番外編 ダメ姉妹は、人生相談される(中編)

「コマさん、私……妹という存在の気持ちが知りたいんです」

「妹という存在の気持ち……ですか?」


 マコ師匠の双子の妹さんのコマさんに、思い切ってそんな問いかけをしてみた私。コマさんはその私の問いに首を傾げてこう尋ね返す。


「ええっと……申し訳ございません小絃さま。質問の意図がちょっとわかりかねるのですが……」

「あー……こっちこそすみません。流石に漠然とした質問でした。……んーと、ですね。まず私にとって琴ちゃんと言えば……命をかけてでも守ってあげたい可愛い子。ちっちゃな頃から面倒見ていた私としては、琴ちゃんはまさに『妹』のような存在なんです」

「ええ、それはお二人を見ているとよくわかりますよ」


 甘え上手で、ちょっぴり天然。愛嬌があって目に入れても痛くない……それが私が昔から琴ちゃんに抱いていたイメージだ。


「ですが……今は違います。私の感覚的には前日まで可愛い妹だったのに、ふと目を覚ましたら……一瞬で大人の女性になっていて。色んなところが成長しまくってて……あ、いや勿論私が見守っていなくても立派に琴ちゃんが育ってくれた事自体は喜ばしい事なんですけど……」

「けど?」

「…………10年の時を経て、琴ちゃんに甘えられるどころか……甘やかされることが多くなってきて……正直それが困っているんです……」


 間違っても琴ちゃんには言えない悩み事。それをコマさんに告白する私。


「甘やかされることが多くて困る……ですか。具体的には小絃さまは琴さまにどんな風に甘やかされるのですか?」

「何から何までです。目覚めてから今日に至るまで、琴ちゃんったら文字通り何から何まで私のお世話をしようとしてくるんです。リハビリとか……あと長距離の移動とかはまだ納得できる範囲のことですが。自分の仕事や自分の趣味の時間を犠牲にしてまで……私の食事とかお風呂とか……と、トイレとか……隙あらばそういう自分でも出来る身のまわりのお世話までしようと躍起になっていまして……」


 こんな相談、他の人に話したら『美人従姉妹に甲斐甲斐しく世話されるのが嫌だとか、なんて贅沢な悩みだ自慢か?』とか『それのどこが不満なんだ今すぐ自分と代われよ』とかキレられそうな案件だけど……とんでもない。私にとっては死活問題なのである。


「……ふむ。その悩み、琴さまにお話されたことはありますか?」

「い、一応あるにはあるんです。琴ちゃんのお陰で随分身体も良くなったしもう自分の事は自分で出来るよって。だから琴ちゃんがお世話する必要ないよって。ですが——」


『お世話の必要がないって……どう言うこと……?わ、私なにかお姉ちゃんに悪い事した……?ごめん、ごめんなさい小絃お姉ちゃん……!ちゃんと改善するから……!悪いとこ全部なおして、ちゃんとお姉ちゃんに完璧に尽くせるように頑張るから……!だから、おねがい……私を捨てないで……ッ!』


「——といった感じで。琴ちゃん凄い気に病んで、宥めるのに凄い時間かかっちゃって」

「…………その光景、目に浮かびますねー」


 いやはや……あの時は大変だった。あの失言の後は琴ちゃんったら丸一日必死に私に縋り付いてきたし……危うくベッドの上に縛り付けられて一生琴ちゃんにお世話させられそうになるしで……


「そこで話を元に戻しますが……コマさんはマコ師匠の妹さんで、琴ちゃん以上に大人の女性で、琴ちゃんとも話が合いますよね?わかるのであれば是非とも教えてください。『姉』を甘やかそうとしてくる『妹』の気持ちを。『妹』は『姉』に一体何を求めているのかを」

