108話 小絃お姉ちゃん、悪巧みする

 事故ってうっかり10年眠りこけ。そこから目覚めてからと言うもの……私こと音瀬小絃は、慕われていた元ロリっ娘従姉妹の音羽琴ちゃんに……それはもう毎日色んな意味で振り回されっぱなしだった。


『小絃お姉ちゃん、これからは私がお姉ちゃんの手足となるから。ご飯も、お風呂も……【検閲対象です】も【放送禁止用語です】も【お見せできません】さえも……私が全部、お姉ちゃんのお世話をしてあげるからね……!』


 ある時は事故のせいでとてつもなく私に対して過保護となった琴ちゃんに、ありとあらゆるお世話を強制的にされて。


『え?家でぐーたらばっかりじゃ申し訳ないし大学に行くか就職したい?…………なんで?お姉ちゃんは私のお嫁さんになるんだし、その必要ある?お姉ちゃんは生きてさえいれば良いんだよ。私のお嫁さんとして私の側で永久就職して貰えばそれでいいんだよ。どうしても私の為に何かしたいなら……はいこれ婚姻届♡ここにサインと拇印を——お姉ちゃん、どこ行こうとしているの?どうして逃げるの?逃がさないよ…………永久に』


 ある時は私を家から……というか琴ちゃんの側から離れぬようにと、琴ちゃんの嫁ポジ以外の道を断ち切られ。


『お姉ちゃん……私、ちゃんと大人になったんだよ。お姉ちゃんと昔約束した通り……お姉ちゃん好みの大人の女になったよ。だから……良いんだよ、私を好きにしても。お姉ちゃんが持ってたちょっと大人の本みたいな事をしても許されるんだよ。……ううん、寧ろ……してほしい。お姉ちゃんの手で、私を滅茶苦茶にして……♡』


 そしてまたある時は、知らぬ間にダイナマイトボディとなっていた琴ちゃんに物理的にも精神的にも蠱惑的に迫られて——


 そんなわけで目覚めてから今日に至るまで、主導権を握った琴ちゃんは私に対してやりたい放題好き放題。お陰で私の姉としての尊厳やプライドはもうズタズタのボロボロなのである。今ではすっかり琴ちゃんの頼れる姉から、ただの琴ちゃんのダメヒモ女に成り下がってしまっていた。

 ……けれど、そんな情けない日々も今日で終わりだ。今日という今日こそは……私が主導権を握る。琴ちゃんに飼い慣らされた腑抜けた自分とおさらばし、あの日の自分を……琴ちゃんの頼れるお姉ちゃんだったあの頃の自分を取り戻すんだ……!


「——と言うわけで。今日こそ一人前の琴ちゃんのお姉ちゃんになってくるからねあや子」

『……まーたわけのわからん事をなんの脈絡もなく言い出したわね小絃。いつもの事ではあるけどさ』


 そんな決意表明を、長年の悪友のあや子にすると。その悪友は電話の向こうで呆れた声を上げていた。


『つーか小絃。それ一体何度目の決意表明よ。あんたいっつも『琴ちゃんの理想のお姉ちゃんになってくる!』って息巻いて。そして結局はなんやかんやあって琴ちゃんに返り討ちに遭ってるでしょうに。進歩のないあんたのことだし、どうせ今回も失敗するオチでしょ』


 オチとか言うなし。


「ふっふっふっ……残念だったねあや子。今日の私はひと味違うのさ。なにせ……今回は頼りになる先生に、ご教授頂いてきたわけだから!」

『頼りになる先生?』


 確かに以前の私なら、あや子のアホの言うとおり何も考えず琴ちゃんのお姉ちゃん面をしていつも通り逆転され。そしていつも通り琴ちゃんに身ぐるみを剥がされて骨の髄までしゃぶりつくされて琴ちゃんの良いようにされちゃっていたところだろう。

 ……だが、今日という今日は違う。


「今までの私の敗因は……ズバリ『妹』という存在の理解の無さにあったんだよ。『妹』が何を求め、何を考えているのかをきちんと理解出来ていなかったから……だからすぐに琴ちゃんに逆転を許してしまっていたんだ。……だからこそ!今回はちゃんと人生の師であり、『妹キャラ』の先達である立花コマさんに『妹』がなんたるかをしっかりとご教授頂き予習済み!これで私もようやく琴ちゃんと同じ土俵の上に立てたってわけさ!」

『ふーん。よくわからんしどうでも良いけど……とにかくそのコマさんって人に色々教えて貰ったって事ね。まあ小絃の浅知恵じゃいつもの何も変わらないだろうけど、他の人からアドバイス貰えたなら少しはマシになるかもね。んで?具体的にはどうするつもりなのよ?』


