100話 (続)成りきれ!悪友に!

 不幸な災害と言う名の、母さんのいつもの悪趣味な実験により悪友あや子との入れ替わってしまった。諸々のトラブルを避けるためにも私はあや子に、あや子は私に成りきる事を決めたんだけど……


「あ、あや子ちゃん……本当に大丈夫?やっぱり調子が悪いんじゃないの?」

「な、何を言っているのよ紬希。元気に決まっているじゃない。私はこの通り、紬希のプリティな顔を見るだけでいつだって元気になれるわ」


 その成りきり作戦は一時間も経過していないにも関わらず、早くも雲行きが怪しい状態になっていた。

 私だって大好きな琴ちゃんやお世話になっている紬希さんに心配かけたくないから入れ替わった事はバレないようにしたいし、バレないように本気であや子を演じているつもりだ。けれど……


「でも……いつもだったらあや子ちゃん……私が帰ってくるなり問答無用でべろちゅーしてくるし、私の体調チェックって言い張って服をめくり上げて顔を突っ込んで匂い嗅いでくるし、こうやってお料理してたら……『ちょっとつまみ食いさせてね♡』って言いながら私を裸エプロンにした上でいっぱいいじめてくるはずなのに……そういうことしないのはひょっとしたら何かの病気なんじゃないかって……」

「…………(ボソッ)あのロリコン女、やっぱ一度マジで警察に突き出すべきな気がしてきたわ……」


 口調や思考回路の癖まではかなりの精度でトレース出来ていると自負しているんだけど……どうやら滲み出る変態度までは再現できていなかったらしい。

 何かの病気じゃないのかって?ええ、そうですね紬希さん……このアホは確実に病気です。ロリコンという名の。10年が経過して進歩した現代医学でも治せそうにありません。


「もしも……もしもね、調子が悪いなら隠さないで言ってあや子ちゃん。私……看護師としてはまだまだひよっこだけど……頼りにならないかもしれないけど……で、でもね!それでも……私にだってあや子ちゃんの為に出来ることはいくらでもあるはずだから……!」


 普段と違うあや子(私)の様子に、事あるごとに紬希さんは心の底から心配そうに『大丈夫?』と問いかけてくれている。なんてお優しいお方なんだ紬希さん……『(こんなロリコンの嫁で)大丈夫?』と、寧ろこちらから言わせて欲しいくらいなのに。

 ともあれこのままじゃ紬希さんに正体がばれるのも時間の問題だ。どうにかして上手いことあや子を演じなきゃならないんだけど。


「(でもなー……流石にあや子のお嫁さんに手を出すのはなー……)」


 例えばここで私が身も心もあや子に成りきって、


『うーん、今日の紬希のお尻も超キュート♡可愛い桃が生っているわねー♪』


 とかなんとかキモいことを言ってスカートをめくり紬希さんのお尻を撫でたとしよう。その場合、絶対色んな意味で紬希さんに対して罪悪感に苛まれそうだし、戻った後でそういう事したってあや子の耳に入ったらガチで奴に殺されかねないし。…………あと、なんというかその……琴ちゃんにも悪い。やはり手を出さない範囲でどうにかするしかないみたいだ。

 …………ふむ。だったら——


「紬希、話を聞いて頂戴」

「は、はい……」

「まずは心配してくれてありがとう。優しいお嫁さんをもって、私は……伊瀬あや子は本当に幸せものよね」

「え、ちょ……と、突然どうしたのあや子ちゃん?あ、改まって言われると……さ、流石に恥ずかしいんだけど……」


 これに関しては嘘偽りない私の本心だからか、すんなり紬希さんは私の言葉を受け止めて……恥ずかしそうに、それでいてどこか嬉しそうに身体をくねらせている。


「本当に調子が悪いとか、病気だとかじゃないのよ。それについては安心してほしいわ。見ての通り、元気だけが取り柄なんだし」

「それなら良いんだけど……でも、だったら今日はどうして……その」

「スキンシップがいつもよりも足りてないのかって?」

「……うん。いつもだったらこうしてお話している間も……お尻触ってきたりしてるから……も、もしかしてその……私の身体に、興味がなくなっちゃったんじゃないかなって……それがちょっと怖くて」


