103話 無茶で無謀な作戦の末路~そしてオシオキへ~
~ちょっと前のあや子さん~
『——ご、ごめんねー琴ちゃん。戻って早々で悪いけど、お姉ちゃんまだ疲れが残ってるみたいなの。もう少し休ませて貰うことにするね。琴ちゃんも私に気にせずゆっくりと休んでてね』
『ああ、そうですか。それでは休まれる前にいつもお世話になっているお礼も兼ねて、お渡ししたいものがあるのですが……受け取って頂けますか?』
『へ?お渡ししたいもの?えー、なんだろ。まあ、琴ちゃんがくれるものならなんだって嬉し——ふぉおおお!!!??こ、こここ……琴ちゃん!?これ、これは……!?』
『紬希ちゃんとこの間二人で飲んだ時のプライベート写真です。お気に召していただけましたか?』
『お気に召すってもんじゃないわ……!ナニコレ可愛すぎでしょうちの嫁……!ふにゃふにゃで顔真っ赤にしちゃって……蕩けちゃってるじゃないの……!琴ちゃんも人が悪いわ!?こんな稀少な紬希の写真を隠していただなんて……!他には、他にはないの!?言い値で買わせていただきます……!あと、五千枚ほど複製したいし抱き枕も作りたいから元データもあったら是非とも私めにくださいませ琴ちゃん様……!』
『ふふふ……気に入って頂けて何よりですよあや子さん』
『……私としては複雑だけどね。五千枚も複製して何に使うつもりなのよあや子ちゃん。それに抱き枕って……本物がいるのにそっちに走るのは流石にちょっとどうかと思うんだけど?』
『仕方ないでしょ!これさえあれば紬希がいない時の留守番も辛く……なくな……る…………?』
『改めまして、こんにちはあや子さん。小絃お姉ちゃんの身体の居心地はどうですか?』
『……言いたい事は山ほどあるけど。まずは小絃さんの顔でその表情をするのはやめてあげてあや子ちゃん。これじゃあ小絃さんまでちっちゃい子好きで浮気性な変態さんみたいに見えちゃって申し訳ないじゃないの』
『…………えっ?』
~そして今に至る~
突如として襲来した魔王……もとい、琴ちゃん&紬希さんに問答無用でお家に連れ戻された私。家に辿り着くと顔面蒼白でただ淡々と正座している私のボディ(※アホのあや子入り)がそこにあった。
二人に捕縛された時点で九割方わかっちゃいたけど……案の定今回の入れ替わり作戦は失敗に終わっていたらしい。
「「それで?なにか言いたい事は?」」
「「こいつが悪いんです」」
帰り着いて早々二人に問い詰められて。覚悟を決めた私は潔くあや子が悪いんだと全責任を押しつけるべくあや子を指差す。
ちなみにだが。まるで差し合わせたようにあや子も私を指差して私が悪いとか抜かしている模様。こ、こいつ……!
「ちょっと待てあや子!今回はマジで私悪くないでしょうが!?悪いのはあんなアホみたいな装置を作りやがった母さんと、その母さんの口車に乗ったアホなあや子でしょ!私はただの巻き込まれた被害者じゃんか!」
「アァン!?どの口が言うか!実の母の暴走を止めるのは娘の役目でしょうが!小絃ママを止められなかったあんたが悪い!それに口車がどうこう言ってるけど、あんたもあんたで私の入れ替わり作戦に嬉々として乗ったでしょうが!責任がないとか言わせないわよ!……つーかなんで普通にバレてんのよ小絃!まだ入れ替わって半日と経っていないはずだったはずでしょうが!どんだけ演技下手くそだったのよ!?」
「私の演技自体は完璧だったって自負しとるわ!ただ……滲み出る貴様の変態度まではどう頑張っても再現できなかったんだし仕方ないでしょ!?そもそもそれを言うならただ寝てるだけで良かったハズのあや子が、なぁんであっさり正体バレしてんだよ!?」
「何でバレたのかですって!?そんなのこっちが聞きたいわよ!?たった一言喋っただけなのよこっちは!?」
いつも通りの口論からいつも通りの取っ組み合いの喧嘩に発展する私とあや子。入れ替わろうが何が起ころうが、結局いつもと変わらない気がするのは気のせいだろうか?
