番外編 入れ替え装置の末路

「——と言うわけで。あれから紬希にオシオキと称して色々されたってわけよ……」

「うへぇ……紬希さんとあや子の入れ替わりかぁ。その上であや子の着せ替え人形化かぁ……」


 私とあや子の入れ替わり騒動からしばらく経ったある日。またもアポ無しでやってきたあや子は、真っ白に燃え尽きた表情で力なく私にそう報告してきた。聞くところによるとあや子と成った紬希さんは、普段あや子が絶対に着ないようなフリフリの服を着まくって写真も撮りまくって入れ替わりを堪能しまくったらしい。


「いやはや……紬希さんも中々にハードなオシオキを思いつくなぁ。確かにあや子の場合、肉体言語でのオシオキは逆効果。紬希さんに叩かれるなら寧ろ喜んじゃうもんね」


 流石紬希さん良くおわかりだ。このアホをオシオキするならメンタルをダイレクトに攻撃が一番効果的だもんね。

 ……紬希さんから唐突に『是非ともうちのあや子ちゃんの可愛いところを見てください!』とロリィタ衣装を着てノリノリでポーズを決める紬希さん(inあや子ボディ)の写真を送られた時は、こっちのメンタルまでダイレクトに攻撃されちゃったわけだけど。ちょっとグロ画像がすぎる……


「それにしてもロリコンな紬希さんね。……それはなんと言うか……見たくないな……」

「人の嫁になんて言い草よ!?……と、言いたいところだけど。言わんとしている事はわかるわ……」


 あの紬希さんが『ちっちゃい子最高!!!』と鼻息荒くして小さい子たちに向かって叫んでいるところを想像してみる。なんか嫌すぎる……あや子へのオシオキって話だったけど、紬希さんの (社会的)ダメージの方が大きかったんじゃないのか?

 と言うか一時的とは言えあや子のアホと入れ替わった紬希さんは大丈夫だったのだろうか?変な後遺症とか残ってないかな……紬希さんの汚れなき純白の精神がロリコンに汚染されていないか心配だわ。


「そして真面目で純粋なあや子か。……想像出来ないし想像しようとしただけで怖気が走るな……」

「ほんっと失礼ねあんたというバカは!?」


 だって紬希さんが中に入ったあや子って事は……生真面目で優しくてほんわかした非ロリコンの常識人って事でしょう?…………ダメだ、想像出来ない。特に存在そのものがロリコンなのに、そのロリコン成分がなくなるとか……脳があや子をあや子と認識出来ないし、想像しただけで不気味すぎて鳥肌が立つレベルだわ。その場にいなくて本当に良かった……


「そういうあんたは琴ちゃんにどんなオシオキされたのよ!?あんただって琴ちゃんに凄いことされたんでしょ!?白状しなさいよ小絃!」


 逆ギレ気味にそんな事を聞いてくるロリコンの申し子。私がどんなオシオキをされたかだって?


「はっはっは。ご期待に添えなくて申し訳ないけどねあや子。私は琴ちゃんからはオシオキされてないんだわ」

「は、はぁ!?いや、なんでよ!?この流れならあんたも琴ちゃんに手痛いオシオキをされてるハズでしょ!?」

「なんでよと言われても。私はあや子のような犯罪者とは違うし」


 そもそも今回の私はぶっちゃけただ巻き込まれただけの被害者だもの。オシオキされる謂われなどない。琴ちゃんも最初は『後でオシオキする』って意気込んでいたけど、結局今日に至るまで特にオシオキらしいオシオキは執行していない。琴ちゃんは優しいしそれにちゃんと理解もあるからね。私に非がなかったってすぐにわかってくれたんだろうね。


「ま、あや子は日頃の行いが悪かったって事だね。これに懲りたら真人間に…………なるのは天地がひっくり返っても無理だから、せめて紬希さんの尻に永久に敷かれるといいさ」

「待ちなさい小絃。どうしてそうあっさり諦めるのよ!?いや、そもそも私は元から真人間なんだけど!?」


 真人間だったら紬希さんにオシオキなんてされないんだよなぁ。


「おのれ……納得いかないわ!世の中不公平よ!どうして私だけあんな辛い目に……!小絃なら私よりも絶対酷いオシオキをされてるだろうなって確信してたのに……!笑い飛ばしてやろうって楽しみにしてたのに……!」


 理不尽な事を喚くあや子。こういうさいてーな事を考えてるから巡り巡って酷い目に逢うんだってよくわかるね。自業自得って奴だね。


「……あ、でもオシオキとは全く関係無い話なんだけどさ。あや子と私が入れ替わったあの悲惨な人災の後から……ちょっと不思議な事が起こってるんだよね」

「あん?不思議な事って何の話よ」

「いや、それがさ……私って三日に一度くらいの頻度で琴ちゃんが出てくる夢を見てるんだけどね。入れ替わり後からはそれが夢に琴ちゃんが出てくるようになったんだよね。なんでだろ?」

