琴ちゃんとWeb会議

111話 テレワーク琴ちゃん

 これはあの『酔わせて潰して赤ちゃんプレイで甘やかそう作戦』が終わった数日後のお話である。


「——小絃さま、本当に申し訳ございませんでした。まさか琴さまがお酒にとても強いとは私知らなくて……知ってたらもっと別のアドバイスが出来たはずでしたのに」

「音羽はあのマコ並に酒に強いからねー。酒豪が集ううちの会社の飲み会でも最後まで素面なのあいつだけだし。そういう事なら先に教えておけば良かったね」


 再び今回私にアドバイスを授けてくれたコマさんをお呼び出しした私。タイミング良くコマさんの家に遊びに来ていた琴ちゃんの会社の上司のヒメさんも一緒にやって来て、二人に作戦の結果報告をする事に。


「い、いえ……コマさんやヒメさんが悪いわけではないんです。一緒に住んでいるのに琴ちゃんのお酒に強さとか知らずに作戦決行した私が短絡的過ぎただけですし」


 それに……何だかんだで本来の目的だった『琴ちゃんを甘やかす』こと自体は成功した…………らしいし。

 なんでも琴ちゃん曰く間違って琴ちゃんのお酒飲んで悪酔いした私は、やりたい放題好き放題やらかしたらしい。


「(まあ、微塵も覚えてないから意味は無いけど……)」


 起きたらその時の事はすっぱり忘れてて……私的にはノーカンだけどね。ああくそぅ、羨ましいぞ酔った時の私。どうして肝心の琴ちゃんを甘やかした至極の時の記憶を飛ばしているんだ……!?記憶飛ばすなら飛ばすでせめて何かしらの記録媒体に残しておけって話ですよ……!


「ところでヒメさん。私、ヒメさんにちょっとお聞きしたい事があるんですけど」

「んー?私に?何かな小絃さん」


 と、まあ反省会はここまでにするとしてだ。ちょうど良い機会だし。以前から気になっていた事をヒメさんに聞いてみることを決めた私。


「うちの琴ちゃんの事なんですけど……琴ちゃんってヒメさんの会社でお仕事しているわけじゃないですか」

「そーだね。『小絃お姉ちゃんを養うために』『小絃お姉ちゃんを楽させるために』ってバリバリ仕事して貰ってるよ。それが何?」

「その事でずっと気になってて……以前も聞いたかもですけど。バリバリ仕事をしている割に琴ちゃんってばせいぜい多くて一週間に二、三回くらいしか出勤していないじゃないですか。あとは私のお世話しなきゃいけないからってお仕事休んでばかりで……会社的に大丈夫なのかなーって……心配で」


 前同じような事を聞いた時は大丈夫だってヒメさんも言ってくれたけど……それでもやっぱり不安になる。流石に無断欠勤とかをしっかり者の琴ちゃんがするとは思えないけど……それでも出勤日数が足りていないのでは?とか。繁忙期に職場を離れて立場が悪くなったりしているのでは?とか。私のせいで琴ちゃんが会社内で孤立してないか?とか……


「もしそうなら……琴ちゃんは勿論ヒメさんの会社的にもマズい事になっていないかなーって……」

「ああ、なんだそんな事か」


 その不安を投げかけると、ヒメさんは微笑しながらこう返してくれる。


「最初に会った時に言ったでしょ。気にしなくて良いって。音羽だってバカじゃな——ああ、いや。小絃さん関係のことではバカになる事はあるけど……それでも仕事に関してはちゃんと真面目だからさ。しっかりスケジュール管理しながら仕事してくれてるよ。休む時は与えられた自分の有休使って計画的に休んでるし。仕事に来た時は休んだ分以上の働きをしてくれるし。何より今はテレワークもあるからねー。職場に来ない時は時間を作って家でも仕事してもらってるし」

「そ、そうですか……それなら良いんですけど」


 にこやか話すヒメさんにホッと胸をなで下ろす。そっか……そういう方針なら安心だね。良い上司さんのいる良い職場で働けて、琴ちゃんも幸せ者だよね。お姉ちゃんとしては嬉しい限りだわ。

 ……ところでだ。


「あの。聞いてばかりで大変申し訳ないんですけど。ついでにもう一つ聞いてもいいですかヒメさん?」

「おー、何かな?何でも聞いていいよー」


 そう琴ちゃんの後方お姉ちゃん面をしながらも。ふとある事が気になってしまう私。


「今更で申し訳ないんですけどね……」

「うん」

「…………テレワークって、なんですか?」


 あまり聞き慣れない単語に首を傾げる私。以前ヒメさんから聞いた時は意味がわからず軽くスルーしちゃっていたその単語。自分が単純に無知なだけかもしれないけど、少なくとも10年前とかだとあんまり聞いた覚えがないんだよなぁ……

