114話 仕事も飲み会もオンラインで
波乱のWeb会議を終えたその日の夜。
「——それでは、皆様お飲み物の準備はよろしいですか?」
グラスを片手にそう問いかけるのは、本日(色んな意味で)大活躍していた私の従姉妹の琴ちゃん。本日会議にて司会を務めた琴ちゃんは引き続きこの場も取り仕切る。
「皆さんの協力もあり今回の会議もつつがなく終えることが出来ました。本当にありがとうございます。来週からまた忙しい日々に逆戻りとなりますが、今日この場はそれもすっぱり忘れ。食べて飲んでお話しして目一杯楽しんでください」
長すぎず短すぎず。堅苦しすぎる事もなく、それでも会社の飲み会と言うこともあって程よく丁寧に。そんな絶妙な挨拶を済ませると琴ちゃんは持っていたグラスを高く掲げてこう発する。
「それではご唱和お願いします。乾杯!」
『『『乾杯っ!』』』
「か、かんぱいッ!」
乾杯の発声に合わせて画面の奥からも次々と『乾杯』の声が聞こえてくる。作法など何も知らない私もとりあえず音頭を取り。そして皆さんと一緒に持っていたオレンジジュースを呷る。
ゴクゴクと音を立てて喉を潤し、グラスを勢いよく一斉に机に下ろした直後。画面内外から大きな歓声と拍手が木霊して……今ここに『オンライン飲み会』が始まったのであった。
「いやはや……それにしても昨日今日と驚かされっぱなしだわ。まさか飲み会までリモートでする時代になってるとは」
「あはは。お姉ちゃんビックリした?そうだよね、10年前はそんなに流行ってなかったもんね。一時期に比べると大分廃れたイメージではあるけど。それでも居酒屋をわざわざ予約したりしなくて済むし、自分のペースで飲めるし、費用も抑えられるし、酔って潰れてもわざわざ送り迎えとかしなくて良いし。それに何より……私みたいに家族のお世話が必要な人でも気軽に参加出来るってメリットがあるからね。うちの会社ではまだまだオンライン飲み会は現役だよ」
「へぇ……」
いつでもどこでも会社にいなくても仕事が出来るテレワークでさえ時代は変わったんだなーって、今日まさにしみじみと痛感させられたばっかりだったのに。仕事だけでなく飲み会すらもリモートで出来るようになるなんて時代遅れの私は驚かされるばかりだわ。いやはや凄いなぁ……今やなんでもかんでもオンラインの時代かー……
「けどまあ、琴ちゃんの言うとおり。こういう時オンラインの飲み会も良いものかもね。普段なかなか会うことができない人同士でもお話することができるわけだし」
「そうそう。お姉ちゃんの言うとおりだよ」
「まあ、それはそれとして琴ちゃん。すっごい今更なんだけど一つキミに聞きたい事があるんだ。聞いてもいいかね?」
「んー?なぁにお姉ちゃん?」
オンラインでの飲み会に感心させられながらも。ある重大な疑問を解消できずにいた私は、たまらず琴ちゃんにこう問いかける。
「あのね、琴ちゃん」
「うん」
「…………どうして私まで、琴ちゃんの会社の飲み会に……参加させられているのかな?」
本日Web会議で琴ちゃんが司会と務めると聞き、その勇姿を見届けたいと密かに覗き見しようと企んでいたら……どういうわけかそのWeb会議に出席する羽目になり。そのまま流れで何故か会社の飲み会にまで出席する事になった私。
琴ちゃんが飲み会に参加する事自体はごく自然な事だろうけど……全くの部外者である私まで、何故この飲み会に参加させられているのだろうか……?
「どうして参加させられてるのかって……あ。もしかしてお姉ちゃん。Web会議で疲れちゃった?もうオネムだったりする?もしそうなら今すぐ切り上げて一緒にお休みしよっか」
「いや別に体調自体は大丈夫なんだけど……私が聞いているのはそっちじゃなくて」
「それともオンライン飲み会って何すれば良いかわかんなくて困ってたりする?大丈夫だよ。好きに飲んで食べて、あとは好きな人とお話するだけで良いんだよ。そう難しく考えなくて大丈夫」
「だからそっちでもなくてだね……!?」
『こらこら音羽。小絃さんと一緒に飲み会に参加出来て嬉しい気持ちはわかるけど。そんな答えになってない回答されても小絃さん困るでしょうが』
と、なにやら妙にいつもよりテンションの高い琴ちゃんから期待する答えが返ってこない事にヤキモキしていたところで。画面の奥から琴ちゃんの頼れる上司さんであるヒメさんから助け船が出された。
『いやはや。悪いね小絃さん。こんな内々のイベントにまで参加させちゃって。私も流石に小絃さんが困るだろうからどうかなと思ったんだけどさ。今日の飲み会に参加するかしないか出席確認してたらね、音羽の奴が『お姉ちゃんと一緒なら飲み会も参加します。一緒じゃなきゃ謹んで遠慮させて頂きます』って言って聞かなくてさ』
「な、なるほど……まあ、琴ちゃんなら言いかねませんね」
『そしたら今度は会社の皆までもが『そういう話なら小絃ちゃんも是非とも飲み会に誘ってください!』って言いだしてね』
「な、なるほど——うん?」
いやなんで……?
