109話 小絃お姉ちゃん、悪手を打つ

『琴ちゃんを甘やかしたい』


 そんな私のささやかな願いを叶えるため。コマさん直伝の『酔わせて潰して赤ちゃんプレイで甘やかそう作戦』が始動した。

 今回の作戦の肝とも言えるお酒の入手が、実年齢はともかく肉体年齢的にはギリギリアウトな私にとっては最大の壁だったんだけど。


『小絃さま、こちらをどうぞ。以前ご迷惑をおかけしてしまったお詫びと思って頂ければ』


 と、この作戦を立案してくれたコマさんからのご厚意でお酒自体は大量に手に入れられた。アフターケアまで完璧とか正直コマさんには感謝しかないわ。


「あとはどうやって上手いこと琴ちゃんにお酒を飲ませて酔わせるかだけど……」


 その点についても抜かりはない。こういう時の為にコマさんからアドバイス&マコ師匠から伝授されたとっておきの秘策が私にはある。

 琴ちゃんにプレゼントしてもらったエプロンを着て、腕まくりをして気合いを入れる。さて。それじゃあ……琴ちゃんが帰ってくる前にやっちゃいますかね。



 ◇ ◇ ◇



「——お姉ちゃんの手料理はとっても豪華だなっていつも思っているけど、なんだか今日はいつにも増して豪華で美味しそうに見えるね。今日何かあったっけ?」


 お仕事から帰ってきた琴ちゃんを、私とその私が作った出来たてほかほかの夕ご飯が出迎える。観察眼が鋭い琴ちゃんはいつもとは違う妙に気合いの入った私の手料理を見て目をキラキラさせながらそう問いかけてきた。


「ふっふっふっ……いやぁ実はね。ついこの間たまたま、そうコマさんと会ったんだけどさ。その時に『良かったら琴さまに』って色んなお酒を頂いたんだ」

「コマ先生に?」

「うん、マコ師匠とどっか旅行行った時のお土産なんだってさ。んで、折角なのでマコ師匠に教わってたお酒に合う料理を試しに作ってみたわけなんだよ。ホラ、どうせ飲むならお酒が進むおつまみとかで飲んで欲しいなって思ってね。飲まないからよく知らないけど、確かおつまみ無しで飲んじゃうと肝臓に悪いんでしょ?」

「そうだね。空腹状態で飲むとアルコールの吸収が早まっちゃって肝臓への負担がかかるんだよね」

「そうそう!だから頑張ってお酒に合う料理を作ってみたんだ。初めて作った料理も多いから、琴ちゃんのお口に合うかわかんないんだけど……どうかな?」


 恐る恐る尋ねる私に、琴ちゃんは目に涙を浮かべ私の手を取り……感極まった表情でこう返す。


「お姉ちゃんが私の健康まで気にして……私の為だけにお料理までしてくれるなんて嬉しい……!勿論全部残さず食べるよ!汁一滴も残さずに!」

「そ、そこまでやらなくても大丈夫だからね?料理は私も食べるし余ったら次の日に食べれば良いだけだし…………(ボソッ)それに、どっちかというと今回のメインは料理じゃなくてお酒の方だし……」


 涙ぐみながらそんな事を言い出す琴ちゃん。想像以上の食いつきだったけど、とにかく作戦の第一段階は上手く突破出来たらしい。


『小絃さまが作った料理なら無条件に琴さまも食されるかと。お酒に合う料理を振る舞って、その流れでお酒を飲ませれば怪しまれることはまず無いと思いますよ』


 凄いな……ここまでは全部コマさんの読み通りだ。これなら自然にお酒を琴ちゃんに勧められるわ。内心ガッツポーズをしながらエプロンを脱ぎ食卓につく私。


「ささっ、琴ちゃんも座って座って。お腹空いてるでしょ?」

「そうだね、折角のお姉ちゃんお手製料理を冷ましちゃうなんて勿体ないもんね」


 琴ちゃんも一緒に座ったところで、本日の主役と言っても良いアルコールたちをドンッ!とテーブルに並べる私。


「琴ちゃんは何が飲みたい?日本酒もビールも焼酎もワインもなーんでもあるよ!好きなの選んで良いからね!」

「わ、ホントだいっぱいあるね。んー……ならまずはそのワインを飲もうかな」

「OKワインね!私が注いだげる!ささ、まずは一杯どーぞ」

「ありがと。ふふふ……お姉ちゃんに手料理を作って貰えるだけじゃなく、お姉ちゃんにお酌までして貰えるなんてね。これはもう……お姉ちゃんが私のお嫁さんって言っても過言ではないんじゃないかな?」