「…………は?」



 ~深夜の琴ちゃんの一コマ~



『——前々から感じていた事だけど。お姉ちゃんは無防備すぎる。自分がモテるって自覚も、自分が音羽琴のお嫁さんだって自覚も一切ないのは危険。お姉ちゃんから目を離したら、今日みたいに誰かに言い寄られたり……最悪誰かに奪われちゃう恐れもあるって確信できたよ。だから…………お姉ちゃんが盗られないように、より一層お姉ちゃんに洗脳すいみんがくしゅうを徹底しておかないと、ね。…………(ブツブツブツブツブツ)小絃お姉ちゃんは音羽琴の嫁……お姉ちゃんは私だけのモノ……お姉ちゃんが好きなのは私で……私が好きなのは小絃お姉ちゃん……お姉ちゃんと私は相思相愛……お姉ちゃんは私の身体に興奮しちゃうヘンタイさん……お姉ちゃんの欲望を受け止められるのは私だけ…………』



 ~以下朝までたっぷり調教コース♡~



「——勿論寝ても覚めても琴ちゃんに会えるのは滅茶苦茶嬉しいんだけどね!でもそれにしたってどーしてまた急にこんなにも琴ちゃんが夢に出現する頻度があがったんだろうなーって不思議でさー」

「…………そりゃ(悪)夢も見るわよね……」

「ん?なんか言った?」

「前言撤回してあげるわ小絃。…………あんたも、十分オシオキを受けてるわよ」

「は?」


 何の話してんだコイツ……?


「……これ以上この話をすると闇が深くなるって言うか、琴ちゃんが怖いから話題を変えさせて貰うけど」

「だから何の話?」

「琴ちゃんと言えばさ小絃。……あんた、琴ちゃんに隠している事があるでしょ」

「……んぁ?隠す?何を?」

「惚けるなっての。あんたの身体の事よ。あんたと入れ替わってよーく理解したわ。あんたさぁ……いっつも平気な顔をしてるけど。その実まだ全然身体治ってないじゃないの」

「……あー」


 そういや入れ替わったって事は、あや子にはバレてるよな……私の今の身体の状態を。


「別に隠してるわけじゃないもん。そりゃあ多少は倦怠感とか痛みはあるけどさ。特に日常生活とかに支障があるわけじゃないし。わざわざ琴ちゃんに言うことでもないじゃんか」

「要するに琴ちゃんの前でかっこつけていたいって事ね。ホントに昔っからあんたって琴ちゃん限定の見栄っ張りよね」

「……うっさいなぁ」


 そりゃ痛くないとか、辛くないと言えば嘘になるけど。それでも琴ちゃんや紬希さんの献身的なリハビリのお陰で、目覚めた直後に比べたら確実に身体は治っているし。そもそも琴ちゃんの前に立つと琴ちゃんの可愛さとか綺麗さに見とれてその痛みとか完全に忘れちゃうから特に困った事なんてない。

 だから……


「……琴ちゃんには言わないでよね。あの子、私の痛みとかの話には滅茶苦茶敏感だし。蒸し返すような話でもないし。あの子の悲しい顔は二度と見たくないから」

「えー?どうしようかしらねぇ?私も琴ちゃんを不安にさせる事は不本意だけどぉ……でも、ついポロッと言っちゃう可能性もあるかもねぇ」

「貴様……!」

「それが嫌なら……わかるわよね小絃?二度と私に逆らったりしないと約束するなら、こっちも黙っておいてやっても良いんだけどぉ?」


 わざわざ勿体つけてニマニマとそんな事をほざきやがるアホあや子。……ほほぅ?


「…………別に言うなら言っても良いよ。それならそれでこっちにも考えがあるから」

「あ?考え?何の話よ」

「本棚の国語辞典ケース。机の引き出しの二重底。天井裏。クローゼットの奥の隠し扉」

「ひぅ……!?」

「あや子が琴ちゃんに告げた瞬間。貴様が隠してるあれやこれやの隠し場所を、包み隠さず全部紬希さんにバラす」

「は、ははははは……な、何言っているのよ小絃……友人の秘密を告げ口するほど私は落ちぶれちゃいないわよ…………だからそれだけは勘弁してくださいお願いします……!」


 涙目で必死に懇願するアホあや子。バカめ。私も入れ替わって色々あや子のヒミツを握った事くらい察しろっての。



 ◇ ◇ ◇



「そーいえばさ小絃。あんたは琴ちゃんと入れ替わろうとは思わないのー?」

「はぁ?」


 駄弁るだけ駄弁って『そろそろ紬希が帰ってくる頃だから』と嵐のように去って行ったあや子。そのあや子と代わる代わるやって来たのは……今回の主犯でトラブルメイカーな母さんだった。