「「…………」」
そしてそんな私たちの争いを、無言のまま笑顔で見つめる二人が怖い。笑顔なのが逆に怖い。……いかん。あや子とくだらない喧嘩をしている場合じゃない。どんどん二人の笑顔が迫力を増していってる……
危険な気配を察知した私とあや子はいそいそと喧嘩を中断し、再度二人の前でちょこんと正座をすることに。
「えと……その。お、お説教が始まるその前に……琴ちゃんに紬希さん。一つだけ、後学のためにも聞かせて欲しいんだけど……」
「んー?なぁにお姉ちゃん?」
「なんでしょう小絃さん」
「…………なんで、いつ……バレたの……?」
もはやお説教、そしてオシオキされる流れなのは火を見るより明らかだ。だから本格的に刑が執行される前に……謎を解き明かしておきたい。いつ私たちの入れ替わりがバレたの……?何がいけなかったの……?
そんな私の問いかけに。琴ちゃんと紬希さんは顔を見合わせ。まずは紬希さんが答えてくれる。
「ええっと……そうですね。いかにもあや子ちゃんが言い出しそうな『禁欲プレイ』とかの発言のお陰で、危うく騙されかけちゃうところでしたが……」
「「(それで騙されかけちゃうんだ……)」」
「それでも本物のあや子ちゃんにしてはいつもより紳士的でしたし、ところどころで色々と違和感がありましたからね。……とは言え、その違和感も微々たるものでしたし。なによりも流石にあや子ちゃんが入れ替わってるだなんて超常現象が起こっているって発想には至らなかったので気づくのに時間がかかっちゃいました」
まあそりゃそうだよね。トンデモ実験のせいで精神が入れ替わってるなんて普通は思いつかないわな。
「だったらいつ、どうやって私とあや子が入れ替わってるって気付いたんですか?」
「入れ替わりをハッキリとした形で確信したのはあの時ですね。……小絃さんがあや子ちゃんの身体で『私の事、好き?』って問いかけた時です」
「えっ?そ、それってそんな変な問いかけですっけ……?」
別に変な問いかけじゃない……よね?
「あのですね小絃さん。……あや子ちゃんはですね、私のあや子ちゃんへの好意を微塵も疑わないんですよ」
「…………あ」
その紬希さんの一言で、つい先ほどの一幕を思い出す私。
『時々その思いが強くなりすぎて暴走しちゃうところもありますが……毎日欠かさず私に好きって気持ちを伝えてくれるのが……初めての経験で、その好きも本物だから本当に嬉しくて。そして……あや子ちゃんはあや子ちゃんで……私からの好きの気持ちを微塵も疑うことなく、私の気持ちを全部受け止めてくれるのが……ああ、私たち両思いなんだなってわかって……それも泣きたくなっちゃうくらい嬉しくて……』
「……もうおわかりですよね?あや子ちゃんは私の好きって気持ちを全身全霊で受け止めてくれますし。そういうところが……私があや子ちゃんを好きになった理由なんです。ですからね、小絃さん。そもそもそういう私の好意を疑うような質問は……本物のあや子ちゃんだったらするはずがないんです」
そこまで説明されてやっと気づいた。ああ、そっか……そうだった。紬希さんの口からちゃんと説明して貰えていたじゃないか。なんで私こんな簡単なことに気づけなかったんだよ。
「そこで初めて目の前のこの人はあや子ちゃんじゃないって気づけました。『他の誰かと何らかの手段で精神が入れ替わっている』ってオカルトみたいな前提に気づけたら、諸々の違和感に全て合点がいきました。後は『ある程度あや子ちゃんの言動を理解できて』『その上私とある程度面識があって』『そしてこんなオカルトみたいな超常現象に縁深い人』って誰だろうって考えたら……あや子ちゃんと入れ替わった人は小絃さんなんじゃないかって結論に至ったわけです」
「……お見事、大正解です紬希さん」
思わずパチパチと拍手しちゃう私。すげぇ……大当たりですよ紬希さん。
「紬希が入れ替わりを気づけた事はわかったわ。そういう判断材料があったなら見破られても仕方ないわね。だから紬希は置いておくとして——琴ちゃん」
「あ、はい。何ですかあや子さん?」
「…………そんな判断材料とか一切無いのに。どうして貴女は私と小絃の入れ替わりに気づけたのかしら……?」
紬希さんが答えに辿り着いた理由はよくわかった。今度はあや子が若干戦慄しながらも恐る恐る琴ちゃんに問いかける。