「……なるほど、そういう事でしたか」


 そこまで私が話をすると、コマさんは少し考える素振りを見せて……


「その問いに答える前に小絃さまにお尋ねです。お世話をされること……と言いますか、甘やかされることはお嫌いなのですか?」


 逆にそんな事を問いかけてきた。甘やかされることが嫌いか……か。


「いえ、その…………正直に言いますが。例えば大人の……そう、まさに今私の目の前にいるコマさんみたいな綺麗で優しくて凜々しい、まさに大人の女性の鑑みたいな人にどろっどろに甘えて甘やかされたいって気持ちは恥ずかしながら私にはあります」

「あら、それは光栄ですね。でしたら当然、そんな風に大人の女性に成長した琴さまにも甘えたい気持ちが小絃さまにもあるのですね?」

「こ、琴ちゃんに関しては例外です!」


 確かに琴ちゃんは私の好みにドストライクで……なんのしがらみもなければ恥を掻き捨てて全力で甘えにいってたところだろう。でも、でも……!


「私にとって、琴ちゃんは……大事な妹で……姉としてはそんな大事な妹に甘えるわけにはいかないんです……!」


 私はお姉ちゃんなんだぞ?姉としてのプライドがあるんだぞ?だからおいそれと大事な妹に甘えるわけにはいかないんだよ……!


「ただでさえ私、琴ちゃんに沢山迷惑かけているってのに……これ以上ことちゃんに甘やかされたら……ズブズブに堕落しちゃいそうでダメなんです。姉としてはもっとしっかりしなきゃいけないのに……理想の『お姉ちゃん』になりたいのに……!」

「…………ふふ」

「……?あの、コマさん……?」

「失礼。やっぱり似ているなって思いまして。やっぱり『姉』ってそんな風に考えちゃうんですねー」


 コマさんは私の悩み相談にクスリと笑みを浮かべてそう呟く。まあ笑われても仕方がない悩みとは私も思うけど……似ているってなんの話……?


「独り言です。お気になさらず。小絃さまのお悩みはよくわかりました。……そうですね。小絃さま。あまりお話したくないことでしたら無理に話されなくても良いのですが……確か小絃さまって琴さまを庇って……それが原因で10年昏睡状態になっていたと聞きましたが」

「あ、はい……一応そういうことになってますね」

「あの事件と、そして小絃さまが目覚めた件は私もよく知っています。『命がけで従姉妹を守り、奇跡の生還を果たした女子高生』と大々的に話題になりましたから。小絃さまは有名人ですものね」

「そ、そうなんです……?」


 偶にその話題を振られるけど……あんまり実感がない。私、有名人……なのか?そうやって訝しむ私に、コマさんはなんだか遠い目をしながら嬉しそうにぽつりと話を始める。


「私も……」

「へ?」

「実は私も、小絃さまのように……幼い頃マコ姉さまに命を救われた経験があるんです」

「師匠に……?」


 それは初耳かも……へぇ、あのどんくさそうな(失礼)マコ師匠がコマさんの命をねぇ……


「だから……私、琴さまの気持ちがちょっとだけわかるんです。……あのね、小絃さま。琴さまは……きっと必死なんですよ」

「必死?何がです?」

「偉大な『姉』の力になりたいって、必死なんです」

「…………はい?」


 偉大な……姉?いだい……誰が偉大?


「件の事故は琴さまにとっては人生を左右するくらいの衝撃だったハズです。幼い頃から自分を大切にしてくれて、文字通り命を救ってくれた小絃さまは……きっと琴さまにとっては絶対的で偉大な何事にも代えがたい存在に昇華されています。だから少しでも小絃さまに恩を返したい。少しでも小絃さまの力になりたい。……琴さまが小絃さまを甘やかそうとしている、と小絃さまは言っていましたが。正確には甘やかそうとしていると言うよりも……そういう琴さまの気持ちが全面的に現れた結果だと思うんです」

「……あー」


 コマさんにそう分析されて……納得出来た。いや、再確認出来たと行った方が正しいか。やっぱあの事故は琴ちゃんにとって相当根深くトラウマに……


「そういうわけですので……恐らく無理に『甘やかすのはやめて』とお願いしても、今の琴さまにとっては寧ろ逆効果だと思われます。しばらくは好きにやらせてあげるのも一つの方法かと」