「何を言い出すかと思えば……あんなに酷い目に逢わされたのに、誰が好き好んで母さんの不気味で怪しげな装置を使うかっての」

「えー?でも紬希ちゃんは入れ替わってみたいって言ってくれたわよ」


 そりゃ紬希さんは今回あや子へのオシオキも兼ねてたし。母さんの危険性をまだ十分ご理解されていないからね……


「琴ちゃんと入れ替わったら……あんたが憧れた大人ボディを好き放題出来るわよ。紬希ちゃんみたいに琴ちゃんに普段は着せられないような服を着せることも出来るし、鏡を見ながら琴ちゃんに成りきって琴ちゃんが絶対に言わないような事を言わせることも出来るし、ついうっかり色んなところをお触りしても事故って事で許されるのよ。だから……ね?小絃も琴ちゃんと入れ替わってみましょうよ。いつでも準備OKだからさ」


 そんな悪魔的甘言で私を誘う母さん。また私に実験に付き合って欲しい魂胆が見え見え過ぎる。やれやれ……何を言い出すかと思えば。


「確かに琴ちゃんを好き放題出来るならやりたいさ。だがね母さん。一言言わせて貰おうか」

「んー?何よ小絃」

「中身が琴ちゃんじゃないなら、意味がないんだよ……!」


 わかってない、わかっていないな母さんは。肉体と魂が琴ちゃんだからこそ興奮するのであって、肉体だけ与えられても私が喜ぶわけないじゃないか。


「つーか琴ちゃんも私なんかと入れ替わったら困るでしょうが。琴ちゃんを碌でもない実験に巻き込ませるなって何度言ったらわかるかなこのマッド母は」

「何を言うか小絃。そもそも今回のBMI……と言うか、入れ替わり装置を作れないかって相談してきたのは

「…………は?」


 突然の母さんの一言に、私の思考は一時停止する。え……?今、なんて……?


「ごめん、母さん。今なんつった?なんかあり得ない事口走らなかったかね?」

「だーかーらー。あの装置を作って欲しいって言ったのは琴ちゃんだって言ってるのよ」


 母さんは嘘を言っているようには見えない……つまり本当に琴ちゃんが母さんに頼んであの嫌がらせのような装置を作った事になる。……でも、理由がわからん……


「な、なんで琴ちゃんがそんな事を……?」

「そりゃ決まっているでしょー。あんたと入れ替わって婚姻届にサインと拇印をして、正式に婚姻関係を結ぶ為よ」

「それは正式にって言うのかなぁ!?」


 なんて恐ろしい計画を企てているんだ琴ちゃんは……!?


「勿論それだけが理由じゃないみたいだけどね」

「それも理由の一つではあることに、私は戦慄しているところなんだけどね……」

「あの子があんたと入れ替わりたい理由はもう一つあるのよ。琴ちゃんはね——小絃の痛みを知りたい。そして叶うことなら小絃の痛みを肩代わりしたいんだって」

「……え」


 母さんのその一言に、私は目が点になる。痛みを……?


「それって……え?ま、まさか琴ちゃん……」

「琴ちゃんね、こう言ってたわ


『小絃お姉ちゃん、優しいから。それにとっても強いから。私の前だとおくびにも出さないんですけど……でも、絶対無理していると思うんです。リハビリで少しずつ良くなっているって信じていますけど……それでもまだまだ完治にはほど遠いハズ。相当我慢していると思うんです。……お義母さん、私お姉ちゃんの痛みを知りたいんです。ホントはどれだけ辛いのかを。そして……出来ることならお姉ちゃんのその痛みを分け与えて欲しい。ううん……私がその痛みを全部受け止めてあげたいんです』


 ——ってね」

「…………」


 なるほど、そうか……そうか……


「だから今回この入れ替わり装置を作ったってわけよ。と言うわけだから小絃!琴ちゃんも望んでいる事だし是非ともあんたと琴ちゃんで入れ替わりを——」

「おおっと手が滑ったァ!」



 バキィ!



「あ、あたしの英知の結晶がぁあああああああッ!?」


 母さんの話を聞き、私は即母さんが持っていた例の入れ替わり装置をついうっかり床に思い切り叩きつけ、ついでに思い切り踏み抜いてぶち壊す。


「いやー。すまんすまん母さん。手が滑って壊しちゃったよハッハッハ」

「嘘おっしゃい!?な、なんて事すんのよ小絃ォ!?まだデータを集約出来ていなかったのに……!?」


 徹夜で作ってデータもたんまり集まった装置を目の前で破壊され、涙目で私に掴みかかりキレる母さん。よく考えたら今回の主犯に対して誰もオシオキしてなかったわけだし……正直いい気味だわ。


「絶対わざとでしょ!?なんでこんな事を……!こ、琴ちゃんも入れ替わってみたいって言ってたのにどうしてこんな事してくれたのよあんた……!」

「良いんだよ、これで」


 この痛みを琴ちゃんに分け与える?琴ちゃんに肩代わりしてもらう?……とんでもない。お姉ちゃんである私が、可愛い妹分に辛い思いや痛い思いを押しつけられようか。

 それに……この痛みは私だけのもの。琴ちゃんと言えど渡せないし渡さない。これは……私が大好きな琴ちゃんを守れた誇りなのだから。

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