私との会話や仕草で入れ替わりに気づくことが出来た紬希さんと違い。あや子曰く琴ちゃんは目と目が合った瞬間にはもう私が誰かと入れ替わっていると気づけたと聞く。一体何を保って入れ替わりに気づけたんだろうか私も気になるところなんだけど……
「どうしてと言われましても。お義母さんがうちに遊びに来ていた時点で、ああ今度も何かしらの実験をしているんだなって想像出来ましたから」
「なるほどね、その点は付き合いの長さの差が出たわけか。紬希も小絃ママともうちょい交流の機会が増えてたらもっと早く『入れ替わってる』って発想が出来てきたでしょうねー。…………で?肝心の、小絃と私が入れ替わってるって気づけた理由はなんなのかしら琴ちゃん……?」
「???そんなの、目を見ればわかるに決まってるじゃないですか。誰がどう見ても、お姉ちゃんから感じるいつもの視線とは明らかに違ってましたから」
「「…………」」
さも当然と言わんばかりに琴ちゃんに説明される。そうか視線、視線か。……なるほど理解した。何一つわからんが、琴ちゃんに隠し事なんて無駄だって事だけはよくわかったよ……
「さて、それじゃあ他に聞きたい事もなさそうですし——今度はこっちが質問する番ですね」
「あや子ちゃん。それに小絃さん。聞きたい事は一つです。…………どうして入れ替わりのことを私たちに黙っていたんですか?」
「「そ、それは……」」
「まあ、大方いつも通りお義母さんの実験にお姉ちゃんが巻き込まれて」
「ついでに酔っ払ってたあや子ちゃんもその実験に悪ノリして乗っかかって」
「その後は『こんな荒唐無稽な話、正直に打ち明けても信じて貰えない』とか『とうとう頭の病気が進行しちゃった』って私たちに心配されたくないって思ったり」
「深く考えずに悪酔い悪ノリした事がバレたらまた怒れるって思って、それで隠し通そうとしたんですよね」
「「(……全部バレてる)」」
こちらから何も言わずとも。まるで見てきたかのように言い立ててくる二人の美少女名探偵。入れ替わりを見抜いた事といい、この二人鋭すぎて怖い……怖すぎる……
「……全くもう。あのね、お姉ちゃんたち」
「勘違いしているみたいですので言わせて頂きますが、私たち怒っているわけじゃないんですよ」
「そう……なの?」
「お、怒ってないの?」
「怒らないよ。望んでこうなったわけじゃないってわかりきってたし」
予想に反してそこまで怒っていない様子の二人に安堵する私たち。な、なーんだ良かった。怖がって損した——
「「…………と言うよりも」」
「「へ?」」
「その程度のことで怒られるだろうって誤解された事とか。入れ替わった事を一言も相談してくれなかった事とか」
「ちゃんと説明して貰えていたら二人の言うことを信じて元に戻る方法を一緒に考えていたはずなのに。『入れ替わった事を信じて貰えないハズ』って私たちの事を信じて貰えなかった事の方が……腹が立ちますね」
「「…………ごめんなさい」」
訂正。やっぱすっごい怒ってた。正座から土下座に切り替えて、床におでこを擦り付けて二人に全力で謝罪する私とあや子。琴ちゃんの為にと入れ替わった事を隠し通そうとしたけれど、まさか却って火に油を注ぐ結果になろうとは……流石はあや子の立てた作戦だと感心する。ゴメンね琴ちゃん、それに紬希さん。このアホを信じた私がアホだったよ。
「わかってくれたら何よりだよ。お姉ちゃんたちも反省もちゃんとしてくれているみたいだし……各々のお説教とオシオキに関しては後日するとして」
「「(反省してもお説教とオシオキはセットでされるのか……)」」
「とりあえず今は二人を元に戻すことが先ですね」
「だねー。入れ替わり装置を弄ると壊しちゃうかもしれないし……それじゃ、とりあえずお義母さんが目を覚ますのを待とうね」
「「……はい」」
◇ ◇ ◇
そんなこんなで地獄のような私とあや子の入れ替わりデーの翌日。
「いやぁ、ごめんねぇ皆。私の天才的実験がまたも上手くいきすぎて迷惑かけちゃったみたいねー」
「まったくもって迷惑千万だよこん畜生め……!」
「えー?でも楽しかったでしょー?そうよね小絃にあや子ちゃん」
「「楽しくはなかったんですけど!?」」
母さんが目を覚ましたところで、速攻で母さんに殴り込み頼み込み、元の身体に戻った私。
なんというジャストフィット感!なんという居心地の良さ!そう、これよコレ!この身体よ!ああ良かった、お帰り私の身体。一時は二度と戻れないかもと絶望したけど……良かった、本当に良かった……!