「過言だと思う。琴ちゃんや?お酒飲む前からすでに酔ってないかねチミは?」

「私はいつだってお姉ちゃんに酔ってるけど?」


 なんて事を言いながら、お互いにお酌する私と琴ちゃん(ちなみに私は色んな意味で飲めないし、子供用のシャンパン風ジュース)。注いだら二人で息を合わせ『乾杯』とかけ声を上げて音を立ててグラスを合わせる。


「ん……美味し」

「おぉ……いい飲みっぷりだね琴ちゃん。ささ、遠慮しないでおかわりも」

「うん。勿論ワインも頂くけど、まずはお姉ちゃんのお料理が食べたいな」

「う、うんそうだね!そうだったね!ちゃんとご飯も食べて飲まなきゃダメだったよね!」

「あ……♪このアヒージョ美味しい……!流石お姉ちゃん、本当にお料理上手になったよね。これワインによく合うよ」

「で、でしょ!でしょ!ワインに合うでしょ!?だ、だったらなおの事このワインを飲まなきゃね!」

「うん、勿論飲むけど。まだワインがグラスに入ってるし自分で注ぐから大丈夫だよ。それよりお姉ちゃんも食べて飲まなきゃ」

「あ、うん……そ、そうだね。……あっ!ち、違うんだよ!?グラスが空いたからおかわりを飲んでもらおうかなって思っただけで、決して琴ちゃんに無理矢理飲ませようとしているわけじゃなくて……!」

「……?お姉ちゃん、なんの話?」

「…………ごめん、気にしないで」


 ……いかん。琴ちゃんを酔い潰せると思うと、ちょっと気が逸っちゃってさっきから余計な事まで口走っちゃってる気がする……

 落ち着け、作戦は始まったばっかでしょう私……まだまだ夜は長いんだ。ゆっくりじっくり時間をかけて……琴ちゃんを酔わせねば。


「それにしても……まさかあのちっちゃかった琴ちゃんが、私の後ろにちょこちょこと愛らしくついて来てくれてた琴ちゃんが。まさかお酒を飲む日が来るなんてね。……しかも私よりも早くお酒飲めるなんてね」


 気を取り直して自分の料理に手を出しながら、そんな話題を琴ちゃんに投げかける。妹分の成長が感慨深いような、その妹分の成長を10年分見損ねたのが残念なような……色んな感情がわき上がってくるなぁ……


「ふふ……お姉ちゃんもすぐにお酒飲めるようになるよ。お姉ちゃんと一緒にお酒を飲める日が来るのが今からすっごく楽しみだよ私」

「お酒かぁ……」


 そういや私、ちょっと前にあや子のアホに唆されて一口だけ飲んじゃったんだよね(『26話 お酒はオトナになってから』参照)。あの時は記憶飛んじゃってどうなったのか全然覚えてないけど……いつか琴ちゃんと一緒に飲めたら良いなぁ……


「…………って、感傷に浸っている場合じゃなかったわ。今日の目的は琴ちゃんと楽しくご飯食べるだけじゃないのに……」

「今日の目的?」

「…………ごめん、ホントなんでもないの気にしないで……」


 今日の私はホントに口が滑りやすくて自分でも呆れかえるわ……とりあえず何でも思った事を口にするのはやめようそうしよう。


 と。そんなこんなで途中ついうっかり口が滑って余計な事まで口走る事が何度かあったけど。それでも琴ちゃんは私の不審な言動を『いつもの事』と思ってくれたらしく(それもどうかと思うけど……)全く警戒なく私の手料理をいっぱい食べて、そして……コマさんから頂いたお酒もいっぱい飲んでくれた。


「え、えっと……琴ちゃん大丈夫……?気持ち悪くなったりとか……してない?」

「ううん、全然。気持ち悪いどころかとっても気持ちいいよ」

「そ、そう……」


 具体的にはワイン二本は軽く開け、その途中で日本酒も焼酎もビールもウイスキーもウォッカも……酔わせたい私が若干心配するレベルで一通り飲み明かした琴ちゃん。こういうのを『ちゃんぽん』飲みっていうんだっけか。