「で、でも……あんまりお世話ばっかりされるのも……お姉ちゃんとしては情けないですし……」


 琴ちゃんの気持ちはわかった。けれど……それはそれとして一方的に甘やかされるのはやはりどうかと……


「ええ、勿論小絃さまのお気持ちもわかっていますとも。ですので小絃さま。ここは逆転の発想をしてみてはいかがでしょうか?」

「逆転……?」

「甘やかされるのをやめさせるのではなく、

「……!」


 わ、私から……琴ちゃんを甘やかす……!それはなんと甘美な提案……ッ!


「要は一方的に与えられる関係ではなく、双方が与え与えられの関係になれば良いのでしょう?琴さまに甘やかされたら、同じように琴さまを甘やかしてあげれば……バランスが取れるというものです」

「で、ですがコマさん。それが出来れば苦労はしませんし、私も琴ちゃん甘やかしたいって常々思ってましたけど……でも、一体どうやって……」


 昔はお姉ちゃんモード全開で琴ちゃんを甘やかすのが生きがいだったけど……今の私には姉力(?)が足りていないせいで残念ながら琴ちゃんを満足に甘やかせないでいる。

 それに大人になった琴ちゃんだって今更昔みたいに素直に私に甘えようとは思わないだろうし……一体どうやったら……


「大丈夫です小絃さま。私ならその方法をよーく知っています。小絃さまにもその方法を伝授いたしましょう」

「おお……!なんと頼もしい……!」


 流石コマさんだ。やはりデキる大人の女性というものは違うなぁ。


「ではコマさん、早速教えてください。琴ちゃんを如何にして甘えさせたら良いんですか?」

「お答えしましょう。大人の女性を甘やかす方法、それは——」

「(ゴクリ)…………それは?」







「赤ちゃんプレイです」

「…………あかちゃんぷれい?」

「赤ちゃんプレイです」


 至極真剣な表情で、凜々しく聡明で美しいコマさんから満を持して発せられる『赤ちゃんプレイ』とかいう意味のわからないワード。

 …………おかしい。数秒前までそれなりに真面目な話をしていたハズなのに……たった一言でこの場の空気が変わったんだが……?


「あの、コマさん……?冗談はその辺にして真面目に……」

「真面目な話ですよ。良いですか小絃さま。普段ストレスを抱えていたり、しっかりしなければと思っている人ほど……このプレイは効果的なんです。小絃さまのために理想の大人の女性にならざるを得なかった琴さまにとってはぴったりのプレイかと思われます。琴さまだって内心は……昔のように小絃さまに甘えたい、そう思っているハズなんですからね」


 そうかなぁ……?


「で、ですがいきなりそんな……その、マニアックすぎるプレイな気が……」

「あら?ですが小絃さま。小絃さまはすでに琴さまとそういうプレイを堪能されたとお聞きしていますが」

「知らないんですけど!?」


 そーいやあや子も『あんた琴ちゃんと赤ちゃんプレイやってたでしょうが』とか以前言ってた気がするけど……マジで全然記憶にないんですけど!?だからなんの話なのそれは!?←『39話 琴ちゃん、お姉ちゃんのママになる(その1)参照』

 つーか……ま、前々から密かに思ってたけど……今日ようやく確信したわ。ひょっとしなくてもコマさん……あのマコ師匠の妹さんなだけあって、お清楚——に見えてその実かなりの肉食獣で性欲の塊みたいなお方なのでは……?


「ふむ……残念です。小絃さまなら琴さまが全力で『小絃ママ……♡』と甘えてくるシチュエーションに燃えると思っていましたが……どうやら小絃さまには不評みたいですね。申し訳ございません。この話はなかったことに——」



 ガシィッ!



「それとこれとは話が別ですコマさん。誰も話を聞かないとは一言も言っていませんが?」

「流石です。小絃さまならそう言ってくださると信じておりましたよ」


 まあ、それはそれとして。後学のために話はたっぷり聞かせて貰うけどね……!

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