『だってぇ。こんな機会じゃなきゃ小絃ちゃんとお話出来ないんだもーん』
『ホントは直接小絃ちゃんを弄りたい……もとい直接小絃ちゃんと触れ合いたいところだけど。琴ちゃんのガードが堅いからねー。せめてお話だけでもしたくてさ』
『そういうわけだから、今日はお姉さんたちと朝まで楽しく飲みましょうねー♪』
『というわけで。部下の皆さんの強い希望もあって。小絃さんも特別ゲストとしてこの飲み会にお呼びしたって事さ』
「は、はぁ……」
ヒメさんに丁寧に説明して貰い、ようやく私がこの飲み会に参加する事になった経緯は分かった。……意味はまるで分からんが。
琴ちゃんはともかく、琴ちゃんの同僚のお姉さま方は私なんかとお話して何が楽しいんだろうか……?
『ちなみに今回の飲み会がオンライン飲み会になったのは、音羽の強い要望があったからだね。このやり方ならまだリハビリの途中の小絃さんも無理せずに参加出来るからね。……とはいえ音羽も言ってたけど、小絃さんもまだ身体が本調子じゃないだろうし。オンライン飲み会だろうと辛かったら遠慮せずに途中退席して良いからね』
「あ、いえ。身体は別になんともないんですけど。それよりもヒメさん……部外者の私が参加させて貰ってホントに良かったんですか……?ご迷惑なのでは……」
『いーのいーの。小絃さんの場合は完全な部外者ってわけでもないし。それに小絃さんはある意味今日の主役だったじゃない。Web会議では司会の音羽以上に目立ってたよ。寧ろ皆小絃さんしか見えてなかったよ』
「ふふふ、そうでしょうそうでしょう。皆さんお姉ちゃんに目が釘付けで私も鼻が高かったですよ」
「そんな目立ち方なんてしたくなかったんだけどぉ!?」
ヒメさんと琴ちゃんの傷口に塩を塗る発言に耐えられず、思わず顔を覆って絶叫する私。……何をとち狂ったのか、琴ちゃんは何を思ったのかずっと私を膝上抱っこして今日のWeb会議に臨んでいた。
お陰で琴ちゃんの会社の皆々様に四六時中私と琴ちゃんの羞恥プレイ(?)を見せつける形となっていたわけで……
「ヒメさんッ!それに琴ちゃんの会社の皆々様ッ!ちょうど良い機会ですので聞かせて頂きたいんですが、どうしてあの時皆さん誰一人としてツッコまなかったんですか!?明らかに異常な光景が映されていましたよね!?いっそツッコんでくれた方が楽だったんですけど!?」
自分から傷口を広げるような真似を犯しながらも、ここまで来たらどれだけ恥の上塗りをしても一緒だと開き直り画面の向こうの皆さんに問いかける。その私の問いに対しての皆さんの答えはと言うと——
『ツッコむような場面あった?』←お姉さまその1
『割と良くある光景じゃない?』←お姉さまその2
『微笑ましくてほっこりしたわ』←お姉さまその3
『私も小絃ちゃん抱っこしたい』←お姉さまその4
——この通り、どうやら誰一人として疑問にすら思っていなかったらしい。なるほどよくわかった。……琴ちゃんが働いている会社を悪く言いたくはないんだけど、この会社やっぱどっかおかしいわ!?この会社の中でまともなのってヒメさんだけなんじゃないの!?