 私のそんな問いかけにヒメさんとコマさんは顔を見合わせて、そしてこう答えてくれる。


「あー、そっか。一応昔からある言葉ではあるけど、注目されだしたのって結構最近だっけ。小絃さんが知らんのも無理ないか」

「確かに。10年前は今ほど浸透していなかったかもしれませんね。ええっと、そうですね……凄くざっくりと説明しますと職場と離れた場所で働くことを意味しますね」


 職場と離れた場所で……働く?


「時間や場所の制約を受けないで柔軟に働くことができる仕事形態でね。在宅勤務だったり、本社とは違うレンタルオフィスだったり。あとは移動中の新幹線とか出張先だったり。職場以外で仕事をする勤務方法を総じてテレワークって言うんだよ」

「例えば育児とか介護とか、あと通勤距離が遠い方など。時間や場所や家庭の事情などで仕事がしたくても会社へ行けない方であっても。テレワーク勤務であれば問題無く仕事を出来るんですよ。ご存じないかもしれませんが、小絃さまが目覚められる二,三年ほど前に世界中で爆発的に流行した感染症がありまして。外出制限・自宅待機を余儀なくされた時期があったんです」

「あったあったー。あん時はヤバかったよね。職場どころか禄に外にも出られなかったし」

「その影響もありまして、日本でもテレワークが昔以上に普及したんです。感染が落ち着いた今でも働き方改革と言うことで継続している企業も多いんですよ」

「へぇ……そういう背景があったんですね」


 でも家で仕事ってどうやってやるんだろ……?私、目覚めてから四六時中琴ちゃんと一緒に居るけど……琴ちゃんが仕事をしている素振りとか見たことないような……?

 そう私が疑問を抱くと、察しの良いお二人は私がその疑問を口に出す前に先んじて回答してくれた。


「主に情報通信機器とかを利用して仕事をするんですよ。極端な話、ネット環境とパソコンさえあればどこであっても仕事が出来るんです。オンラインチャットを使えば仕事の進捗状況を職場の皆様と共有出来ますし。作成したデータもネット上に保管や転送も出来ますし。今ではわざわざ現地に集まらなくても、全国……いいや全世界どこででも会議出来ちゃいますからね」

「小絃さんも音羽がなんかパソコン弄ってたり画面の向こうに喋っているの見たことない?あれ、遊んでるとかじゃなくて仕事してるんだよね。」

「…………あっ。あーっ!アレってそういうことだったんですか!?」


 密かな私の日常の中の疑問が今氷解した。私がご飯作ってる時とか、ぼけーっとテレビ見てる時とか。ほんの数時間私の側から離れてパソコンでなにやら琴ちゃんがしてたりしたけど。あれって仕事してたのか……てっきり貴重な趣味の時間を楽しんでいるものかと。

 はぁー……こういうところでも10年の時が経過してたんだなって実感するね。技術の進歩って半端ねーですわ。

 

 ……あれ?でもちょっと待って?そうなるとつまり……


「遊んでたんじゃないって事は……琴ちゃんって家では私の世話をするか仕事をするかしかしてないのでは……?じ、自分の趣味の時間とかいつ作ってるのあの子……!?」

「大丈夫。それに関しては問題無い。音羽の場合自分の趣味の時間=小絃さんの面倒見る時間だからね」

「趣味が好きな人と過ごす事ですか……ふふふ、愛されてますね小絃さまは」


 なんか良い話だなーと言いたげに二人は笑うけど、お姉ちゃんとしては正直複雑なんですが……あとで琴ちゃんには家にいる時くらいちゃんと自分の時間を作るように言ってあげないと。


「まあ、ともかく職場に顔を出さない時でもあいつはお家で仕事してくれてるから安心してほしい」

「あ、ああはい……それなら良かったです……」

「……あ。そーいや明日Web会議入ってたんだった。ちょうど良いから小絃さん。折角だしあいつの仕事ぶりを見てみたらどう?あいつ確か明日の会議の司会進行役だったハズだし」

「へー……そうなんですか」


 そんなヒメさんの提案を一瞬さらりと流しかけ、そしてハタと気づく。


「……ん?Web会議?」

「そ、Web会議。小絃さん好きだったでしょ。あいつが仕事してる姿」

「……そ、それはつまりその……」


 …………琴ちゃんの、お仕事しているお姿を……お家で堪能出来ちゃうって……こと……!?

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