……!?ズルい!見てない時にやるのはズルい……!?」

「だぁめ♡今日はもうおしまーい。ほら、オシオキはもう許してあげるから。今度はふつーに飲み会の続きやろうね琴ちゃん」

「ここでお預けされる方が、よっぽどオシオキだよお姉ちゃん……ッ!」


 ……結局これ以降、この日はお姉ちゃんからのキスも……ハグも、その他諸々のスキンシップも許されず。悶々とした二人っきりの飲み会を過ごすことになった私。

 次こそ……次こそは!絶対にさっきの続き……やって貰うんだからねお姉ちゃん……!

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