若干……いや結構がっつりドン引きする私に。琴ちゃんはにこにこ笑顔でこうフォロー(?)してくる。
「大丈夫だよ小絃お姉ちゃん。そりゃ確かに他の会社で同じような事をしてたら問題になるかもしれないけど……うちは特殊だから。あの程度可愛いものだもの」
「あれで可愛いものって……普段どんな環境で働いているの琴ちゃん……?」
「だって現にもっとヤバい事を会社で平然とやらかしてる親子が上司にいるからね。具体的には——日常的に役員室で致したり。給湯室で屋外プレイもどきをしたり。プレゼン中にうっかり親子の夜のアレコレをプロジェクタに映したりするマザコン上司が」
「…………ヒメさん?」
『ハッハッハ。音羽、そんなに褒めるな。照れるじゃないの』
『ヒメ……そこは照れるんじゃなく恥じてくれ……かーちゃん恥ずかしさのあまり死んじゃいそうなんだが……』
琴ちゃんの暴露にふふんと何故か誇らしそうに胸を張るヒメさんと……そんなヒメさんの隣で顔を真っ赤にして俯くヒメさんにそっくりなあだっぽい年上美人さん。
前言撤回しよう。やっぱこの会社、全員おかしい気がする。
『あ。そういや私も実はちょいと気になってた事があるんだけど。この流れに乗って聞いてもいい?』
「え?あ、はいどうぞヒメさん」
『ありがと。そんじゃ……音羽に聞きたいんだけどさ』
「……?私がどうかしましたか麻生係長?」
『何でWeb会議なのにわざわざスーツに着替えたの?ご丁寧に化粧して、ストッキングまで履いちゃってさ』
「へ……?」
そのヒメさんの問いかけに、私は思わず首を傾げてしまう。え?なに?どう言うこと……?
「ヒメさん、それってどう言う意味なんです……?」
『ん?どう言う意味って……言った通りの意味だけど。Web会議なんだよ?それもほぼ内々の。スーツに着替えたり化粧をするのはまだわからんでもないけど。ストッキングまで履く必要はないじゃん』
「…………あれ?」
い、言われてみれば……確かに。
『そもそも音羽って小絃さんが目覚める前まではWeb会議の時はそんな気合い入った格好とかしてなかったじゃん。ラフな格好で、元が良いから化粧もしないで。ストッキングとか履いたとことか見た覚えないし。それなのになんでまた今日はそんな気合い入れてたん?』
そんなヒメさんの問いかけに。琴ちゃんは当然といった顔をしてこう答えた。
「そんなの決まっていますよ麻生係長。こうやってスーツに着替えてお化粧して、そしてストッキング履いたらですね」
『うん』
「スーツ姿が大好物なお姉ちゃんが、喜んで私を視姦してくれるからですよ。仕事が終わった後でこの格好をお姉ちゃんに堪能して貰えるし、ついでに仕事着としても使えるなんて一石二鳥じゃないですか」
『『『ああ、なるほどー』』』
「そこで納得されても困るんですけど!?」
なんで皆さんその琴ちゃんの答えに納得するんだ……!?
「ってか琴ちゃん!?そんな理由で着替えていたの!?琴ちゃんにとってはスーツ=コスプレ道具なの!?仕事のためじゃなく、私が興奮するから着替えたとでも言いたいの……!?それは流石に心外なんだけど……!?」
「え?興奮……しなかった?私のスーツ姿、嬉しくなかった?」
「…………(ボソッ)いや、それは……しっかり興奮したし嬉しかったけどさ……」
「なら良かった♡」
憎い。例え嘘でも『スーツ姿とか興味ない』なんて言えない欲望に忠実な自分が憎い。
『へー♡小絃ちゃんってスーツ姿が好きなんだぁ』
『あ、そうだったわ。小絃ちゃんって大人の女の人に興味があるんだったよねー♪』
『他にはどんな格好が好き?小絃ちゃんが望むなら、お姉さんが個別にコスプレしてあげて良いわよ♡』
「へっ!?あ、あの……」
ヒメさんの質問を皮切りに。酔ったお姉さま方からの怒濤の質問攻めが始まった。
『年上のお姉さんに弱いんだよね?お胸はおっきい方がいいの?ちっちゃくてもイケル口?』
『ねー小絃ちゃーん♪今度の新作にこーいうブラを発表しようかなって思ってるんだけどさ。小絃ちゃんはどー思う?ちょっと今から実際にお姉さんが着てみるから感想教えてよ』
『小絃ちゃんって琴ちゃんと一線越えた?まだ?だったら予行演習としてお姉さんが文字通り一肌脱いで——』
お酒が入ったお姉さま方は、いつも以上にパワフルだった。きわどすぎる質問だけでなく、露出したり挑発したり誘惑(?)してきたりとやりたい放題好き放題。
ちなみにいつもは適度なところでストップをかけてくれる頼れるヒメさんはというと……
『うぅぅ……どーせ私は……娘に溺れる色情魔な年増ババァだよぉ……いくつになってもヒメに……愛娘に良いようにされる……情けない母親失格な女だよぉ……』
『泣かないで母さん。そういうよわよわで可愛いところも全部含めて愛してあげるから♡』
泣きが入った同居人(?)とイチャイチャしていて周りがすでに見えていないご様子。だ、ダメだ……今のヒメさんは役に立たない……!
