104話 琴ちゃんはお姉ちゃんに甘えられたい
『——琴ちゃん、この前はありがと♪あや子ちゃんに着て貰いたい服をいっぱい作って貰ったお陰で、とっても楽しいオシオキの時間を過ごせたよ』
『ご希望に添えられて良かった。あんな感じので良かったらまた今度作ってみるよ』
『嬉しい……!是非ともお願いするね!うふふ……琴ちゃんに相談して良かったよ。持つべきものは優しい親友だね』
『……ところでさ、紬希ちゃん。私もちょっと紬希ちゃんに相談したい事があるんだけど……良いかな?』
『ふぇ?琴ちゃんが私に相談……?えと、私が力になれるかわかんないけど……せ、精一杯がんばるよ!そ、それで……相談したい事って何かな琴ちゃん?』
『ありがと。それじゃあ早速。……あのね紬希ちゃん』
『う、うん……』
『…………どうやったら小絃お姉ちゃんに素直に甘えて貰えるかな……?』
『う、うん……?甘え……?』
『うちのお姉ちゃんね、昔は『大人のお姉さんに思いっきり甘やかされてぇ……』って口癖のように言ってたの。そんなお姉ちゃんの要望に応えるためにも……私も頑張って成長して、色んなスキル取得して……お姉ちゃん好みの大人のお姉さんになったって自負しているんだけどさ』
『だけど……?』
『お姉ちゃんったらどうしてか私に全然甘えてくれないの……!ただでさえ事故の後遺症があって身体もまだまだ満足に動かせるってわけじゃないのに……ご飯もお風呂もおトイレも!全然私に委ねようとしてくれないんだよ……!?私もっとお姉ちゃんの力になりたいのに!そして思いっきり、グズグズになるまで甘えられて依存されたいのに……!』
『(依存……今以上に……?)』
『ねえ紬希ちゃん……どうやったらお姉ちゃんに甘えて貰えるかな……どうやったらお姉ちゃんにお世話させて貰えるかな……?』
『そ、そうだね…………んーと……あ、あのさ琴ちゃん。あんまり参考にならないかもしれないけどさ……』
『うん』
『仕事柄、私も色んな患者さんのお手伝いとかやるんだけどね。食事とか入浴とか排泄とか。そういうお手伝いをする時は手を出しすぎないように気をつけなさいって先輩たちからよく言われるの』
『……どうして?』
『下手に何でもかんでも手伝っちゃうとね、その人の自尊心とか羞恥心を傷つける事に繋がりかねないんだって。……言われてみればそうだよね。以前は普通に出来た事が今は誰かに手を貸して貰わないと出来ないってさ。やっぱり恥ずかしいって思っちゃうしショックだもんね』
『……あ』
『まして小絃さんは琴ちゃんのお姉ちゃんだったわけだから。お姉ちゃんとしては複雑なんじゃないかな。妹分の琴ちゃんにそういう事をさせるのはさ』
『…………なるほど』
『だから甘えて貰うハードルをちょっと下げてみるのはどうかな?一人で出来ない事もないけど誰かにやって貰う方が楽な事とかで甘えて貰う……とか。それなら小絃さんも素直に甘えてくれるかもよ?』
『……例えば?』
『んー……そうだね。例えば……耳かき、とか?』
『…………耳かき!』
◇ ◇ ◇
「小絃お姉ちゃん、耳かきしよう!」
「へぁ?」
いつものように琴ちゃんに優しく起こされ。いつものように琴ちゃんの美味しい朝ご飯を食べ。そしていつものように琴ちゃんにリハビリを付き合って貰い。さあ、後はお昼まで何をしようかと考えていた矢先のことだった。何やら目をらんらんとさせて、耳かきと綿棒を手にそう琴ちゃんが意気揚々と提案してきたのは。
「……い、いきなりだね琴ちゃん。どしたの急に?と言うか、何故に耳かき?」
「しばらく耳かきしてなかったでしょう?久しぶりにどうかなーって思って。今日はお仕事お休みで時間もたっぷりあるし……お姉ちゃんさえ良ければ私がやってあげようかなって」
満面の笑みを浮かべてそう言う琴ちゃん。言われてみれば確かにしばらく……と言うか耳掃除なんて10年以上やっていなかった。なにせ私ったら10年間意識を飛ばしてグーグー寝たきり生活送ってたからね……
んー……でもなぁ。