「(でも……これなら確実に琴ちゃんも酔ったはず……!)」


 ちらりと琴ちゃんの綺麗なお顔を覗き見ると、ほんのり頬を染めて私を見つめていた。これはまさしくお酒に酔ってる証拠だろう。この状態ならどれだけ恥ずかしい事をしてもされても覚えていないだろうし……『赤ちゃんプレイ』を開始しても一切問題無いはず。


「(大事な妹分を酔わせて思い通りにしようだなんて……最低なお姉ちゃんでごめん琴ちゃん……)」


 心の中で一言謝りつつ。頃合いとみて早速実行に移る。まずは手始めに……


「琴ちゃん。そんなに飲んでばっかりじゃダメよ。ちゃんとご飯も食べましょうね。あ、あーん♡」


 ジャブの代わりに『あーん♡』を繰り出す私。いつもの琴ちゃんならここで、


『私は自分で食べられるよ。私よりもお姉ちゃんの方がお手伝い必要だよね。と言うわけではい、あーん♡』


 と言ってくるところだけど……


「あーん♡」

「…………ッ!」


 なんの抵抗もなく、あっさりと私にされるがまま『あーん♡』してくれる琴ちゃん。や、やった……!上手くいった……!琴ちゃん見事に酔ってる……!

 こ、これならもっと進んで琴ちゃんをもっと甘やかすことも出来——


「ありがとお姉ちゃん。それじゃあお返しに私もあーん♡してあげるね。はい『あーん♡』」

「へっ?……あ、ああうん……あーん……」


 ……あれ?


「お姉ちゃん美味しい?」

「う、うん……おいしい……」

「そうでしょうそうでしょう。なにせ私のお姉ちゃんが作ったお料理だし美味しいに決まってるよね」

「……」


 おかしい、どうして私は『あーん♡』をお返しされているんだ……?


「そ、それより琴ちゃん!だ、大分お酒飲んで酔っちゃったでしょ?お姉ちゃん……じゃなくてその……ママ、が……ひ、膝枕とかして介抱してあげよっか……!」


 何かおかしいと思いつつ、気を取り直して今度は膝枕を試してみる私。


「お姉ちゃんは優しいね。ありがとお姉ちゃん。それじゃあ折角だし膝枕して貰おうかな」

「ど、どうぞどうぞ!さ、さあ遠慮なく堪能して良いよ琴ちゃん!」

「でもお姉ちゃんもこんなに沢山のお料理を一人で作るのは大変だったでしょう?10分交替でその次はお姉ちゃんが私の膝枕で休んで良いからね」

「え……?あ、ああうん……ありがと……」


 膝枕自体は琴ちゃんも受け入れてくれたんだけど……何故か気づけば私は琴ちゃんに膝枕返しをされていた。


「え、ええっと……そ、そうだ!琴ちゃん大分飲んでおトイレとか近いんじゃないかな!?わ、私が……琴ちゃんの……まま……である私が琴ちゃんをおトイレに連れて行ってあげても良いよ……!酔って上手く服が脱げないなら……わっ、わたしが……服脱がせて……あげる……から……」


 半ば自棄になった私は、赤ちゃんプレイの鉄板(?)である禁断のトイレ管理に手を出して見るも……


「わぁ、手伝ってくれるの?ありがとお姉ちゃん。それじゃあ……終わったら私もお姉ちゃんのおトイレのお手伝いをしてあげるからね♡」

「…………」


 そんな恐ろしいカウンターを喰らう始末ときた。


「(…………おかしい、何かがおかしい)」


 なんだろうこの……なんとも言えない手応えの無さは。酔わせたお陰で今日は私が主導権を握っているはず。琴ちゃんも一応は私に甘えてくれてる……ハズだ。

 それなのに……上手いこと琴ちゃんの手のひらの上でタップダンスを踊らされているような……この暖簾に腕押し感は一体何だ……?『甘えてくれてる』と言うより『』ような……そんな芝居がかった感じがするのは何でなんだ……?


「(って言うか、ホントに琴ちゃん酔ってるの……?)」


 いや、あれだけ大量に琴ちゃんもお酒を飲んだわけだし顔だって赤いし……確実に酔っているはずだ。

 それなのに言動がいつもと大して変わっていないような気がするのは一体何でなんだ……?



 Prrrr! Prrrr!