「お、おおお……お姉さま方……!?そ、そういう話は私にはまだ早いと言いますか……!」
『キャー♪顔真っ赤にしちゃって小絃ちゃんかーわいー♪』
『結構ウブなのねぇ……そういうところもたまんないわぁ』
『ね、ね!やっぱり一度経験してみるのも悪くないと思うの。お姉さんがリードしてあげるから小絃ちゃんの連絡先教えてよ!』
『あっ!抜け駆け禁止!それなら私だって遠慮しないわ。小絃ちゃん、SNS何やってる?小絃ちゃんが喜びそうな自撮りとか送ってあげるから持ってるの何でも良いから教えて頂戴!』
お断りを入れて見るも逆効果だったようだ。畳みかけるように私に迫るお姉さま方。直接対峙しているわけでもないのに圧が……圧が凄い……これがお酒の、飲み会の力だとでも言うのか……
『『『連絡先!連絡先!!連絡先!!!』』』
「あ、あの……こ、これ以上はホントに私……」
「……よし。ここまでかな。お姉ちゃんお疲れ様、あとは任せて」
「えっ?」
プツン……
『『『あーっ!?映像切れたぁ!?』』』
お姉さま方の圧に屈して、思わずスマホを取り出しかけた私だったんだけど。直後突然画面が真っ暗に。動揺が伝わる音だけが虚しく響き渡る。
た、助かった……?
「いやぁ、もうしわけございません先輩方。どうやらPCの調子が悪いみたいです。急に映像が映らなくなっちゃいましたー(棒)」
『う、嘘おっしゃい琴ちゃん!貴女意図的に映像切ったわね!?』
「ナンノコトヤラさっぱりわかりませんね。わかりませんが……全く、ダメですよ先輩方。いくらお姉ちゃんが素敵だからって……セクハラまがいの発言と行動はダメです。それをしていいのは私だけです」
『琴ちゃんそれは横暴よ横暴!』
『小絃ちゃんのお顔みせろー!小絃ちゃんとお話させろー!』
『琴ちゃんばっかり小絃ちゃんを独占してズルいわ!罰として混ぜなさい間に入らせなさい琴ちゃん!まとめて可愛がってあげるから!』
ギャーギャーと真っ暗になった画面の向こうでお姉さまたちが騒ぐ声が聞こえてくる。そんなお姉さま方にやれやれとため息を吐きつつ。
「おっとスミマセン。今度は音まで聞こえなくなっちゃいました。これでは飲み会どころではありませんね。また次の機会に参加させて頂きましょう。それでは失礼いたします」
『『『こ、琴ちゃんの外道ーッ!!!?』』』
琴ちゃんは情け容赦なく、ビデオの終了ボタンを押した。途端、先ほどまでの姦しい空気はどこへやら。辺りに静寂が訪れる。そんな中、琴ちゃんはにっこり笑って私にこう話すのであった。
「ふふふ。ね、お姉ちゃん。オンライン飲み会って良いものだよね」
「へ?い、いきなりどうしたの琴ちゃん……?」
「だって、リアルの飲み会と違って……酔っぱらいの困ったさんたちに直接絡まれて怪しいスキンシップをされる事もないし。それに……」
「それに……?」
「いざとなればこの通り、他の誰にもお姉ちゃんに干渉できないように出来るからね」
「……ソダネー」
……そんな事を言う琴ちゃんの屈託のない笑顔を見ながら私は思う。ひょっとして……琴ちゃんが今回オンライン飲み会を強く推したのって……これが一番の理由だったのではなかろうか……と。
「さて!それじゃあ邪魔者…………コホン。上司や先輩の皆さんもいなくなったところだし。改めて二人っきりで楽しく二次会始めよっかお姉ちゃん♪はい、お姉ちゃんもグラス持って。二人の夜に乾杯♡」
「あー……うん。か、かんぱーい」
結局オンライン飲み会から一時間も経たぬうちにいつも通りの宅飲みへと移行した。色々言いたいところはあるけれど。何はともあれ琴ちゃんが楽しそうならそれで良いかと思いつつ、今度は琴ちゃんと一緒にグラスを合わせて乾杯の音頭をとる私であった。
…………なお。今回もお酒を口にしてしまい。そのせいで酔って潰れて記憶と意識を吹っ飛ばし。またしても琴ちゃんに悪酔い絡みして困らせる(※琴ちゃん的には困るどころか最高の一時♡)事をやらかしたらしいんだけど……それはまた別のお話。
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