 さっきとは別の意味で不安を抱えた表情を見せる紬希さん。この表情……前にも見たことがある。不本意ながら私とあや子が浮気しているんじゃと勘違いされてたあの時の表情だ。またも誤解が生まれてしまう前に、ちゃんとフォローしておかねば。


「念のために言っておくけど。紬希のことが嫌いになったとか、そういう事じゃないからそっちに関しても安心してね」

「……ほんとに?」

「ほんとのほんとよ。私は紬希の全部が大好きなんだから。……今日紬希にイタズラしないのは、山よりも高く海よりも深い理由があるの」

「そ、その理由って一体……?」

「良いわ、教えてあげる。それはね——」


 ゴクリと唾を飲み込む紬希さん。そんな彼女に私は満を持してこう答えた。


「きんよ……へ?き、禁欲……?」


 困惑した声を上げる紬希さん。畳みかけるように私はあや子に成りきり説明をはじめる。


「そう、禁欲プレイ。紬希は聞いたことないかしら?世間ではどれだけラブラブなカップルだったとしても。悲しきかな、ずっと一緒だったりずっとベタベタしちゃってると……その状況に慣れちゃったり、ベタベタがうっとうしくなっちゃって心の距離が生まれたりするんだとか」

「それは……うん。女性誌とかで読んだこと……ある、かも……」

「私と紬希に限って言えばそんな事ないと思うけど。それでもメリハリって付けた方が良いと思うのよね。スキンシップ出来るのに、抱きたいのに敢えてそういう事しないのはメリットもあるらしくてね。マンネリ解消にもなるし、お互いに心の準備も出来るし。スキンシップに頼らない分別の愛情表現が出来るし。それに……」

「それに?」

「……禁欲後に抱かれると、すっごい感度が上がるそうよ。想像してみて紬希。焦らしに焦らされて。我慢して我慢して……我慢した先で、いざ抱かれたその時って……きっといつも以上に気持ちよくなれるって思わない?」

「……っ!」


 私のそんな一言に、紬希さんはさきほどとは別の意味でゴクリと唾を飲み込み目の色が変わる。よし……かかった……!


「私だって本当は今すぐにでも紬希を抱きたいと思っているの。目の前で美味しそうな紬希を抱けないなんて……ハッキリ言って生殺しよ。でも……今は我慢。仕事疲れの紬希とじゃなく万全の状態で紬希とイチャイチャしたいもの。それじゃ嫌かしら紬希?」

「そ、そういう事なら……うん。そうだね。あや子ちゃんの言うとおり、メリハリは大事だよね。…………あ、で……でもでも違うんだからねっ!?べ、別に……いつも以上に気持ちよくしてもらえるって聞いたから賛同したってわけじゃないからね……!?」

「うんうん、大丈夫よ。ちゃんと私はわかってるから」

「ほ、ホントだからね?ね?」


 顔を真っ赤にしてそんな可愛いことを言う紬希さんを眺めつつ、心の中でガッツポーズ。あや子の思考をトレースしつつ、手を出さずに済むような変態プレイがないが瞬時に模索してみたけれど……なんとか上手く説得出来たようだ。


「とにかく。今日紬希に手を出さないのはそれが理由よ。わかって貰えたかしら?」

「う、うん。ちょっと心配だったけど……そういう話ならあや子ちゃんらしいね。なんだか安心したよ私」


 今の私の若干無理がありそうな変態チックな説明で安心されるのも、ちょっとばかり友人として紬希さんの先行きが不安になるけど……とりあえず納得して貰えて何よりだ。


「さて。それじゃあわかって貰えたところでお料理の続きといきましょうか」

「はぁい。……それにしてもあや子ちゃん。なんか今日はいつもよりも手際良いね。まるでどこかのお料理教室にでも通ってるみたいだよ」

「お、お仕事頑張ってくれてる紬希の為にちょっと特訓したからね……」

「ほんと?えへへ……特訓してくれたんだ……うれしいなぁ」


 ……決定的な違和感はどうにかごまかせたけど。それでもまだまだ油断は出来ない。いかんいかん……いつもの癖でついマコ師匠直伝の料理をふるってみたけれど。そういやあや子の奴、見た目通りがさつで昔から家事とかあんまり得意じゃなかったんだった……

