番外編 ダメ姉妹は、人生相談される(前編)

 私の従姉妹の大天使琴ちゃんの場合。お仕事がない日は(いやお仕事がある日もだけど)物理的にも精神的にもそれはもう、文字通り私に全力でべったりするのがいつもの流れだ。


『ごめんお姉ちゃん。私、ちょっとした用事が出来ちゃってさ。今日は一緒に居られないの……本当にごめん。何かあったらすぐに呼んでね。即全速力で駆けつけるからね』


 けれども……本当に珍しいこともあるもので。今日の琴ちゃんは私にそう言い残し、申し訳なさそうな顔をしつついそいそとどこかへお出かけしてしまった。

 ……いや、うん。別に良いんだよ?琴ちゃんだって私に構わずに自分の趣味の時間とか楽しんで欲しいなって私も常々思っていたわけだし……私はお姉ちゃんだから琴ちゃんに置き去りにされたって……さ、寂しいとかそんな恥ずかしい事考えるわけないし……


「お忙しい中本当にすみません。突然呼び出しちゃったりして……」


 まあ、そんなわけで一人残された私は。琴ちゃんがいないことをこれ幸いに、というわけではないけれど……とある理由でとある人を琴ちゃんに内緒で呼び出していた。


「いえいえ。お気になさらずに。私もタイミング良く時間が取れましたし。……それに、私も貴女さまと一度ゆっくり二人きりでお話ししてみたいとも思っていましたから」


 私が呼んだその人は、アポ無しの急な呼び出しにもかかわらずにこやかに微笑んで優しくそう返してくれる。


「そう言って貰えると助かります。今日は本当にありがとうございます——コマさん」


 私が呼び出したのは、立花コマさん。あのマコ師匠の双子の妹さんだ。


「それにしても意外でした。こう言っては何ですが……私、正直小絃さまには嫌われているのではないか不安でしたので」

「は、はい?嫌われるって……何でです?」

「何せ初対面の時に色々と……ご迷惑をおかけしましたからね……」

「…………あー」


 コマさんに言われて思い出す。私とコマさんが初めて会ったあの時を。…………そうそう。何故かコマさんったら私がマコ師匠を狙っているとか盛大に勘違いしちゃって。それですっごい私の事を警戒していたんだよね。


「あの時は本当に申し訳ございませんでした。改めてお詫び申し上げます」

「き、気にしないでください……それを言うとうちの琴ちゃんもちょっと(?)暴走しちゃって、コマさんにもマコ師匠にも大変失礼をしちゃってましたし……」


 なお、何故かうちの可愛い琴ちゃんもマコ師匠が私を狙っているとか盛大に勘違いを起こし。結果琴ちゃんVSコマさんの至上最大の妹バトルが勃発しちゃったわけだが。

 誤解が解けて本当に良かったよ……危うく死人が出かねないほど殺伐としてたからね。拳と拳を交えてからは琴ちゃんとコマさんもすっかり仲良しさんになったみたいだし雨降ってなんとやらってやつだけど。


「とにかく私がマコ師匠やコマさんを嫌う事なんてありませんよ。寧ろ最近は琴ちゃんと仲良くして貰ってて感謝しているくらいです」

「……それを聞いて安心しました。今後とも、うちのマコ姉さま共々よろしくお願いしますね」


 お互いに頭を下げ合う私とコマさん。まあ確かに出会いこそアレだったけど、私がコマさんを嫌う理由なんてない。寧ろ今後の為にも仲良くしたいっていつも思っていたところだからね。


「すみませんね小絃さま、話が横道に逸れてしまって。それで本題にそろそろ移ろうと思うのですが……私に何か聞きたい事があるのだとか?」

「そ、そうなんです」

「一応確認致しますが。マコ姉さまではなく、この私にですか?」

「はい。マコ師匠ではなくコマさんにです。こればかりはコマさんにしか聞けないと言いますか……正直しょうもない悩みですし、貴重なコマさんのお休みの日に聞くような事ではないとわかっていますが……」


 それでもどうしてもコマさんに聞きたい事がある。失礼を承知の上で、思い切ってコマさんを呼び出した次第だ。

 そんな私に対してコマさんは柔和な笑みを浮かべてこう返す。


「そうですか、それは……嬉しいですね」

「え……?う、嬉しいと言いますと?」

「小絃さまには色々とご迷惑をおかけしたお詫びと、それから日頃のお礼をしたいと常々思っていたところですので。こんな私でも力になれると思うと……とても嬉しいのですよ」

「迷惑はともかく……お礼?何のお礼です?」


 心当たりがなく首を傾げる私。そんな私に愁いを帯びた顔をしてコマさんはこう続ける。


「決まっています。姉さまを純粋に料理の師として慕っていただいているお礼ですよ。小絃さまのように……うちのマコ姉さまを性的な目で見ないで仲良く接してくれる方って本当に貴重ですからね」

「なるほど性的な目…………うん?性的?」


 あの……なんの話を……?