「で、電話……?あ、あや子からだ……ご、ごめん琴ちゃん。ちょっと電話出てくるね……」

「うん、良いよ。……ああでも、あんまり待たせちゃ寂しくなっちゃうからほどほどにね」


 困惑する私を前に、タイミングを図ったかのように悪友あや子からのコールが鳴り響く。仕切り直すためにもちょうど良かったし、琴ちゃんに断りを入れてからリビングを出て……廊下であや子の電話に出てみることに。


「も、もしもしあや子?な、何さ……」

『おっす小絃。『今日こそ一人前の琴ちゃんのお姉ちゃんになってくる』って息巻いてたけど、進捗状況はどうなのか気になって電話してやったわよ』

「ど、どうって……えっと……」

『その様子だとやっぱり上手くいってないって感じね。案の定今回も失敗したってところかしら?想像通り過ぎて笑えるわねー』

「ぐっ……!」


 電話の向こうで大爆笑するあや子のアホ。この口ぶりだと失敗するのは既定路線だって言われてるみたいで滅茶苦茶ムカつくわ……!


「し、失敗なんてしてないし!作戦実行中なだけだし!お、お酒飲ませるところまでは上手くいってるし……!」

『でも飲ませたは良いけど、思ってたほど琴ちゃんが酔ってなくて困惑してるってところかしら?』

「待て何故わかる……!?」


 見事に今の状況を言い当てられて動揺が隠せなくなる私。そんな私の反応に更に大笑いをしながら、あや子はこんな事を言い出した。


『やっぱりね。その様子だと小絃は知らなかったワケか。ハハッ……!そんなおバカさんな小絃に良い事を教えてあげましょうか』

「…………い、良い事って何さ」

『琴ちゃんを酔わせて潰すってのがあんたの今回の作戦だったみたいだけど……教えてあげるわ。あの子……琴ちゃんはね』

「こ、琴ちゃんは……?」

「は……?」


 あや子以上に、お酒に強い……?


『私も結構イケル口だけど。琴ちゃんには負けちゃうわ。私と紬希、そして琴ちゃんと一緒に飲み会うことも時々あるんだけどね。いつだって最後まで酔い潰れないのが琴ちゃんなのよ。何度か琴ちゃんと飲み比べした事あったんだけどねー。全戦全敗。あの子ぜんっぜん酔わないの。ありゃザルを越えてワクね』


 待って……琴ちゃんっていつも酒ばっか飲んでるあのあや子以上に強いの……?


「って事は……まさか……今の琴ちゃんは酔ってるどころか……」

『素面に決まってんでしょ。どれだけ飲ませたのか知らないけど、ちょっとやそっとじゃあの子が酔うわけないじゃない』

「素面……!?で、でも琴ちゃんのお顔とか真っ赤だったけど……!?」

『そりゃ単にあんたにジッと見つめられて顔赤くしてただけでしょ』

「…………」



 Pi!



「…………素面……全然、酔ってない……?」


 衝撃の事実が判明し、フラフラとリビングへと戻る私。そんな……それじゃあ、私はなんのために……?


「お姉ちゃんお帰り。……って。あ、あれ……?ど、どうしたの?大丈夫?なんか落ち込んでいるように見えるけど……」

「…………ダイジョウブデス」


 出迎えてくれた琴ちゃんは、いつも通りの綺麗で可愛い私の理想の大人の女性で。あや子の言うとおり琴ちゃんは全然酔っていないみたいだ。

 この場合今回の『酔わせて潰して赤ちゃんプレイで甘やかそう作戦』の根幹が崩れ去る事になるわけで。


「(これじゃ先に進めないじゃない……素面の琴ちゃんに『赤ちゃんプレイ』とか……出来るわけないじゃない……)」


 って言うかだ。今気づいたんだけど……素面だったならさっきのあーん♡も膝枕も…………お、おトイレに誘ったのも……滅茶苦茶恥ずかしい事琴ちゃんにしてたのがバッチリ覚えられていたという事になるのでは……?

 ハッハッハッ!…………ははっ、あははははははは……ッ!


「…………(ぐいっ!)」

「あっ……!?こ、小絃お姉ちゃんソレは……!」


 居たたまれない気持ちが湧いてきた私は、気恥ずかしさを誤魔化すように近くにあったブドウジュースを手に取る。そのまま勢いよくソレを飲み干して——そして。


 …………ここまでが、私に残ったハッキリとした記憶である。







「こ、小絃お姉ちゃんソレは……私の飲みかけのワインじゃ……!?だ、大丈夫!?き、気分悪くなってない!?気持ち悪いなら急いでトイレに……いや救急車を——」

「…………ヒック」

「え……?あ、あの……お、お姉ちゃん……?」

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