 そういうところでもボロが出かねないわけだし気をつけなくちゃ……


「そ、それよりどうかしら紬希?ちょっと今日はいつもと味付けを変えてみたんだけど……味見してみてくれない?」

「ん、良いよー」


 改めて気を引き締めつつ、私は紬希さんに味見をお願いしてみる。そう言って紬希さんは私の前までやって来て。そして……


「んっ!」

「……ん?」

「んー!」


 目を瞑りまるでひな鳥のようにちっちゃな口を精一杯開け。何かを待っている紬希さん。…………え?紬希さん……?


「(これ……もしかして……)」


 味見をして、と言った矢先にこの仕草。これはつまるところ……私、紬希さんに『あーん』を要求されている……?え?えっ!?


「(い、意外……とまでは言わないけど。紬希さんってしっかりしているけどあや子の前だとこんな感じになるんだ……)」


 なにこのかわいい生き物……紬希さんの普段と今とのギャップになんかちょっと変な気持ちになりかける私。そんな自分に戸惑っていると、紬希さんはいつまで経っても『あーん』されないことに首を傾げる。


「…………あや子ちゃん?どうかした?」

「へっ?……あ、うん……ごめん…………え、ええっと……は、はい紬希。あーん……」

「あーん♪…………んぅ!?」

「って、紬希!?ど、どうしたの紬希!?」


 慌てていつも琴ちゃんにやって貰っている事を思い返しつつ、慎重に紬希さんのお口に出来たての肉じゃがを持って行く。嬉しそうに頬張った紬希さんだったんだけど……口にした途端あたふたしつつ冷水を口に含む。もしや相当口に合わなかったのか……?

 そう不安になる私に、水を飲んで落ち着きを取り戻した紬希さんは……涙目でこう告げる。


「あや子ちゃんの、いじわる……」

「え、え?ご、ごめん……何が?」

「あーんするなら……ちゃんと、いつもみたいにふーふーして……」

「…………っ!?」


 まるで小さな子どもみたいに、紬希さんに涙目で抗議された瞬間。ドキッ……!となぜだか胸が高鳴り、私の中のあや子の血が熱く滾る。瞬間、存在しないはずのあや子の記憶と欲望が私の思考を浸食して……


『紬希を抱きたい』


 と、私の意に反し脳がそう全身に指令を繰り出し——


「(ガァンッ!)くたばれあや子の煩悩ォ!!!」

「って……あ、あや子ちゃああああんっ!?」


 ——某怪盗三世よろしく、飛び上がって紬希さんを押し倒そうとしたところで。私は咄嗟に壁に頭を思い切り打ち付ける。情け容赦なく打ち付けたお陰で額から血と一緒に煩悩がぴゅーっと流れ出ていった。ふぅ……危ないところだった……


「紬希、大丈夫?怪我はない?ごめんね、熱かったのね。舌とか火傷したりしていないかしら?」

「怪我してるのはあや子ちゃんの方でしょ!?い、いきなりなにやってるのあや子ちゃん!?」

「ああ、この傷?これくらい唾でも付けとけば大丈夫よ。(どうせ私の身体じゃないし)」

「それのどこか大丈夫だと!?ホントになにしてるの!?ああ、もう!とにかくそのタオルでしばらく額を押さえてて!私救急箱取ってくるから!」


 そうやってバタバタと救急箱を取りに走った紬希さんの後ろ姿を眺めながら、私はほっと胸を撫で下ろす。危なかった……今一瞬だけど思考があや子の身体に引っ張られてた……


「……なるほど。当たり前だけど、脳はあや子のものだから……紬希さんに刺激されちゃうと思考があや子に乗っ取られかねないのか……」


 なんて恐ろしい……そしてなんて悍ましいんだ。これはやっぱり一刻も早く元の身体に戻らないと色々マズいわ……

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