「ぬぁにが天才的実験よ……どれだけ大変だった事か……!丸一日あや子の身体にINとか、どんな罰ゲームよ!二度としないからね!?」
「小絃ママ……流石の私も一日以上小絃の身体に入れられるのは色んな意味で耐えきれませんよ……もうちょっと手加減というものをですね……」
改めて自分の身体というもののありがたさを身に染みて感じながらも、今回の事件の元凶に不満をぶつける私。流石のあや子も珍しく私に同意している様子。
すると母さんはどうしたことか頭にクエスチョンマークを浮かべて……
「丸1日入れ替わってたの?変ねぇ……これ、最長でも一,二時間で自動で解除されるはずなんだけど」
「「……は?」」
などと、わけのわからない事を言い出したではないか。
「人と人の脳波を入れ替えるって相当に脳と身体に負荷がかかるし、どれだけ相性が良くても約一時間が入れ替わりの限界なのよね。そうなったら自動的に装置が強制終了しちゃう——ハズだったんだけど」
……つまり……どういうこと?
「つまり小絃とあや子ちゃんがよっぽど波長がピッタリ合ってたってことなんじゃない?いくら腐れ縁でお互いのことをよく知ってて、お互いのことを理解出来ていたとはいえ、ここまで波長がピッタリ合うなんて……双子とか家族でもないのにこのシンクロ率は驚異的よ。まるで引かれ合う運命の恋人たちみたいね貴女たち」
「「不名誉な!?」」
「「…………引かれ合う、運命の恋人たち……?」」
怖気が走り思わずあや子とハモらせる。わ、私とあや子の波長がピッタリ合う……!?引かれ合う運命の恋人たち……!?今回受けた仕打ちの中でも特に酷い最低の罵倒過ぎる……!
「待てやバ母さん!私とあや子の波長がピッタリぃ!?あり得ないんだけど!?誰がこんな世界的ロリコン女と……!」
「それはこっちの台詞よバカ小絃!私はこんな狂気の変態とは違うんだけど……!?」
互いに右ストレートを顔面に叩き込みつつ思う。これは装置の故障に違いない。きっとそうだ。そうだと思え、思い込め……!
そんなこんなで入れ替わっても元に戻っても、今日も今日とていつも通り私はあや子と取っ組み合いとなり。
「うーん、予想外のところで貴重なデータが取れて何よりね!これだから小絃たちを巻き込んで実験するのはやめらんないのよね!」
元凶はいつも通りまったく反省する気配を見せず。
「お姉ちゃん……」
「あや子ちゃん……」
「「浮気は、ダメだからね……?」」
そして琴ちゃん&紬希さんは黒いオーラを発していた。
わかりきった結末だけど……案の定散々な結果を迎える羽目になった今回の入れ替わり実験。毎度誓ってる気もするけど…………次こそは、もうホントにマジで絶対……ぜぇったい私は……母さんの実験なんかには付き合わないんだからね……ッ!?
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