「良いですか小絃さま。マコ姉さまに近づいてくる女の人の大半がですね……姉さま下心を持って姉さまを手込めにしようとする危険人物なんですよ。ぶっちゃけ今まで身内を除くと安全な人って……ヒメさまくらいしかいませんでしたから。……そんな中現れた小絃さまはまさに救世主だったんです。姉さまも小絃さまのようなとても素直な生徒さんを指導出来てとっても楽しそうにされているんです。そういう意味でも小絃さまにはいつかお礼をしたいと思っていましてね」

「は、はぁ……」


 いや……確かにマコ師匠は顔は良いし面白いし胸デカいし老若男女問わず好かれそうな人だとは思うけど……性的な目で見ない人が貴重って……


「さ、流石に冗談でしょう?マコ師匠をそんな目で見る人ってそんなにいます?」

「いるんです!冗談じゃないから困っているんです……ッ!現に小絃さまが通うマコ姉さまの料理教室の女生徒の99%が、マコ姉さまをそういう目で見ていると言っても過言じゃないんです……ッ!」

「そんなに!?」


 涙目で力説するコマさんのこの様子を見るとどうやらマジらしい。


「ただでさえ危険なライバルがあちらこちらにいて警戒しないといけないのに、私の目の届きにくい姉さまの料理教室にまでうじゃうじゃと姉さまを狙う不届きな輩が湧いて出てきて……いつでも気が休まらないんです。……ですから小絃さまの存在は、私にとっては心のオアシスなんですよ」

「は、はぁ……」


 私の手を握り心底切実にそんな事を言ってくるコマさん。なんなんです?どんだけ女誑しなんですかマコ師匠……変なフェロモンとか放出してたりしてるんじゃないですか?


「……っと、申し訳ございません。取り乱した上に話を大きく脱線させちゃってましたね。ええっと……とにかく私に何か聞きたい事があるのですよね?」

「は、はい……」


 なんだかちょっぴり疲れた顔をしてコマさんはそう言ってくれるけど。ぶっちゃけこの流れで質問するのは気が引けるって言うか気まずいんですがそれは……私よりコマさんの方が悩みごと相談が必要な気がするぞ……?

 ま、まあ良いか。ご本人が良いって言ってるんだし。


「え、えっと。それで聞きたい事の内容なんですが……コマさん」

「はい、遠慮なくどうぞ」


 そうして私は意を決し、コマさんに恥を忍んでこう尋ねる。


「マコ師匠がいつも言っています。『うちのコマは世界一の妹だ』『妹の鑑みたいな存在だ』と。そんな貴女にずばり聞きます」

「はい」

「…………妹という存在の気持ちが知りたいんです」

「……はい?」



 ~一方同じ頃の琴ちゃん~



『お休みの時に急に呼び出したりしてごめんなさいマコさん。コマ先生といちゃラブする時間を邪魔しちゃいましたよね』

『うんにゃ、いいって事よコトたん。出かける前なんかコマも珍しく用事が出来たって言ってたし。そんで?なんか私に聞きたい事があるとかないとかって話だったよね。私に聞きたい事って言うと……やっぱりアレかな?コイコイの口説き方とか、女の子同士のハウツーとか、それとも——』

『それはそれでもの凄く興味が引かれますし、是非とも教えて欲しいのであとでじっくり聞かせて貰うとして。今日はそっちじゃなくて別の事を……姉の鑑とも言える存在のマコさんに聞きたいんです』

『姉の鑑……!そ、そうかそうか!キミもそう思うか!よし良いとも!何でも聞いてくれたまえコトたん!』

『ありがとうございます。それじゃ早速。あのね、マコさん。私……姉という存在が、何を考えているのかが知りたいんです』

『ん、んんん……?姉という存在が、何を考えているのか……?』

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