「その気持ちはありがたいけど。でも耳かきなんてやろうと思えば自分でも出来るし。それに……そもそも耳かきとか無理してしなくても良いってどっかで聞いたことがあるよ。素人が下手に耳かきすると炎症を起こすとか、何もしなくても耳垢って出てくるとかなんとか。別に今すぐする必要とかなくない?」
「え……」
ほっといてもそのうち勝手に出てくるだろうし、貴重な琴ちゃんのお休みを私の耳垢如きの為に時間を費やす必要性が全く感じられない。
そう思いやんわりと琴ちゃんにお断りを入れてみるんだけど……
「で、でも……!紬希ちゃんに聞いたんだけど……紬希ちゃん、あや子さんにも時々やってあげてるんだって!好きな人にしてもらうのすっごく気持ちいいらしいし……!ほ、ほら見てよお姉ちゃん!紬希ちゃんに貰った耳かきしてる時のあや子さんの顔!凄く気持ちよさそうにしてるよ!」
「うわっ……キモっ!なんつーだらしない顔してるんだあのアホは……!?」
琴ちゃんのスマホには紬希さんに膝枕&耳かきされて、とても人には見せられないような蕩けきった気色の悪い顔になってるあや子の動画が映し出されていた。
確かに気持ちよさそうって事はわかるけど……ハッキリ言ってただの犯罪者にしか見えない。……ああいや違うな訂正しよう。あいつはロリコンという名のガチの犯罪者だったわ。
「ね、わかったでしょ?耳かきされたら絶対気持ちいいんだよ。お姉ちゃんも耳かきが10年ぶりって事ならきっとされたら気持ちいいと思うし……わ、私これでも器用になったって自負してるよ。だ、だからお姉ちゃんさえ良ければ……」
「う、うーん……」
クールでかっこいい琴ちゃんにしては珍しく、なぜだか随分必死に耳かきを訴えてくる。そういう愛らしいところを見せられると二つ返事でOKしてあげたいところなんだけど……生憎今回ばかりは遠慮したいところだ。
何故かって?それは……
「(耳、弱いんだよな私……)」
……以前母さんのいつもの迷惑実験で現れた未来の琴ちゃんに暴露された事なんだけど。どうやら私は耳がかなり弱いらしい。あの時も……未来の琴ちゃんに吐息を吹きかけられたり『小絃』と囁かれるだけで……軽くトんでしまいかけて……大変な事になってしまっていた。
「(そんな私が琴ちゃんに耳かきされる?無理無理、そんなん耐えられるわけがないっての)」
断言しても良いが絶対に耐えきれない。ホログラムの琴ちゃんに耳攻めされた時でさえギリギリだったってのに……本物の琴ちゃんに、直にお耳をかきかきされるとか……
「(ダメだ、想像しただけでゾクゾクする……)」
もうね、ドロドロに溶かされる未来しか見えないんだよね。これでも立派でかっこよくて凜々しい……理想の琴ちゃんのお姉ちゃんを目指している私としては、紬希さんに耳かきされたアホのあや子みたいな情けない無様な顔を易々と琴ちゃんの前で晒すような真似だけはしたくないわけで。
「ありがたい申し出だけどさ琴ちゃん、やっぱり今回は遠慮させて貰う——」
「…………お姉ちゃん、私に耳かきされるの……嫌?嫌なら別に……いいんだけど……」
「——っあー!なんだか急に耳がかゆくなってきたなぁ!しかも耳垢が詰まって耳が聞こえにくくなってきたなぁ!誰か心優しい人に耳かきされたくなっちゃったなぁ!」
「(ぱぁあああ!)お姉ちゃん……!」
シュン……と暗い表情を琴ちゃんが見せた瞬間。数秒前は断る気満々だったハズの私は一瞬で心変わりをしてしまっていた。
「そういう事なら私に任せて!絶対お姉ちゃんを気持ちよくしてあげるからね……!」
「は、ははは……よ、よろしくお願いするよ琴ちゃん……」
心の底から嬉しそうな顔をする琴ちゃんを見て、彼女の素敵な顔を曇らせなくて良かったとホッとしつつも思う。
何を今更と思われるかもしれないけど……私って、耳以上に意思が弱すぎでは……?と言うよりも、私って琴ちゃんに弱すぎでは……?
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