 よくぞ聞いてくれた。私はコマさんからのアドバイスを元に立てた、とっておきの作戦を満を持してあや子に披露する。


「まず琴ちゃんに甘えて貰うために、手始めに『赤ちゃんプレイ』を——」

『前言撤回。バカでしょ小絃』


 まだ作戦を言い切っていないのに一蹴された。何故だ……


『もう一度念を押して言うわ、バカでしょ小絃。なんで『頼れる姉になりたい』って話から『赤ちゃんプレイ』がどうのこうのって業が深い話になるのよ。『姉』から『ママ』に一足飛びしてるじゃないの』

「い、いやでもコマさん曰く、ああいう普段から真面目でしっかりしてる琴ちゃんみたいな子ほど甘えさせるには効果的だって太鼓判をおしてたし……赤ちゃんプレイを通して琴ちゃんに甘えさせれば、それがきっかけで琴ちゃんも日常的に私に甘えてくれるようになるはずだって……」

『全てが間違っているわよソレ。……大体ね、琴ちゃんがあんたの前でそんな倒錯的な事をやるとでも…………ああ、いやあの琴ちゃんなら確かにやりかねないところはあるし、実際やってたけど……それにしたってやるならやるで琴ちゃんならあんたを赤ちゃんに見立てたプレイをするハズでしょ。あんたが主導権を握るなんて不可能に近いと思うんだけど?』


 確かにあや子の言うとおり。普通に赤ちゃんプレイを始めても、いつもの流れなら私が赤ちゃん役として琴ちゃんに全力で甘やかされてしまう事だろう。だが……


「その点は大丈夫。今回に限って言えば秘策がある」


 コマさんからこういう時に主導権を握る秘策についてもすでに伝授されているから抜かりはない。今こそその秘密兵器を使う時。


『ほう、秘策ね。一応言ってみなさい小絃』

「お酒で酔わせて潰して琴ちゃんの判断力を削いでから主導権を——」

『アウトよおバカ』


 心の底から軽蔑するようなあや子の呆れた声が電話越しに聞こえてくる。あれおかしいな……?


「待てあや子。何か誤解をしているようだから弁明させろ。一応言っておくけど琴ちゃんを酔い潰してからやらしいことをやろうとかそういう感じのアレではないんだよ。ただちょっと心の枷を解いて自由になった心で赤ちゃんプレイを堪能して貰おうとだね」

『やかましい性犯罪者。いつかやるかもしれないとは思ってたけどそこまで堕ちたか。とりあえず警察を呼ぶから今のうちに弁護士の準備でもしておきなさい』

「ロリコン前科者に犯罪者呼ばわりされるのは心外なんだけど!?」

『私だって前科者じゃないわよバカ!?』


 ギャーギャーと電話越しに言い合う私たち。くそぅ……まるで人を犯罪者みたいに言いやがって……あや子の方こそ叩けばホコリがわんさか出てくるロリコン性犯罪者の癖に……!


「と、とにかく!こちとらなりふり構っていられないんだよ!止めても無駄だからねあや子!…………それはそれとして、警察は呼ばないでくださいお願いします!(ガチャッ!)」


 これ以上の問答は無駄だと判断し、さっさとあや子との電話を切る私。…………そうだ、なりふり構っていられない。用意した大量の缶ビール・日本酒・ワインにetc.——それらを一瞥しつつ覚悟を決める。

 今後琴ちゃんに甘えて貰うためにも……琴ちゃんに甘えて貰えるお姉ちゃんになるためにも……外道に堕ちてでも琴ちゃんとの赤ちゃんプレイを成し遂げてやるんだから……!







『(ガチャッ!)もしもし!?もしもーしっ!?…………あんのバカ、切りやがったわね……』

『あや子ちゃんどうしたの?なんだか大声出してたけど大丈夫?何かあったの?小絃さんとお話してたみたいだけど……』

『ああ紬希。それがね、聞いて頂戴よ。あの小絃のバカったら、あろうことか自分の大事な妹分の琴ちゃんを酔い潰して卑猥な事をしようと企てているのよ』

『へっ……!?こ、小絃さんが琴ちゃんを酔い潰そうと……?な、なんで?二人に何があったのホントに……』

『知らないわよバカの考える事なんて。とにかく琴ちゃんの身の安全を確保するためにも、ここは心を鬼にして警察に連絡を……』

『う、うーん……でもさあや子ちゃん。そこまでしなくても大丈夫なんじゃない?』

『どうしてよ紬希?琴ちゃんが心配じゃないの?』

『だって小絃さんなら……琴ちゃんが本気で嫌がるような酷い事は絶対にしないだろうし。それにホラ、あや子ちゃんだって知っているでしょ?琴ちゃんを酔わせるなんて……ねぇ?』

『…………ああ、言われてみれば確かにそうだったわ。琴ちゃんってああ見えて滅茶苦茶お酒に——』

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